世界の終わり

 さて、そんな平穏な日々もつかの間に。一種のピリオドがやってきた。
 それは、いつものように過ごしていた私たちに、前触れもなく訪れた。
 この時ばかりは、私ももうだめかもしれないと心の底から思ったものだ。

 季節は夏に移り変わり、気温は真夏の暑さなみだった。
 袖が捲れないセーラーに、下着を伝って流れる汗。
 頭がクラクラしてきそうだ。
 私は汗でへばりついた髪をかき上げ、息をつき前を見ればキョンの後ろ姿を見つけ、駆け足で向かおうとした矢先だ。

「おはようございます」

 手を引かれ、坂道のため私は後ろへと倒れそうになるが。手を引いた人物の胸に当たり、見上げる形になる。

「……おはよう古泉くん」

 私は、爽やかな汗一つかいてないように見える笑顔に、苦笑した。
 古泉くん涼しそうですね。

「これでも、暑さにまいっているんですけどね」
「全然そんな風に見えないよ」

 身体を起こし、古泉くんと並んで歩いていけば。
 古泉くんは、外側を歩いてくれた。
 何気ない動作や気配りが紳士だ。

「昨日はありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました」

 ふと前を見れば、キョンは谷口くんと話しており。私はまた古泉くんへと視線を戻す。

「だけど昨日はその、遠い所だったね」
「閉鎖空間は、本当にランダムでして。昨日のも久しぶりだったんですよ」

 そうか。だって人の、ハルヒの機嫌しだいだからね。そりゃランダムだわ。
 私は残りの坂を走って登り、振り返る。

「古泉くん、これからも頑張ろうね。では、またね!」

 私は古泉くんが何かいうまえに、校舎へと駆け足で向かう。
 別に、なにか意図があって言ったわけではないが。なんとなく、気恥ずかしかった。

「おっはよー! ハールヒ」

 横にスライドさせて開けるドアを、勢いよくスライドさせれば。クラス中が振り返り、呼びかけた当の本人は窓から顔をそらさずグッタリとしている。

「ハルヒー、ハルヒ!」
「なによ、うるさいわね……」

 ハルヒは顔をこちらに向ければ、溶けかけたアイスのようにへたれていた。
 暑いもんね、ハルヒさん頑張って。

「キョンもついでに、おはようー!」
「俺はついでか」

 キョンは、下敷きで扇ぎながら私の頭を撫でる。挨拶代わりだろうか。



 ハルヒは、ものうい気な感じに窓の外を、山並みを眺めている。

「葵、キョン、暑いわ」
「そうだろうな、俺もだよ」
「本当にね。制服の中汗みどろだよ」

 私はセーラー服をパタパタとはためかせ風を入れれば、椅子を引きずってきて座る。

「扇いでくんない?」
「他人を扇ぐくらいなら自分を扇ぐわい。お前のために余分に使うエネルギーが朝っぱらからあるわけないだろ」

 ハルヒはそれを聞くと私へと視線を向け、目で訴えてくる。
 私でよかったらやりますよハルヒさん。

「葵、扇ぐな。ハルヒの為にならないだろ」
「えー、そりゃないよキョン」
「そうよ、何であんたに指図されなきゃならないのよ」

 ハルヒは唇を尖らせ、アヒル口をすれば。ブーブーと文句を言う。そうだ、もっと言ってやれ。

「ハルヒ、お前もお前だ。それぐらい自分でやれ」

 キョンは下敷きで、制服の上から風を送れば。ハルヒはしぶしぶ自分の机の中から教科書を取り出し、扇ぎはじめた。
 私は行き場のなくなった下敷きで、自分を扇げば、周りは扇ぐ音だけが響く。

「葵とみくるちゃんの次の衣装なにがいい?」

 唐突だな、しかし次の衣装か。別に何でもいいような気がするが。

「ネコ耳? ナース服? それとも女王様がいいかしら?」

 私はネコ耳や、ナース服を身につけたみくるちゃんを思い浮かべ、恥じらう姿に思わず口元が緩む。
 キョンも神経に悩んでいるのか、少し鼻の下が伸びている。
 ハルヒは、そんな私たちの様子に、眉をひそめて睨めつけ、耳の後ろに髪を払った。

「マヌケ面。いいわ、もう葵と決めるから」

 ハルヒはセーラー服の胸元から教科書で風を送りこみながら、キョンを一瞥する。

「ほんと、退屈」

 ハルヒは口をまるで漫画のようにへの字にして、空を仰いだ。
 この学校、クーラーってないのかな。

 こんがりと、いい具合に焼けそうな午後の昼下がり。
 午後の授業、二時間をまるまる使った体育が終わり。私はヘロヘロになりながら、ハルヒの後を追いかける。
 暑すぎて、熱中症になりそうだ。マラソンというのは、普通冬とかにするものではないのだろうか。
 どうやら、女子は早めに体育を切り上げたらしく。男子の姿はなかった。



「ハルヒ着替えないの?」

 私は服に手をかけ、脱いでいれば。ハルヒは一人、机に座り窓の外を眺めている。

「暑いからいい」

 そういうと、頬杖をつき。
 私は体操服の上を脱げば、セーラー服に身を包み、スカートのフックを留め体操服のズボンを下ろす。これで、着替えは完了だ。

「ハルヒさんハルヒさん、扇ぎましょうか?」

 下敷きを装備し、尋ねればハルヒはニンマリと笑う。

「さすが、気が利くわね」

 と、いうことで。私はキョンが帰ってくるまで下敷きでせっせとハルヒを扇ぎ、ハルヒは時々顔にかかる髪を払いながら窓の外から目を離さない。

「お前なんで体操服なんだ?」
「あ、お帰りキョン」

 肩に、体操服の入っている袋を担ぎキョンが帰ってくる。私は、座らせて頂いていたキョンの席から立ち上がり、自分の席へと戻れば、ハルヒが一度キョンをジロリと睨み。また窓の外へと視線を戻した。

「暑いから」

 まだ熱る身体に、私は己に風を送り息をつく。まだ首周りが涼しいからマシだが。しかしなんだ、キョンさっきからこっち見て、そんなに私のポニーテール珍しいかな。

「いいのよ、どうせ部室に行ったらまた着替えるから。今週は掃除当番だし、このほうが動きやすい」

 私はハルヒの視線の先を辿れば、大きな入道雲が流れており。私はその雲に、目を奪われた。
 なんだかんだ言って、もう夏なんだな。

「そりゃ合理的だな」

 キョンは、机に体操服の入った袋を下げると椅子に座り。ハルヒの体操服姿を見て、何か妄想でもしているのか口元が少し緩んでいる。
 どうせ、朝にハルヒの言っていた次のみくるちゃん用のコスプレの衣装を考えているのだろう。たぶん、体操服なんてどうだろうか、なんて思ってるんだろうな。
 どうやらハルヒもそう思ったのか。

「なんか妄想してるでしょ」

 キョンをじろりと睨みつける。

「あたしが部室に行くまで、みくるちゃんにエロいことしちゃダメよ」

 キョンは、それにぞんざいな仕草で両手を上げ。部室へと向かう、その後ろ姿を私は追い掛けた。

「その髪型どうしたんだ」
「え? ああポニーテール?」

 横を歩いていれば、キョンが髪に触れ私は止まりキョンを見上げる。

「ハルヒがしてくれた」

 体育の時間のことだ。いつも通り髪を下で一つに結ぼうとすれば、ハルヒが暑くるしいから、という理由で高い位置で結んでくれたのである。



 もう、これは勿体無くてはずせないね。

「そうか」
「うん、そうなの。でも急にどうかしたの?」

 キョンはしばらく口を開け、何か言おうとするが、すぐさま首を横に振り歩きだす。

「いや、なんでもない」
「そう?」

 そして、いつものように部室へと着けば。キョンがそのドアをノックし返事を待って部室へと入る。

「どうも」
「こんにちはー!」

 部室へと入ればちょこんと、椅子にメイド姿のみくるちゃんが座っており、笑顔で出迎えてくれた。
 今日も貴方は心の癒しです。

 テーブルの隅で本を読んでいる有希の隣に椅子を持っていき座れば。みくるちゃんは立ち上がり。

「お茶煎れますね」

 頭のカチューシャをちょいと直して、上履きをパタパタと音を立てれば。ガラクタで溢れるテーブルに駆け寄り、急須にお茶っぱを慎重な手つきで入れ始める。
 私も何かお手伝いしないとな、と思い立ち。立ち上がれば、キョンと目があう。

「着替えるけど、キョン別に気にしないよね?」
「ああ」

 キョンはどっかりと団長である、ハルヒの机に腰を下ろして、私から目をそらしお茶を用意するみくるちゃんを眺め一人悦にはいる。
 気にしないならば、よしとしよう。
 私はセーラー服に手をかければ、上へとあげ下着一枚になり着物の袖に腕を通す。
 夏場には、これはいいかもしれない。
 私は前を合わせれば、今日こそはと帯を結ぶ。
 ん、なかなか上手く出来たかもしれない。前は若干開きすぎてる気がするが大丈夫だろう。

「キョン、キョンーどうだ! 一人で結べたぞ」
「ああ、そうかい。よかったな」

 パソコンから一度たりとも目を離さずに、投げやりに言うキョンに私は少し頭にきて有希の身体に腕を回す。

「いいもん、いいもん。キョンなんかほって有希に誉めてもらうもん」

 有希の頭に顎を乗せすりよれば、有希は特にそれを嫌がる様子もなくページを捲る。

「ねえねえ、有希。どうどう? 上手く出来たでしょ」
「上手」

 それ以上何も言わず、私は有希から離れ顔を覗くが相変わらず本にその視線は向けられている。
 あれ、なんだろう。なんだかしょっぱいものが……。

「葵ちゃん、一人で結べたんですか? 凄いです! すぐ上達して、羨ましいな」
「みくるちゃん……」

 そうだ、私にはまだ天使様がついていたんだ。今とても、みくるちゃんが輝いております。


「ありがとう、みくるちゃん」
「ふふっ、どうぞお茶です」

 メイド姿の天使は、可愛らしく笑えばお盆に乗せた湯飲みを手渡し。その姿に思わず顔の筋肉が緩む。

「ありがとうございます」

 私はそれを受け取れば、一口飲み息をつく。
 ああ、ホッと安心出来る温度と口当たり。私はつけ忘れていたウサ耳をつければ椅子に座り、有希の背中にほんの少し寄りかかる。

「あ、そうだ。有希あのさ、今度ご飯作りに行ってもいい?」

 私は、有希へと振り返れば。少し視線を動かした有希の目とかち合う。
 昨日のようなご飯を食べられていると、宇宙人だからといって心配になるってものだ。

「いい」

 微かに頷く頭に、私はガッツポーズをすれば。今まで静かにパソコンと向き合っていたキョンが、声をあげた。

「なるほど、これか」
「何か解ったんですか?」

 みくるちゃんが、お盆に湯飲みを乗せ、キョンへと向かえば。
 キョンの持つマウスは勢いよく動き、みくるちゃんが机に湯飲みを置く時には、それは止まっていた。
 この前撮った写真のやつでも見ていたな。そういえば、あれから見せてもらってなかったことを思い出す。

「あれ、これ何です? このMIKURUってフォルダ」

 キョン抜かったな。
 こちらをそんな、助けて欲しそうに見られても困る。てか困れ、さっきの仕返しだ。
 私は、舌を出し。目の下に指をあて、アッカンベーをすれば。キョンは諦めたように、みくるちゃんに向きなおって苦笑した。

「どうして、あたしの名前がついてるの? ね、ね、何が入ってるの? 見せて見せて」
「いやあ、これはその、何だ、さあ何なんでしょうね。きっと何でもないでしょう。うん、そうです、何でもありません」

 キョン、それは苦しいですよ。

「嘘っぽいです」

 みくるちゃんは、楽しそうに笑ってマウスに手を伸ばし。キョンに後ろから覆い被さるように右手を取ろうとする。
 その姿に軽いジェラシーが起こりそうだ。キョン、ズルいぞ。
 キョンはそれに、させまいとマウス掴めば。みくるちゃんは夢中になり、その背中に柔らかい己の身体を押し付け、キョンの肩の上に顔を出した。
 なんだか、ほのぼのと和む光景かもしれない。
 私はお茶をすすりながら、その光景を温かい目でみつめる。ちょっとしたお母さん気分だ。

「あの、朝比奈さん、ちょっと離れ……」
「見せて下さいよー」

 みくるちゃんは、左手をキョンの肩にかけ、右手でマウスを追いかければ。
 さらに上半身がキョンの背中で押され、キョンの顔はもはやマヌケ面でしかなかった。
 鼻の下伸びてるぞ。
 クスクスと、みくるちゃんは笑い。キョンは、もうマウスを放しそうになっている。

「何やってんの、あんたら」

 扉が突然、開いたかと思えば。冷えきった声が二人を凍りつかせた。関係ない私まで、身震いをし思わず固まってしまう。

「やっほ、ハルヒ。掃除お疲れさま」

 通学鞄を肩に引っかけ、体操服姿のハルヒは、まるで軽蔑するかのような顔で立っており。一度私に振り返れば、すぐまた二人に顔を向けた。
 機嫌悪いのかな。
 みくるちゃんは止まっていた時間が動きだしたかのように、ぎこちなくキョンの背中から離れ、カクカクした歩きで後ずさる。
 そして、かくんと電池が切れたように椅子に座り、その蒼白の顔は今にも泣き出しそうだ。
 ハルヒはふん、と鼻息を吹き足音高く机に近寄ってキョン見下ろし。

「あんた、メイド萌えだったの?」
「なんのこった」
「着替えるから」

 キョンは、みくるちゃんのお茶をすすって飲んでくつろいでいれば。

「着替えるって言ってるでしょ」
「だから何なんだ」
「出てけ!」

 蹴飛ばされるようにして、キョンは廊下へ追い出され、荒々しくハルヒはドアを閉めた。
 乙女のお年頃、というものだろうか。
 私は見物人として、椅子に座ったままみくるちゃん特製茶を飲むが、床に少し落ちている茶色の水滴にキョンの服の安否が気になった。
 お茶ってほったらかすと茶色いシミになるからな。
 私は飲みかけのお茶を、机に置けば。なぜかいつもある、タオルを一枚もらい半分を水に濡らしてドアを開けた。

「あー、そうか」
「なにがそうかなの?」

 少ししか開かない扉に、不思議に思ってキョンに返事をすれば。扉の向こうから身じろぎする音がし、開けてみればキョンが少し距離を保ちこちらを見ていた。

「……なにがそうかなの?」

 中の様子が見えないように、ドアを開け静かに閉めれば。キョンは首を横にふる。

「いや、何でもない。それよりどうしたんだ?」
「いやあ、キョンの服が心配で見にきたのよ。お茶大丈夫だった?」

 タオルを見せながら、キョンの服をみれば。見事なまでにお茶を被っており、シャツは茶色の液体で濡れていた。


 キョンは、そのシャツを指でつまみあげれば。

「このとおりだ」
「そう、みたいだね」

 うむ、洗濯機とかこの学校には無いものか。少し落とす自信がないな。

「なら、少し失礼させてもらうよ」

 私はキョンの服のボタンをいくつか外していけば。キョンの少し慌てふためく声が聞こえた。

「お前、誰か来たらどうするんだ!」
「別に大丈夫だって、今更こんなので恥ずかしがらないでよ」

 服の中に手を入れ、乾いた方面のタオルで挟み、上から濡れたタオルで叩いていく。洗い物はこすらないで叩くべし、叩くべし。

「今日はどうしたのキョン。いつもならこんなの恥ずかしがらないのに」

 手を休めずに問いかければ、頭に手が置かれ。ポニーテールに触れられる。

「……葵」
「なに?」

 パンパンと、叩く音だけが辺りに響き。ポニーテールでひとまとめにされた髪がすかれ、キョンのため息が聞こえた。
 ため息つかれるようなことしたかな私。

「今まで黙っていたが。俺、ポニーテール萌えなんだ」
「……はい?」

 初めて聞く単語に、私は手を止めて顔をあげれば。キョンと目があう。こいつの目、マジだ。

「ポニーテール萌えって、ポニーテール大好きってこと?」
「平たく言えばそうだ」

 別に大変なことを言ったわけでもないのに、キョンの顔は凄い告白をしてしまったかのような面持ちだ。

「ふーん、いいんじゃない?」

 他人の趣味をとやかく言う気はない。
 シャツの色がだんだん落ちはじめてきた。もうひとふんばり。

「そういう意味なら、私にも萌えというものがあるし」
「なんだ?」
「ん、キョン萌えだよ。キョン萌え」

 私はそんなにおかしなことを言ったのか、キョンの動きが止まる。
 どうかしたのか。顔を上げれば、その顔には苦笑がはりついている。

「なーに、その曖昧な笑みは。キョン大好き、って言ってるのに」
「平たく言えばそうなんだが、少し違うな」
「……そうなのか。萌えとは難しいね」

 最後に一発思いっきり叩けば、私はタオルを外しシャツを見れば。なんとか色は薄れ、パッと見ならば、わからない程度になった。

「はい完了! どうだ、上手いものでしょ」

 キョンのシャツのボタンを止めながら言えば、キョンは少し驚いたように口を半分開きシャツを摘みあげた。

「驚きにギャフンも出ないか」
「それは違うだろ」

 なら、うんともすんとも言えないか?
 私はタオルを畳ながら、首をかしげればキョンのチョップが降ってきた。痛いぞ。

「ありがとうな」
「いえいえ、どういたしまして!」

 キョンのぶっきらぼうなお礼には、頬が緩む。もう少し私に対して素直になってもらいたいものだ。
 しばらくその場に座り。中で着替えるハルヒを待っていれば、みくるちゃんの小さな声が扉の向こうからした。

「どうぞ……」

 まるで本物のメイドさながらに、扉を開けるみくるちゃんの肩越しには、面白くなさそうに机に肘をつくハルヒの白い足がみえる。
 頭に揺れる私のウサ耳と、同じようなものをつけ、バニーガール姿のハルヒは、面倒くさかったのかカラーやカフス抜きで、網タイツなしの生足で足を組んで座っている。

「手と肩は涼しいけど、ちょっと通気性が悪いわね、この衣装」

 みくるちゃんの入れたお茶をすするハルヒは、椅子にふんぞりかえり。
 私は置いておいたお茶を口に含む。ありゃ、冷めてるや。

「うわ、なんですか」

 しばらくすれば、笑顔のまま素っとんきょうな声をあげる、という愉快な反応をする古泉くんがやってきた。

「あれ、今日は仮装パーティの日でしたっけ。すみません、僕、何の準備もしてなくて」
「なら私の制服着る? プチ仮装パーティ、古泉くんは女装ね」

 面白半分で言ってみれば、古泉くんは一回キョンを見たあと、肩をすくめた。

「やめておきましょう。後が怖いので」

 それは、どういう意味でだ。私としては、大いに歓迎するけどな。
 お茶をもう一口すすれば、キョンと目があい微笑みかければそっぽを向かれた。つまらん。

「みくるちゃん、ここに座って」

 ハルヒは、自分の前のパイプ椅子を指差せば。みくるちゃんはおどおどと、おっかなびっくりハルヒに背を向けて座る。
 ハルヒは、おもむろにみくるちゃんの髪を手にとれば、みつあみを結い始める。
 他にすることって、数少ないもんな。
 私も本棚から、一枚の薄いノートを取り出し広げる。一応、部活の日誌でもつけようと思ってのことだけど。毎日変わらなかったりする。

「オセロでもやるか」
「いいですね。久しぶりです」

 みくるちゃんのこわばる表情と、ハルヒ仏頂面を見ながら、時々筆を進めていれば。隣に古泉くんが座り、向かいではキョンがオセロを広げる。


「えっと出だしは、今日も、暑かった」
「何書いているんですか?」

 真ん中に、オセロを四つ並べるキョンを後目に、古泉くんが日誌を覗く。

「部活の日誌、活動記録ってやつ? 毎日のことつけようかな、って思って」
「それは、いい考えです。高校生活とはあっという間ですからね」
「でしょ、あっそうだ。これにキョンたちの勝敗も書こうか、んで先に100勝したほうが負けたほうにおごってもらうの」
「やめとけ、お前のことだ途中でうやむやになるだけだ」

 キョンは、最初に斜めに黒を置き、白へと変えていく。ちなみに、オセロは最初の頃は欲張らないで攻めていくことをオススメする。

「わかった。活動記録だけにしとく」

 日付を書き、箇所書きで出来事を書けば、ものの数分でことは済んだ。
 私は、それを元の場所へと戻し椅子へと戻る頃にはオセロも進んでおり、見事なまでに黒だらけだった。
 古泉くん、もしや頭脳ゲームは苦手なのだろうか。
 湯飲みにまた口をつけ、傾けるが目的のものは喉に流れこまず。お茶が入ってないことに気づかされる。
 私は立ち上がり、お茶を入れにいけば。みくるちゃんの頭は、いつの間にか七変化を遂げていた。ハルヒの手が触れるたびに小さく震え、なんだか苦笑いしてしまう。
 私は入れたお茶に、皆におかわりを入れて回っていく。有希もいつも通り、本に熱中しており。湯飲みの中は、始めからあまり変わらない。
 そして、ふと気づいた、一言大切なことを書き忘れたことに。私は慌てて、またノートを取り出せば。先ほど書いた文章の下につけ加えた。

『今日も、いつも通り平和な日だった。』

 そう、今日もいつも通りのはずだった。
 部活が終われば、皆で途中まで帰り、手を振って別れる。

「またね」
「明日、学校でね」

 なんてありきたりな、言葉を投げ掛けて。
 その後も、キョンと途中まで帰り。宿題して、ご飯を食べて、テレビを見て笑って、そしてお風呂に入って床につく。
 それが、私の知ってるいつも通り。
 だけど、ハルヒはそれがツマラナイものだと感じたのかもしれない。
 でも、出来ればわかりやすい前ぶれが欲しいものだ。今だから笑って言う。


 その日も、いつもの時間に布団に潜り眠れば。夢を久しぶりに見た。
 今はもう覚えていないが、悪夢に近かったような気がする。
 目が覚め、汗を拭った後も胸が慌ただしく動き。胸騒ぎが止まらない。
 もう、三回目になるだろう。この胸騒ぎは一つしかない。

「まただ、キョンがいない」

 しかも今度はハルヒまで見えない。
 その時、枕元に置いておいた携帯のバイブがけたたましく鳴った。
 ディスプレイには『古泉一樹』の文字。私はそれを開き、通話のボタンを押せば、一拍置き古泉くんの少しばかり焦った声色が聞こえてきた。

「もしもし」
『葵さんですか?』
「うん」

 私はその声に、ホッと息をつき膝をかかえた。両親は寝ているころだからか、私の声が部屋に響く。

『もう、ご存知でしょうが』
「キョンと、ハルヒがいない……ね」

 電話向こうから、ため息が聞こえる。古泉くんも、相当参っているようだ。

『僕らが恐れていたことが、どうやら起こってしまったようです』
「世界改変……ハルヒ、愛想つかしちゃったの?」
『たぶんですが、そうです』

 私は、突然のことにあまり現実的に考えられず、自分の手を見下ろす。

『葵さん、これから彼の元へ行こうと思ってます。来てくれますか?』
「もちろん」
『それを聞いて、安心しました。では、待ち合わせは学校でいいですか』

 私は、電話向こうからは見えないだろうが胸を叩き。ふと、何気なく、自分の手を見れば。
 その指が、まるでテレビにノイズが入ったかのように何度もブレ、薄れていっていた。

「ーっ」
『葵さん、どうかしましたか?』

 私はとっさに目を瞑り、首を横に振り震えそうになる声を押し込める。

「大丈夫、なにもないよ。今、そっち行くから、学校だね、わかった」

 まだ電話の向こうから、何か言おうとする古泉くんの声を聞きながら、私は電源ボタンを押した。
 そして、携帯を握る腕を下ろし、窓の外を見る。

「忘れては、いなかったんだけどな」

 ハルヒの居ない、今の世界がどうなるかは知らない。もしかしたら運よく、パラレルワールドとして残るかもしれない。
 その際は、もちろんハルヒの望む全ては無くなるだろう。


 だから、古泉くんは超能力を、みくるちゃんは未来人のポジションを、有希は宇宙人としての自分を、無くすだろう。
 ならば、私はどうなるだろうか。私は、ハルヒが望んでくれたから、死なずにすんでいる。
 魂は、ここには居れるだろう。ならば、身体は?
 身体は、私の器で、ハルヒが残してくれたものだ。
 ならば、ハルヒの居ない今は無に返らなければならない。

『坂下葵という人物は、既に死んでいる』

 それが真実なのだから。

「……消えちゃうんだ」

 改めて口にしてみるが、いまいち実感出来ない。こういう時も、私は私でよかった。なんて思う。
 私は立ち上がり、今は元に戻っている指を握りしめ制服に手をかける。
 学校に行くのだから制服で、なんてどこまで真面目なんだ。
 セーラー服に身を包めば、玄関に行き靴を持ちまた部屋へ戻る。
 こういう時、窓の下が屋根でよかったと心底思う。
 屋根で靴に履き替えれば、窓を閉め下に飛び下りる。足の裏がしびれるが、しばらくすればそれも治まり。私は学校への道を走り出す。
 夜に飛び出すなんて、なんだかワクワクしてくる。
 学校へとつけば、そこには既に古泉くん、有希、みくるちゃんと三人揃っていた。
 古泉くんは神妙な面持ちで、みくるちゃんはぐずぐずと泣き、有希はいつもどおりだった。

「遅れてごめん」

 どうやら私が最後だったらしく、私に気づいた古泉くんはいつものようで、どこか違う笑みを浮かべ。みくるちゃんは一回シャックリをあげると「ごめんなさい、私のせいです」と涙を拭き取りながら言い。有希は私を穴があくほど見つめる。

「えっと、その」
「すみません突然呼び出してしまい」
「ううん、私もキョンとハルヒに会いたかったから」

 私は首を横に振れば、古泉くんは苦笑いをうかべる。

「すみません、どうやら葵さんの力も借りなくては入れるか微妙でして」
「そうなの?」

 そこまでハルヒの力は弱まっているのか。
 でも、この世界自体はまだ存在しているから、大丈夫だろう。うん、大丈夫。

「なら、行こうか。みくるちゃん、有希行ってくるね」
「二人の伝言は必ず彼に届けますのでご安心してください」

 私は古泉くんの手を握り、お互い顔を見合わせば頷き。一歩進み、そして止まる。


「……有希?」

 制服を掴まれ、私は振り返れば有希が相変わらずの無表情でそれを握っている。
 よく見れば、少し有希の瞳が揺れ動く。
 私は、安心させるために笑ってみせるが有希はその手を離さない。

「有希、またね。また明日はお弁当持って部室に行ってお弁当食べよう」

 有希の小指に、私の小指を絡ませ指切りをする。

「約束」

 小指が一瞬ブレ、薄くなり私は少し困ったが、有希は理解してくれたのかただ頷き。私の指を離した。

「では、行きましょう」
「おう!」

 私は再度、強く古泉くんの手を握りしめ学校の門をくぐる。
 しかし、次の瞬間古泉くんと私の手の間に、強い電気が走ったような痛みが生じ。私はとっさに手を離してしまい、次に手を掴もうとした時にはただ空を切るだけだった。

「古泉くん!」

 手を伸ばし、何か当たったものを押せば。薄暗い世界に、明るい光が差し込み私は転んだ。

「葵?」

 ガタガタと、うるさい音と共に箒が落ちてきた。頭に棒が当たり、私は痛さに頭を擦る。
 ふと横で声をかけた人物を見上げれば。キョンが団長椅子に座って、パソコンを操作してこちらを見て驚愕していた。

「キョン、よかった捜す手間がはぶけて」
「古泉といい長門といい、お前はどうしたんだ」

 キョンが椅子から立ち上がり、私の手をとれば立ち上がらせてくれた。ありがとうございます。

「いやあ、別に特にないんだけど。ただ、キョンにお礼言いたくて」

 てか、古泉くんもう来たんですか。どうやらすれ違ったようだな。さっきので、時間にすれ違いが生じたのかな。
 しかし、なぜ掃除箱。

「お礼?」
「そ、お礼。今までお世話になったからね、ありがとうと言いたくて」
「……お前まさか」

 スカートを叩いて、埃を落としていれば。突然肩を掴まれ、前を向かされる。

「うん、たぶんキョンが考えてることとほとんど一緒だと思う」

 私はキョンの胸を軽く押し、一定の距離を保てば。キョンを見上げる。
 なんでそんなに眉を寄せているだ。キョンらしくないぞ。

「ほらほら、みてみて透けてるんだよ。凄くない? なんていうか神秘的だよね」

 指先が遂に透け、向こう側が見えるほどの透明度だ。
 私はそれをキョンに、見せるように上げれば。キョンはその手を取り、私を抱きすくめた。

「キョン?」
「お前、なんで最後まで強がるんだ」


 肩に顔を埋める。私はキョンの頭に手をやり、撫でれば。一瞬身体を震わせ、私の身体を強く抱きしめる。


「強がってないし、最後でもないよ」

 キョンが顔を上げ、私を見つめる。ああ、なんて情けない面してるんだ。

「だって、キョンとハルヒ戻ってきてくれるでしょ?」

 キョンは目を丸くさせ、息をのむと口の端をあげ笑う。

「当たり前だろ」
「別にハルヒとここにずっといたいなら、そうしてもいいけどねー」

 冗談混じりに言えば、キョンは私の額をこつぎ。

「冗談でもよせ、俺はあれでもあの暮らしが気に入ってるんだ」
「そ、よかった」

 私はキョンの腕から離れれば窓へ近寄り外を見る。星空も見えない薄暗い世界は、酷く寂しげだ。
 自分の身体もそろそろ持ちそうにないな。足の太ももまで消えて、今自分は立っているのか自分でもわからない。
 最後に、ハルヒに会いたかった。

「なら、キョンまたね」

 もう手かも解らないものを私は上げ、振るがキョンは窓の外の光景に釘づけだった。
 なんだろうか、と振り返ろうとするがドアが突然開いたことに驚き、ドアを先に見た。
 すると入ってきた人物に私は嬉しくなる。

「ハルヒ!」
「葵、あんたも来てた……葵?」

 ハルヒは、笑みをうかべ私の元へ一歩近づくが、私の異変に眉を寄せ、立ち止まる。

「よかった、ハルヒに最後会えて」
「葵、あんたなんで……」

 ハルヒは震えた足取りで、私に手を伸ばす。なんだろう、ハルヒのそんな顔を見るのは貴重かもしれない。

「なーに? ハルヒそんなに驚いて」


「だって、あんた身体が!」
「ああ、これ?」

 気づけばお腹まで消えており、腕も二の腕が残っているぐらいだ。うーん、あるいみホラー映画だな。

「ハルヒ、これは夢なの」
「……夢?」
「そ、夢。だからさ目を開けて、明日の朝にはおはようって言ってまた部活で不思議を探すの」

 もう、小指が無いのが残念だ。指切りがこれでは出来ないではないか。
 ハルヒはうつ向き、表情は見えないが泣いてはなさそうだ。

「そうね、これは夢なのよ。だからあんな変な生物もいるのよ!」

 次に顔を上げた時には、ハルヒは満面の笑みをうかべ頷き、納得したようだ。

「ならハルヒ、約束しよう。夢から覚める記念に、明日朝がきたら私に電話して? おはようって今日も頑張ろうって、そしたら私もおはようって返すから」

 もう見えない腕でハルヒに抱きつき、最後の望みをキョンに託す。こんな方法で、戻れるとは思ってない。
 私は顔を上げれば、キョンを見れば。キョンは私に、ためらいがちに手を伸ばし、頭を撫でる。

「またね」

 もう、声も出ないのか唇だけを動かし言えば。見えない暗闇が迫り。無重力なのか、ふわふわとした空間に身体が包まれ私は意識を手放した。


 なーんて、綺麗にこの世の人生に幕を閉じたわけだが。
 どうやら私の人生は、まだ終らずにすんだようだ。

「――ん」

 頬に軽くあたるものに、私は眉を寄せる。気持ちよく寝ていたのに、誰だ、起こす人は。

「――さん、起きてください」

 起きてくださいって、眠いんだよ私は。
 寝返りを打とうとすれば、何かにあたりその当たった匂いに覚えがあり目をあける。

「よかった。葵さん大丈夫ですか?」
「……古泉くん」

 目を開け、上を見上げれば古泉くんの顔が近くにあり。私は驚きに苦笑いをうかべる。

「あの、どうなったの? 私、もう皆に会えないと思ってたんだけど」

 私は古泉くんの手を借り、身体を起こせば。みくるちゃんと有希が、心配気にこちらを見ていた。いや、有希はいつもどおりの表情なんだけどね。

「どうやら彼はやってくれたようです。無事、涼宮さんも彼もあの世界から戻ってきて、この世界も安泰です」

 だからか、私もここに居れる。
 ホッと安堵すると、視界がゆらぎ、涙が頬を伝った。
 キョンにはああ言ったが、もしかしたら、本当に強がっていたのかも知れない。自分が存在する、その事実を知ったとたん堪えていたように涙がとめどなく溢れる。

「よ、かった。本当に、よかった」

 私が涙を乱暴に拭き取り、有希の服の裾を掴めば。まるでキョンみたいに私の頭を撫で、二回優しく叩く。
 その行為が、さらに涙を誘い私は有希にすがりつき、涙が枯れるまで泣きさけんだ。

 その後、家へと戻った私はパジャマへと着替えれば布団へと入り寝付くが。それも、ものの数分だった。
 バイブの一定の振動と、音に私は手探りで携帯電話をとればディスプレイも確認しなず通話ボタンを押す。

「もしもし?」
『……』

 向こう側から物音一つしなず、ただ息遣いだけ聞こえる。誰だ?

「もーしもーし」
『……おはよう』

 私はとっさに、電話を耳元から外し一度考え。その人物が誰かわかれば、思わず笑みがこぼれる。

「おはよう、ハルヒ」

 雀が空高く飛び、電信柱に止まりひとなきする。朝日が眩しく、部屋に入ってくる。
 時刻は、朝の七時だった。


 さて、その後の話をしよう。
 その後、ハルヒと二言ほど話し電話を切れば。私は制服に身を包み、朝焼けの中家を出る。
 いつもより、数倍も早いためか通学路には人が少ない。時々すれ違うのは、通勤で満員の電車へと向うサラリーマンやOLの人たちだ。
 今日も何もなく、歩いている姿をみると少しばかりしみじみと感じる。
 平穏な日々とは、なんて素敵なんだ、と。でもやっぱり、少しのハラハラも欲しいかも、なんて無いものねだりだな。
 学校へと続く坂道を上る足取りも、軽い感じがする。

 学校へとつけば、今日も精を出し部活動にいそしむ生徒の姿。朝からお疲れさまです。
 私は軽い足取りのまま、上靴へと履き替えれば。先生すらまばらの廊下を走り、旧館。SOS団の部室、文芸室に向かった。

「おっはようー!」

 私は勢いよくドアを開ければ。そこには予想どおり、有希の姿があり。読書にいそしんでいた。
 なるべく邪魔しないように、私は鞄を机に置けば中からお弁当箱を取り出し。小さな冷蔵庫の中へと入れる。
 ふと視線を感じ、振り返れば。有希が珍しく本から視線を上げこちらを見つめる。

「お昼、一緒に食べよう。ね?」

 私は小指を突きだし、有希はそれをジッとみれば微かに頷く。

 部室の用がすめば、私はフラフラと教室へと向かい。途中ハルヒに会いその髪型に、頬が緩む。

「ハルヒ、ポニーテール似合ってるよ」

 少し無理矢理に、頭のてっぺんで揺れる髪に、私はキョンの言葉を思い出す。

「そういえば、キョンポニーテール萌えらしいよ」
「な、なんであいつが出てくるのよ!」

 ハルヒは凄い勢いで振り返り、それに合わせて髪も揺れる。
 そんなに慌てるようなこと、言ったっけ。はっ、まさかハルヒ。

「キョンのこと……」
「な、そんなわけないでしょ! それに恋は一時の気の迷いよ、そんなのにあたしが」
「はいはい、わかったわかった」

 少し頬が蒸気した顔で言われても、説得力がないな。
 私の顔は素直に笑ってしまっているのか。ハルヒは眉をつり上げると私の頭に手をやり、後ろへと回れば。高い位置で軽々と、髪を結ばれてしまった。

「団長をからかった罰よ。あんたは今日一日その髪型でいなさい!」

 罰でもなんでもないな。私は自分の頭に手をやり、髪に触れば何かにあたる。なんだろうか?


 その当たった物の縁をたどっていけば、耳があり。それは長くて、顔は丸い。

「うさぎのゴム?」
「そうよ」

 高校生がうさぎのゴム、これは少し恥ずかしいな。
 教室へとつけば、私の中に眠っていた睡魔が呼び起こされ、一つ欠伸をすれば。ハルヒにも欠伸が移ったらしく、二人揃って大欠伸。
 私は、自分の席へと座れば、顔をふせ残りの時間を睡眠にもっていく。変な夢見なきゃいいな、と思いながら目を瞑れば。一瞬にして眠りの世界へダイブだ。

 次に目を覚ました時には、キョンが眠たそうな顔してこちらを頬杖をつき見ていた。

「キョン、おはよ」

 目を擦りながら、何度目かの欠伸をすれば。

「お前も今日はポニーテールなんだな」
「うん、ハルヒが罰だって結んだ。うさぎのゴムなんだよー」

 キョンにとって、どうでもいいことを言えば。いつものキョンならば「そうか」と、どうでもよさげに返すが。今日のキョンは違った。
 優しげに、口元に笑みを型どれば。まるで、母親が子どもに向けるような眼差しで、私を見る。

「よかったな」

 私は、その姿に一瞬照れるが。すぐさま頷く。

「うん!」

 その日の放課後、私は珍しくハルヒと共に部室へと向かっていた。
 なんと、今日は新しいコスプレ衣装を持ってきたらしい。それは楽しみだ、と思いながら中を覗けば出てきたのはナース服。
 しかも、二着あり片方は薄い桃色、片方は薄い水色だ。

「ちなみに、みくるちゃんはピンク、葵は水色よ」

 これで、タブルナースでいつ患者が来ても大丈夫ね。と自信満々の笑み。患者って、依頼者の間違えでは。
 みくるちゃんに関しては、ある意味患者が出そうだが。そうだな、鼻からの出血多量、といった所だろうか。
 ハルヒは、意気揚々に部室のドアノブを掴み回す。
 そして開けて一言。

「なにやってんの、あんたら?」

 呆れたような口調に、私は隙間から覗けば。みくるちゃんは、握り拳をしたまま、顔面蒼白になる。
 キョンは少し鼻の下が伸びており。やっらしー。
 私がそんな感想を言いながら、中へと入るハルヒに続く。
 ハルヒは、ニマニマと笑い持ってきたナース服入りの紙袋を持ち上げる。

「みくるちゃん、メイド服もそろそろ飽きたでしょう。さあ、着替えの時間よ」



 いうが早い、ハルヒは一瞬にして間合いを詰めれば、みくるちゃんを取り押さえ、制服を脱がせるのにとりかかるのだった。

「いっ、きゃ、なっ、やっ、やめ、」

 無駄な抵抗とわかっておきながら、悲鳴を上げるみくるちゃんの姿は、Sの人にとっては堪らないものだろう。

「暴れないの。抵抗は無駄よ。今度のはナースよナース、看護婦さん。最近は看護師って言うんだっけ? まあいいや。同じことだし」
「せめてドアは閉じてぇ!」

 私は目でキョンに合図を送れば、キョンはドア閉め部室を出ていき。私もさあ着替えよう、と服を脱ぎ捨てる。
 その間、有希は一度もこちらを向かず鎮座していた。

 ことはものの数分で済み、ドアを開け。キョンは待ち受けていた光景に、あんぐりと口を開け深いため息をつき。
 その後ろから、遅れてやってきた古泉くんも入り。いつものSOS団が始まる。
 私は部活日誌を開け、みくるちゃんにジャレつくハルヒを見て笑えば。横で座り、昨日同様にオセロを展開している古泉くんがにこやかに微笑む。

「平和なものですね」

 キョンは、オセロの駒を一つ摘み、一ヶ所に置けば挟まれた白を捲る。

「そうだな」

 古泉くんは、それを見るとしばらく駒を手の内で持て遊び、もう置く場所が限られており。自動的にそこに置く。

「平和が一番って本当かもね」

 私は、日誌に鉛筆を滑らせ今日の各々の活動を箇所書きしていく。

「葵、ちょっとこっち来て。みくるちゃんで遊ぶわよ!」
「ふえぇ、もう駄目ですぅ」

 ハルヒは、みくるちゃんに後ろから抱きつき胸をまさぐっている。程々にしときなよ。
 私は、立ち上がり二人の元へ行く前に、日誌の最後に一言書きこんだ。

『SOS団よ、永遠に!』

END 世界の終り

無事、憂鬱終了です。
これも、皆さんのお陰であり。自分があきなかったことにお礼と拍手を送りたいです。

次回は退屈。
野球大会。あまり原作と変わらない野球大会になりそうで、夢の意味がなさすぎかもしれませんが。
楽しんで書いていこうと思います。

これで谷口くんとも絡めれる!

では、これからもよろしくお願いします。

誤字、脱字がございましたら申し付けください。

2007 07/09
桜条なゆ

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