「おっそーい! キョン、葵、二人とも罰金よ罰金!」

 私たちが待ち合わせ場所である港のフェリー乗り場についたのはやっぱりというか当たり前というか、待ち合わせ時間をとうに過ぎていた。

「あ、あはは。ごめんねハルヒ」
「謝っても無駄よ! おかげで一本船を逃したじゃない」

 でもハルヒ、私たちが乗るフェリーには間に合っているのだからそこらへん許していただけませんか。
 私とキョンは、ハルヒに頭ごなしに叱られ、キョンはすかした顔でハルヒを眺め。私は身体を縮こまらせハルヒのお叱りをうけておれば。古泉くんがすかさず間に入ってくれた。

「まあ涼宮さん、その辺でお二人を許してあげてはどうでしょうか?」
「古泉くんは黙ってて」
「しかし、そろそろ船の着く頃合いですし」

 古泉くんは一度ハルヒから視線を反らし海を見たのち、私たち二人に顔を向ける。

「お二人も充分反省していますよ」

 ハルヒは船の到着が近いことを知るとしばらく考えたのち、私たち二人をもう一度見つめ指を差す。

「今回は古泉くんに免じて許すわ。でもね、罰として」

 ハルヒは一度ため、瞳を輝かせる。よくないことを言われそうだ。

「団員全員分のお弁当を買うこと!」

 私とキョンは顔を見合わせ、私は苦笑いを、キョンはため息をついた。


「さあ、はりきって行くわよ!」

 ハルヒは機嫌を直したのか、腕を振り回し波止場の際で鉛色の海面を眺め、乗降口の先頭に並ぶ。しばらくすれば、大きな船体が港に着き。私はその大きな船体に思わず口をあんぐりと開けた。

「フェリーに乗るなんて久しぶりだわ」
「私は初めて、ボートなら乗ったことあるけど」

 潮風が汗を垂らす首筋に吹き、その気持ちよさに目を細める。だけどこれベタつくんだよな。

「ボートってあのオールで進むあれ?」
「そうそう、それ。あっでも私足漕ぎボートのが好きだな」

 自動で動くのよりか、断然人力派だ。

「おっきい船ですね。これが水に浮かぶなんて不思議」

 両手でバックを持つみくるちゃんが、船体を見上げ感嘆するように言っている。白いサマードレスに麦ワラ帽子をかぶっており、その帽子は顎の下でヒモを結んでおり。それはそれは愛らしい姿だ。
 そのみくるちゃんは、フェリーをまるで博物館で恐竜の化石をみた子どものように瞳を輝かせている。みくるちゃんの時代には船はないのだろうか。

「…………」

 その後ろでは、有希がぼんやりした表情で船の横腹を見つめている。その服装はいつものような制服ではなく、この前一緒に服を選びに行った時に買った服を着ていた。クロスチェックのノースリーブで黄緑色の日傘を差して薄い影を落としている。ちょっといいところのお嬢さんが、久しぶりに外に出たみたいだ。

「ねえねえ、写真撮ろう写真」

 私は鞄から取り出したデジタルカメラをハルヒ、有希、みくるちゃんの三人に見せながら言えばハルヒはすかさず同意し、傍にいた一般人に写真をお願いし。快く承諾したその人にカメラを渡し、私たちはフェリーをバックに前に横に並び私の「いちたすいちはー?」にみくるちゃんハルヒは「にー」と答え、その瞬間にカメラのフラッシュが光った。

「ねえ、キョンと古泉くんも一緒にとろうよ!」

 私は話しこんでいる二人に呼びかけ、SOS団全員での集合写真をとった。

「よし、日誌のネタが出来た。これ、印刷したら部室に貼ろう」

 私は撮った二枚目の写真を交互に見ておれば、キョンが画面を覗きこんできた。

「なにー? キョンもいる?」
「いや、いらん」

 キョンは手を横に振り、画面から顔を離した。つまらん、あっそうだ後でそれぞれ個人を撮っていこうかな。

「何に使うんだそんなの」
「枕に入れて、その人の夢見るとか」


 結構あのおまじない効くんだよ。
 私はレンズを覗き、キョンにピントを合わせれば大あくびをすると共にシャッターを押した。キョンの情けない面とったなり。
 カメラのレンズから目を離せば、みくるちゃんがまん丸い目をさらにまん丸くさせ近寄ってきた。

「あんな大きな船がどうやって浮いているんですか?」
「どうやってって、浮力以外の何で浮くんでしょう」

 超能力や、海の中にレールがあってそれで浮いてるんだよ。きっと。

「あっ、そうか。浮力。そ、そうですよね。なるほどー。灯台もと暗しってやつですね」

 みくるちゃんは何をそんなに納得したのか、何度もうなずく。
 未来の船は船じゃないのだろうか。

「あのー朝比奈さん、未来の船は何か画期的な方法で浮いているんですか?」
「まさか海の上を浮いて通っているとか?」

 みくるちゃんはパチクリと目を瞬かせ、悪戯な笑みを浮かべる。

「うふ。あたしが言えると思う?」

 私とキョンは首を横に振る。いえ、思いません。まったく思いません。あ、でも出来ればいつものように人差し指を口にあて「禁則事項です」って言ってほしい気もする。
 ごめんなさい、ただの妄言です。

「海はあるんでしょうね」

 みくるちゃんは帽子の縁をつまんで傾けた。

「ええ。あります。海はあるわ」
「そりゃよかった」

 確かによかった、最近では地球温暖化で南極の氷が溶けて海の沈むとか。砂漠化するとか。あんまりいいこと言われてないからな。未来に希望の光が見えてきた。

「キョン! みくるちゃん! 葵! 何してんの、時間よ!」

 腕に巻いていた腕時計を確認すれば、確かに乗船時間が迫っていた。

「よし、いくぞ! 孤島!」

 私は腕を真上に突き上げ、みくるちゃんの手を引きハルヒたちの元へかけていけば。汽笛が一回なり、出航を告げた。

 二等客室、フラットルームの一角を陣地としたSOS団の面々は、私とキョンがお金を半分ずつ出し合い買った幕の内弁当を食べながら歓談をおこなっていた。

「あとどれくらいで着くの?」
「このフェリーで約六時間ほどの旅になります。到着した港で知り合いが待っていてくれる手筈になっていまして、そこから専用クルーザーに乗り換えて三十分ほどの航海ですね。そこに孤島とそびえ立つ館が待っているというわけです。僕も行ったことがないので、どのような立地なのかはよく知りませんが」


「きっと変な建物なんでしょうね。設計した人の名前は解る?」

 ハルヒはワクワクと、効果音がついていそうなほど顔を輝かせている。

「そこまでは聞いていませんね。それなりに有名な建築家に頼んだというようなことは言っていたような」
「楽しみだわ。すっごく」
「期待に添えることができればいいのですが、僕も下見をしたわけではないのではっきりとは解りかねます。しかし、無人島に個人所有の別荘を建てようなどと考える人間の建てた代物ですし、どこか特殊なのではないですかねえ。だといいですねえ」

 特殊ね。構造的には普通ぽかったが。もしかして外見は、ハルヒの望んだようにとんでもないものになってたりするのだろうか。
 そんなことないと思いたい。

「島! 館! SOS団の夏期合宿にふさわしいったらないわね。これでこの夏休みの第一歩は完璧な出だしだわ」

 浮かれているハルヒを中心に、団員たちはただただ無言を押し通すのだった。
 船の中をただ茫然と何もしなず波に揺られる以外することもなく。古泉くんが発案したババ抜きを全員で円になり、ひとしきり楽み。全敗した古泉くんは、ハルヒの言い渡した罰ゲームにより、人数分の缶ジュースを買いに行くことになった。

「それでは、行ってきます」
「あ、待って私も行く」

 私は立ち上がり、古泉くんの後を追いかければ。古泉くんはにこやかに微笑み「大丈夫ですよ」と遠慮をするが、どう考えても人数分運ぶのは一人では手一杯だと思った。現に私が経験済みだ。

「いいからいいから、ついでに私売店でお土産みたいんだ」
「お土産って、まだ着いてもないわよ?」
「下見だよ下見。帰る時便利でしょ?」

 私は古泉くんの背中を押し、行くよう促しハルヒたちに手を振った。

「はあー私もうダメかもしれない。絶対ボロがいつか出るよ」

 売店までの道のりを、トロトロと歩きながらため息をつけば、横に並んで歩く古泉くんは口元に手をあてくすくすと楽しげに笑う。

「そうでしょうか? なかなか上手いと思いますが」
「キョンにはすぐバレる。しっかりはバレないが何か隠してるのは確実にバレる」

 本当不思議なぐらい私のことをわかっているから怖い。人間の心理をよくわかっているというか、キョンには隠し事出来ないな。


「ですが、それは葵さんを思っての行動かもしれません。なるべく彼を不安に思わせないでください、彼の不安は涼宮さんにも影響しますので」
「無茶なこと言うなー古泉くんは」

 売店につけば、皆のリクエストである缶ジュースを手にとり。古泉くんがお金を払っているうちに私はお土産コーナーを覗き、妹ちゃんへのお土産はどうしようかと悩んだ。マリモか、待てマリモは違わないか?

「葵さん決まりましたか?」

 古泉くんは会計が済んだのか、私の後ろから私の見ている物を覗きこみ。私の心臓が高鳴った。イケメンにたいしての免疫はまだまだありません。

「マリモですか」
「マリモです」

 別に買うつもりはないが、可愛いなと思う。表情がないはずなのにつぶらな瞳があるような錯覚におちいる。

「なんか可愛いよね」

 私はマリモを一つとれば、少しビンを傾け、転がるさまに胸をときめかせつつ振り返る。

「あ、そういえば。ジュース大丈夫? 何個か持つよ。そのために来たんだから」
「それがですね。ご丁寧に袋に入れてくださいまして」

 古泉くんは、提げていた袋を持ち上げれば、微笑を浮かべ私もそれに苦笑いを返した。用なしですか。

「ただいまー!」

 三人がわいわいしている中、私は腕を振り帰宅を告げれば。三人とも振り返り、みくるちゃんは微笑みを浮かべ「おかえりなさい」と返してくれた。
 サラリーマンが帰って「おかえりなさい」を言われて嬉しい気持ちがよくわかる。こんな奥さんが迎えてくれたならば、そりゃもうたまりません。

「それでジュースは?」
「こちらになります」

 古泉くんは袋をハルヒに見せ、一人一人に配りはじめ。私もいくつか取り、リクエストした人へと配った。

「はいキョン」
「ああ、ありがとう」

 キョンは私からジュースを受けとれば、プルタブに手をかけ。プシュッと勢いのよい音とともに缶が開き。キョンは飲み口に口をつけ、飲みだす。

「はい、有希。ここに置いとくね」

 私は有希の横にジュースを置き。鞄から取り出したのか、いつの間にか有希は文庫本を広げて視線を本へと落としていた。
 本当に本が好きなんだな。いわば本の虫ってか。

「葵さん、どうぞ」
「ありがとう古泉くん」


 袋の中に残った二つのうち、一つを古泉くんは差し出し。私はそれを受けとれば、プルタブに指をかけ開ければ。中身が炭酸だったためか普通のより少し大きなの音がした。

 その後、ひたすらに黙々と飲んでおれば。
 みくるちゃんがまだ中身が入っていると思える缶を手に持ったままうつ向いていいる。それにハルヒも気づいたのか、顔を覗きこみ。

「みくるちゃん、顔色悪いわね。船酔い?」
「いえ……その……。あ、そうかも」
「それはよくないわね。外に出たほうがいいわ。デッキに上がって潮風を浴びてればすぐ直るわよ。ほら、行きましょ」

 そう言ってハルヒはみくるちゃんの手を取り、ニヤリと微笑む。

「心配しなくていいわよ。海に突き落としたりしないから。んん……それもいいかしら。船上から忽然と消え失せる女の乗船客」
「ひ」

 まてまて、そんなことしてみろ。まずキョンがやって来て、ハルヒは殺人犯になるぞ。
 ハルヒは固まるみくるちゃんの肩をどやしつけ。

「嘘よ、うそうそ。そんなのちっとも面白くないもんね。せめて船ごと流氷に激突するとか、巨大イカに襲われるとかしなきゃね。事件なんて言えないわ」

 キョンは古泉くん、有希に視線を向け。古泉くんは微笑みをかえし。有希は壁を見つめたまま、ハルヒは一人でまくしたてている。
 しかし、物事はやはり面白い面白くないで決まるのだろうか。

「やっぱ事件は孤島で起きるものよね! 古泉くん、このあたしの期待は裏切られないわよね!?」
「どのような出来事を事件と言うのかは定かではありませんが」

 古泉くんは柔和に答える。

「愉快な旅行になることを僕も願っていますよ」

 あやふやな微笑。いつもの表情と言えばいつもの表情だが、それはどこか少しつっかかりのある笑顔だ。
 キョンもそう感じたのか、じろじろと眺めては見るものの、すぐさまやめる。男の顔をはつまらないってか。
 ハルヒは、ハミングを歌いながらみくるちゃんをせっついて船底から出ていった。私も後で写真を撮りに出てみるか、さぞかし綺麗だろうな。
 みくるちゃんは連れて行かれるさい、何度も振り返りつつキョンについて来て欲しそうな顔をしていた。だがキョンは行かない所を見ると、一応はハルヒに気を使ってるんだと思う。

「キョン寝るの?」

 キョンは鞄を枕かわりにして横たわり、天井を見上げ私へと視線を向ける。


「ああ、朝早かったからな」
「なら、手頃な時間になったら起こすね」

 キョンは「頼む」と欠伸混ざりに言えば、目をつむりウトウトとしはじめ。眠りへとおちていった。

「さて古泉くん、何しようか」

 私は持ってきた上着を、キョンの上にかけ。古泉くんへと振り返れば、古泉くんはトランプをきりながら。

「そうですね、長門さんは読書中のようですし。二人で出来るものといえば」
「ババ抜き、七並べ、大富豪、全部二人だと相手の手の内がわかるからな」

 とくに七並べは止めたらすぐわかるからな。

「では、ポーカーはどうでしょうか?」
「ポーカーか、ならそれに決定!」
「わかりました」

 古泉くんはきっていたのを止め、私と自分に五枚配り。私は自分の持ち札を見つめ、古泉くんの顔を見る。

「そう言えば何賭ける?」

 さすがに何も無しはつまらない。でも賭ける物も船の上だと限られる。

「では、葵さんが勝った場合。先ほどのマリモを贈呈します」
「え、本当?」
「はい」

 あれ、少し値がはるのに。いや、でもこれはいい。もし私が勝った場合、そのマリモ分のお金が浮くってわけだ。

「なら古泉くんは? 何か欲しいものある?」

 私はペアになっているカードを並べ。口元に手を当てて悩んでいる古泉くんは、決まったのか私に向かって微笑み「では」と切り出す。

「僕が勝った場合夏休み中、葵さんの都合のつく日でよろしいので。一緒にどこかへ出かけませんか?」
「それでいいの?」

 そんなこちらにデメリテットのないものでいいのか。てか、それぐらい賭けなくても言ってくれたらいいのに。

「幸せは頼むのではなく、自分で掴むほうが嬉しいんですよ」
「うーん、それは何となくわかる気がする」

 私はカードを一枚捨て、一枚引き。その結果に顔をしかめる。さっきのほうがよかったな。

「よろしいですか?」
「うん」

 私はカードを広げて言う。

「ツウ・ペア」
「同じく」

 古泉くんもカードを広げれば、二枚揃っているカードがある。やはりそう簡単には勝負つかないか。

「では二回戦いってみよう!」

 手札であったカードは横にのけ、新たに山札から五枚引き相手の顔色を伺う。そんなことを計二十回ほど繰り返した時だ。
 もうこのまま一生勝負はつかないんじゃないかと思われた時だ。
 天の神様は私の方についた。


 先ほどから変わらない笑顔に向かって、口の端を上げ笑い。カードを叩きつける。

「フラッシュ! どうだ、手も足も出ないだろ」

 しかし、古泉くんは全く動じず寧ろ笑みを深くした。

「さすが葵さん。ですが今回の勝負、僕のほうが上のようです」

 なんだって。私が驚くすきもなく、古泉くんはカードを広げて置く。

「フルハウス」
「なんだってー!」

 置かれたカードを見れば確かにフルハウス。同じカードが三枚と二枚ある。

「ちょうどよく、涼宮さんも戻ってきたようですし。この勝負、僕の勝ちということで」

 いわれて入り口の方をみれば確かにハルヒとみくるちゃんが帰ってきており。古泉くんは手早くカードを片づける。

「ズルはしてないよね?」
「さあ、どうでしょうか」

 その言いぐさ、ズルしたって口ぶりだが。まさか本当にズルしたのか?
 悶々と、腕を組み悩めば。突然後ろから腕が伸び、抱きすくめられた。

「なにやってんの」
「ハルヒ」

 顔が横からだされ、胸が背中にあたる。ハルヒさんハルヒさん、胸がね、当たるんですが。

「ポーカーやってたんだよ。ハルヒもやる?」
「いいわ、やめとく。そういえばキョンは?」

 ハルヒは視線をさまよわせ、鞄を枕にして寝ているキョンを見つければ。ハルヒは眉を寄せ一瞬嫌な顔をするが、すぐさまニンマリと笑う。

「みくるちゃん、ちょっと来なさい」
「え、あっはい」

 ハルヒは私から手を離せば、鞄から一つカメラを取り出しみくるちゃんに何事か囁き、カメラを押しつければ。みくるちゃんはカメラをキョンに向けてフラッシュをたき、一枚撮る。

「なにやってんの?」
「今後のSOS団の戒めよ。団長をさし置いて呑気に寝てるなんて団則違反よ」

 団則違反、それは初めて聞くな。今作ったのか?

「涼宮さん、撮りました」
「そう、ありがとうみくるちゃん。ならこのバカを起こしましょう、もうすぐ着くみたいだし」

 いわれて気づいたが、確かに放送でもうすぐ着くことを知らせており。皆下船するため準備にとりかかっていた。

「何寝てんのよバカ。さっさと起きなさいよ。あんたは真面目に合宿するつもりあんの? 行きの船の中でそんなことじゃこれからどうするつもり?」

 キョンはハルヒの手により叩き起こされ。半分寝ぼけながら、体を起こし頭をかく。


「初めの一歩が重要なのよ。あんたは物事を楽しもうっていう心意気に欠けているの。見なさい、みんなを。合宿に向ける気持ちが瞳の輝きとなって溢れているじゃない」

 ハルヒは下船に向けて荷物を抱え始めているみくるちゃんたちを指差し。そのうちの古泉くんが、ニコヤかに笑みを浮かべる。

「まあまあ涼宮さん。彼は合宿のための英気をやしなっておいでだったのですよ。おそらく今日は徹夜で我々を楽しませてくれるようなことを考えているのではないでしょうか」

 フォローをする古泉くんに対してキョンは嫌な顔をする。キョンよ、今夜は大変だな。頑張れよ。

「もう着いたのか」

 キョンは、有希とみくるちゃんを順に見れば、呟き。
 その姿にフラッシュが当てられ、ぱしゃりとシャッターをきる音がした。みくるちゃんは先ほどハルヒから押しつけれれたカメラをかまえて、可憐に微笑む。

「ふふー。寝起きの顔撮っちゃいました」

 悪戯を成功させた子どもみたいな顔のみくるちゃんに、キョンは不意をつかれ。ポカンと口を半開き。

「寝顔も撮っておきました。よく寝てましたよ?」

 そう言うみくるちゃんにキョンは何を思ったのかニマニマと笑みを浮かべ。
 みくるちゃんは持っていたインスタントカメラをハルヒに手渡す。

「キョン、何あんたニヤニヤしてんの? バカみたいだからよしたほうがいいわ」

 うんうん確かにアホっぽい面だ。こう、しゃきっとしなさいしゃきっと。
 ハルヒは悪どい顔をし、カメラを自分の荷物にしまい込む。

「みくるちゃんには今回、SOS団臨時カメラマンになってもらうことにしたの。遊びの写真じゃないのよ。我がSOS団の活動記録を後世に残すための貴重な資料とするわけ。でもこの娘に好きなように撮らせたらしょうもないものばっかり撮りそうだから、あたしが指示するってわけよ」
「それで、俺の寝顔と寝起きの顔のどこに資料的価値があるってんだ?」

 確かに、キョンの寝顔に価値があるとすれば。それはハルヒのように、キョンを知っており尚且つ好きではなくてはな。
 もちろん好きとはライクではない、ラブだラブ。

「合宿の緊張感を持たずにマヌケ面で寝てるあんたの写真を晒すことによって後の世の戒めとすんの! いい? 団長が起きてんのに下っ端がぐうぐう寝てるなんて、モラルと規律と団則に違反するんだからね!」


 ハルヒは怒ってるのか、はたまた笑っているのかな表情でキョンを睨みつける。喜怒哀楽が激しいことで。

「わかったよ。寝顔にイタズラ描きされたくなかったら、お前より早く寝るなってことだろ? その代わり、俺がお前より遅く起きてたらお前の顔に髭くらい描いてもいいんだろうな」
「なにそれ。あんたそんな子供みたいなことするつもりなの? 言っとくけど、あたしは気配に鋭いほうだから眠ってても反撃するわよ。それから団長にそんなアホなことをする団員は死刑だから」

 バカじゃないと物語る顔でハルヒは腕を組み、仁王立ちをし。キョンは頭をかく。

「なあハルヒ、今どき先進国じゃあ死刑制度を採用している国のほうが少ないみたいだぞ。その点に関してはどう思う?」
「なんであたしがよその国の刑法なんかを論評しないといけないのよ。問題は外国でおこってるんじゃないの。これから行く不思議な島で起こるのよ!」

 事件は会議室でおこってるんじゃない、現場で起きているんだ。そんな確か刑事ドラマでの名セリフ。聞いたことがなくても、見たことはあるだろう。
 キョンは私のかけた上着を折りたたみ、座る私の頭に載せればお礼と共に、自分の鞄を引き寄せる。
 船が揺れる。どうやら波止場に停まる準備段階に入ったようだ。
 他の乗船客たちもぞろぞろと通路を出口付近に向かいつつある。

「不思議な島ね……」
「だいじょうぶですよ」

 心配なのか、はたまた呆れているのかキョンは繰り返し。古泉くんはそれにうなずいてみせる。

「何の変哲もない、単なる離れ小島です。そこには怪獣も狂気におかされた博士もいません。僕が保証します」

 寧ろ、そんなもんが実在したら私は今回の件は協力しないだろう。傍観者として眺めるほうが楽しいからな。キョンは温かい眼差しで有希をみる。

「…………」

 船がもう一度大きく揺れ、「きゃ」と可愛らしい悲鳴を上げみくるちゃんはバランスを崩してよろけるが、有希が静かにそれを支えてやる。
 まあ、もしそんな事態に陥っても、有希が助けてくれるだろう。

 フェリーを降りた私たちを待ち受けていたのは、執事とメイドだった。

「やあ新川さん。お久しぶりです」

 古泉くんは朗らかに片手を上げ、先日カマドウマの時お世話になった新川さんへと挨拶をする。

「森さんも。出迎えごくろうさまです。わざわざすみませんね」

 古泉くんは、あっけに取られているキョンたちを振り返り、大袈裟な動作で両手を広げていつもの笑みを更に深くする。

「ご紹介します。これから我々がお邪魔することになる館でお世話になるだろうお二人が、こちらの新川さんと森さんです。職業はそれぞれ執事と家政婦さん、ああ、まあそれは見れば解りますか」

 キョンはお辞儀をしたまま固まっている二人を、まじまじ見ており。私はどう反応すべきか、視線をさまよわせる。いや、普通に初めましてでいいんだよね。

「お待ちしておりました。執事の新川と申します」

 タクシーの制服とは違い。三つ揃いの黒スーツを着た、新川さんが挨拶をし再び一礼。まるでどこかの老紳士だ、ヨーロッパ辺りで働いていてもおかしくない。

「森園生です。家政婦をやっております。よろしくお願いします」
 ぴったりと同じ角度で頭を下げる森さん、そして同じタイミングで顔をあげる二人。これはナイスコンビと拍手をおくるべきか。

「執事とメイド?」

 ハルヒが虚をつかれたように呟き、目を瞬かせる。
 その反応は正しいと言うべきたろう。なんせ目の前に佇んでいる女性は職業的なメイド服を身にまとまっているのだからな。
 日本でこんな光景見れるとはな、長生きしてみるものだ。

「ふぁ……」

 気の抜けた声を出すみくるちゃんは、ビックリ眼で二人、とくに森さんを見つめていた。リアルメイドさんに感動したのだろうかと思うが、半分は驚きで埋めつくされてそうだ。
 ちなみに、相変わらずというか、何か反応しようよと言うべきか。有希は顔色一つ変えずに、二人を見ていた。

「それでは皆様」

 新川さんは耳に心地よいテノールで私たちを誘う。

「こちらに船を用意してございます。我が主の待つ島までは半時ほどの船旅になりますでしょう。なにぶん孤島でございますもので、不便かと存じますがご容赦のほどを」

 森さんともども、お辞儀をし。その扱いに慣れてないためか、キョンはむずがゆそうに首に手を回す。

「よ、お坊っちゃん」
「違うだろ」

 キョンをからかい、背中をどやせばキョンからお返しに頭に手刀をもらった。
 ちなみに私もむず痒かったりする。なんせこんな待遇されるのは始めてだからな。
 だがしかし、このような状況下でも自分らしさを見失わない人がいた。

「全然かまわないわっ!」

 ハルヒは豪語し、意地悪な笑顔を浮かべる。



「それでこそ孤島よね! 半時と言わず、何時間でも行っちゃっていいわ。絶海の孤島があたしの求める状況だもの。キョン、みくるちゃん、葵、あんたたちももっと喜びなさい。孤島には館があって、怪しい執事とメイドさんまでいるのよ。そんな島は日本中を探してもあと二つくらいしかないに違いないわ!」
「わ、わあ。すごいですね……楽しみだなあ」
「本当にね」

 棒読み口ごもるみくるちゃんに、私は呑気に相づちをうつ。しかし、怪しいと言うハルヒもハルヒだが、怪しいと言われてニコヤかに微笑んでいる二人も二人だ。実際怪しいって言えば怪しいんだけどね。
 私はキョンの横に並び、キョンの視線の先を辿っていけば。新川さんと何事かを談笑している古泉くんを眺めており、そのままずらしていき、両手を揃えて控えめに立つ森さんを見つめ。それから彼方の海へと目をやった。波は穏やかに揺れており、天気は快晴そのものだ。

「キョンどうかした?」
「いや、なんでもない」

 キョンはスポーツバックを担ぎ直し、新川さんたちの後を追いかけ、私は一人どうしたものかとその後ろ姿を見つめ、皆の元へと向かった。
 新川さん、森さんが案内したのは、フェリー発着場からほど近い桟橋の一つだった。
 てっきり、別荘を買ったため資金不足でもっとこう安っぽい船かと思いきや、そこに待っていたのは自家用クルーザーであった。
 もしかしなくても、待ち受けてる機関の人はボンボンですか。
 そうやって、クルーザーにキョンと共に呆けておれば。ハルヒはひょいと先に飛び乗り、おっかなびっくりのみくるちゃんと、淡々とぼーっとしている有希は古泉くんのエスコートで船に乗り込み。キョンはその事実に気がつけば、人知れず悔やんでいた。やーい、むっつり。

「葵さんもどうぞ」

 古泉くんは有希が登るのを見届ければ、笑顔を浮かべ私へと手を差し出す。

「ありがとう古泉くん」

 私はお礼と共に、その手を掴もうとするがその手を別の手が掴み。私以外に掴む人はこの場には一人しかいない。

「キョン……」

 キョンは古泉くんの手を取れば、古泉くんを睨み。古泉くんはその様子に苦笑をうかべキョンを引き上げた。

「ほら、掴まれ」

 キョンは乗れば、そのまま皆が通された方へ向かわず。振り返り、しゃがみこみこちらへと手を差し伸ばす。そんなに古泉くんにいい所取りされたのが悔しいか。


 私は苦笑を浮かべ、その手を掴み乗れば「何笑ってんだ」とぶっきらぼうな声で言われ。私はただ笑って首を横に振るだけだった。
 キャビンに通された私たちは、船の中の構造に再度驚く。なんと洋式応接間があるのだ。これを驚かないでいれるわけがない。
 その後、クルーザーは緩やかに動き出した。どうやら新川さんは運転というものが好きなのか、はたまたする人が新川さんしかいなかったのか操縦をしており。そのテクニックに私は思わず拍手を送る。
 新たに現れた機関の人、森さんはキョンの真向かいに座り、柔らかな微笑みを浮かべている。みくるちゃんとは、また一味違う癒しがある気がする。
 しかしキョンとみくるちゃんはその様子に落ち着かないのか、みくるちゃんに至っては、さきほどからメイドの衣装をチラチラ眺めつつ、そわそわとしている。いつかみくるちゃんは未来人ではなく、メイドを職業にするのではないかと思えてきてしまう。もしメイドを職業にするならばぜひ我が家へ、給料少ないかもしれないけど。
 有希は真正面を向いたまま置物と化してるのか、じっと固まっているし、古泉くんは悠然たる面持ちで笑顔を保ったまま。

「いい船ですね。魚釣りもスケジュールに組み込んだほうがいいでしょうか?」

 そんなことを誰に対して言っているのか提案していた。
 よし、今のところ順調だ。私は内心ガッツポーズをしながら息をつく。

「そんなに気をはらなくても大丈夫ですよ」
「わかってるんだけど、やっぱりどうも気がまえちゃうんだよね」

 顔を近づけ、こそこそと話をすればキョンから睨みを貰い私はとっさに顔を反らすが、無言の威圧がかかり私はどこか逃げ場を求めた。

「葵もこっち来なさい! 風が気持ちがいいわよ!」

 天の助け、神様ありがとう。私はすぐさまそれにうなずき返し。操縦席へと登り、顔をだす。確かに風が気持ちいい。
 ハルヒは私が転けないよう、手を掴みそれに甘え、私は海を一望する。ハルヒは出発と同時に操縦席へとよじ登り新川さんを相手に談笑していた。

「それで、その建物は何て呼ばれているの?」
「と言いますと?」

 新川さんは器用にハルヒの姿を横目でみる。

「黒死館とか斜め屋敷とかリラ荘とか纐纈城とか、そんな感じの名前がついてるんでしょ?」
「いえ、特に」


「おかしな仕掛けがいっぱい隠されてたりとか、設計した人が非業の死を遂げたとか、泊まると絶対死んでしまう部屋があるとか、おどろおどろしい言い伝えがあるとか」
「ございません」
「じゃあ、館の主人が仮面をかぶってるとか、頭の中がちょっと爽やかな三姉妹がいるとか、そして誰もいなくなったり」
「しませんな」

 一拍間をあけつけ加える。

「今のところは、まだ」
「じゃあこれから起こる可能性はかなり高いわね」
「そうであるのかもしれません」

 新川さんは執事特有の笑みを浮かべてみせる。起こる、というか起こさせると言ったほうが正しい。

「わっ! 見えてきた! あれが館?」
「別荘でございます」

 一際大きなハルヒの嬌声に、私はそちらを見れば確かに別荘が鎮座しており。まるであちらから歓迎しているような、気がした。
 別荘の見た目、ハルヒの望むようなオドロオドロしいものではなく、至って普通だった。
 日中の光が別荘を、光輝かせておりこれだけで一枚の絵になりそうだ。

「ちょっとキョン、あんたもこっち来なさい!」
「なんで俺が」
「いいから来なさい!」

 ハルヒによって、キャビンから引きずり出されたキョンは向こう側に見える別荘に息をつく。きっと普通の別荘であることがわかり、ほっとしたのだろう。
 ハルヒはキョンが隣に並ぶのを確かめれば、別荘へと視線を戻し腕を組み眉を寄せる。

「うーん。思ってたのと違うわね。見かけも重要な要素だと思うんだけど、この屋敷を設計した人はちゃんと資料を参考にしたのかしら」

 ちゃんと別荘の持ち主の希望通りに建てたさ。

「どう思う? キョン、葵、あれ。孤島なのに普通に建ってるわよ。もったいないと思わない?」
「思うさ。何もこんな所に別荘を持たなくてもいいだろう。コンビニに行くまで自家用船に乗って往復一時間もかかるんじゃあ、夜中に腹減ったときどこに行けばいいんだ? ジュースの自動販売機もなさそうだしさ」
「きっと日が昇ったら起きて、落ちたら眠る生活してるんだよ!」
「原始人か」

 自信満々に答えたつもりだが、どうやらキョンには不評だったらしく頭を小突かれる。最近小突く回数増えてないか。


「あたしが言ってるのは雰囲気の問題よ。もっとオドロオドロした館だと信じてたのに、これじゃまるっきりの閑静な行楽地じゃないの。あたしたちはお金持ちの友達の別宅に遊びに来たわけじゃないのよ」

 キョンは風になびいて顔にあたるハルヒの髪の毛を払いのける。

「そういや合宿だったな。何の特訓をするんだよ。冒険家の真似事か? 無人島に漂流したときのシミュレーションでもするつもりか」
「あ、それいいわね。島の探検を日程に入れておくわ。ひょっとしたら新種の動物の第一発見者になれるかもよ」

 ハルヒの目が輝きを増し、代わりにキョンの顔色が悪くなる。キョン一言多かったな。
 しかし、ハルヒよ。いくら基が無人島だったからといって、安全でなくては別荘も建てられないだろう。だから新種の動物も、まるで黒ゴマがバケツ一杯に入った中から白ゴマを見つけるようなものだ。

「ここいらの島々は、大昔の海底火山爆発による隆起によって出来たものらしいですね」

 言いながら古泉くんがキャビンから出てくる。

「新種の動物はさておき、古代人の残した土器のかけらくらいは出てくるかもしれません。原日本人が航海の途上で立ち寄った形跡があるやもです。ロマンを感じますね」

 古代人の残した土器のかけらか、それは土を掘り起こすってことだが。私は出来るならばのんびりしたいものだ。

「あれ、誰かいるわ」

 ハルヒが指さしたのは、別荘を建てる際に同じく新造されたばかりとおぼしき小さな波止場だった。他に船がない所を見ると、本当に私たちだけらしい。その防波堤みたいな場所の先端に一つの人影が、こっちに向かって大きく手を振っている。
 どうやら男性のようだ、反射的に振り返しているハルヒは、振り続けながら古泉くんへと尋ねる。

「古泉くん、あの人が館のご主人? ずいぶん若いけど」

 古泉くんは手を振りつつ、やんわりと否定をする。

「いえ、違います。僕たち以外の招待客ですよ。館の持ち主の弟さんでしょう。前に一度だけ会ったことがあります」
「古泉、そういうことは先に言っておけよ。俺たち以外に呼ばれてる人がいるなんて初耳だぞ」
「僕も今知りましたから」

 しれっとかわす古泉くん。嘘はきー、多丸圭一さんの弟といえば確か、多丸裕さんだったはず。

「でも心配することはありません。とても良いかたですよ。もちろん、館の持ち主の多丸圭一さんも含めてね」


 その多丸圭一さんが今回私たちを招待した館の持ち主、たしか古泉くんの遠縁の親戚筋で、彼の母親の従兄弟に相当するとか、そんな設定だったはず。圭一さんはバイオ関係の分野で一山当てて、今は悠々自適の生活とか。どこまでが本当でどこから嘘なのやら、まあ無駄な情報はいいんだが。
 専用ハーバーに向けてクルーザー減速し、人影の表情つかめるまでに近づく。どうやら裕さんは、若くて二十歳過ぎくらいと見受けられる。

 クルーザーから大地へと足を踏み込むが、朝から長時間に渡る船旅だったためだろうか、地面がゆらゆらと揺れている錯覚に陥る。

「やあ、一樹くん。しばらくぶりだったね」

 裕さんは快活な笑みで出迎えてくれた。

「裕さんも。わざわざご苦労様です」

 会釈をする古泉くんは、一瞬も隙をみせず私たちの紹介へと移る。

「こちらの皆さんは僕が学校でとてもお世話になっているかたがたです」

 古泉くんは横一列に並ぶ私たち、一人一人を指さし確認しながら。

「この可憐なかたが涼宮ハルヒさん。僕の得難い友人の一人です。いつも自由闊達していて、その行動力を僕も見習いたいくらいですよ」

 その紹介文に、キョンはなんともいえない顔をする。確かに、その紹介文は無いだろう。笑いが込み上げてくる。
 ハルヒはお得意の猫を被り、如才なく殊勝に御辞儀をし、よそ行きの笑みを顔に浮かべる。

「涼宮です。古泉くんはあたしの団……いえ、同好会に欠かせない人材です。島に誘ってくれたのも古泉くんだし、頼りになる副団……いえ、副会長なんです。えへん」

 その変わりように、私は口に手を当て笑いを堪えるため咳をする振りをする。

「こちらが朝比奈みくるさん。見ての通りのかたでして、愛らしく美しい学園のアイドルな先輩です。彼女の微笑みはもはや世界平和を実現するレベルですね」

 確かに、みくるちゃんの笑顔は地球平和を実現しそうだ。彼女が一言「いけません」って言えばほとんどの人がやめるだろう。

「長門有希さんです。学業にすぐれ、僕の知らないような知識の宝庫と言えるでしょう。やや無口ですが、そこがまた彼女の魅力であるとも言えます」

 いや、寧ろ有希は知識の宝庫というよりその本人そのものが知識だと呼べよう。
 そんなお見合いをするかのごとくな、紹介文は私とキョンのは割愛で。どうにもこう、聞いていて恥ずかしい紹介だったとだけ言っておこう。


 裕さんはその間、微笑を浮かべて聞いていた。

「どうぞいらっしゃい。僕は多丸裕。兄貴の会社を手伝っているしがない雇われの者だ。キミたちのことは一樹くんから何度か聞かされたよ。急な転校で心配していたんだが、いい友達ができたようで何よりだ」
「皆様」

 新川さんの朗々たる渋い声が背後から聞こえ。振り向くと、大きな荷物を抱えた新川さんと森さんが船から降り立っていた。

「ここでは日差しがきつうございます。まずは別荘のほうに足を運ばれてはいかがでしょう」

 新川さんの言葉に裕さんは同意し、うなずく。

「そうだね。兄貴も待ってるし、荷物運び込もうか。僕も手伝おう」
「僕たちなら大丈夫です。裕さんは新川さんと森さんを手伝ってください。本島で買い込んだ食材がたんまりあるそうですよ」

 古泉くんの笑みに、裕さんも笑みで返す。

「それは楽しみだね」

 古泉くん先導のもとに、私たちは崖の上の別荘へ向かった。山を登るような、きつい階段を登り切った所に別荘はあった。ハルヒは館とか屋敷とか言うが、その風貌はそんな類いではなくではなくまさに別荘といった佇まいであった。
 三階建ての白っぽい建築物、横に広い。なんだか目が眩みそうだ。いったい、いくらしたんだろうか。

「どうぞこちらへ」

 古泉くんは、まるで執事見習いのように玄関へと私たちを招く。一同整列。ついに館の主人と対面、緊張の一瞬だ。
 ハルヒは前がかりに、今か今かと館の主人の姿を確認したそうで。その横に立つみくるちゃんは、可愛いらしく髪を手で撫で付け、身繕いを整え。有希は普段通り、ぼーっとした顔でドアを見ていた。
 古泉くんは一度振り返り、浅薄な笑みを浮かべつつドア付近のインターフォンを無造作に押した。
 しばらくすれば向こう側から応答あり、古泉くんは手短に挨拶をして待つこと数秒。扉がゆっくり開かれた。
 そこに立つは言うまでもなく、ごく普通のどこにでも居るおじさんだった。決して怪しげな仮面をつけていたり、変な薄気味悪い笑みを浮かべていたりしない。

「いらっしゃい」

 多丸圭一、金持ちらしいが見た目は普通のおじさん。ゴルフシャツにカーゴパンツと、休日のお父さんみたいな恰好で迎え入れるように片手を広げた。


「待ってたよ、一樹くん。と、その友人の皆さん。まったく正直なところ、ここは酷く退屈な場所でね。三日目となればすぐ飽きる。誘って来てくれたのは裕以外では、一樹くんだけなんだよね。おおっ」

 圭一さんの視線はキョンの顔を上滑り私、みくるちゃん、ハルヒ、有希の順に固定される。

「これはこれは。何とも可愛らしい友達もいたものだね、一樹くん。なるほど噂には聞いていたが噂に違わぬ美人揃いだ。この殺風景な島も、さぞ華やかになるな。素晴らしいよ」

 ハルヒはにっこりと微笑み、みくるちゃんはぺこりと頭を下げ、有希はじっと前を見据える。各々三者三様子の反応を示す。
 ちなみに、私とキョンは無難に頭を下げる。心底歓迎ジェスチャーをして圭一さんは笑う、それに対してハルヒ一歩進み出て。

「今日はお招きいただき、まことにアリガトウございます。こんな立派なお屋敷に泊まれるなんて、物凄くありがたいと思います。全員を代表し、ここにお礼を申し上げます」

 それはまるで、全校生徒の前で決められた原稿を読み上げるような口調、かつ通常より一オクターブ高い声で言った。
 なにがここまで彼女を変えるのだろうか。

「キミが涼宮さんかい? あれま、聞いていた噂とは随分違うね。一樹くんによるとキミももっと……。ええ、何と言ったかな? 一樹くん」

 古泉くんは、いきなり話し振られても狼狽えたりせず。

「フランクな人、でしょう。そう伝えた覚えがありますから」
「そういうことにしておこう。そう、そのフランクな少女だとばかり」
「あっそう?」

 ハルヒはあっさり猫を取る、そして滅多にお目にかかれないとびきりの笑顔で。

「初めまして館のご主人! さっそくですけどこの館、何か事件が起こったことある? それにこの島、現地の人たちからナントカ島とか呼ばれて恐れられている言い伝えとかない? あたしはそういうのが趣味なのよ」

 一体何が彼女をここまで変えるのだろうか。先ほどのしおらしさは何処へやら、今やいつものハルヒパワーにプラス興奮気味なその姿。
 圭一さんはその変わりように、瞬時に切り替え、気分は害されてはないようだ。だが、おかしそうに笑う。

「キミの趣味には大いに同調するけど、事件はまだ起こったことがないよ。つい先日完成したばかりの建物だからね。島の来歴については私も知らないな。特に不吉とも聞いてないが。無人島だったしね」


 無人島だからこそ、何かあるだろうと勘ぐるってしまうこの私。圭一さんは、おおらかに人間味を見せつけて、「さあ」と別荘の奥へと手をさしのべる。

「立ち話もなんだから中へ。洋風だから土足のままでかまわないよ。まずは部屋へ案内したほうがいいかな。本当なら新川にガイドを申しつけるところだが、まだ荷物運びの途中のようだ。やむを得まい。私が自分をもってその役を任じよう」

 そう言って圭一さん自ら導いてくれた。

 さてここで簡単にだが別荘の中を説明しようと思う。私たちが今回寝泊まりする部屋はすべて二階で、圭一さん裕さんの寝起きする客間は私たちの一つ上、三階だ。
 ちなみに、今回私たちのお世話をしてくれる新川さんと森さんのお部屋は一階に小部屋を構えている。

「この家、何か名前はついてるの?」

 ハルヒの問いに、圭一さんは苦笑いを浮かべる。

「とりたてて考えてないな。いいのがあるんであれば募集するよ」
「そうね。惨劇館とか恐怖館ってのはどうかしら。それでもって部屋の一つ一つにもコジャレた名前を付けるのがいいわ。血吸いの間とか、呪縛の部屋とか」
「お、それはいいね。次回までにネームプレートを用意しておこう」

 なんだそのいかにも、呪われておりとてもうなされそうな名前の部屋は。できれば私は遠慮しておきたい。
 私たちはロビーを通り抜け、つるっつるの高そうな木材製の階段上り、二階へと到達。そこはまるでホテルさながらの長い廊下に扉がズラズラと一定の空間を開け、並んでいた。

「部屋の大きさはさほど変わらないがシングルとツインがある。どの部屋でも好きに使ってくれたらいいよ」

 部屋割りか、ひとまずキョンと古泉くんは決まっているも当然で私たち女子四人をどう分けるべき悩む。
 私は別に誰とでもいいのだが、問題はみくるちゃんだ。みくるちゃんは今はどうだか知らないが有希のことを苦手そうしていた。そのため有希との相部屋はやめておいた方がいいだろう。
 ならばハルヒとならどうだ。ハルヒのことだみくるちゃんに何をしでかすか解ったもんじゃない。だからといって私がみくるちゃんとの相部屋を望んでも、ハルヒが許すかどうか。

「まあ、一人一部屋ということでいいではないですか」

 古泉くんの最終的な結論に私はその手があったと、ほっと胸を撫で下ろす。

「どうせ部屋にいるのは寝るときだけでしょう。部屋間の移動は各自の自由意思ということで。ちなみに、鍵はかかりますよね?」
「もちろんだ」

 圭一さんは微笑ましくうなずく。

「部屋のサイドボードに置いてある。オートロックじゃないから鍵を忘れて出ても閉め出されることはないだろうけど、なくさないようにしてくれたらありがたい」

 いや、もしオートロックだとしたら今鍵を貰わなれば私たちは部屋に入れないのでは。と、いう考えは置いておいて。
 それはよかった、絶対みくるちゃんあたりドジをして閉め出されそうだからな。

「では私は新川たちの様子を見てくるよ。今のうちに邸内を自在に散策してくれたらいい。非常口の確認を怠らないようにね。それでは」

 圭一さんはそれだけ言い残せば、階下へ向かった。

「なら、あたしはここね」

 圭一さんが居なくなれば、ハルヒはすぐさま目の前のドアを指さし言いはなつ。

「なら私はその横で」

 とくに何かあるわけじゃないが、ひとまず言ってみれば。そのまま皆次々に部屋を決めていき、まあなんだ、本当あっさりと決まった。

「それじゃあ各自、荷物置いたらあたしの部屋に集合! わかったわね」
「はーい」

 私は手を上げ、挨拶をすれば。ハルヒは目の前の扉を開け、中へと入っていった。


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