さて、昼飯を食べに帰りたいのは山々だが、まだ未解決なことが一つ残っている。あの、部長氏の部屋の異空間だ。異空間と言っていいものかはわからんがひとまず異空間だ。
 自分たちは帰宅するようみせかけ、いったん全員と別れたのち。十分ほど経過するのを待ち、再び部長氏のマンションへ戻れば三人はすでに揃っており、私たちを待っていた。何かすみません待たせてしまったようで。

「あの……どうしたんですか? 涼宮さんに見つからないように再集合って……」


 古泉くん、有希はすでに解ったような顔をしていたが。みくるちゃんは何があったのか解らないらしく、きょとんとキョンを見上げる。そして二人にたいしては不安の色を強めており、おろおろしていた。

「この二人はさっきの部屋が気になるみたいです。そうなんだろ?」

 古泉くんと有希は同時に頷く。

「もう一度行けば解ると思いますよ。ねえ、長門さん?」

 何も言わずに、フラリと歩きだす有希に私たちは着いていく。有希は足音もなく階段を上り、音もなくドアを開け、音もなく靴を脱いで部屋の中央へ進んだ。有希さん、もう忍者になったらいいと思うよ。

「この部屋の内部に」

 有希、話を切り出す。

「局地非浸食性融合異時空間が制限条件モードで単独発生している」

 よし、私の頭の中の辞書では限界地点を突破して全くもってちんぷんかんぷんだ。有希さんもう少し優しい言葉を選んでください。

「感覚としてはあの閉鎖空間に近いものですね。あれは涼宮さんが発生源ですが、こちらはどうも違う匂いがします」

 古泉くんは有希をフォローするようなことを言い。今おかれている状況が何となくだが理解した。

「いいコンビだ。付き合うといい。長門に読書以外の趣味も教えてやれ」

 うん、確かにいいコンビだ。だがキョン、付き合う付き合わないは本人達の問題だ。口出しはあまりしないほうがいいぞ。

「その件に関しましては後で考えさせていただきます。それより今はすることがありそうですね。長門さん、部長さんの行方不明はその異常空間のせいですか?」
「そう」

 有希は片手を挙げると、目の前の空気を撫でるように指を滑らせる仕草をした。そしてまるで早送りしたカセットテープのような音で何か囁き、途端に目の前の光景が瞬きする間に変化した。

「はひっ!?」

 みくるちゃんは突然の変化に驚き、とっさに近くに居たキョンの左腕に飛び付き。キョンの左腕には豊満な胸が押したあてられるが、キョン自身もこの状況に困惑しているのか呆けていた。
 まあ、確かに手狭なワンルームが、黄土色の靄がたなびく地平線が見えないくらいただっ広い平坦な空間に変われば、誰でも驚くさ。現に私も驚きに、有希を凝視する。

「侵入コードを解析した。ここは通常空間と重複している。位相がズレているだけ」


 有希の解説に、ありありと有希の仕業だということが解る。てか他にこんな器用なことが出来る人物は居ないしな。

「涼宮さんの閉鎖空間ではないようですが」
「似て非なるもの。ただし空間データの一部に涼宮ハルヒが発信元らしいジャンク情報が混在している」
「どの程度です?」
「無視できるレベル。彼女はトリガーとなっただけ」
「なるほど。そういうことですか」

 完全に私たちは蚊帳の外だ。一体何の話をしているんだ。いや、別に古泉くんと有希がどんな話していてもいいんだが。この空間に何があるのだろうか。
 みくるちゃんは少し余裕が出始めたのか。恐々と周囲を見回し、予期せぬ出来事のためか八方に視線を飛ばして観察している。しかし、この足元のは地面なのか床なのか理解しがたい温度だ。たぶん、床だよね。直に触れて確かめたいがこの黄土色の、靄の正体がわかるまで余り触れたくないな。

「ここにコンピュータ研の部長がいるのか?」
「そのようですね。この異空間が自室に発生してしまい、どのようにしてか閉じこめられてしまったのでしょう」
「どこにいるんだ? 姿が見えないが」

 確かに、姿どころか私たち以外に気配すら感じない。本当にいるのかい、古泉くん。
 古泉くんは首を傾げる私に微笑み、有希に顔を向けた。それが合図だったのか有希はまた片手を挙げた。

「待て!」

 キョンの制止に、有希は生真面目に固まった。

「何をするか教えておいてくれないか? せめて心の準備期間は欲しいぜ」
「何も」

 斜め上を指していた手の指を握りしめ、改めて人差し指だけを伸ばした。

「お出まし」

 いったい何が出てくるのか、私は有希の指先が指す先へと目線を向け、そこに現れたものに頭をひねる。

「うーん」

 キョンも唸るそれは。黄土色の靄がゆっくりと渦を巻いており、靄を構成する粒子の一粒一粒が一箇所に集合しようとしている。

「明確な敵意を感じますね」

 まさかこの渦が攻撃してくる、とかそんなことないよな。
 のんびりと言う古泉くんには緊張とかはなく、有希も腕を片手を挙げたまま無反応だ。二人が慌てないところをみると、まだ安心出来るのだろうか。
 みくるちゃんは、変わらずキョンの後ろに隠れている。

「こういう時こそ未来的なアイテムでも出してもらいたいんすけど。光線銃とか持ってないんですか?」
「武器の携帯は厳禁です。あぶないです」


 震える声で答えるみくるちゃんに思わず納得してしまう。
 確かに、彼女に持たせたところで何処かに落としてしまったり置き忘れたり、誤って作動させてしまいそうで危ない。
 そんなことを考えていたら、靄の形が徐々に固形物の様相を呈してきた。

「……ひ」

 みくるちゃんは脅え、声にならない悲鳴をあげ。私はその物体に息を呑んだ。
 確かに悲鳴をあげたくなる気持ちがわかる。あまりまじまじと、見つめていたいと思えないその物体、街中では滅多に見かけないそれは田舎の縁の下で見たような気がする。
 その名はカマドウマ。キョンに指摘されるまでコオロギだと思っていたそれは、縁の下で見た小さなものとは違い全長三メートルもある。

「なんだこいつは?」
「カマドウマでしょう」
「それは解ってる。俺は幼稚園時代に昆虫博士として有名だったんだ。実物を見たことないがウマオイとクツワムシの区別だってつくぞ。そんなことはいい、これは何だ?」

 有希はぽつりと漏らす。

「この空間の創造主」
「こいつがか?」
「そう」

 カマドウマが、この空間を作ったってことか。カマドウマ凄いな。

「まさか、これもハルヒの仕業か」
「原因は別。でも発端は彼女」
「……もう動いていいぞ」

 有希は、キョンの言いつけを律儀に守っており。今のいままで挙げていた手を、その一言に下ろした。

「そう」

 有希は実体化しつつある巨大カマドウマ見つめた。焦げ茶色の身体、長く伸びる触覚に長い足。
 田舎では便所コオロギと呼ばれているが。他におかまコオロギとも言われてる。詳しくは便利な世の中へ。
 そのカマドウマが私たちから数メートル離れた場所に、降り立とうとしている。出来ればくるな、リアルにこれは怖い。

「おや。不完全ながら僕の力もここでは有効化されるようですね」
 古泉くんは片手に、ハンドボール大の赤い光球を持っていた。どうやら掌から出したらしい。しかし、それを見ると赤い球の古泉くんを思い出す。

「威力は閉鎖空間での十分の一といったところですか。それに僕自身が変化することはできないようですね」

 顔を有希に向け、爽やかスマイルを浮かべる。

「これで充分だと判断されたのでしょうか?」
「……」

 有希はそれに対しノーリアクション。


「なら私も何か出せるかな」

 実はいままでお見せ出来なかったが、今日まで日々特訓を重ねていたのだ。どうだ、いっちょ暴れてみるか。マシンガンなど、どうかね。

「やめておけ、そういうことは古泉に任せて。お前は朝比奈さんを見習っておとなしくしていろ」

 無理いうなキョン。私の性格を知ってのうえで言っているのか。

「僕としては、是非とも葵さんの勇士を見たい限りですがそれはまたの機会に。今日の所は僕にお任せください」

 紳士のように笑みを張り付けたまま、優雅な動作で腰をおり、頭を下げる古泉くんに私は頷き、カマドウマを任せることにした。

「それより長門よ。あの昆虫の正体は何だ。部長はどこにいる?」

 確かにカマドウマは出てきた。だがカマドウマ以外に何も出てこないぞ。寧ろ人間自体出てくる気配がない。

「あれは情報生命体の亜種。男子生徒の脳組織を利用して存在確率を高めようとしている」

 古泉くんは眉間に指をあてる、そして何か考えているのか。しばらくすれば顔を上げ、有希へと振り返る。

「ひょっとして、部長さんは巨大カマドウマの中ですか?」
「そのもの」
「このカマドウマは……そうか、部長氏がイメージする畏怖の対象なのですね? これを倒せば異空間も崩壊する。違いますか?」
「違わない」
「解りやすいメタファーで助かりますね。ならば、ことは簡単です」
「解りやすくもなければ簡単でもなさそうだが。俺と朝比奈さん、葵にも解るように言え」

 確かにそれには同意する。ひとまずあのカマドウマは部長氏なんだな。そして部長氏を倒せば元の空間に帰れる、ということかな。

「その時間は今はないようですが?」

 語尾を上げて、優しく微笑む古泉くんにキョンは苦い顔をする。

「ひょええ」

 その傍らにはみくるちゃんがキョンの身体に手を回し震えており。キョンは逃げ場を失っており、逃げられないじゃないかと文句を言えば。古泉くんはカマドウマに顔を向けたまま簡単なことのように答える。

「その必要はないでしょう。すぐ済みますよ。そんな確信がなぜかするんです。《神人》を狩るよりも楽そうだ」

 実体化を終えたカマドウマは、今にも飛びあがらんとせんばかり。出来ればこちらには飛んでくるな。

「さっさとやれ」

 キョンはぶっきらぼうに、古泉くんに言った。

「了解しました」


 古泉くんは紅玉を放り上げると、バレーボールのサーブのように叩き付けた。正確無比に飛んだ赤い球は、カマドウマの真正面から激突し、紙風船が破裂したような音を立て、鼓膜を振動させた。
 まさか、こんな簡単にやられるわけがないだろと、カマドウマの反撃を待つが。カマドウマはその場に静かにじっとしていた。

「終わりですか?」

 古泉くんの質問に有希は首肯する。
 巨大カマドウマは、古泉くんの赤玉パワーの前では弱かったのか、それとも元から弱かったのか。とにかく元の霧状態へと拡散して、ドンドン薄くなっていく。
 これでこの空間ともおさらばか、黄土色な靄が消える。足裏の冷たい感触も無くなり。目の前には見慣れた制服姿の男が現れた。
 仰向けに倒れ伏すコンピュータ研の部長はパソコンラックの前で、椅子からずり落ちたみたいな格好で目を閉じている。
 生きているのだろうか、脇に屈み込んだ古泉くんは首筋に手を当ててキョンにうなずいて見せた。どうやら部長氏は無事らしい、よかった。
 有希は本棚の前に立ち、ベッド脇で茫然とするみくるちゃんとキョンを見つめていた。ワンルームマンションの一室、どうやら本当に戻ってきたようだ。

「約二億八千万年前のことになる」

 有希の話を、自分なりに理解しようと思えばこうなった。
 昔地球に落ちてきた『それ』にとって、当時は住めないものだった。そのため生存危機に、『それ』は自己保存という冬眠に就くことにした。地球にそれが存在できるような情報集積体が生まれるまで。

「地球にはそれにとって存在手段がなかった。それは活動を凍結し、眠りに就いた」

 やがて地上に私たち人間が生まれ、人間は便利なコンピュータネットワークを生み出した。有希が言うに、この稚拙なつまり幼稚で未熟なデジタル情報網は、不完全ではあるが居座るには可能だった。だが、まあ稚拙な為にそれは半覚醒状態のまま留まった。
 しかし、その半覚醒状態を、覚醒へと導いてくれた出来事が起きた。その覚醒へと導いてくれたものは、『それ』にとっていわゆる目覚まし時計となり起こしてくれた。そのものは、ネットに流れた通常の数値では量ることの出来ない情報をもった起爆剤。この世界には存在しないデータ。
 でも私の世界では、もしかしたら存在するのではないだろうか。いや、何となくそう思っただけだ、あまり気に止めないでくれ。



 まあそのデータこそが、それの待ち望んでいた依り代、つまり器だったのだ。
 有希は淡々と語り終えた。話ながら、部長宅のパソコンをいじっていた有希は一体何をしているのかと思いきや。SOS団のオンラインサイトを表示させ、そこには破損したSOS団エンブレムがモニタに映しだされている。

「涼宮ハルヒの描いたインヴォケーションサイトがきっかけ。扉となった」
「……このSOS団エンブレムは、さっきの、アレか、召喚魔法円か何かになってたのか」
「そう」

 有希は首を縦に動かした。SOS団は召喚魔法円か、いつか魔法とか出てきたりしないだろうな。
 それはそれで面白そうだけどさ。

「このSOS団紋章は、地球の尺度に換算すると約四百三十六テラバイトの情報を持っている」
「そんなことない。十キロバイトもなかったぞ、あの映像データは」

 有希は平然と答える。

「地球上のいかなる単位にも該当しない」

 宇宙にある単位ではそんな情報の単位とかあるのか。

「すごい確率ですね。たまたま描いたシンボルマークがそっくりそのまま該当したのですから。まさに涼宮さんです。天文学的数字をものともしません」

 古泉くんは感心したように言い、確かに凄い確率ではある。しかし、ハルヒだと思えばあまり驚かなくなる。なんせハルヒは神的力を持っているんだがら。
 キョンは肩をすくめる。

「それで結局あのカマドウマは何だったんだ」
「情報生命体」
「お前のパトロンの親戚か?」
「遠い昔に枝分かれした。起源は同一だが異なる進化を遂げ、滅亡した」

 なんと。ならば元は一緒なのだから、もしかしたら有希もあんなカマドウマのような姿にもなっていたかもしれないのか。運命って凄い。
 床にへたり込んでいるみくるちゃんにキョンは尋ねる。

「朝比奈さん、未来のコンピュータはどの程度まで進化してるんですか?」
「え……」

 みくるちゃんは唇を開きかけて、動きが止まる。

「このような原始情報網は使用されていないはず」

 答えたのは、みくるちゃんではなく有希で、パソコンを指差し。

「地球人類程度の有機生命体でも、記憶媒体に頼らないシステムを生み出すことは容易」

 有希は視線を横にずらした、そこにはみくるちゃんが顔を青ざめさせていた。

「そうなんですか?」
「それは……その……」


 言いずらいのか、はたまた言えないことなのか口ごもり、みくるちゃんはうつむいた。

「言えません……否定も肯定することも、あたしには権限が与えられていません。ごめんなさい」

 いやいや、みくるちゃんいいんですよ。誰にだって秘密があり誰にだって言えないことはあります。しかし、古泉くんなぜ残念そうなんだ。

「おかしなことがある」

 キョンの発言に、全員がキョン注目する。

「俺と葵はハルヒがアホ絵を映しているときに居合わせたが、何も起こらなかったぞ。だいたいハルヒが絵を完成させたときになんでそいつは出てこなかったんだ?」

 確かに、普通ならばそれを見た私とキョン、ハルヒは部長氏と同じようにカマドウマの創る空間へと閉じ込められていた筈だ。

「あの部室ならとっくに異空間化していますからね。何種類もの様々な要素や力場がせめぎ合い打ち消しあって、かえって普通になってしまっているくらいです。飽和状態と言ってもいいでしょうね。すでに限界まで色んなものが溶けて容量を満たしているわけですから、それ以上溶け込む余地はないというわけです」
「文芸部室はそんな恐ろしげな魔窟になっているのか。まったく気付かなかったぞ」

 呆れた口ぶりでキョンは腕を組み、古泉くんは笑い肩を少しすくめた。

「常人には余計なセンサーが付いていませんから。そうですね、そのまま無害だと思いますよ。多分ね」
「葵は気づいていたのか?」

 私は首を横に振る。まったく気づかなかった。

「多分混ざりすぎて、それがその空間の普通だったからわかんなかったんだと思う」

 実際問題知らないがな。
 キョンは頭に手をやり、ガシガシとかく。

「やれやれだ。夏でも体感気温が涼しくなるくらいならいいのだが、知らないうちに気がヘンになってるとか首吊用ロープを探しているとか、俺は嫌だぜ」

 それはこっちにとっても嫌だ。見つけた時にはすでにキョンは死んでいましたとか、絶望すぎる色んな意味で。

「心配しなくとも大丈夫ですよ。そうならないように、僕や長門さんや朝比奈さん、葵さんも心を砕いてがんばっていますから」

 いや、私何もがんばってませんよ。

「四人ががんばっているから、そんなことになってるんじゃないだろうな」

 古泉くんは微笑み「さて?」とでも言うように首を傾げ、両掌を上に向けた。はぐらかしたな。

 キョンはパソコン画面へ目を戻し、マウスを操作しカーソルを移動させ画面下へと持っていく。

「げっ」
「どうかしたの?」

 私は隙間からパソコンを覗き見て、そのキョンの驚きに私も思われず驚きの声をあげた。
 パソコン画面に映し出されたSOS団のサイト。そのサイトのアクセスカウンタは何故か正常に表示されており。その数字は、最後に見た時には三桁にも満たなかったのに、いまや三千近く回っている。

「なんだこれは。どこかに晒されているのか?」
「ハイパーリンクがあちこちに張られている」

 有希は静かに言う。

「この情報生命体はそうやって増殖する。とても稚拙。サインを見た人間の脳へ自情報を複写し、限定空間を発生させる仕組み。なるべく大勢の人間が必要」
「では、これを見た人間……三千近くが、部長と同じことになってるのか」
「そうでもない。この召喚紋章はデータが破損している。正しい情報元を参照した人数はそれほど多くない」
「何人くらいだ? 怪しいリンクをクリックして、まともに模様を見ちまったアホは」
「八人。そのうち五人は北高の学生」

 北高生五人もテストを休んだってことになるのか。なんというか、部長氏もだがご愁傷様です。ひとまず、無事進級出来ることを願ってます。
 さて、私たちは残りの八人をメタファーだっけ、が支配する空間に行き、助けに行かなくてはならない。古泉くんは有希にその被害者の住所を訊いており。どうやらみくるちゃんもついていくつもりらしい。

「キョンは行く?」
「ああ、ある意味俺にも責任があるからな」

 そういうお前はどうなんだ、とキョンが私へ顔をめぐらせ尋ねてくる。

「一応力になれると思うから行くよ。それに皆行くなら行きたいし」
「そうかい」

 キョンは私の頭に手を置き、ポンポンと二回叩く。
 北高生の五人は案外早く済みそうだが。残りの三人はどうやら新幹線に乗らないといけないみたいだ。電車賃、払えるかな。

 テスト休み明け、後は夏休みを待つばかりの部室は窓を開けているものの照りつける日射しに熱気で死にそうに暑い。
 時折吹く風は命の風と言っても過言ではない。持ってきた風鈴が涼やかな音を奏で、気持ち的には涼しく感じる。
 そういえば、今日はやけに寂しい。それはきっと古泉くんとみくるちゃん、そして我等が団長ハルヒが居ないからだろう。


 ハルヒと言えば、授業終了後キョンがハルヒに部長が学校来ていることを教えたのだが。ハルヒはもうすっかりその事に興味が無くなったようで。

「ふうん。あっそ」

 そう簡単にそっけなく言い、教室を飛び出して行った。今頃学食でたらふくご飯を食べているのだろうか。
 そうだ、ハルヒのSOS団シンボルマークのことだが、さすがにあのままバグったままだとハルヒの機嫌を損ねるため、有希がリテイクしてくれた。
 キョンはそれを貼り付けなおせば、今まで上手くアップロードできなかったものが一発で出来たのだから笑いもんだ。
 有希がリテイクした画面はよくよく見れば違うことに気づくが、パッと見はハルヒの絵と同じなため多分気づかないだろう。
 「ZOZ団」そう描いてあるのだが、これ最後のZがOになったら動物団だな。
 キョンはテーブル端で何かの専門書を読んでる有希をぼんやり眺めており。三人の間には会話がない。喉渇いたな。
 私は自動販売機へと行こうと、机から立ち上がればキョンと目が合った。

「どこか行くのか?」
「飲み物買いに、キョンと有希の分も買ってこようか」

 私は鞄から財布を取り出し聞けば、キョンは二つ返事で「頼む」と答え。私は扉を開ければ廊下に出て左右を確認し、階段を降りていく。
 ああ、そういえばコンピュータ研の部長さんと喜緑さんのことだが。少し不思議なことがある。
 コンピュータ研の部長に尋ねたところ、どうやら彼女が居ないらしいのだ。それは本当らしく、名前を出したところでただポカンとしていたからな。
 なら彼女は何故来たのか。まさか脳内彼女とか、そんな痛い人ではなさそうだから違うか。
 ならSOS団に依頼を運んできた、誰かの刺客とか。それが一番有力だ。今回の一件はいやに事が上手く進みすぎているからな。
 私は自動販売機にお金を入れ、一応人数分の飲み物を買っていく。帰ったら全員揃っているかもしれないからな。
 腕いっぱいに缶を持ち、来た道を戻ろうときびすを返せば。噂をすればなんとやら、喜緑さんがそこにいた。

「こんにちは喜緑さん」
「こんにちは、先日はありがとうございます。SOS団の皆さんのおかげで彼も無事戻ってきました」

 喜緑さんは、部室で目を合わせなかったのが嘘のように私と目を合わせ一回お辞儀をする。

「いえ、こちらとしても依頼が来たことはこのうえないほど嬉しかったので」


 私もそれに倣い、お辞儀をすれば缶が一つ転がり。慌ててしゃがみこみ拾えば、喜緑さんはその場にただ穏やかな笑みをたたえ立っていた。
 どこか、人とは違うそれに私は不思議に思いマジマジと見つめれば。喜緑さんは首を傾げる。

「どうかしましたか?」
「喜緑さん、貴方は何者ですか?」

 思わず口にしてしまったその言葉に、私はしまったと思ったが彼女はどうやら気にしないのか変わらぬ表情で私を見つめる。

「長門さんと同じです。とでも言えばいいでしょうか」
「宇宙人ですか……」

 喜緑さんは少し目を細めれば頷き。

「はい」

 髪が風になびき、木々がさわさわと揺れた。

「あ、あのそんなあっさりとばらしてもいいことなんですか?」
「はい。普通の人間にとっては、気にも止めないことなので」

 まあ確かに、気に止めたところでこいつ頭可笑しいんだなと思われるだけだしな。

「なら、カマドウマの一件はある意味仕組まれたことなんですか?」
「さあ、そこまでは言えません」

 やはり無理か、さすがに。私はジュースを抱えなおし、ふと一つ気になることがあった。

「そういえば、喜緑さんは有希や朝倉さんと同じ宇宙人なんですよね」
「はい」
「なら、その、朝倉さんみたいなことは……」

 口籠りながら喜緑さんをちらちらと見れば。気づかなかったが、喜緑さんは前に鞄を持っており帰りの前だったみたいだ。
 呼びとめて申し訳ないことをしたな。

「命令されない限り、わたしはあなた方には手出しはしませんのでご安心ください」

 ということは、命令されたら私たちは一瞬にして死ぬのか。それは勘弁して欲しいな。

「それに」

 それに?

「あなたは長門さんのお気に入りですので、まず手荒な真似はしないと思います。ただ監禁、拷問、その他もろもろはあると思いますが」
「な、監禁、拷問って」
「異世界人は、こちらとしても貴重な対象ですので」

 で、出来れば遠慮しておきたい。
 私はそんなに可笑しい顔をしていたのだろうか。喜緑さんは口元を手で押さえ笑えば「すみません」と謝り。

「冗談です。半分は」

 なら半分は本気ですか。出来れば、どう半分か教えていただきたいのだが。

「それでは、わたしはそろそろ」
「あ、はい。すみません呼びとめてしまって」


 喜緑さんはきびすを返し、門へと歩を進めていき。その後ろ姿に私はとっさに再度呼び止めてしまった。

「あの、これよかったらどうぞ!」

 私は缶を一本掴み、喜緑さんに向かって投げれば。喜緑さんはそれを両手で受け取り、缶と私の顔を交互に見た。

「今日のお礼です。また何かありましたらSOS団に是非来てくださいね」

 ちなみにさっき落としたものではありませんので、と悪戯っぽく言えば。喜緑さんは口元に笑みをうかべ軽く会釈をし、また歩きだし。その後ろ姿を見送れば、私はもう一本買いに自動販売機へと向かい。文芸部室へと戻っていった。

「では、二手にわかれましょう」

 今日の放課後も何事もなく、ハルヒが解散命令を下し。私たちは早速八人の生徒と一般人を救いにいつもの駅前へと来た。

「僕と葵さん、長門さんと朝比奈さんあなたでどうでしょうか」
「なんでお前と葵が一緒なんだ」

 確かに、別に私はいいのだが。
 古泉くんは涼やかな微笑み浮かべ、肩をすくめる。

「戦力を均等に分配すれば、こうなったのですよ。長門さんはあなた方を守りながら戦えますが、僕は自分一人で手一杯でして」

 なるほど、キョンとみくるちゃんの安全を考慮したうえでの組み合わせなのか。
 私は手を上げ、異義が無いことを言えば。みくるちゃんもおずおずと手を上げ、自分も異義がないことを言い。キョンもしぶしぶといった感じに同意した。

「それでは終わり次第、再度ここに集合ということでよろしいですか?」
「異論はない、だがな古泉」

 キョンは腕を組み、仁王立ちする。
 しかしここは人通りが多いためだろうか。何故か先ほどから通行人の視線を感じる、出来ればすぐさま立ち去りたい衝動に駆られる。

「本当に戦力を均等にわけての結果なんだろうな。個人的なことは挟んでないんだろうな」

 キョンさん、そんな心配なのか。本当お父さんみたいだな。

「さあ、どうでしょう」

 古泉くんは真剣な眼差しをキョンに向け、口元に笑みを浮かべているが目が笑っていない。ええー、何か意味深なんですけど。
 キョンもキョンで古泉くんを睨みつけており、ある意味勘違いをしてしまいそうだ。私ってモテモテ? 嫌、違うな。

「あ、あのとにかく行かない? 時間迫ってるし」



 私はキョンの服の裾を引っ張り、注意をこちらに向け見上げれば。キョンは一拍おいて「あ、ああそうだな」と返事をし、有希とみくるちゃんへと振り返る。

「それじゃ、みくるちゃんに有希また後で」

 私は古泉くんの手を引き、キョンたちの先を歩く有希の背中と手を振ってくれるみくるちゃんに手を振り。キョンにはまた連絡するから、と一言いい三人とは逆の方向へと歩いていった。

「えーと、まずは」

 私は古泉くんが書いた被害者の住所が書かれた紙を見ながら電信柱を見ておれば。古泉くんが片手をあげ、一台の車が止まり扉が開いた。なぜ住宅街にタクシーが。

「葵さん、どうぞお乗りください」
「え、でも歩いたほうが……」

 お金のほうもいくらかかるか分からないし。
 私がタクシーに乗るのを躊躇しておれば、古泉くんは笑い。

「お金のことでしたらお気になさらないでください」
「いや、気になるから凄く気になるから」

 私は手と顔を振り、断固として断っておれば。古泉くんは少し困ったように微笑む。
 なぜそこまで勧める。

「こちらとしては、乗っていただかないと少し困るのです」

 なんで。

「そうですね。まどろっこしいことはもう辞めにしましょう。お話したいことがあるんです」
「話したいこと?」

 古泉くんは頷き、その目があまりにも真剣だったため。私は仕方なく乗れば、古泉くんも私の隣に乗り込みドアを閉め運転手さんへと話しかけた。

「新川さん、この住所までよろしくお願いします」

 古泉くんは住所の書かれた紙を運転手さんに渡せば。運転手さんはそれを見た後、古泉くんへと返し「わかりました」と言えばアクセルを踏み、車が動きだした。


「って古泉くん運転手さんと知り合い!?」
「はい、と言えばいいんでしょうか。彼は新川と言って僕と同じ機関の人間なんです」

 運転手あらため、新川さんをバックミラー越から見れば。新川さんは目配せして私はただ茫然と見るしかなかった。

「それでお話したいことなんですが、あまり外部には知らせたくないのでなるべく内密によろしくお願いします」

 安心したまえ、私は結構口は堅いほうなんだ。

「それはよかった」

 古泉くんは安心したように微笑めば、前を向いたまま話し始めた。
 その話の内容は、まあなんだ。機関のハルヒに対するちょっとした退屈しのぎのゲームというか。サプライズというか。
 なぜ私に協力を頼むのか理解に悩む内容だった。自慢じゃないが、嘘をつくのは結構苦手だったりする。

「しかし、僕だけでしたらきっとボロが出ると思うのです」
「まあ確かに、人の行動はわからないからな」

 私は車の窓から外の風景を眺めながら、しばらく考えたのち。古泉くんへと向き直り、自分の胸を叩く。

「まあ、やれるだけやってみる!」
「ありがとうございます」
「でもまずは、カマドウマ退治が先、早く倒して早く戻ろう」
「もうすぐ、目的地が見えてまいりました」

 今まで黙っていた新川さんが口を開き、私は前へと顔を向ければ。そこには一軒のマンションが建っており、私は身を引き締めながら先ほどの話を頭の中で繰り返し。自然と弾む気持に、この夏休みが少し特別なものになることにワクワクする気持ちが止まらなかった。
 夏休みはすぐ鼻の先。やってくるはミステリー劇場。

SOS団と愉快な出来事
END

あまり夢要素がない今回でしたが。書いてた本人は満足です。

次は孤島症候群です。
ヒロインは騙す方につかせ、裏で頑張ってもらおうかと思っております。

(*・ω・)

誤字脱字などがございましたら申し付けください。

2007 08/16
桜条なゆ

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