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期末テストの結果も返ってきた。七月中旬頃、変わらぬカンカン照りの暑い中。何故かこのくそ暑い文芸部室の中で熱いみくるちゃん特製茶を飲んでいた。
いやはや、みくるちゃんのお茶は美味しいんですが、出来れば冷たいお茶が飲みたいと思うのは人間の本能というか私の勝手なわがままというか。
せめて冷えないものか、とお茶には手をつけず放置しようとするが。いかんせん、みくるちゃんの期待の眼差しをくらいそれも出来なかったりする。悲しむ顔は見たくないからな。
ところでだが、人間はテストという一枚の紙切れで決まるものじゃないと私は思っている。いいか、人間大事なのは中身だ。だからキョン、戻ってこい。
キョンは今回のテストも成績が悪かったらしく。ある意味死の補習が待っていた。まだクーラーがあれば救いなんだがね。
ちなみに私はハルヒのお陰で少し成績も上がり、まあ可もなく不可もなしの普通の位置に留まることが出来た。
「あの、どうかしました?」
私は湯飲みに入っている湯気をたてているお茶を眺めておれば、向かい側から声がかかり。顔を上げればキョンも茫然としていたのか、身体を揺らしみくるちゃんへと顔を向けた。
「難しい顔をしてますけど……。お茶、美味しくなかった?」
「とんでもない、相変わらずの甘露でしたよ」
「よかったぁ」
夏服メイド姿のみくるちゃんは、くすりと小さな吐息を漏らし、安心したような微笑みにキョン微笑み返す。
「葵ちゃんはどう?」
「美味しいですよ、毎日飲みたいぐらいに」
私は湯飲みの中のお茶を傾けてグルグル回し冷やしながら言えば。みくるちゃんは天使の微笑みを浮かべ「ありがとう」とお礼を言った。いえいえ、感謝すべきは私の方ですよありがとうございます。
「やあどうも。期末テストはどうでしたか?」
古泉くんはテーブルに広げたモノポリーのルーレット回しながら、キョンに尋ね。キョンは眉間に皺を寄せ頭を抱えた嫌なことを思い出したのだろう。
しかし、有希は相変わらず部室の置物と化してる。部屋の隅で、パイプ椅子に座り百科事典みたいなハードカバーを広げている。
「…………」
しかし、全員律儀に文芸部室へと来ており、感心するな。今はもう短縮授業へと入っており、午前で授業は終わりなのだ。
皆SOS団が好きなんだな、と思うのだがキョンだけそれを全面否定する。みくるちゃんのお茶が飲みたいだけだってよく言う。別に照れなくていいのに。
キョンは通学用鞄を開けると、購買部から身請けしたハムパンを取り出しお茶請けにし食べ始め。お弁当を忘れた私からしたらお腹が空く光景だ。
「あたしもお弁当にしますね。今のうちに」
いそいそと自分の分のお茶を用意したみくるちゃんは、可愛らしい弁当箱を取り出し私の隣に座り、包みを広げた。
「僕ならお構いなく。学食ですませてきましたから」
古泉くんもご飯食べてたのか。なら本当に私だけがご飯なしか。
「キョン、一口、一口ちょうだい」
パンにがぶりつくキョンに口を開けながら、パンを指さし自分の口を指させば。キョンは食べかけを私の口元に近づけ、私はそれに思いっきり喰らい付いた。
「お前にはもう少し女としての自覚はないのか」
半分なくなったパンを見ながらキョンは口を動かす私へと向き直り。私はただ口を動かしながら、いただいたパンを胃の中に収めるのだった。
「ぷはー、美味しかった。キョンごちそうさま!」
私はキョンに向かって手を合わせお辞儀をすれば、隣に座っていたみくるちゃんはくすりと笑いながらふりかけで描いたスマイルマークのご飯をつつきながら、ふと気づいたようにキョンへと目を向ける。
「そういえば涼宮さんは? 遅いですね」
そういえば遅い。お昼ご飯をとるのにそんなに時間がかかっているのだろうか。
「先ほど学食でお見かけしましたよ。感嘆すべき健たんでした。食べた分がすべて栄養に回るのだとして何エルグになるのか想像もつきません」
そんなに沢山の品物を頼んでいたのかハルヒは。そりゃ遅いはずだ。しかしハルヒよ、出来れば私も呼んでくれればよかったのに。ハルヒと学食を共にしてみたいものだ、一体どんな品物を頼むのかな。
「そんなもん計算する気にもならんね。何ならこのまま夕方まで食堂に籠っていればいい」
「そうもいかないでしょうね。今日は何か重大発表があるみたいですよ」
重大発表ね。その内容を知ってる私は、なるべく驚き、喜ばなくてはいけない。さて、一体何人の人が騙されてくれるかな。
私は不安そうな顔をしていたのだろうか、古泉くんは私へモノポリーのルーレットを回すのを促すと共に小さな声で「大丈夫ですよ」とウィンクをし勇気づけてくれた。
古泉くんの期待に沿えるようにがんばろう。
「どうしてお前がそんなに朗らかでいられるか俺には解らん。あいつの重大発表とやらが有益であったためしはないからな。だいたい何でお前がそんなことを知ってるんだよ」
私はルーレットを回し、止まった数のコマだけ進めカードを引く。おお、資金が増えた。
古泉くんはバックレ顔で答える。
「さて、それはなぜでしょうね。お答えしてもいいのですが、涼宮さんは自分の口から言いたいのではないでしょうか。僕がフライングして彼女の興を殺ぐようなことになれば大問題です。黙っておきますよ」
「俺だって聞きたくもなかったね」
「そうですか?」
「ああ、そのお前の口ぶりで、あのアホがまたアホなことを企画しているらしいと知れたからな。俺の心の平和があと何分の命だったかは解らんが、たった今平和じゃなくなったのは確か」
キョンがだ、と言うと同時にどかんとドアが開き。その音にキョンの声はかき消された。
「よし、みんなそろってるわね!」
ドアが開いた先には、ハルヒが目を輝かせて立っていた。
「今日は重要な会議の日だからね。あたしより遅れて来た奴は空き缶蹴りで永遠に鬼の役の刑にしようと思っていたところよ。あなたたちにもそろそろ団員魂が芽生えてきてるみたいで、それはとてもいいことよ!」
ちなみに私は今日会議だということを聞いてない。たぶん皆もそうだろう。
「ずいぶんのんびりだったな」
キョンがハルヒに嫌味混じりに言うがハルヒは気づいてないのか、あえての無視なのかニンマリとキョンに向けて笑う。
「いい? 学食でたらふく食べるコツはね、営業終了間際に行くわけよ。そしたらおばちゃんが余りそうな分もオマケしてくれるのね。でもタイミングが重要なの。待ってるうちに売り切れちゃってたら目も当てられないからね。今日はアタリの日だったわ」
「そうかい」
ハルヒは団長机の上に、とすんと腰を降ろした。
「ま、そんなことはどうでもいいんだけどね」
「お前が言い出したことだろ」
ハルヒはキョンを無視し、箸を使って可愛らしくかつ丁寧にお弁当を食べているみくるちゃんを名指しで呼んだ。
「みくるちゃん、夏と言えば何?」
「えっ」
口を隠してモゴモゴと、みくるちゃんは手作りのオカズを飲み干し首を傾げる。
「夏ですか……。うーんと、盂蘭盆会……かなあ」
ウラボンエ? それはまた、えらく古風な。確かお盆のことをさすんだったよな。ハルヒは目を瞬かせた。
「ウランボン? 何それ。クリムボンの間違いじゃないの。そうじゃなくて、夏と言えば即座に連想する言葉があるでしょ。葵はもちろんわかるでしょうね?」
ハルヒは腕を組み、私へと視線を向け再度「夏よ夏。夏と言えば?」と尋ねてきた。夏ね、夏と言えば。
「暑い」
わかりきったことだがそれぐらいしか思いつかない。
「違うわよ」
ハルヒはため息を吐けば、当然だと言わんばかりの口調で言う。
「夏休みよ夏休み。決まってるじゃない」
ああ、夏休みね。確かに夏といえば夏休みだ。
「じゃあ、夏休みと言えば?」
第二問を出題し、ハルヒは腕時計を見ながら「カッチ、コッチ」と口効果音。
それにつられて私とみくるちゃんは慌てて考えだす。
「はい! 朝顔の観察!」
私は手を上げ、自信満々に答えるが。ハルヒは首を横に振る。
「ちっがーう!」
違うのか、ならばなんなんだ。
「えーと、あーと、う……海っ」
「そうそう、かなり近付いてきたわ。では海と言えば?」
なんだか連想ゲームみたいになってきた。うーん海と言えば、か。
「あ、クラゲの大量発生!」
夏休みの最終日らへんになると必ず騒がれる、クラゲ大量発生。どうだ、繋がったぞ。
「葵はもう黙ってなさい」
ハルヒは手の甲をこちらに向けて振り。私は眉を寄せモノポリーへと向き直る。
みくるちゃんは頭とカチューシャを斜めにしながら悩んでいる。
「うみ、うみ、えーと……あっ、お刺身?」
「全然違うわよ。夏からどんどん離れてるじゃないの。あたしが言いたいのは、夏休みには合宿に行かなければならないってことよ!」
合宿、ああついに来たのか。私はキョンへ視線を向けるとキョンは古泉くんを睨んでおり、ハルヒへ視線を戻す。
「合宿だと?」
ハルヒ大きく首肯する。
「そ、合宿」
キョンはみくるちゃん、古泉くん、有希を順に見て、それぞれ驚きと微笑みと無を眺め私へと顔を向け、私は苦笑いをキョンに向けた。
「合宿ね……何のだ?」
「SOS団の」
「だから何しに行くんだよ」
「合宿をするために」
「合宿をするために合宿に行く。それは頭痛が痛いとか悲しい悲劇とか焼き魚を焼くとかいうのと同じではいだろうか」
確かに文章に誤りがある。だが、これならどうだSOSの活動をするために合宿をする。
これで正しくなるはずだ。
「いいのよ。この場合、目的と手段は同一のものなわけ。それに頭痛ってのは痛いものでしょ? 頭痛が甘いじゃおかしいもんね。だいたいあってるわ」
だいたいあってるのか。
「どこに行こうと言うつもりだ」
「孤島に行くつもりよ。それも絶海のっ、ていう形容詞がつくくらいのとこ」
孤島、それは陸地から離れた小さな島なのだが。私は昔、孤島とは無人島と同類だと勘違いしていたことを今思い出した。思い出さなくてもいいものを。
「候補地を色々と考えてみたんだけどね」
ハルヒは喜びを顔いっぱいに表す。キョンにとってよくないことの前兆だ。
「山か海かどっちにしようと悩んでたのよ。最初は山のほうが行きやすいかなって考えたんだけど、吹雪の山荘に閉じこめられるのは冬しか無理だし」
「閉じこめられるためにわざわざ山荘に行くのか?」
それは出来れば遠慮しときたい。
「そうよ。そうじゃないと面白くないからね。でも雪山はいったん忘れなさい。冬の合宿に取っておくから。この夏休みは海に、いいえ! 孤島に行くわよ!」
「それで、その絶海の孤島とやらにはちゃんと海水浴場があるんだろうな」
「もちろん! そうだったわよね、古泉くん」
ハルヒは腕を組み、キョンから古泉くんへと視線を向け。
「ええ、あったと思いますよ。監視員も焼きトウモロコシの屋台もない自然の海水浴場ですが」
さっそうとうなずく古泉くんに、キョンは疑問形の視線で眺める。
「なんでお前がそこで出てくるんだ」
「それはですね」
古泉くんが言いかけるものの、ハルヒはそれを遮る。
「今回の合宿場所は古泉くんが提供してくれるからよ!」
机の中に手を突っ込んだハルヒはごそごそまさぐったのち、無地の腕章を出してきた。一体予備が何個あるんだろうか。
そこにマジックで「副団長」と書き入れ、古泉くんに向けてつきだす。
「この功績によって古泉くん、喜んでちょうだい、あなたは二階級特進してSOS団副団長に任命されることになったわ!」
「拝領します」
うやうやしく腕章を受け取る古泉くんは、キョンに横目を流し込みウインクをする。そういえば私、どこに自分の腕章置いたっけ。
「というわけ。三泊四日の豪華ツアーよ! 張り切って準備しときなさい!」
ハルヒはそれだけで話が終わったと言いたげな顔で笑顔をうかべ。私たちの理解を誘ったと思い込んでいる。
ハルヒさん、持ち物は何を持っていけば。
「いやちょっと待てよ」
キョンは一歩ほど前に出れば、ハルヒは眉を寄せ怪訝そうにキョンを見つめる。
「それはどこの島だ。招待だぁ? なんだそれは。古泉がどうして俺たちを招待なんぞするんだ?」
確かに、不自然極まりないだろう。だがなキョン、そういう時は素直に喜んで行くのが一番だ。悪いことにはならないと思うからさ。
「僕の遠い親戚に、けっこうな富豪である人がおられましてね」
古泉くんは人畜無害な笑顔を見せる。
「無人島を買い取ってそこに別荘を建てるくらいの金を余している人です。実際に建ててしまいましたしね。その館が先日落成式を迎えたんですが、誰もそんな遠いところまでわざわざ行こうという知り合いはおらず、親類中から訪問者を募った結果として僕にお鉢が回ってきたというわけです」
お金持ちの気持ちがよくわからないと良くいうが。本当に島を買って、別荘を建てるとは。もったいない、私ならば新作商品を買いまくるぞ。
それもまた、もったいないか。
「そんな怪しい島なのか」
「いえ、元はただの小さな無人島です。僕たちはこれから夏休みですし、どうせならSOS団全員で出かけたほうが何かと楽しそうですしね。その別荘の持ち主も、喜んで迎え入れてくれるそうですよ」
「そういうことよ!」
思わずどういうことよと聞き返してしまいそうなほどの、絶頂の笑いを浮かべているハルヒ。
「孤島なのよ! しかも館よ! またとないシチュエーションじゃないの。あたしたちが行かずに誰が行くって感じだわ。SOS団合宿inサマーにふさわしい舞台よね!」
「なんで? お前の好きな不思議探しと孤島の館が何の関係があるんだ」
キョンはハルヒに尋ねるが、ハルヒは一人自分の世界に入り込んでおり。キョンの話を聞いていなかった。
「四方を海に囲まれた絶海の孤島! しかも館つき! 古泉くん、そのあなたの親戚の人はとてもよく解ってるわ! うん、話が合いそうな気がする」
本当にね、もし話が合いそうならば友達になるといい。もれなく機関の人と仲良くなれるぞ。
私はハルヒの言動を右耳から入れ、左耳へと流しながら本人を見つめる。みくるちゃんは、昼食を中止して軽く驚いている。
突然のことだからな、そりゃ驚く。
「だいじょうぶよ、みくるちゃん。お刺身なら新鮮なのが食べ放題だから。そうよね?」
「計らいましょう」
「そういうわけだからね」
ハルヒは再び団長机から無地の腕章を取り出した。
「行くわよ孤島! きっとそこには面白いことがあたしたちを待ち受けているに決まってるの。あたしの役割も、もう決まっているんだからね!」
そう言いながら腕章に、乱暴な字で書かれた文字は「名探偵」の三文字。ならば私は助手と書かれた腕章でも作ってもらおうか。
そんなことを思いながら回したルーレットに止まったマスメ。今度引いたカードは、大量の支出を促すカードだった。
「何を企んでいるのか聞かせてもらおう」
「何も」
合宿の件を発表し終えたハルヒは満足したようで早々と退散し、みくるちゃんと有希も部室から出て帰宅の途についている。部室に残ったのはキョンと私、そして古泉くんだけだ。
「しれっと否定するな」
古泉くんは長めの前髪を指で弾く。
「本当ですよ。僕が言い出さなくても涼宮さんはどこかに出かけるつもりだったでしょう。夏休みは短いようで長いですからね。あなたは海よりも山でツチノコを探すほうがよかったですか?」
「何だツチノコって――いや、いい。ツチノコの説明するな。それくらいは解ってる」
古泉くんは苦笑いを浮かべ途中まで進めたモノポリーを箱に直し、キョンに向き直る。
「三日ほど前ですが、駅前の本屋でたまたま涼宮さんと出くわしましてね。熱心に日本地図を眺めていましたよ。もう一冊未確認生物を特集したオカルト雑誌も広げていましたっけ」
それでツチノコか。UMA探索となるのならば私はぜひともネッシーに会いたいけどな。
「UMA探索合宿旅行か、それはそれでぞっとしないな。ハルヒのことだ、本当に何かを発見しそうで恐い」
「でしょう? 涼宮さんはどうやら何かを捕まえに行くつもりのようでした。僕の感じた限りでは比婆山脈が第一候補のようでしたね。だったらまだ海辺で日光浴をしているほうが、我々全員にとって最大公約数的幸福ではないかと考えたのです。そのアテもあったことですし」
比婆山脈といえば、ヒバコンだろうか。ヒバコンを探しに山を登るのは少しばかり遠慮しておきたい。もし本当にいた場合、どうすればいいんだ。
「決め手となったのは個人所有の無人島だってことらしいです。クローズドサークルが、とか言っていましたね」
クローズドサークルとな、直訳すると閉鎖された円だが。変な訳だな。
どうやら語彙の豊富なキョンも、さすがにクローズドサークルを知らないらしく古泉くんに尋ねる。
「クローズドサークルって何だ?」
古泉くんはまったくイヤミでない笑みをキョンに向ける。その表情は少し楽しげだ。
「やや意訳気味かもしれませんが」
微笑んだまま一拍置き。
「閉鎖空間と言っていいでしょうね」
キョンは嫌な思い出でも思い出したのか、顔をしかめ。古泉くんはくっくと喉の奥で笑う。
「それは冗談です。クローズドサークルというのはミステリ用語ですよ。外部との直接的な接触を絶たれた状況のことです」
ミステリ用語とな、ちなみに私のミステリ知識と言えばシャーロックホームズかアガサクリスティーくらいしか知らなかったりする。昔はワトスンをワシントンと言い間違えたものだ。
「古典的な推理劇において登場人物たちが置かれることになる舞台装置の一つですね。一例を挙げますと、たとえば我々が真冬にスキーに出かけたとします」
そういえば、ハルヒも雪山がどうこ言ってたな。冬はスキー旅行決定だろうか。
「その雪山で宿泊するところまではいいのですが、そこで記録的な大雪が降ったとしましょう」
そんなの前もってわかるような感じがするが。
「さて困りました。吹雪と積雪に阻まれて下山することができません。また、誰かが新たに山荘に来ることもできません」
「なんとかしろ」
キョンは腕を組み、古泉くんは肩をすくめる。
「なんともできないからクローズドなのです。そしてそのような状況下で事件が起きます。最もポピュラーなものが殺人事件ですね。ここで舞台が生きてくるというわけです。犯人もその他の人物も建物から逃げ出すことはできません。また、外部からも新たな登場人物が来ることもありません。特に警察がやってくるなどもってのほかです。科学捜査などで犯人が判明してもちっとも面白くありませんからね」
キョンはいぶかしそうな目を古泉くんにむける。さて、今日は何かあったっけ。私は古泉くんの直したモノポリーを持ち上げ、棚に戻すと共に薄いノートを取り出し広げる。
「おっと失礼。つまりはですね。涼宮さんの今回のテーマは、そのようなミステリ的状況の当事者となることなのです」
「それが島なのか」
古泉くんはうなずく。
「そう、孤島です。島に何らかの理由で閉じこめられ脱出不可能となった中での連続殺人でも夢想しているのではないでしょうか。クローズドサークルとしては、吹雪の山荘か嵐の孤島かという、公権力の介入をキャンセルする舞台としては双璧を誇っていると言ってもいいでしょうね」
「俺はお前が妙に楽しそうなのが気がかりだな」
確かに、先ほどから話をする古泉くんの声は弾んでおり。始終楽しげな笑みを浮かべている。いや、いつも笑顔を浮かべているがそれとは違う、心の底からの笑顔だ。
「実は僕もそのような舞台が好きなものですから」
「人の好みにイチャモンをつける気はないが、一つだけ言わせてくれ。俺は全然好きじゃない」
私は結構好きだけどな。ただ、ミステリ小説は結末から読んで、犯人が解った上で読み進めるタイプだったりする。
古泉くんは、そんなキョンの好みに頓着せず教科書を朗読とするかのような口調で続けた。
「名探偵について考えてみましょう。普通に一般的な人生を送っている人々は、そのまま普通にしていれば奇妙な殺人事件に巻き込まれることは稀ですね」
「そりゃそうだ」
寧ろ殺人事件がそこらじゅうゴロゴロしていたら恐い。貴方の隣には、殺人事件が。そんなキャッチフレーズがつき始めたら世界は終わるな。
「しかしミステリ的創作物の名探偵たちは、なぜか次々に不可解な事件の数々に巻き込まれることになっています。何故だと思いますか?」
そりゃ答えは一つしかない。
「そうしないと話にならないからだろう」
「まさしくね。大正解です。そのような事件はフィクション、非現実的な物語の世界にしかありません。ですがここでそんなメタフィクショナルなことを言っていては身も蓋もありませんね。涼宮さんは、まさにフィクションの世界に身を投じようと考えているようですから」
本人は既に、自覚なしに非現実の世界を作り出しているがな。寧ろ本人も既にその世界に身を投じてるような気がするが。
「そのような非現実的でミステリな事件に遭遇するには、それにふさわしい場所に出かけなければならない。なぜなら創作上の名探偵たちは、そうやって事件に巻き込まれるからです。いわば事件の当事者となる必要があるわけですよ。放っておいても事件が向こうからやってくるには、肉親か関係者に警察のお偉いさんがいるとか、主人公が警察官そのものとか、シリーズを経て数作目を待たなければなりません」
なるほどな。しかし今さらだが、古泉くんがミステリ好きとは思わなかった。
「素人が探偵役をしようとしたら、まず周囲に発生した事件に意図せずして巻き込まれ、かつ明快に解決しなければならないのです」
「そんな都合よく事件が身近で起きるわけないだろ」
まあ、都合よくは起きないだろう。仕組まないかぎりは。
古泉くんはうなずく。
「ええ。現実は物語のようにはいきません。この学校内で興味深い密室殺人が発生する確率は低い。ならば、発生しやすそうな場所に行けばいい、と涼宮さんは考えたに違いありません」
発生する場所に行けば発生するとは限らないぞハルヒ。
「それが合宿の舞台となる、今回の孤島です。なぜだか知りませんが、そういう場所は殺人事件の劇場としてうってつけだと世間的に考えられているのです」
世間って、ミステリが好きな人にとっての世間だろ。
「言い換えれば名探偵の現れる所に、奇怪な事件は発生するのですよ。たまたま出くわすのではなく、名探偵と呼ばれる人間には事件を呼ぶ超自然的な能力があるのです。そうとしか思えませんね。事件があって探偵役が発生するのではなく、探偵役がそこにいるから事件が生まれるのですよ」
なんとも言えない目をキョンは古泉くんに向けた。
しかし、今日も書くこと少ないな。シャープペンシルを回しながら私は悩む。
「正気か?」
「僕はいつでもほどほどに正気のつもりです。名探偵やクローズドサークル云々は僕がそう考えているわけではなく、涼宮さんの思考パターンをトレースしてみただけです。つまりですね、解りやすくいうと彼女は探偵役になってみたいんですよ。合宿の目的がそれなんです」
「どうやったらあいつが名探偵なんぞになれるんだ。事件を自作自演して犯人役と探偵役を兼ねるんならできるだろうが」
それはまるで猿芝居だな。それではきっとハルヒの機嫌を損ねるだろう。
「それでも僕はツチノコ狩りや猿人探しよりはいいと思いましたね。僕は涼宮さんには知り合いが島に別荘を建てていて招待客を募集しているとしか提言しませんでしたよ。もちろん殺人事件を期待しているわけでもありません。僕はね」
古泉くんは爽やかな笑みと共に、ひょいと肩をすくめる。キョンは苛ついているのか、頬杖をつき指を机に叩きつけカタカタといわせている。
「涼宮さんにささやかな娯楽を提供しているだけです。そうでもしないと、彼女が退屈を紛らわすためにどんなことを考えるか解りませんから。だとしたら、あらかじめこちら側で舞台を調えているほうが幾らか対処のしようもあるということです」
「こちら側ね」
あきれたような眼差しを古泉くんに向け、キョンは椅子にもたれかかり。古泉くんは取り繕うように返した。
「この件に『機関』は無関係ですよ。一応報告はしましたけど。僕は超能力者の一員ではありますが、それ以前に一人の高校生なのです。いいじゃないですか、合宿も。実に高校生らしい世界です。親しい友人たちとの旅行は心踊るイベントでしょう?」
キョンは黙りこみ、考えごとをするかのように腕を組む。まあ、確かに心踊るイベントだ。高校生活の中の一つの楽しみである、友人たちだけでの旅行。青春、ロマン。
「そういえば葵」
「はい?」
私は今まで黙って二人の話を聞いておれば。突然キョンに声をかけられ、顔を挙げれば怪訝な顔がこちらを向いていた。
「今日お前、いやに静かだな」
「え、そっそんなことないよ」
図星をつかれ、私はひきつった笑みを浮かべ視線をキョンからずらす。嘘を突き通すというのは難しいものなのです。
「あ、そうそうお腹空いてさ。ほら、喋ると余計お腹空くじゃん、だから自然と口数が減ったんだよ」
自分でもかなり無理のある言い訳だと思っている。しかし話を反らすにはちょうどいいものだ。
私はノートを片づけ、鞄を持ち立ち上がればキョンに帰り支度をするように促し、キョンが私から注意をそらした内に携帯を掲げ、古泉くんに合図を送った。
「じゃ、古泉くんまたね!」
「はい、お二人ともお気をつけて」
古泉くんはまだ帰らないのか、椅子に座ったまま私たち二人に会釈し。私はキョンを連れて部室を後にした。
「それで」
「それで?」
キョンと並んで歩く帰り道は、今ではお馴染みなものだ。私は鞄を後ろで持ち、キョンを見上げればキョンは小さくため息をつき頭をかいた。
「それで、お前俺に何か隠してることあるだろ」
「……」
どうしてこうもキョンには嘘がつけないんだろうか。私の背筋がひやりとし、私は何とか上手く誤魔化そうとあれこれ頭の中で試行錯誤をしておればキョンは私の頭を押さえつけ。
「言いたくないなら無理強いはしない。だけどな辛いことなら早めに相談しろよな」
「……うん」
辛いことではありません、だから安心してくださいと言いたいが、言ったら終わりな気がして私はただうなずくしかできなかった。
「あ、そういえばキョン」
「なんだ」
キョンは私の頭から手を離せば、キョンは不思議そうに私を見下ろしてきた。
「妹ちゃんにはバレないようにしなよ?」
さすがに妹ちゃんにあんな、偽物だとしてもショッキングな出来事を見せたくはないからな。
「ああ、その辺は大丈夫だ」
「どうかなー結構前日になってバレるような気がするけどな」
ニマニマと口を緩ませ、私はキョンが慌てふためく様を想像しておれば突然スカートのポケットに入れておいた携帯が震えだし、私は慌てて通話ボタンを押した。
「もしもし?」
慌てて通話ボタンを押したため、誰からの電話か見ておらず一拍置いて聞こえてきた声に私はキョンを横目で見る。
『もしもし葵さん?』
「あ。えっと後でかけ直してもいいかな?」
私は電話口に手を添え、小さな声で電話向こう彼、古泉くんに告げれば。古泉くんはすみませんと謝るが、その表情は電話越しでも笑顔だと何となしにわかる。
「じゃ、じゃあね。切るよ」
私は電源ボタンを押し、キョンに向き直ればキョンは胡散臭そうに私を見下ろしており私は愛想笑いと共に携帯をポケットへと戻した。
「あれ、有希から、だよ」
古泉くんからと言えば、なぜか嫌な顔をするキョンに私は咄嗟に嘘をつくが、誤った人選をしてしまった。
キョンの目が笑っている。
「ほー長門はなんだって?」
「着ていく服が無いから今度買いに行こうって」
目をそらし、だんだんと消え入る声に私はキョンを一瞬見たのち私は身体を翻し、キョンの先を歩く。
「本当だからね、本当の本当!」
後ろから笑う気配を感じつつ、私は大股で帰路へとついた。
家へとつき、まずしたことといえば携帯電話を取り出し着信履歴から先ほどかけてきた古泉くんへと電話をかける。
ツーコール後に、カチャっと音がし『はい』と声がかかる。
「もしもし、古泉くん」
『先ほどはすみません、もう時間もかなり経っていたのでてっきり帰ったものだと』
「いや、うん。いいんだけどね」
『今日の葵さんの演技には感服しました』
「いやはや、実はあれ演技でも何でもなくて」
ほとんど素でした。本気でハルヒが何を言っているのかわからず。普通に連想ゲームを楽しんでいた。
『それも一つの素質ですよ』
「そういわれたら何か、聞こえがいいんだけどさ」
ただのアホともとれる。
『ああ、忘れるところでした』
「ん? 何?」
『合宿のアレなんですが』
「あ、大丈夫大丈夫。なんとか一通りの流れは頭に叩きこんだから」
私は枕元に置いておいたプリントを開ける。そこにはザッと大雑把にだが今後の流れが書かれており、裏には合宿で泊まる館の見取図が書かれていた。
「だから、一応補佐としては働けますよ」
『それはよかった』
しかし古泉くん、やっぱり人選ミスしていると思うんだけど。
古泉くんは喉の奥で笑うと、明るい声の調子で『そんなことないですよ』と言う。
『たとえばですね、彼に協力を求めるとします』
「ふむ」
『彼はまだこちらを信用していないのでね、協力の見込みはないでしょう』
確かに、キョンは『機関』を胡散臭そうに見ているな。
『次に朝比奈さん、長門さんに頼むとしましょう』
「はい」
『朝比奈さんの場合、きっと葵さん以上に早くバレるでしょう。あの人は嘘がつけない体質とお見受けしました』
私も嘘がつけないと思うんだが。まあ、みくるちゃんは確かに素直そうだ、いい意味で。
『長門さんは、確かに適任だと思います。しかし少しばかり不安な点がありまして』
「不安な点?」
有希に限ってそれはないと思うのだが。
古泉くんは電話の向こう側で苦笑し、私は首をひねる。
『こちらにも色々ありまして』
「……そう?」
『そこで残ったのが葵さんです』
なるほどね。私が選ばれたのはそんなことがあってのことか。
『納得しましたか?』
「うん、まあ」
『それでは、よろしくお願いします』
「ん、了解」
じゃあね、とどちらからともなく電源ボタンを押し、私は新たに出来た予定に電話帳からその人物の名前を呼び出し通話ボタンを押した。
「あ、もしもし? 有希あのね明日一緒にお買い物行かない?」
ワンコールの後、すぐさま出たその人物に私は不安混じりに頼めば無言の返答が返り。私はホッと胸を撫でおろすのだった。
夏休み初日のSOS団合宿。何もなければいいのだが。まあ、神様はそう簡単に平穏を望まなかったりする。
朝、早めに起きれば私は前日に用意したボストンバックを肩にかけ、キョンの家へと向かった。
スズメが電信柱に止まり、鳴いており。それ以外に人の姿はまばらで、朝が早いことを改めて自覚する。
私はキョンの家の前まで行けば、チャイムを押して、キョンのお母さんがインターホンに出て私は中で待たせてもらうことにした。
「キョンおはよう」
しばらくすれば、前髪に手をやりいじりながらキョンがやってきた。私がいることに少し驚いたのか一瞬動きが止まる。
「お前今日早いな」
「フフフ、私は楽しいことは大好きだからさ。そういう時は早いんだよね」
「お前は小学生か」
キョンは玄関先で靴に履き替え、私の頭をひと小突きしスポーツバックを持ち上げようとするが何かそんなに重い物でも入っているのか手提げの部分だけが引っ張られ、キョンは不思議そうに己の鞄を見た。
「キョン何入れたの?」
まさか、古泉くんとムフフな話をするためエッチな本を大量に入れたとかかい。
「アホか、普通に必要最低限のものしかいれてない」
キョンはそう言いながらバックのファスナーを開ければ。そこには妹ちゃんが丸くなり鞄のサイズにすっぽり収まっていた。
「なにやってんだ」
「あたしも行くの!」
可愛いしい笑顔を浮かべ、頭を小突く妹ちゃんに私は驚きに瞬きをしておれば。キョンはため息と共に鞄を横に倒し妹ちゃんを鞄から引きずりだした。
「お前は大人しく留守番だ」
「やだやだぁ! キョンくんばっかり葵ちゃんたちと遊んでずるい!」
妹ちゃんは私の脚に抱きついてきてキョンに抗議すればキョンはため息をつき頭を横に振る。
「いいか、これは家族旅行とちがうんだ他所の知らない人の家に泊まりにいくんだ」
キョンはしゃがみ、妹ちゃんと視線を合わし説得するが妹ちゃんは「うー」と唸りキョンを睨みつけ。私は妹ちゃんの頭を撫で、どうしたものかと悩む。
「だからいくらお前が大人しくすると言った所で、向こうの人が歓迎するとは限らないんだ」
まあ普通に考えればそうだな。だが古泉くんなら歓迎するだろうな。
「だからお前は連れていけない、それぐらいお前にもわかるだろ?」
「キョンくんばっかりずるい……まだ葵ちゃんにも告白できない意気地むぐっ」
妹ちゃんが何か言おうとすれば、キョンはそれをすかさず口を塞ぐという行為で止め妹ちゃんの襟首を掴み持ち上げれば。そのまま奥へと引っ込んでいった。
「あの、私はどうすれば」
玄関にキョンの鞄と共に残された私は、キョンの鞄を見たのちその横に腰を下ろした。
まあ、まだ時間は大丈夫だろう。気長に待とう。
「葵ちゃんー!」
しばらくすれば妹ちゃんが眉を寄せ、拗ねながら私の背中に抱きつき、続いてキョンがやってきた。
「葵ちゃんもキョンくんに言って!」
「え、あーその」
言ってっていわれても、今回ばかりは私は妹ちゃんの味方につけないんだよ。
私はキョンを見上げたのち、妹ちゃんに視線を戻し彼女の小さな肩を掴む。
「ごめんね、今回はお留守番してくれるかな?」
「何で、いつもキョンくん説得してくれるのに」
妹ちゃんは眉を寄せ、うつ向き。キョンは目を見開いて私の言動に驚いていた。
「ごめんね。お土産買ってくるから」
「うぅー」
「あ、なら帰ったらプール行こう。市民プールじゃなくて大きなプールにさ」
泣きそうな彼女に、私は慌ててフォローすれば妹ちゃんは私を上目づかいで見上げる。
「本当?」
「本当、本当」
なんなら指切りする? と小指を彼女に差し出せば妹ちゃんは私の小指に己の小指を絡ませ「ゆびきりー」と笑顔を浮かべ、機嫌を直したようだ。
その後、妹ちゃんは隠したキョンの着替えや洗顔具を持ってくればキョンはそれをスポーツバックに直し立ち上がった。
「なら行ってくるね」
「大人しくしてろよ」
キョンはドアを開け、私を先に行くよう促し。妹ちゃんは笑顔と共に私たちに手を振った。
「行ってらっしゃい、キョンくん葵ちゃんに手出したらダメだよ!」
キョンは妹ちゃんの言葉に、玄関扉に頭を打ち。妹ちゃんの方を一度振り返れば、妹ちゃんはテヘッと舌を出し家の中へと戻っていった。最近の小学生はませてるんだな。うん、あまり気にしないことにしよう。
駅へと歩いて行く道中。キョンがふと思い出したように私へと尋ねてきた。
「お前、今日は珍しいな」
「え、何が?」
「いつもならあいつの味方について、結局一緒に連れていくことになるだろ?」
やはりそこに食いつくか。出来れば気にとめて欲しくなかったのだが。
「うーん、さすがに今回は私たちだけじゃないからさ。さすがに古泉くんに聞かなきゃダメでしょ?」
だからと言って今聞くのもどうだろうかだし。
「あ、そういえばキョン」
「なんだ」
「妹ちゃんが言ってた告白って何?」
前を向いたまま歩いておれば、途中キョンが来てないことに気づき振り返れば。キョンは立ち止まっており、頭を抱えていた。
「キョン?」
「それはだな、その」
キョンはゴホンと一度咳払いをし、言いづらそうに頭をかく。
「なんか私に隠し事でもあるの?」
あるならキョンがいつも私に言うように、相談してくれればいいのに。
「いや、そうじゃないんだ」
ではどうなんだ。
「……時期が来たら話す」
「そう?」
キョンは歩きだし、すれ違い様に私の頭を小突き。スポーツバックを肩にかけなおし、先を歩きだした。
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