「えっと、線路沿いに南に下りる……南ー南」

 キョンは通行人の目をはばかるようにして、私の前に立ち未来みくるちゃんが示した道筋を辿る。
 最初こそは、私が先頭に立ちキョンを誘導しようとしたのだが。北と南を間違え、お前は着いてこい無理はするなと言われ、今に至る。別に無理はしてない。
 ただちょっと方向を間違えただけさ。
 徐々に人通りのまばらになる道を十分ほど歩き、ひょいと角を曲がったところに目的地があった。
 東中学校。谷口くんとハルヒの母校だ。まさかハルヒの母校に来るとは思わなかった。
 カシャン
 微かにだが、そんな音がし校舎に向けていた視線を、門へと移せば誰かが張り付いている。いましも鉄製の門をよじ登ろうとしている、小柄な人影がある。

「おい」


「なによっ」

 その顔は、年相応に幼いがその口調、かもしだす雰囲気は私の知っているあの人に似ていた。
 見間違う筈がない、Tシャツ短パンとラフな恰好をしているが、それは涼宮ハルヒ。三年前の彼女だった。

「なに、あんたたち? 変態? 誘拐犯? 怪しいわね」

 街灯の光が、わずかに周囲を白く照らす。表情は見えないが、雰囲気的に不審人物を見る目になっているだろう。なんせ片や寝息を立てて寝ている少女をおぶっており。片や子どもの浴衣を着て、メイドキャップをかぶっているのだからな。

「あんたのそれはコスプレ?」
「いや、私のご主人様の命令で着ているだけです」

 上から下まで、ジロジロと視線が行き来し。私は顔を見られないよう、笑ったままハルヒを見下ろす。
 人は結構目で特定されるからな、目さえなければ案外わからないとこの前テレビで言っていた。本当かは知らないけどね。

「おまえこそ、何をやってるんだ」
「決まってるじゃないの。不法侵入よ」

 何の躊躇なく、あっさりと自白するハルヒに私は目を瞬く。

「ちょうどいいわ。誰だか知らないけどヒマなら手伝いなさいよ。でないと通報するわよ」

 通報されては困る。こんな恰好で通報されたら私は怪しい、頭のおかしい変な女になってしまう。
 ハルヒはぴょんと軽やかに鉄扉の内側に飛び降りて、鍵を取り出せば南京錠を開ける。

「何でお前が鍵を持ってるんだ?」
「隙を見て盗み出したの。ちょろいもんだわ」

 ハルヒは鍵をズボンのポケットに入れれば、校門の鉄扉をゆっくりとスライドさせて、私たちを手招き。頭半分くらい低い背丈に歩み寄り、キョンはみくるちゃんをかつぎ直す。
 東中学は正門入ってすぐグラウンドになっており、その向こうに校舎そびえている。朝はこのグラウンドいっぱいに生徒達が登校するのだろう。
 ハルヒは真っ暗なグラウンドを斜めに横切るように歩き始め。グラウンドは先ほどの街灯のともる路以上の暗がりで幸い、顔が見えないだろう。
 ハルヒは運動場の隅っこまで真っ直ぐ前進すると、体育用具倉庫の裏へ私たちを連れて行く。サビだらけのリアカーに車輪つきの白線引き、石灰の袋が数個転がっている。

「夕方に倉庫から出して隠しておいたのよ。いいアイデアでしょ」

 自慢気に言い、ハルヒは自分の体重くらいありそうな粉袋を荷台に積み込み、取っ手を持ち上げた。

 リアカーが危なっかしく押されていき、私はすかさず代わろうと申しでるがハルヒはリアカーは渡さず線引きを持てと言うので線引きを引きずって持っていく。
 キョンはみくるちゃんを起こさぬよう、慎重に降ろすと用具倉庫の壁にもたせかけた。

「代わってやるよ。それよこせ。線引きはお前持て」

 どうやらハルヒは、私が女だから躊躇していただけらしい。キョンの申し出に、ハルヒはリアカーを渡せば使えるものは使っとけ根性で、キョンをこき使い始める。性格は三年前も変わらずだ。

「あたしの言うとおりに線引いて。そう、あんたが。あたしは少し離れたところから正しく引けてるか監督しないといけないから。あっ、そこ歪んでるわよ! 何やってんのよ!」

 見ず知らずの高校生&コスプレイヤーに平気で命令する気合いはハルヒらしい。
 私が粉を線引きの中に流し込めば、キョンは一旦試し書きをし。ちゃんと出てるのを確認すれば、ハルヒの指示する場所へと引いていく。
 その間宿直の教師が出てきたり、付近の住人の通報を受けたパトカーがやってくることもなく、迅速かつ平和にキョンはハルヒの指示のもと三十分ほどグラウンドを右往左往して白線引く。
 谷口くんの言ってた、グラウンドの謎のメッセージをまさかキョンが書いてたとは誰が思っただろうか。
 キョンが苦心の末描ききった模様郡を、しらじら眺めて黙りこんでいるとハルヒが横にやってきて白線引きを奪い取った。どうやら最終微調整なのか、線を加えながら。

「ねえ、あんた。宇宙人、いると思う?」
「いるんじゃねーの」

 粉が無くなったのか、私を手招きし。私は袋を抱えハルヒの元へと行く。宇宙人か、案外身近に居たな。

「じゃあ、未来人は?」
「まあ、いてもおかしくはないな」

 ちょうど寝ている彼女が未来人ですよ。そういえばこの次元でいえば、私たちも未来人か。

「超能力者なら?」
「配り歩くほどいるだろうよ」

 ふと超能力者と聞き、古泉くんの顔が思い浮かび、次に赤い玉がくるくる回っているのが頭の中を横切った。

「異世界人は?」

 キョンは言葉を詰らせ、私を一瞥すると何事もなかったかのように言う。

「案外近くにいるかもな」
「ふーん」

 ハルヒは白線引きをがしゃんと投げ出すと、ところどころを粉まみれさせた顔を肩口で拭って。

「ま、いっか」

 キョンは、何かまずった事を言ったかと落ち着かないのか私に目でコンタクトを取る。
 しーらない。
 私はハンカチを取り出せば、ハルヒの顔に手をそえ、拭えきれなかった粉を拭う。ハルヒはその間、目を閉じて素直にされるがままになっており、何だか可愛らしかった。

「はい、OK」
「ありがとう」

 私はハルヒにハンカチを渡し、他に拭きたい所あったらそれで拭ってと言えば。ハルヒはハンカチを手に持ったまま、凝視すれば「洗って帰すから」と小さいながらに言い。私は「待ってる」とその頭を撫でる。
 ハルヒはそのまま、ハンカチをポケットを入れればキョンを上目づかいで見る。

「それ北高の制服よね」
「まあな」
「あんた、名前は?」
「ジョン・スミス」

 私はその名前に、口に手をあて笑いを堪えようとするが吹き出し笑ってしまい。

「……バカじゃないの」
「匿名希望ってことにしといてくれ」
「あんたは?」

 ハルヒは、私を今度は見上げ私はしばらく考えたのち。

「ジェニファー・スミスってことで」

 ハルヒはその答えに、反論する気もなくなったのか。今度はみくるちゃんを見る。

「あの娘は誰?」
「俺の姉ちゃんだ。突発性眠り病にかかっていてな。持病なんだ。所構わず居眠りをするので、かついで歩いていたのさ」
「ふん」

 信じてない顔でハルヒは下唇を噛んで横を向く。
 でも、本当にある病気だからな。確かナルコレプシー。
 詳しくは便利な世の中でお願いします。ただ、簡単にまとめれば日中、どんなに寝ても空腹でも突然激しい睡魔に襲われるらしい。
 それは本人にも止められず、大変なんだとか。でも治る病気らしいため、まだいい方なのだろう。

「それで、これはいったい何なんだ」
「見れば解るでしょ。メッセージ」
「どこ宛だ? まさか織姫と彦星宛じゃないだろうな」

 ベガとアルタイルと言いなさい。どうやらキョンの言葉通りだったらしく、ハルヒは驚きに目を真ん丸させた。

「どうして解ったの?」
「……まあ、七夕だしな。似たようなことをしている奴に覚えがあっただけさ」

 ハルヒの目の輝きが増し、その表情は無邪気な子どもそのもの。

「へえ? ぜひ知り合いになりたいわね。北高にそんな人がいるわけ?」
「まあな」
「ふーん。北高ね……」

 実際、それはハルヒ君自身だから知り合えはしないだろうが、その姿を見ると会えたらいいね、と言いたくなる。


 思案げにハルヒは呟き、沈黙したかと思えばいきなり踵を返した。

「帰るわ。目的は果たしたし。じゃね」

 用が済めば、私たちは用済みってことでお礼も言わず、すたすたと帰っていくハルヒはどこまでもハルヒのままだった。
 私たちは、手分けしてハルヒのほったらかしにしたままの、リアカーと石灰を倉庫裏に戻し、キョンはみくるちゃんの起こしかかる。
 上下する肩に、くうくう寝息をたてる口。起こすのが勿体無いが起こさなくては帰れないからな。キョンはみくるちゃんの肩に手をやれば、緩やかに揺する。

「みゅう……。ふぁ。へっ? ……なん」

 可愛らしい寝言と共に、目を開けたみくるちゃんはひとしきりキョロキョロしたのち。

「ふぇふっ!」

 とかなんとか言いながら、立ち上がる。

「なななな……なんですかココ、何がどうして今はいつですかっ?」

 今は三年前、何がどうして……、って未来みくるちゃんについては言えないし。何と言ったものか、キョンもどういったものかと脳内で模索しているのか答えない。

「あっ」

 みくるちゃんが突然叫びよろめき、その顔は暗い中でも青ざめるのが見て取れる。
 何かあったんですか?
 みくるちゃんは、何か探すように身体中を両手で探りながら。

「TPDDが……ありません。ないよう」

 みくるちゃんは眉を寄せ泣きそうな顔になり、しまいには本当に泣き出してしまった。
 目に手を当ててベソをかくみくるちゃんの姿は、年上の女性に対して失礼かもしれないが。迷子になった幼女みたいに可愛らしい。
 私はみくるちゃんの頭を撫で、背中をさする。

「TPDDって何ですか?」
「ひくっ。……禁則項目に該当しますが……。タイムマシンみたいなやつです。それ使ってこの時代まで来たのに……どこにもないの。あれがないと、元の時間に帰れないぃ……」
「ええと、何でないんでしょうか」
「解りません……。なくなるはずがないのに……。なくしちゃった」

 なくなるはずがないのに、なくなった。それは誰かが行為で取るしかない。未来みくるちゃんか?

「誰か助けに来てくれたりは――」
「あり得ません。ううう」

 涙ぐみつつ、みくるちゃんは説明してくれた。



「時間平面上の既定の出来事はすでに決定しているはずだから、TPDDが存在するならば確実に手元にあるはずなの。ひっく、それが無いってことはそれが既定の出来事であるから『無い』のはすでに決定された既定みたい」

 えーつまり、私たちがこのようになるのは。既定事項、すなわちこうならなきゃいけないってことか。

「つまり、俺たちはどうなるんですか?」
「うっうっうっ。つまり、このままです。わたしたちは、この三年前の時間平面上に取り残されて、元の時空には帰れません」

 それは困ったな。どうやって帰るんだ。
 きっと帰れるのは確かなんだろう、だって帰れなければ。未来のみくるちゃんは居ないはずだからな。
 みくるちゃんが泣きじゃくり、オロオロしているのとは、真逆にキョンは落ち着いている。

「葵の力では帰れないのか」
「私は空間移動、時間移動とは違うんだよ」

 それに、力を発動する条件を知らないしな。出来たとしても、条件探しから始まるぞ。
 キョンは頭をかき、みくるちゃんから目を転じてグラウンドへと視線をさまよわせた。
 校庭に書いた白線、それは何と書かれているのかはハルヒにしかわからないが。どこかで見たような気がする。
 キョンはポケットから有希にもらった短冊を取り出し、校庭の白線と見比べる。

「何とかなるかもしれません」

 みくるちゃんはその言葉に涙目でキョンを見上げ、キョンは短冊見続ける。その短冊には、ハルヒのメッセージと同じものが書かれていた。
 そそくさと東中立ち去り、どこに向かうかと思いきやキョンが足を止めたのは、駅前の豪華分譲マンション前であった。ここはお馴染、有希の住まいでもある。

「ここは……長門さんとこ?」
「ええ。いつから地球にいるのか詳しく訊いてませんが、あいつのことですから三年前にもこの世にいたでしょう……たぶんね」

 マンションの玄関口で708号室を呼び出す。ピンポーンと控えめにチャイムが鳴りぷつん、と音がし、インターホンに誰かが出たことを如実に示す。
 おどおどするみくるちゃんはキョンの袖を掴み私を見上げる。大丈夫ですよみくるちゃん。
 キョンはマイクに言った。

「長門有希さんのお宅でしょうか」
『……』

 向こう側からは、無言の返答が返ってくる。

「あー。何と言っていいものか俺にも解らんのだが……」
『……』


「涼宮ハルヒの知り合いの者だ――って言ったら解るか?」

 向こう側の空気が凍りつくような気配がした。現在の有希は三年前の有希だ。そりゃ突然見ず知らずの人が重要人物の名前を言ったら誰だって身構える。

『入って』

 カシャンと音を立てて玄関の鍵が開く。おっかなびっくり状態のみくるちゃんの手を私は引き、エレベーターに乗り込み。目的地の七階へと上る、目指す部屋はかつて私たちが訪れた708号室。
 来たことがある部屋の筈なのに、緊張してくる。キョンがベルを押してすぐに、ゆっくりと扉が開いた。
 ゆっくり開く扉に、現れた有希。そこには三年後と変わらぬ姿の有希が立っていた。しかし、どことなく雰囲気が違うような気がする。北高のセーラー服に、いつかのように眼鏡をかけているからだろうか。

「よお」

 キョンは片手を上げて愛想笑いを有希に向け。私も「元気?」と笑いかけるが、反応は返ってこず有希は無表情。みくるちゃんは私たちの背後で隠れるように震えている。

「入れてもらっていいか?」
「……」

 無言で有希は部屋の奥へ歩き出し、私たちはそれをイエスと解釈し、あがり込ませてもらうことにした。
 靴を脱ぎ、リビングへと向かう。それは三年後と変わらず、リビングへ着けば見慣れた殺風景な部屋へとつき。有希はそこに突っ立って私たちが入ってくるのを待っていた。
 そのまま座るのも無礼に当たるため、立ったまま私とキョンはところどころはしょりながら。これまでの事情を説明すれば。眼鏡のレンズを通し、時折瞬きする有希の瞳がキョンと私を見つめる。
 五分ほど話しただろうか。

「……で、だ。三年後のお前はこんなものを俺にくれたんだ」

 キョンはズボンから再び、三年後の有希がくれた余りの短冊を、差し出せば。有希は瞬き一つ眺めて、奇怪な文字郡に指を這わせたまるでその指は、大事な言葉を読みとっているようだ。
 まさか、あれには有希の隠された言葉があるとか何か重要な言葉が書かれてたりするのか。

「理解した」

 短冊から指を離せば、有希は簡単にうなずく。そんなすぐ理解出来るものなのだろうか、宇宙人って凄いな。
 キョンは額に手を当て、何事か考えこみ。

「俺はとっくに長門と知り合ってたわけだが、三年前……今日のお前……つまり今のお前だ。お前は俺たちと出会うのは今日が初めてなんだよな」

 そういえば、初対面となるのだな私と有希は。何か変な気分だ。


 有希はその問いに平然と淡々と答える。

「そう」
「それでその……」
「異時間同位体の当該メモリへアクセス許可申請。時間連結平面帯可逆性越境。情報をダウンロードした」

 イジカンドウイタイ? いやはや全く意味がわからないのですが。私の頭の中の辞書が少ないせいか、まったくわからん本気にわからん。

「現時点から三年後の時間平面上に存在する『わたし』と、現時点にいるこの『わたし』は同一人物」

 まるで私と彼女みたいだな。いや、私と彼女は時間ではなく元からある情報を引き出すためだから違うっていえば違うな。

「それがどうした。それはそうだろう。だからと言って、三年前の長門が三年後の長門と記憶を共有しているわけはない」
「今はしている」
「どうやって」
「同期した」
「いや、解らんけど」

 それ以上答えず、有希はゆっくりと眼鏡を外し。見慣れた無感動な瞳がキョンを見上げ、瞳が動き私を見つめ瞬く。

「何で北高の制服着てんだ? もう入学してんのか」
「してない。今のわたしは待機モード」

 待機モードって、ならばご奉仕モードや運動モードとかあるのか。もしかしたら最強モード、フリーバトルモードとかあったり、って途中からゲームになってるないかんいかん。
 私は頭の後ろを小突き、話を戻す。

「待機って……あと三年近くも待機しているつもりなのか?」
「そう」
「それはまた……えらく気の長い話だ。退屈じゃないのか?」

 有希は首を横に振る。

「役目だから」

 真っ直ぐに瞳はキョンに向かって見つめる。

「時間移動する方法は一種類ではない」

 有希は感情なしな声で言う。いきなり話飛んだな。

「TPDDは時空制御の一デバイスでしかない。不確かで原始的。時間連続体の移動プロセスには様々な理論がある」

 今まで黙っていたみくるちゃんが手を握り直し。

「あのう……それはどういう」
「TPDDを用いた有機情報体の転移には許容範囲ではあるがノイズが発生する。我々にとってそれは完全なものではない」
「長門さんは完全な形で時間跳躍できるの?」
「形は必要ではない。同一の情報が往復できさえすれば充分」

 どうも高度な話だ。キョン先生私ついていけません。

「それはいいんだけどさ」

 キョンはみくるちゃんと有希の間に割って入り、話を中断させる。


「今はタイムトラベル談義をしている場合ではないだろう。俺と朝比奈さん、葵がどうやったら三年後に帰れんのかが問題だ」
「帰れることは出来るの?」

 有希は考えもしなず、それはもう簡単にうなずく。

「可能」

 可能って、私たちは情報を移動させたりなんか出来ないぞ。
 有希は立ち上がれば、居間の隣の部屋へと続く襖開けた。

「ここ」

 通された部屋は和室。畳敷きで畳以外なにもないのが何とも有希らしい。般若でも、掛軸でも何でもいいから飾りたくなる。
 私が辺りを物色しておれば、キョンに首根っこを捕まれ。離せともがいておれば。有希は押し入れから、布団を取り出し敷きはじめた。

「まさかとは思うが……。ここで寝ろって言うのか?」

 キョンが私から手を離し、にわかに信じがたい出来事が起きるのではないかと言いたげな表情で有希を見る。
 有希は掛け布団抱えたまま、キョンに振り返り変わらぬ淡々とした口調で。

「そう」
「ここで? 朝比奈さんと葵と? 三人で?」
「そう」

 川の字が出来るな。親子みたいに雑魚寝もいいよな。
 一人しみじみと三人で寝ることに、悶々と想像に浸っていれば。キョンは横目でみくるちゃんを窺い。みくるちゃんは遠慮がちにへっぴり腰になって、真っ赤に顔を染めていた。
 しかし、有希はかまうことなく。

「寝て」
「そんな単刀直入な」
「寝るだけ」

 いやそりゃ寝るだけだろ。まさか、枕投げするわけにもいかないし。
 キョンとみくるちゃんは顔を見合わせ、そして二人揃ってこちらを向く。な、なんですか。
 私は少しひいていると、片方の腕をキョンに取られ。もう片方の腕を顔を真っ赤にしたみくるちゃんに取られた。
 そして何事かと思いきや、そのまま布団に引きずられていき。私を真ん中に、二人は端の布団に潜りこむ。二人ともシャイなんだから。
 有希はその様子を見届ければ、壁際の蛍光灯スイッチに手をかけ何事かをつぶやく、何て言ったのだろうか。聞き取る前にパチリと音がして、電気消え。隣から布団と衣類が擦れあう音がし、私は目を閉じた。


 と、思ったらまた電気が点いた。パチパチ瞬いていた蛍光灯が光量安定させてく。
 有希が何か忘れたのだろうか、と目を開けて天井を見るが一向に電気が消える様子もなく。私は仕方なく身体を起こせば、両端で眠っていた二人は顔を見合わせており。みくるちゃんは両手で掛布団の端を握りしめつつ、困惑の表情で何があったのか目で問いかけてくる。
 寝ようとして、んで電気ついて、あれ何か微妙に違和感を感じる。今は変わらず三年前なのだろうか。それとも、元の時間?
 私は顔を壁際に備えつけられているスイッチへと向け、その傍に立つ有希を見る。スイッチに手を掛けた状態で、有希は私たちを見つめるがその顔に感情めいたものがあるような気がする。いや、よくわからないけどそんな気がした。
 キョンも何か有希から感じとったのかマジマジみやった。
 隣から空気を吸う音がし、キョンがこちらを向き奥にいるみくるちゃんをみれば。みくるちゃんは右手首に巻いたデジタル腕時計を何やら操作していた。
 どうかしましたか、みくるちゃん。

「えっ? うそ……! えっ? ほんとに?」

 キョンはみくるちゃんの腕時計を盗み見て、私も時計を見るが何ら変わりないただの時計だ。

「まさかそれがTPDDとやらでは」
「違います。これはただの電波時計です」

 みくるちゃんは、嬉しそうに微笑みを浮かべ。こちらまで嬉しくなる。
 しかし電波時計か、私の家にもあるが何故か時間がずれるんだよな。

「よかった。帰って来れました。わたしたちが出発した七月七日……の午後九時半過ぎです。本当によかった……はふ」

 心底安堵しきった声でみくるちゃんは息をつく。どうも三年後に帰ってきた感じがしないが、戸口に佇む有希の雰囲気が、少し三年前に比べ緩んでいるような気がするので、たぶん三年後に戻ってきたのだろう。

「でも、どうやって?」

 茫然とみくるちゃんは有希に尋ねれば、有希は無感動な口調で言う。

「選択時空間内の流体結合情報を凍結、既知時空連続体の該当ポイントにおいて凍結を解除した」

 言葉を切り、間を少しあけ言いたす。

「それが今」

 みくるちゃんは立ち上がりかけていたが、何かに不意を突かれたかのようにクタクタと両膝つき。また座りこんだ。

「まさか……。そんな……なんてこと……。長門さん、あなた……」


 どうかしたのだろうか。今の言葉にみくるちゃんにとって信じられないことでも言っていたのだろうか。
 私は視線をみくるちゃんから有希へと向けるが、有希は黙ったままだった。

「どういうことです?」

 キョンも何事か理解出来なかったのかみくるちゃんに尋ねれば。みくるちゃんは未だ座ったまま、キョンを見上げる。

「長門さんは――時を止めたのです。たぶん、この部屋ごとわたしたちの時間を、三年もの間。そして今日になって時間凍結を解いたのね……?」
「そう」

 有希は頷き、みくるちゃんは口元に手をあてる。

「信じられません。時間を止めるなんて……わわわ」

 みくるちゃんは、腰を砕けさせたまま息を吐いた。
 時間を止めた、それはその言葉通り時間の流れに逆らい。己の肉体の損傷、老化を防ぐのだが。
 この体は三年前の体なのか。久しぶりに体を動かすのだが本人も、体もそんな気がしない。
 私は手を握ったり開いたりしていれば、キョンは考えこんでおり。有希を見る。

「俺が最初に訪問してこいつの電波話を聞いてたとき、この隣の部屋には別の『俺』が寝ていたのか」
「そう」

 ああ、そういえばそんな事もあったな。ならば私が二度目に有希の家を訪れた時も、世界が大変になっていた時も、私たちはここで寝ていたのか。

「あ、だからか」

 声をあげた私に、キョンが怪訝そうにこちらを向き。有希やみくるちゃんまでこちらを向く。

「何がだからなんだ?」
「その、私感じるっていうか解るんだ。私と親しくしている人が何か危険にさらされたり、何処かの空間に入って居場所が解らなくなったりしたらそれが解るの」

 キョンが首をひねり、何が言いたいんだ結局と言いたげな表情で私の目をみる。

「最近変だって感じたの、キョン以外にもう一人キョンが居るの。でも何処にいるかは解らない、私の中の緊急プログラムでは現時間内にいるキョンが居れば察知してくれなかったから」

 でもこれで解った。今まで感じていた違和感は、私たちだったのか。解ればすっきりだ。すがすがしい気分。

「まあ、なんだお前の中で解決したことなんだな、それは」
「うん」

 頷けば、キョンは頭をかきながら有希へと向き直る。

「……それより長門。要するに、じゃあお前は、あの時、大概の事情を知っていたんだな? 俺のことも、今日のことも」
「そう」


 キョンとみくるちゃんは茫然と放心状態だ。キョンは暫くすればため息混じり、感心するように有希を見つめる。

「いつも器用な真似ばかりすると思っていたが、まさか時間まで止めてしまうとは思いもしなかった。無敵じゃないか、それって」

 確かに、時間移動も空間移動も攻撃、情報操作と何でも出来る超人ではないか有希は。いや寧ろ宇宙人はと言ったほうが正しいだろうか。

「そうでもない」

 しかし有希はそれに首を横に振り否定をする。

「今回のは特別。特例。エマージェンシーモード。滅多にない。よほどのことがないと」

 それが今回ね、そんなによほどだったのか。

「ありがとよ、長門」
「ありがとう有希」
「別に、いい」

 にっこり笑ったり、照れたりすることもなく、ただ淡々と言い有希はうなずく。そこが可愛いのだが、照れたり笑ったりする有希も見てみたいもんだ。
 有希はキョンに幾何学模様の描かれている短冊を突きつけ、キョンはそれを受け取る。紙の質は見るからに劣化しており、三年たてばそうなることを物語っていた。

「ところでさ。この短冊の模様なんだけど、何て書いてあるか読めるか?」

 何気なく聞くキョンに有希は何の躊躇いもなくまるで本を音読するかのような口ぶりで言う。

「私は、ここにいる」

 私は、ここにいる。頭の中で繰り返すその言葉。よし、まずどれが私にあたるのか教えてくれ。
 意味は解ったが、どうやったらそう読めるのかなんてさっぱりだ。

「そう書いてある」

 キョンは虚をつかれたように目を丸くさせ短冊をまじまじと見る。

「ひょっとしてだが……。その地上絵か記号みたいなの、どっかの宇宙人が使っている言語になってるんじゃないだろうな」

 有希は答えなく、ただ謎が深まるだけだった。

 その後、有希の部屋をお礼の挨拶と共に後にし私たちは都会の明かりによってまばらにしか見えない星が瞬く夜空の下を歩きみくるちゃんを送っていく。

「朝比奈さん、俺たちが過去に行くことに何の意味があったんですか?」

 確かにそうだ、これぐらいなら私たちじゃなくてもよいのではないだろうか。
 みくるちゃんは懸命に何か考え、ついと顔を上げその表情は少し困ったように眉が寄せられる。そして消え入りそうな声で言う。

「ごめんなさい。わたし、その……実は、ええと……よく解っていないんです……。わたしはその、下っ端……いえ、末端……いえ、その研修生のようなもので……」
「その割にはハルヒの近くにいるようですが」
「だって、涼宮さんに捕まってしまうなんて、考えてもみなかったもの」

 すねたかんじにいう、みくるちゃんは可愛いらしい。キョンもそう感じたのか、鼻の下が伸びている。ええい、けしからん!

「わたしは上司というか、上の人というか……その人の指令に従っているだけなの。だから自分でもしていることの意味が解らなかったりするんです」

 恥じるように話すみくるちゃんの姿に、先ほど出会った未来みくるちゃんの姿が思い浮かぶ。まさか彼女が上の人だったりしたり、するのだろうか。

「そうですか」

 そう呟きながら、キョンは首をひねる。

「うーむ」

 どうかしたのか、顎に手を当てるキョンに尋ねれば。キョンは手を振りいや、と軽くあしらわれる。

「それじゃあ、この辺で送ってくれてありがとうキョンくん葵ちゃん」

 気づけば、いつもSOS団で集合している駅前へとついていた。夜のためか、帰宅につくサラリーマンの姿がある。

「いえいえ、このくらい。ね、キョン」
「ああ」

 キョンは笑顔を浮かべ、それに答えればみくるちゃんは何度もお辞儀しながら、名残惜しそうに去っていく。
 私たちはその姿が見えなくなるまで見送れば、家路につこうと歩き鞄を部室に置いてきたことに気づいた。

「鞄うんぬんの前に今気づいたんだけど、私制服も学校だった」

 周りの目が突き刺さると思いきや、服はあの子どもの浴衣のままだった。絶対周囲からは痛いやつだと思われているだろう。まだ夜中でよかったことを喜ぼう、もしこれが昼間だったならば私は死んだな。

「キョン、服かして……」

 隠れるようにキョンの背中に回り、シャツを掴みねだれば。キョンは頭をかきながら、ため息混じりに承諾してくれた。
 もつべきものは友とはよく言ったものだ。

 その後、私は人目を避けるように暗がりを歩きながらキョンを盾にキョンの家に上がり込めば。何故かその流れから、キョンの家でご飯を食べることになり。
 結局帰るのは、十時を回っていた。

「いやー、ご飯おいしかったよありがとう」

 帰り道女の子一人は危ないからというキョンのお母さんの言葉に、キョンは自転車をだしてくれた。


 しかし、キョンの服全体的に大きいんだが。下手したらシャツだけで身体隠れるぞ。

「ちゃんと捕まっとかないと、振り落とされるぞ」

 キョンのその言葉に合わせたかのように、自転車が全体的に揺れ。私はキョンの腰に勢いよく腕を回せば、キョンの肩に力が入ったように見えた。

「そういえば、お前短冊になんて書いたんだ?」
「え、だからイカリング、つまみ、」
「本当は違うんだろ?」

 私の家の前に着き、浴衣の入った袋をキョンから貰えば。キョンはそのまま帰ることなく、そんなことを聞いてきた。
 まあ、確かに本当の願いは隠されてるが。

「禁則事項です」

 みくるちゃんみたく、片目を閉じ人差し指を口元にあて言えば。キョンは私の頭に手を置き、グリグリと撫で回し。その顔は暗がりでよく見えないが、何となく赤い気がする。

「ムラムラきましたか」
「話をそらすな」

 手を離され、私はキョンを見上げ暫く考えたのち。

「なら明日までの宿題、明日になってもわからなかったら教えてもいいよ」

 私は手を振り、別れの言葉を言えば家の中へと入り。後ろから呼び止めるキョンを振り払う。
 少しぐらい、意地悪してもいいだろう。

 翌日、日付で言えば七月八日。早めに体操服を着て、片手にはキョンの服とコスプレ衣装の入った袋を持ち学校へと向かえば。早く来たお陰か、生徒は部活の為に早く登校した生徒ぐらいで全体的にまばらだった。
 私は誰かに見つかる前に、部室のある旧館へと向かい鞄と制服があることを確認すれば、ホッと息をつき制服へと着替えた。
 しかし、朝の部室とはこれほどに寂しいものなのか。静かな部室に布の擦れる音がするのみ。
 あんまり、こういう雰囲気は好きじゃないな。
 服を着替え終え、椅子に座り持ってきた朝ごはんを食べたのち。まだ時間が余っていたためその場に寝ることにした。
 ちょうど毛布もあるし、いざとなったらまだ鞄を取りに来ていない二人が起こしてくれるだろう。
 私は自分の腕を枕にし、窓の外に垂れさがり風に揺れる笹の葉を見ながら眠りへとついた。

 髪に何かが触れる感触。頬を指でそっと撫でる感触。誰だ、と目を開けようとする前に、その人物によって身体を揺すられ声をかけられる。

「おい、起きろ」
「ん、」

 目をうすらと開け、視線をさまよわせれば。キョンの姿があり、私は目を擦りながら欠伸をする。


「おはよ……」
「ああ」
「あ、これありがとう」

 私は足元に置いておいた袋をキョンに差し出し、毛布を畳む。
 気づけばかなりの時間寝ていたことが解り、私は鞄を持ち上げればキョンを促し行くことにした。

「しかし、よく寝てたな」
「私どうやらロングスリーパーらしくて、十時間以上寝ないと身体がもたなくてさ」

 昨日結局眠りに入るのは遅く、ついでに言えば起きるのも早く設定したため身体が朝から重く睡魔にかなり襲われていた。しかしよかったよかった、やはりキョンなら起こしてくれると思っていたさ。
 みくるちゃんは、たぶんよく寝ていたことに起こすのに躊躇したのだろう。

「おっはよハルヒ!」

 教室へと着いた頃には、生徒も半分は来ており、ハルヒもすでに自分の席へと座り、窓の外に浮かぶ雲を眺めていた。

「どうした。昨日からやけにメランコリーだな。毒キノコでも拾い食いしたのか?」

 確かに昨日に続き、やけに物静かだ。何か悪いことが起きる前兆か、前兆なのか。
 キョンは声をかけ、席につけばハルヒわざとらしく嘆息した。

「別に。思い出し憂鬱よ。七夕の季節にはちょっと思い出があるのよ」
「そうかい」

 七夕の季節のちょっとした思い出、それに私たちはどのくらいかんでるのか。あまり深く考えないことにしよう、そういえばハンカチはあの後どうしたのだろうか。
 待ってるとは言ったものだが、本当にハルヒは北高に来たのだろうか。ハルヒのことだから本当に来たような気がするが。
 ハルヒの横顔を見ながら、キョンへ視線を向ければ肩をすくめる姿が視界に入った。

 時間は移り変わり。放課後の文芸部室、改SOS団アジト。
 ハルヒは来たかと思えば一言「笹っ葉、片づけといて。もう用無しだから」と命じてそのまま帰り、帰るその前に私に五時ぐらいにいつも集合している駅に来るよう命じた。いったいなんだろうか。

 首を捻る私に、ハルヒは一瞬微笑み扉を閉め。残された私たちは、短冊の片づけへと勤んだ。ちなみに、みくるちゃんは用事があるのか姿がなく。短冊を取り外した笹を燃えるゴミへと放り投げた後、キョンと古泉くんはチェス対戦を始め。その傍で、有希が無表情な顔で興味津々に盤面覗き込んでいる。

 キョンは古泉くんの熱心な進めに負け、駒の動かしかたを教えて貰ったらしく。やっとチェスも一人だけでするものではなく、二人で出来るものになった。
 チェスもきっと喜んでるぞキョン。
 キョンは古泉くんのポーンをナイトで取り。古泉くんのキングはあきらかにチェックメイトを取られそうになっていた。古泉くん頑張れ!

「なあ、長門。俺には全然解らないんだが、朝比奈さんはちゃんと未来人なんだよな?」

 キョンは駒を動かしながら、横目で有希の顔を覗きみれば。有希はゆるり顔を傾げた。

「そう」
「それにしては、過去に行ったり未来に帰ったりするプロセスにツジツマが合ってないような気がするんだが……」
「無矛盾な公理的集合論は自己そのものの無矛盾性を証明することができないから」

 淡々と言う有希は、それでもう充分だろと微妙な表情つくる。

「お前はそれで充分説明したつもりなのかもしれないが俺にはスッパリと理解できん」

 私にもさっぱりだ。キョンと顔を見合わせ、私は肩をすくめれば、有希は顔を上げキョンを見つめる。

「そのうち解る」

 そのうち解るね。有希はそれだけ言い残し、定位置に帰っていき読書を再開し。代わりに古泉くんが口を開いた。

「こういうことですよ。今、僕のキングはあなたのルークによって王手をかけられてます。困ったなあ、どこに逃げましょうか」

 言いつつ古泉くんは黒のキングをつまみあげると、自分の胸ポケットに落としこんだ。そして手品師みたいに両手広げる。

「さあ、この僕の行動のどこに矛盾があったでしょうか」

 キョンはルークを指でもて遊び、私は特にないと首を横に振る。

「もっとも我々の場合、キングにたいした値打ちはないのですよ。より重要性があるのは、あくまでクイーンなのでね」

 キョンは黒のキングがなくなった升目に、白ルークおくクイーンのナイトの8。

「……次に何が起きるかは知らんが、もっと頭を使わなさそうなことが起きて欲しいもんだな」

 私はお茶をすすり、皆の短冊を大事にしまっていき頷き。有希は答えず、古泉くんは微笑みを浮かべ。

「無事平穏が一番だと思いますが、あなたは何かが起きたほうがいいのですか?」

 キョンは鼻をならし、勝敗表に丸を書き込む。
 確かに無事平穏が一番かもしれないが、だがやはり何かワクワクすることが起きてほしい気もする。

「そういえば、お前の願いって結局なんだったんだ?」

 もう一回戦を始めるキョンと古泉くんを後目に、私は短冊を直せば椅子に座り優雅にお茶をすすっておれば。キョンがこちらに視線をよこし、私はそっぽを向き考えるふりをする。

「んー、キョン結局わかんなかった?」

 お茶を机に置けば、古泉くんはチェスの駒を置き終えており。手を組み合わせ肘をつき、その上に顎を載せて優雅に微笑んでいた。

「僕もそれはぜひとも知りたいですね」

 少し開かれ、微笑むその爽やかな姿に私は一瞬胸が高鳴るがすぐさま平常心を取り戻し。
 ハルヒの持ってきたホワイトボードを引きずっていい位置に置けば、マジックのキャップを開ける。

「ただ教えるだけはつまらないのでヒントを与えていき、最後までわからなかった人はジュース奢ること!」

 そう宣言し、キョンが何か言うまうに私はホワイトボードに自分の書いた言葉を短冊と同じように切り、縦書きに横に書いていく。

「さ、まずはこれがヒント、どうだ何かわかった?」

 ホワイトボードを叩き、古泉くんとキョンに視線を向けるがキョンは変わらず難しい顔をしており。古泉くんは変わらず微笑んでおり、まったく答えがこない。

「わかんない?」
「ただ縦書きのを横に揃えただけで何も変わらんだろ」

 キョンは首を振り、頬づえをつく。わからないものか、ならばこれならどうだ。

「ほとんど読まない文字のが多いです!」

 例えば、と例を上げていけば古泉くんが手を上げる。

「はい、古泉くん!」

 私はキャップを閉めたマジックで古泉くんを指し示せば。キョンが嫌そうに眉間にしわを寄せ、古泉くんへと向き直る。

「たぶんなのですが」
「うん、たぶんでもなんでもいいからどうぞ」

 私は古泉くんに顔を寄せ、耳を差し出せば。古泉くんは手で自分の口元を覆い、私の耳へと囁く。その答えはあっており、私が指で丸を作れば古泉くんは微笑んだままチェスへと戻る。

「はい、あとはキョンだけだよ」
「長門はいいのかよ」

 キョンは有希を親指で指し、私は有希へ向くが有希はピクリともしなず、本のページをただ巡っていく。

「有希はいいの、だって最初からわかってそうだから」

 私はキャップを開けたり閉めたりしながら、キョンを焦らせながらじわじわと攻めれば。ギブアップなのか片手をあげヒントを求めた。


「ヒントね、そうだな。ならばもう答えに近いヒントを一つ」

 もうハルヒとの約束した時間が迫っており、私は鞄を持ちながらヒントをホワイトボードに書いていく。

『頭文字だけを読め!』

 もう答えを書いているようなものだ。
 私は三人に手を振り、ドアを閉めれば中からキョンの叫び声が聞こえ。私はほくそ笑み、軽快な足取りで駅へと向かう。

「お待たせ」

 鞄を持つ手と逆の手で、セーラー服を着て腕を組む彼女に手を振る。彼女の第一声はこうだ。

「遅い!」

 時刻は五時前、自分的には早めに来たとおもったのだが。ハルヒはそれ以上に早く来ていたようだ。ハルヒの行動力には感服する。

「それで、今日は何のよう?」

 場所はゆっくりと話が出来るよう、喫茶店へ今日は遅れてきた私の奢りかと思いきや、ハルヒは自分の分は自分で出すとのことで。いったいどういう心境の変化だ。
 カラリと溶け、積みかさなる氷が崩れ落ちる。私はそれをストローでつっつき尋ねれば。ハルヒは躊躇いながら、鞄から何かを取り出す。

「これ……」

 私はその出てきたものに息をのんだ。それは見覚えがあり、私がいつもポケットに入れていたもの、しかし三年前に置いてきた。

「……ハンカチ」

 もしや私が三年前から帰ってきたとバレたのだろうか。そんなまさか、それはあり得ない。それにそのような状況にもしなったとしたら、みくるちゃんから何か言われるはずだ。

「ハンカチがどうかしたの?」

 なるべく平静を装い、ストローを口につければ。ハルヒがハンカチをそのままこちらへと滑らす。

「これ、あんたにあげる」
「え、いやどうして?」

 私はそれを手に取り、触れて広げてみれば。やはり私の知っているハンカチだった。


「約束したのよ」
「約束?」

 ハンカチから顔を上げ、ハルヒと向き合えばハルヒはゆっくりと頷く。
 それは初耳だ。

「そう、三年前……」

 三年前、その後のハルヒの言葉はこうだ。
 三年前の昨日、グラウンドに大きな宇宙にも届くぐらい大きなメッセージを書きに学校に忍び込むさいに、変な人三人に会ったとのこと。その三人は私、みくるちゃん、キョンの三人なのだがハルヒが知っているわけがない。
 その三人のうち一人にハンカチを貸してもらい、その際に自分には返さなくていい三年後に面白い短冊を書いた人にあげて、と言われたらしい。

「ふーん」
「あと、ずっと一緒に居たい人にあげたら願いが叶うとも言ってたわ」
「へ、そ、それって」

 私は少しの期待と嬉しさに緩む口を引き締めながらハルヒの目を見つめれば。ハルヒはハッと我に返ったように顔を赤くさせ、そっぽを向く。

「べっべつにあたしはね! 葵といつまでも居たいとは、思ってはいるけど、そういうのじゃなくて」
「はいはい、私もハルヒといつまでも居たいから嬉しいよ」

 ニマニマ口元がやはり緩んでいたか、ハルヒはムッと頬を膨らまし私を睨む、未だ赤い顔のままで。
 ああ、これがツンデレというものか、なかなか癖になるものだ。
 私はハンカチに口をつけウインクをすれば、ハルヒは更に顔を赤くし「馬鹿じゃないの」とそっぽを向いた。
 しかし、新たな謎が出てきたな。私はあの時、そのようなことは言っていない。だからといってハルヒは私が言ったと証言をしている。
 どうやら私たちは、三年前にもうひとかみしているようだ。

the Star Festival END

七夕編終了ー!
モヤモヤ残しつつ終わらせました。
うーん、一区切りついたのかどうなのか。

次はミステリックサインです。
カマドウマ、カマドウマ(`・ω・)ノシ

誤字脱字がありましたら申し付けください。

2007 08/04
桜条なゆ

[ 12/30 ]

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