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憂鬱、わくわく曜日。テストのため、短時間で授業が終るが。その分テストという憂鬱なものがやってくる今日この頃。
今日という日も、テスト日和であり。チャイムが鳴ると同時に、皆は帰り仕度と共に教室を後にして行く。
「キョン、どうだった?」
私も例外なく、帰り仕度をし鞄を提げながら隣の席でうなだれているキョンに話しかければ。キョンは少しこちらを見たと思えば、また机に広げっぱなしのプリントへと顔を向け、深く溜め息をついた。
「キョンーキョンよ」
私が困ってその様子を見ておれば、横から谷口くんと国木田がやって来た。
谷口くんはキョンの首に手を回し、顔を近づけ話だす。
「お前、今回のテストはどうだったんだ? もちろん俺と赤点ギリギリを飛んでるんだろーな?」
「残念ながら、そうなりそうだ」
キョンは頭に手をやり、やれやれと首を横に振る。
「坂下はどう?」
「んー、まずまずかな。今回ハルヒに少し教えてもらったから」
国木田は少し驚いたように目を見開き、そして目を細めれば「そっか」と呟き。谷口くんは、変な格好で止まっていた。
そんな驚くようなことだろうか。
「坂下さん、あの涼宮に教えてもらったのか!?」
「え、うん。凄くわかりやすかったよ」
なんだ、そのカルチャーショックって感じの行動は。私は首を捻り、キョンへ目を向ければ。キョンは小さく溜め息をつき、帰り仕度の準備をし席を立ち上がる。
「おっ、キョン帰るんだったら今日寄り道していかねえか? テスト開けのつかの間の休息を祝に」
谷口くんは肩に鞄を担ぎ、親指を外に向けキョンを誘うが、キョンはそれにすまなさそうに首を振る。
「すまん、今日もあるんだ」
「あるってSOS団が?」
国木田が不思議そうに尋ねれば、キョンはそれに肯定し頭をかく。
「ハルヒが作った団だからね、年中無休活動中さ」
私は口に手をあて笑えば、谷口くんはキョンに同情の眼差しを向け肩を叩いた。
「なら、そういうことだから。またね」
私はキョンの手を絡めとり、ハルヒたちが待つ文芸部室へと向かうべく。二人に手を振れば、そのまま歩みを進める。
SOS団、それは涼宮ハルヒが勝手に立ち上げた団だったりする。まず立ち上げた当初からその異常さはあった。
まず活動方針が可笑しい、宇宙人、未来人、超能力者、異世界人を見つけ一緒に遊ぶ、だったけ。とにかく、そんなもん存在してたまるかと思ってしまう者と遊ぶのが活動らしい。
そんなSOS団に入っている私たち団員たちは、それこそデタラメに集められたのだが。何かの運命、または必然か皆それぞれ宇宙人、未来人、超能力者、異世界人だったのだ。
普通そんなもの存在しないと思われるのが一般的な考えだろう。しかし、ハルヒには変わった力があり私たちはある意味ハルヒによって造られたと言ってもいいだろう。
うん、なんだ。まあ簡単に言えば、宇宙人、未来人、超能力者、異世界人は存在し。その中心にハルヒがいる。そう覚えてくれたらいいだろう。
まあ、こう長い前ふりをしたわけだが。
SOS団は学校の規則に倣うことはまず無い。そのためテスト期間中の活動も、テスト期間中関係なく行っており先日はハルヒがSOS団のエンブレム作ったな。
先日、テスト終了後ハルヒに手をひかれキョンと共に部室へと連れて行かれ、何事かと思いきや。ハルヒは強奪してきたと言えるパソコンのディスプレイを指差す。
「ちょっとこれを見なさい」
パソコンのディスプレイに表示される落書き見たいな模様、まるで幼稚園児が書いたような感じだ。円の中には文字らしきものが書かれているのかどうなのか、うむ一言感想をつけるとするならば。なんだこれは。
「なにこれ」
どうやらキョンもそう思ったのか、ハルヒは途端に口を毎度のようにアヒルにさせ腕を組み私たちを見回す。
「見て解らないの?」
「解らんね。全然解らん。これに比べたら今日の現国の試験のほうがまだ解るくらいだな」
「何言ってんの? 現国のテスト、すごく簡単だったじゃないの。あんなのあんたの妹でも満点取れるわ」
ケロリと凄い発言をしたような気がする。なんだと、キョンの妹でも満足取れるとな。私、いくつか解らない問題あったんだが。
「これはね、あたしのSOS団のエンブレムよ」
立派なことを成し遂げた直後のような誇らしげな顔をしてそう言い。私は改めてしげしげとエンブレムを見る。
「エンブレム?」
「そう。エンブレム」
「これが? 徹夜明けで休日出勤を二ヶ月連続やってる万年係長候補が迎え酒をしながら歩いた跡にしか見えないけどな」
キョン、そう言ったらそうにしか見えなくなるじゃないか。何故だか幻の係長が見えてきた。
「ちゃんと見なさいよ。ほら、真ん中にSOS団って描いてあるでしょ」
指差すそれをなぞっていき見れば、確かにそう言われたらそう描いてあるように見える。
ふむ、SOS団のエンブレムか。
「一番ヒマなのはあんたでしょ。どうせ試験勉強もしないくせに」
じっくりと見ておれば。ハルヒが声をあげ、キョンに睨みをきかせており。私はその言葉に思わず謝る。
「何よ、あんたもまさかしてないの?」
「いや、してはいるけど。ある意味一夜漬け……」
頬をかき、誤魔化し笑いを浮かべれば。ハルヒはムスッと顔をしかめ、次に溜め息をついた。
「まあ、いいわ。とにかくこれをSOS団サイトのトップページに載せようと思ってるの」
サイトね、すっかりそのものの存在を消していたが。そういえばそのような物があった。
「訪問者が増えないのよ。遺憾を覚えるわ。不思議なメールもちっとも来ないしね。あんたが邪魔したせいよ。みくるちゃんと葵のエロ画像で客を呼ぼうと思ったのに」
エロ画像で人を呼んでも、それは所詮エロ画像目的の人でしかないのだからあまり意味が無いのでは。
「いいのよ、人が来ればその人によってドンドン輪が拡がるじゃない。そしたら不思議なこと一つや二つ転がってくるわよ」
そうかい、もういいさハルヒさん。貴方の望むがままやってくれ。
ちなみにみくるちゃんのエロ画像はキョンが所持してたりする。このムッツリスケベめ、私にも見せてくれない。
「しかし、あんたの作ったこのサイトだけど、ほんっと、しょうもないわよね。賑やかすものが全然ないのよ。だからあたしは考えたの。SOS団のシンボルみたいなものを貼り付けたらどうかって」
確かにショボい、ショボさで競う競技があるとしたらぶっちぎりで一位だろう。
なんせあるのは、トップにある「SOS団のサイトへようこそ!」と書かれた画像、メールアドレスにカウンターのみだからな。
ちなみにカウンターは、未だ三桁に到達していなく。今表示されているカウンター数も、ほとんどハルヒがまわしたものだ。
確かにここにドカーンとエンブレムが来れば、少しは賑わいを見せるような気がする。下手したらただ重くなるだけだけどね。
ハルヒはブラウザに映る手作りサイトを眺める。
「お前が日記でも書いたらどうだ? 業務記録を付けるのは団長の仕事だろ。宇宙船の船長だって航海日誌をつけるんだぜ」
「いやよ、めんどくさい。それに日誌なら葵がもう付けてるじゃない」
ハルヒ、私が日誌付けてたの知っていたのか。
「当たり前じゃない、団長は常に団員の行動を把握しているものよ」
ハルヒは得意気に鼻で笑い、腕を組む。なんだか楽しそうだ。
「さ、キョン。このシンボルマークをサイトの頭に表示するようにしなさい」
いいつけられたキョンは、面倒くさそうに眉を寄せ手を前に振る。
「お前が自分でしろ」
「やり方わかんないもん」
ちなみに、私もわからんからな。
「だったら調べろ。解らんからって他人任せにしてたら永遠解らんままだぜ」
「あたしは団長なの。団長は命令するのが仕事なのよ。それにあたしが全部やっちゃったらあんたたちのする事がなくなるでしょ? 少しはあんたも頭を使いなさいよ。言われたことをやってるだけじゃ人間進歩しないわよ」
「お前は俺にやれと言っているのか、するなと言っているのかどっちなんだ。日本語は正しく使ってくれ。」
キョンのツッコミにハルヒは一瞬言葉を詰まらせるが、すぐさま腰に手をあてキョンをどやす。
「いいからやんなさい。そんな詭弁じゃあたしは騙されないからね。有り難がるのは紀元前のヒマなギリシャ人くらいよ。ほら早く!」
キョンはハルヒに急かされ、しぶしぶHTMLエディタを起動させる。そしてハルヒの描いたSOS団エンブレムを手頃なサイズに縮小し、貼り付ければアップロードした。
その後、確認のためブラウザをリロードさせ、ちゃんと出てることを確認し終えればハルヒへと向き直り肩をすくめる。
「これで満足か?」
「やれば出来るんじゃない。いい、今度からは言われたらすぐ行動するのよ」
ハルヒはその様子を見届ければ、私の身体に腕を回し後ろから抱きつき。私の頭を撫でる。
何故だか、ここ最近異様にハルヒがくっつきたがるのだが。何かの前兆なのだろうか。
まあ、とにかくそんなことがあり。
今日はテストも一段落した所だったりする。つかの間の休息、その名は試験休み。
その休みは先生がテストの丸付けをするがための期間だ。嬉しいというべきか、憂鬱だと思うべきか。
さて、キョンの手を引き文芸部室の前へと着けばいつも通りみくるちゃんのお着替えを確認するべく扉をノックする。するといつものような、みくるちゃんの声はしなく代わりに。
「どうぞ!」
と、ハルヒの投げやりな声で、私たちは首を傾げながら入ればそこにはハルヒと有希しかいなかった。
団長机に肘をついて、パソコンのマウスを握りしめ操作している。
「なんだ、お前だけか」
「有希もいるわよ」
私は自分の定位置に鞄を置き、横でいつものように本を広げ座っている有希に声をかけるが。有希はゆっくりと顔を上げ、私を見るとまた本へと戻った。
「なんだ、お前と長門だけか」
「そうだけど、何かクレームでもあるわけ? なら聞いてあげるわ、あたしはここの団長だもんね」
クレームか、クレームならばキョンのが沢山あるだろう。そういえば、古泉くんまだなんだな。
「あたしこそがっかりよ。ノックなんかするから、てっきりお客が来たんじゃないかと思ったじゃない。ややこしい真似しないでよね」
「朝比奈さんの生着替えをうっかり目撃しないように気をつけているんだよ。あの迂濶で愛らしいかたは、ドアに施錠することをなかなか覚えないからな」
確かに毎度毎度、みくるちゃんとの生着替えに遭遇する。私ならばいいが、キョンにとっては毎度理性との戦いだな。
「それにお客って何だ? どんな客がこの部屋を訪れるって言うんだ」
ハルヒはさげすんだ表情をキョンに向ける。
「あんた、覚えてないの?」
何かしただろうか。ここ最近したことといえば、七夕ぐらいだが。
「あんたがやったことじゃないの。あたしの許可も得ずにね」
「何のことかなぁ」
「部室棟の掲示板に、あんたが貼ったポスターのことよ」
キョンは安堵の息をつき、私はポスターの存在を思い出した。
生徒会にSOS団を認可させようと、キョンがでっち上げた架空活動方針がよろず悩み相談所だったはずだ。SOS団を存続させるべく働きかけたのだが、執行部の人たちにはアホかと言われてあっけなく終了してしまった。
確か、ポスターには「相談ごと受け付けます」と書いたような気がする。それをせっかくだからと、目に付いた掲示板にキョンと一緒に貼ったのを覚えている。だけどねハルヒ、そう簡単に依頼者がくるとは思えないが。
ハルヒはマウスをぐるぐる回す。
「それより、これ見てよ。何か変なの。パソコンの調子が悪いのかしら」
そう言われ、横から覗き込めばそこに表示されるものはキョンが作ったものとは微妙に違うページが表示されている。ハルヒの描いたエンブレムは歪んでいるし、カウンタやタイトルロゴも吹っ飛んでいる。
「リロードしてみたら?」
ハルヒは更新ボタンを押すが、そのまま変わらぬままだ。異常電波でもキャッチしたのか。
「こっちのパソコンじゃないな。サーバに置いてるファイルが狂ってるみたいだ」
ローカルに置いてあるサイトをブラウザで見てみると確かにちゃんと表示されている。
「いつからこの状態なんだ?」
「さあ。この何日かメールチェックだけでサイトは見てなかったから。今日見たらこんなんになってたのよ。どこにクレームを付ければいいの?」
「やっぱり、表示させてるサーバとか?」
キョンはハルヒからマウス奪えば、保存していたトップページのファイルをサーバに上書きし、再表示してみるが。
「うむ?」
サイトはクラッシュしたままだ。一体何がダメなのだろうか。
「おかしいでしょ? アレかしら、噂に聞くハッカーとかクラッカーとか言うやつ?」
「まさか」
キョンは否定し、私もそれには同意する。こんな、言ったら悪いが何もないショボいサイト。ハッカーが目をつける筈がない。
「ムカツクわ。誰かがSOS団にサイバーテロを仕掛けてるんじゃないかしら。いったいそれは誰? 見つけたら裁判なしで三十日間の社会奉仕活動を宣告するわ」
ぷんすかと漫画だとするならば怒りマークをつけながらハルヒは口をアヒルにすれば。ノックの音が鳴り、私たちは一斉にドアの方へと振り返った。
「どーぞっ!」
ハルヒの返答に扉を開けたのは古泉くん、今日も涼しげに笑顔を浮かべ爽やか青年が入ってくる。
「おや珍しい。朝比奈さんはまだですか?」
「二年は余分に試験があるんじゃない?」
ちなみに一年はテスト最終日は三限まであり、二年になれば四限までに増えるのか。
古泉くんは鞄をテーブル横に置くと、戸棚からダイヤモンドゲームの盤を取り出しキョンに誘いの目を向けるが。キョンはそれに首を振り、古泉くんは肩をすくめ私へと誘いの目を向けた。
「ダイヤモンドゲームってどんなの?」
「そうですね、口で説明するよりかやった方が解るでしょう」
古泉くんは、私と古泉くんの真ん中にダイヤモンドゲームの盤を置き、初めて見る星型の盤に私は興味津々に食い付きしげしげと盤を見る。そして古泉くんの丁寧な説明によりルールは解り。
ルールは、確かに簡単だった。しかし、奥が深い。
しばらくゲームを続けておればこんこん。また、ノックの音。
「どーぞっ!」
ハルヒはまた大声で返答すれば、扉が開かれる。
「あ、遅れちゃってごめんなさい」
控えめに謝辞を告げながら現れたのは、順番からいきみくるちゃん。テストお疲れさまです。
「四限までテストがあって……」
必要ない言い訳を言いながら、みくるちゃんはためらうようにドア付近で佇んでおり。なぜかそのまま入ってこようとせず、ためらうように口を開く。
「ええと、その……ですね」
皆の視線がみくるちゃんに集中し、有希も見ていることに気付いたみくるちゃんはたじろいだように後ずさり、思い切ったようにこう言った。
「あ、あの……お客さんを連れてきました」
みくるちゃんの後から入ってきたお客さんは、おとなしく清楚な感じで、育ちがいいことが見てとれる。二年生、喜緑江美里さん、それが彼女の名前だ。
喜緑さんは中へと通され、みくるちゃんが入れたお茶の表面を見つめたまま、ポツリポツリと話始めた。話ている最中、話終えた後も視線をお茶の表面に固定し、顔を上げずに座っており。その横にはみくるちゃんが付き添いのように並んで、椅子に腰掛けていた。
「するとあなたは」
生真面目な顔をして、ボールペンをくるくる回していく。二人の二年の正面を陣取り、横柄な口調で喋るハルヒには度肝を抜かれる。ハルヒさん、せめて敬語敬語。
「我がSOS団に、行方不明中の彼氏を捜して欲しいと言うのね?」
ハルヒは唇の上にペンを挟んで、腕を組み考えことをしているような仕草だが。きっと私が思うに、今にも笑いだしそうになるのを堪えているのだろう。まさかキョンが適当に書き、適当に貼り付けたポスターに今まで訪れなかった客が来たのだからな。小踊りしたい気分だろう。
「はい」
喜緑さんは、湯飲みに目を落としたまま話し。私たちはその様子を端のほうで見守る。
「ふうむ」
ハルヒはわざとらしく唸ればキョンに目配せをした。キョンはやれやれとため息をつき頭を抱える。ドンマイキョン、明日の未来は明るいさ。
さて、突然だが喜緑さんの依頼はこうだ。
「彼がもう何日も学校に来ないんです」
喜緑さんは誰とも目を合わせることなく、湯飲みの縁を見つめて言う。
「めったに休まない人なのに、テストの日まで来ないなんておかしすぎます」
「電話してみた?」
ハルヒは口元が笑い出すのを止めるためか、今度はボールペンの尻をかんでいる。
「はい。携帯にも家の電話にも出なくて。家まで行ってみたんですけど、鍵がかかったままで。誰も出てきてくれませんでした」
「ふふふーん」
ハルヒは上機嫌なのか、遂にはその口元には笑みを型どる。しかし、長期外出とかそういうのではないのだろうか。はたまたヒキコモリ?
「その彼氏の家族は?」
「彼は一人暮らしなんです」
喜緑さんは未だ一度もハルヒと目を合わそうとせず、お茶に喋りかける。人と目を合わせて話すことが苦手な人なのだろうか。シャイな女の子は可愛いよね。
「ご両親は外国にいらっしゃると前に聞きました。わたしは連絡先を知りません」
「へー。外国ってカナダ?」
「いいえ。確かホンジュラスだったと思います」
「ほほーう。ホンジュラスね。なるほど」
ホンジュラス? 空耳でポンジュースとも聞こえそうだ。
「ホンジュラスってどこらへん?」
隣に立っているキョンを見上げ、尋ねればキョンは顎に手をあて天井を見上げ「メキシコの下くらいだろ、たしか」と簡単に答えた。そうか、メキシコの下か、ふーん。
「部屋にいる気配もなくて。夜中に訪ねても真っ暗でしたし。わたし、心配なんです」
喜緑さんはわざとらしく淡々と言って、両手で顔を覆った。まるで、何か舞台の演技を見ている気分だ。ハルヒは唇をうねうねさせながら頷く。
「むう。あなたの気持ちは解らないでもないわ」
キョンか、キョンのことか。ニマニマしていたのだろうか、キョンに頭を叩かれ私は頭を擦りながらキョンを見上げれば。キョンは何ニヤニヤしてるんだと言いたげに上から私を見下ろす。
いやいや、青春だな。若い子達はいいものだ。
「それにしてもよく我がSOS団の所に来たわね。まずその動機を教えてよ」
「ええ。彼がよく話題にしていたんです。それで覚えていました」
「へえ? その彼氏って誰?」
ハルヒの問いに、喜緑さんは一人の男子生徒の名前を呟いた。ん? なんだか聞き覚えがあるが。ハルヒは眉を寄せる。
「誰だっけ? それ」
喜緑さんは、そよ風のようなふんわりした声で答える。
「SOS団とは近所付き合いをしているように言っていましたけど」
「ご近所さん?」
ハルヒは天井を見上げる、喜緑さんは首を傾げるキョンとみくるちゃん。それから古泉くん、有希へそして最後に、私へと視線を首を巡らせ。一度も合わせようとしなかった目が一瞬あったような気がしたが。すぐさま、また湯飲みを見つめそれはわからなかった。
「彼は、コンピュータ研の部長を務めていますから」
コンピュータ研部長、ああ彼だったか。あの、コンピュータをハルヒによって奪われたと言ってよい、ある意味悲劇のヒロインの彼に彼女がいたとは思わなんだ。
「うん、わかった!」
ハルヒは私たち団員に、何の相談もなしに簡単にその依頼を請け負った。まあ、私たちが何か言っても基本スルーなのがハルヒなのだが。聞いたとしても「団長に歯向かう気?」と上から目線で抑えられるのさ。
でもハルヒだから許しちゃうって思ってる私は、Mなのだろうか。私、今日からマゾヒストになります。
「あたしたちが何とかするわ。喜緑さんあなたツイてるわよ。依頼人第一号として、特別にタダで事件を解決してあげるから」
いやはやお金を取ったりなんかしたら、それは学業の一貫では無くなるぞハルヒ。いや、元から学業とはかけ離れた団体ではあるが。寧ろ生徒会に認められてないため、学業の一貫の行いと言っていいのだろうか。
喜緑さんは彼氏の住所をメモ用紙に残して、まるで有希みたいに音もなくゆったりした歩調で部室から出ていった。
廊下まで見送りに行ったみくるちゃんが戻るのを待って、キョンは口を開いた。
「おい、そんな簡単に引き受けちまっていいのか? 解決できなかったらどうするつもりだよ」
ハルヒは初めてのSOS団出動によってだろうか、機嫌よくボールペン回してる。
「できるわよ。きっとあの部長は二ヶ月遅れの五月病で引きこもってるんだわ。部屋に乗り込んで二、三発ぶん殴って引きずり出せばいいだけの話よ。すんごく簡単」
どうやらハルヒも私と同じ考えのようだ。やはり部長氏はヒキコモリなのだろうか。
みくるちゃんは新しいお茶いれ直しており、私はそのせっせと動く後ろ姿を見る。
「喜緑さんとは親しいんですか?」
「ううん、一回も話したことなかったです。隣のクラスだから合同授業の時に顔を見るくらい」
みくるちゃんがいれたお茶を、のんきにすする皆は全く緊張感なしだ。これから初めての仕事だと言うのに。
ハルヒは高揚しており、大々的に依頼募集し片端から解決することを考えているようだ。ハルヒ、それでは本当にSOS団の活動が悩み相談になるぞ。
しかし、喜緑さんも喜緑さんだ。SOS団に相談するその前に警察に連絡を取ればいいものを。警察には軽くあしらわれたのだろうか。
有希が本をパタリと閉じ私たちは皆立ち上がれば、ハルヒの言うところの調査に赴く。どうか簡単に終りますようにと願いながら。
部長氏の家は一人住まい、ワンルームマンションだった。
立地から考えて大学生がメインのマンションだろう、可もなく不可もなく三階建ての建物、新しくも古いとも言えないちょうどよさげな色合い。住むならこんな所がいいな。
喜緑さんが書いた住所のメモを手に、ハルヒは階段をたったかと上がっていく。その背中を私たちは黙って追いかけていけば、一つの鉄扉は前へと着いた。
「ここね」
鉄扉の前でハルヒは表札の名前を確認している。プラケースに差し込まれていた名前は、喜緑さんの彼氏の名前。ここで確かのようだ。
「何とか開けられないかしらね」
ノブをガチャガチャと回し、施錠を確認してからハルヒはインターホン押した。いやいや、普通順序逆でしょう。
「裏からベランダに上ったらどう。ガラスを叩き割れば入れるんじゃない?」
いやいやここは三階だぞ、それにそれはもう犯罪だぞ。出来れば少年院には入りたくないのだが。
「そうね。管理人さんとこ行って鍵を借りましょう。友達が心配して来たって言えば貸してくれるわ」
人は皆、どうして礼儀正しい人は信用してしまうのだろうか。ハルヒの手にかかれば簡単に鍵を貸してくれるだろう。
私は四人の後に続き、有希が来てないことに不思議に思い振り返れば同時にカシャンと、錠のはずれる音がし、有希は無言でノブを握っていた。
「……」
有希はドアノブから顔を上げ、キョンを見つめる。ゆっくりとドアを引けば、部屋への入り口がギィーっと軋む音と共に口を開けた。
「あら」
ハルヒは驚いたように目を丸くさせ、唇を半円にする。
「開いてたの? 気づかなかったなあ。ま、いいわ。さあ上がりましょ。きっとベッドの下とかに隠れているから、みんなで引っ張り出して捕獲するの。抵抗が激しければ最悪、息の根を止めていいわ。依頼人には蜜ろうに漬けた首を届けましょう」
いや、そんなもの要らない。ってか寧ろ殺人罪で少年院行き確定してしまうぞハルヒ。
ぞろぞろと、次から次へと皆が部長氏の部屋に入っていく中。私は何故か抵抗を感じ、脚を踏み出せずにいた。
「葵、なにやってんのよ!」
「う、うん。ちょっとね」
私はドアノブを握りしめたまま、部屋の奥へと入るハルヒに視線を投げ掛ければ。ハルヒはズカズかとキョンたちの横を通り抜け、私の腕を掴み無理矢理中へと連れていかれ。私は部長氏のベッドの上へ放り出された。
「気分が悪いんだったらそう言いなさい」
「え、いや、その、すみません……」
ハルヒの圧しに、私は違うと言えず。みくるちゃんにまで心配され、私はホトホト困りながら部長氏のベッドにお世話になることにした。
「気分悪いのか?」
ハルヒがバスルームやベッドの下を覗き、人の姿がないことを確認すれば次の場所へと捜しに行き、入れ違いにキョンが私の傍へとやってきた。
「ううん、そういうのじゃないんだけど……」
歯切れの悪い私の言葉に、キョンは訝しい目つきで私を見下ろし両手を私の頬に当てたかと思えば、そのまま左右に引っ張られた。
「ひゃにすりゅの」
「昔っからお前よく伸びるな」
そのまま伸ばされたまま、ぐりぐり回され片方ずつ外されれば。私は頬を押さえ、キョンを見上げる。
「今のに意味はあるのか」
「いや、ないな。全くないな」
無いのかい、ならば私はただ頬を引っ張られ損ってことではないか。
「ただな」
うん?
「何か言いたいことがあるなら言え、俺が無理なら古泉でも長門でもいい。そうやって抱えこむな」
「キョン……」
キョンは、私の頭に手を載せればぐりぐりと髪の毛がハチャメチャなことになるほど撫で回し、その顔は苦笑いしていた。
しかし、キョン。今のはまるで……。
「お父さんみたい」
一瞬、キョンの手の動きが止まり。私の頭から手を下ろせば、その手をそのまま自分の顔を押さえ、ため息を盛大についた。
そんな落胆させるようなこと、私言ったかな。
「ちょっとキョン! あんた真面目に調査しなさい!」
ハルヒが戻ってきてキョンを指さしながら迫れば、キョンはハイハイと投げやりに返事をし。ベランダの窓を開け、顔を覗きこんだ。
そういえば、今の今までよく部長氏の部屋を見ていなかったが。なかなか男の部屋だと思えば、綺麗にされていると思える。
寝室には本棚と衣装ケース、ちゃぶ台みたいな机とパソコンラックがありそれぞれきっちり整理整頓して置いてある。
一通り見たのち、ハルヒへと戻せば。キョンがベランダの窓を閉め、戻ってきた。
「どうだった?」
「残念ながら洗濯機しかなかった」
キョンは肩をすくませれば。ハルヒは私の腰かけるベッドに飛び乗り、リズムよく跳ねる。その反動でスプリングが跳ね、ギシッと軋む音と振動が来る。
「おっかしいな」
ハルヒは首を傾げ、一度部屋の中をぐるりと見回す。
「部屋の隅で膝を抱えて丸くなってると思ったのに、コンビニに行ってるの? キョン、あんた他にヒキコモリが行きそうな所って知ってる?」
コンピュータ研の部長はヒキコモリ決定かい。
キョンは本棚に並ぶパソコン関連の書籍を眺めていると、有希が手を伸ばし後ろからシャツの裾を引っ張り。
「……」
有希は無表情にキョンを見上げ、ついっと顎を横に振った。
「出たほうがいい」
小さく囁く有希の声は今日初めて聞いたかもしれない。しかし、出たほうがいいと。やっぱりこの異様な感触というか、雰囲気というか、何かあるんだな。
ハルヒとみくるちゃんは気づいてないが、古泉くんは気づいてるのかキョンの耳元に顔を寄せた。
「僕も同感です」
取り繕った笑顔、目だけ笑わせずに私へと視線を投げ掛ければ。またキョンへと戻す。
「この部屋には奇妙な違和感を感じます。これに近い感覚を僕は知っている。近いだけで根本的に違うような気もするのですが……」
ハルヒはいつの間にかベッドから飛び降りており、勝手に冷蔵庫を開ければ何か発見したのか。中からトレーに入り、上からラップされている物を取り出した。
「ワラビ餅発見! これ、賞味期限昨日になってるわ。もったいないから食べましょ」
袋を破き、おろおろしているみくるちゃんの口元にハルヒはワラビ餅を差し出し、それに律儀に答えるみくるちゃんは口に含みおろおろしながらも口を動かす。
なんだか和む光景だ。つか、お腹大丈夫だろうか。
「何に近いって?」
キョンも自然と小声になる。
「閉鎖空間です。この部屋はあそこと同じような香りがする。いえ、香りというのは比喩表現です。肌触りといいますか、そういう五感を超えた感触です」
凄いな、さすがエスパー古泉。だてに経験積んでないな。
「葵さんも、それを感じとったのではありませんか?」
「うん、閉鎖空間みたいかはわからないけど。何となく変な感じが身体にまとわりついてる」
なんと例えたらよいのだろうか、まるでスライムの海に飛込んだような。ナメクジが身体にまとわりついているような。まあとにかく、気持ち悪いってことだ。
「次元断層が存在。位相変換が実行されている」
うむ、よくはわからないが、とにかくもう一つ空間があると考えていいんだな。
キョンは私、古泉くん、有希に合図をしてからハルヒへと顔を向け。ワラビ餅を食べるハルヒに、何か言いハルヒはそれに頷き皆に撤退するよう言い渡した。
全員でマンションを出れば、ハルヒは空腹を理由に本日解散を宣告した。
確かに、お腹と背中がくっつくほどではないがお腹が空いたな。
「いい、キョンはしっかり最後まで葵を送っていくのよ!」
「いや、大丈夫だからさハルヒ」
私は乾いた笑いを洩らせば、ハルヒは私の額にデコピンを喰らわし。
「いいから、あんたは素直に言われた通りにする!」
背中を押され、キョンの胸に押し付けられた。く、苦しい苦しい。そして満足したのかじゃ、とハルヒは一人帰っていく。
喜緑さんの運んできた事件は一時棚上げのようだ。
「そのうちなんとかなるでしょ」
という無責任な発言によって思考停止、もう一生未解決のままだったらどうしよう。これといって証拠も掴めないままだし。
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