SOS団調査!
お昼間近、お腹も空いてきた四時限目のことだ。
私は、空腹と睡魔に闘いながら机に頭をつけ、横に座るキョンのほうを向くと、机から朝に見た封筒が顔を出していた。
微かに字が見えそうだ。朝、みく……。
なんとなくの予想だが、みくるちゃんだろうか。
それならば、キョンの顔が緩むのもわかる。まあ、みくるちゃんなら何もしないだろう。
私は、目を瞑れば。四時限目終了までの十分を、寝ることにした。
ちょうど、国語の本読みをしている所だ。大丈夫だろう。
睡魔の世界と、現実世界の間を行き来していると、大きなチャイムが鳴り。私は飛び起きた。
頭が重い、中途半端に寝たせいだろうか。
私はノロノロと、教室を出れば。裏庭へと向かい、有希がそこに居ることに驚きさえ、なくなった。
もう、慣れっこさ。
「有希、やっほーこんな所に呼び出してどうしたの?」
「特訓」
風が吹く、私はとっさに何を言っているのかわからず。しばらく考えこんだが、意味がわかり手を叩きお辞儀をする。
「有希直々に特訓に協力してくれるのですか、ありがとうございます」
まだ頭が眠っているような気がする。言葉が変なのはご愛嬌。
私の言葉に有希は頷けば、私にチョークを差し出してきた。
チョーク……必要なのは、なんとなくわかるが。はて、草にチョークは書けるのだろうか。
「あの、有希」
「……」
「……やっぱりいいです」
私はそのチョークを貰えば。それを地面に無理矢理円を描きそのふちに手を当てる。
「あー、えっとサークルシールド起動。守備範囲、強度ともにレベル一」
私の言葉と同時に小さなドーム状のものができ。私は嬉しさに気を緩めれば。すぐさま、グニャグニャと歪み小さな音をたて弾けて消えた。
「……」
「集中」
「わかってる……」
私は、またふちに手を当て息を整えもう一度言う。
「サークルシールド起動。守備範囲、強度ともにレベル一」
また小さなドーム状のものが出来ればしばらくそれを維持する。
そろそろいいかな、とふちから手を離そうとした時だ。
有希は私のそれに手をかざすと、何か早口に言い。次の瞬間。
「ーっ」
突然きた衝撃に、私の手に振動が来る。
本当に張れているか攻撃してくれたのだろう。だけど、突然は結構くるんですが有希さん。
「立って」
「え?」
有希は私の手を取ると立ち上がらせ、少しずつドームから離れていく。
その度に、ドームが揺れて消えそうになるが意識を集中させ持ち堪える。
こうして相手を守りながら、遠距離で戦えるようになるのか。
私は少し感心しながら、シールドを取る。
先ほどの弾けるのとは違い、静かにフッと消え自分のことながら、なんだか夢をみている気分だ。
今までこんな変な力持っていたんだな。なんだか変な気分。
私は手を握ったり開いたりすればチョークをハンカチに包み、しまいこむ。
チョーク入れように何か探してこなきゃな。
「葵」
「なーに?」
私は、名前を呼ばれ振り返れば。有希が手を私に向かってかざし、先ほどドームに向けたように早口に何か物を言う。
その瞬間、私は固く目を瞑り手を顔の前に突き出せば。
パンッと空気の乾いた音がした。
「……」
「……」
私は、恐る恐る目を開け。有希の顔をみれば、有希はあいかわらずの無表情。
「な、なにするのさ!」
「条件反射に、シールドを張るための訓練」
「いや、そのさ……」
せめて一言いってくれ。確かに条件反射なら、言わないでやるのが正しいけど、心の準備というものがね。今回は上手くいったけど、間違ってシールド張れないかもしれないじゃないか。
てか、お腹空いたな。何も食べず、何も持たずにここまで来たからな。そろそろ腹も限界かもしれない。
「終わり」
「へ」
「精神、肉体と共に負担がかかる。休憩をいれないと貴方の体がもたない」
有希はそう言うと、旧館の方に視線を向ける。
「あ、うん。ありがとう有希、私お弁当教室だから時間があったら向かうね」
有希は頷き、旧館へと歩んでいき。私はその後ろ姿が見えなくなるまで見送り。
チョークを取り出す。
確かに、ああは言われたが自分のことは自分が一番よくわかっている。まだ、いけるはずだ。
私はその場にしゃがみこめば。チョークで先ほどより大きめの円を描き。手をそえる。
「サークルシールド起動。守備範囲、強度ともにレベル二」
先ほどとは少し違う、大きさが大きくなったドームが出来る。
少し気を緩めたら、すぐに消えそうだ。
「守備範囲、強度ともにレベル三!」
レベルがあがるにつれ、くる威圧も凄く。私は必死にそれに食い付き、集中する。
その時だった。
ガサッと草を踏む音がし。私は驚きと、焦りに集中力を途切らせれば。先ほど、とは違う大きめの爆発音と風圧に、私は背中からひっくり返り。
スカートの裾を押さえ、顔をあげれば。少し驚いた顔をした古泉くんが、こちらを見て動きが止まった。
「……」
「……」
「ど、どうも古泉くん」
私は、上体を起こし手を握ったり開いたりすれば。古泉くんは愉快げに微笑みながら私の元へと来る。
「大丈夫ですか?」
「いやはや、すみませんな」
手を差し出され、私はそれを受け取り。起き上がるのを手伝ってくれた。
「しかし、古泉くんでよかった。一瞬知らない人が来たかと焦ったよ」
「すみません、僕も何事かと思いまして」
私は立ち上がれば、スカートを叩き。古泉くんを見上げれば、古泉くんは私がチョークど書いた円を興味深そうにまじまじと眺めていた。
「そんなに、それ珍しい?」
「ええ、今まで一度も貴方の力をみたことありませんから」
そういえばそうだったな。てか、私も昨日初めて知ったことだからな。
私は薄くなったそれを、もう一度なぞれば。手をふちに添える。
「なら、よかったら見てって。私も、一人でやるより誰かとやりたいからさ」
でも、有希だときっと止められるだろうからな。キョン? キョンは今頃みくるちゃんとランデブーさ。
ハルヒにはバレたらだめだ。
古泉くんは、頷き少し嬉しそうに「ぜひお願いします」と年相応な笑顔をうかべた。
こうしてみると、古泉くんもまだ子どもなんだなと少し嬉しくなる。だって、変に大人びてるからさ。
「では、いきまーす! サークルシールド起動」
先ほどと同じように、手をあてて言えば。円のふちが光輝く。
「守備範囲、強度ともにレベル一」
私の言葉に、ドーム状のものが出来たかと思えば。突然指先が痛み、私はとっさに手を離してしまった。
小さな爆発音とともに、煙りがたち。その場にあった草が一部飛んでいった。
「……し、失敗しました」
私は、かわいた笑いを浮かべジンジンと少しまだ痛む指を擦りながら古泉くんを見れば。
古泉くんは、驚いたように目を真ん丸と見開き少し口を開けており。
それは、すぐさま苦笑いへとかわり。私の傍に膝をつき、座る。
「手、大丈夫ですか? 凄い音がしましたが」
「う、うん。大丈夫」
古泉くんは、私の手を取ると指に触り、真剣な面持ちでそれを見る。
なんだか、照れくさいんですが。
「あの、本当大丈夫だからさ!」
私は、照れくささのあまり。古泉くんから、手を離し後ろにその手をまわす。
そこまで心配されると、少し困る。
「あ、ほら予礼が鳴ったよ」
裏庭に、聞こえてきた鐘の音に、私はチョークをしまえば立ち上がり。なにか言われる前に、古泉くんの手を掴み校舎へと大またでいけば。
古泉くんの笑い声が、聞こえてきた。
うむ、笑うな。
その後、お腹を空かせながら教室へと戻れば。ハルヒが入口で待ち構えていてくれた。
「ハルヒどうか」
「遅い!」
したの、と言う前にハルヒに言葉をさえぎられ。私は、首をかしげた。
何か約束してたっけ。
「まあいいわ。それより」
「はあ……」
「葵も行くわよ」
「行くって?」
ハルヒは、満面の笑顔をうかべ腕を組む。なんだか、それ決めポーズみたいですね。
「決まってるじゃない、朝倉の家よ」
どうやら、今日のSOS団の活動は朝倉さん家を探索する、に決まったらしい。
でも、行っても何もないと思うよ。
「そんなの行ってみなきゃわからないじゃないの」
「ごもっとも」
私は頷き、未だに入口前に立っていれば。突然後ろから背中を押され、振り返ればキョンが疲れた顔をして立っていた。
「ちゃんと言って来たんでしょうね」
「ああ、お前が言った通りやってきたさ」
キョンは私の脇を通り、教室へと入れば椅子に座り下敷きで扇ぎ始め、それと同時に先生が入ってきてチャイムが鳴った。
時間ぴったりとは、これまた凄いことで。
そのあとは、のらりくらり授業があり。あっという間に下校時間。
キョンとは何度か帰ったことあるが、この三人でこの道を下ることは、もう二度とないかもな。
私は、二人の後ろから少しずつ道をくだっていく。何だか今日はやけに辛い、普通下りは楽な筈なのに。
「大丈夫か?」
「え、あっ。うん大丈夫」
足下をみながら、歩いていれば。キョンの背中に当たり見上げれば、少し気だるそうなキョンの顔がみえた。
「ならいいが、辛くなったら言えよ」
「うん、ありがとう」
頷けば、キョンは坂道を先に下っていき私はその後ろ姿にため息をつく。
今日も、暑いな。
私は、またトボトボ歩きだしハルヒとキョンが何か言いあってるのを見つけ。二人の元へと急いだ。
二人の元へとつけば、メモを持ちながら大またで歩いてるハルヒの右隣につき、どうかした? と尋ねれば。ハルヒは「別にどうもしないわよ」とメモを睨みつけながら言い。
キョンへと、視線を移せば。肩をすくめられた。
なにもないんだったらいいんだけどさ。
坂を下り、線路沿いを歩いていけば。見慣れた道へと出た、何か一度通ったことがある。
これはデジャブというやつだろうか、とモヤモヤした気持ちでいるとそのモヤモヤがはっきりとしてきて、スッキリに変わった。
そうだ、有希のマンションだ。
「ここの505号室に住んでいたみたい」
マンションの玄関へとつけば、私はポストをみながら言われた部屋の番号をみる。
505号室、そこにはもう既に名前の書かれた紙は入っておらず、もう居ないことを物語っている。
「なるほどね」
「何がなるほどよ」
「いや何でも。それよりどうやって入るつもりだ。玄関も鍵付きだぜ」
この前来たから私は知っているが、キョンの言うとおり。番号を入れなきゃ入れないマンションだからな。
しかも、私たちが入れて入れる番号と言えば。誰か人を呼ばなくてはならない。有希は、まだ学校だろうしな。
「あれで数字を入力して開ける仕組みだろ。お前ナンバー知ってんのか?」
「知らない。こういうときは持久戦ね」
「持久戦って……?」
「いいから待ってなさい」
ハルヒの言葉に、私とキョンは顔を見合わせしばらく言われたとおり待っていれば。
買い物に行くらしいオバちゃんがドアを開け出てきた。
その時に、私たち三人を気味悪そうに眺めたのは言うまでもない。
学校に苦情が行かなきゃいいけど。
そしてハルヒの言う、持久戦がこのことを指していたことがわかった。
閉まる前のドアに、ハルヒはつま先を押し込みストッパーの代わりにした。
知恵が回ることで。ある意味感心してしまう。
「早く来なさいよ」
「あ、待って」
ハルヒは、ドアを開ければ、キョンは引きずりこまれ、私はその後を追いかけドアを閉める。
ここに入るのは二回目となるが、何だか二回目は後ろめたくなる。
何もしませんので、安心してくださいと誰に言うのでもなく呟きそうだ。
私たちは、玄関ホールに立てば、ちょうど一階に来ていたエレベーターに乗り込み階数を押す。
エレベーターって、夏場にクーラー入らなかったら熱気が凄いんだよね。
「朝倉なんだけど」
私は、移り行く数字を見ていればハルヒも同じように数字を見ながら話をきりだした。
「おかしなことがまだあるのよね。朝倉って、この市内の中学から北高に来たんじゃないらしいのよ」
なら、一体どこから来たんだ。てかハルヒさん、そんなのどこから調べるんだ。
「調べてみたらどこか市外の中学から越境入学してたわけ。絶対おかしいでしょ。別に北高は有名進学校でもなんでもない、ただのありふれた県立高校よ。なんでわざわざそんなことするわけ?」
「知らん」
首を横にふる。
ハルヒをそれを一瞥すれば、話し続ける。
「でも住居はこんなに学校の近くにある。しかも分譲よ、このマンション。賃貸じゃないのよ。立地もいいし、高いのよ、ここ。市外の中学へここから通っていたの?」
「だから、知らん」
「朝倉がいつからここに住んでたのか調べる必要があるわね」
軽快な音を鳴らしながら、エレベーターは五階に到着し、その扉を開ける。
私はどちらかと言うと、ボタンを押して最後まで残る派だったりする。今回も例外なくボタンを押し、二人を先に行かせればハルヒは輝かしい笑顔と共に「ありがとう」とお礼を言ってくれた。
いえいえ、私はあなたの秘書ですから。
505号室部屋の前に着けば、私たちはドアを眺める。表札は当たり前だがなく、ハルヒはノブを捻るが鍵がかかっており開かない。
「ピッキングする? ピッキング」
半分面白冗談で言えば、ハルヒは真面目に「そうね」と返され私は少し焦った。
「なによ、冗談に決まってるじゃない」
冗談に聞こえなかったのですが。ハルヒは、どうにかして入れないかと悩みながら、腕を組み。その横でキョンはあくびをかみ殺していた。
緊張感が無いぞキョン。
「管理人室にいきましょ」
「鍵貸してくれるとは思えないけどな」
確かに、そう簡単にホイホイ貸してはくれないだろう。
「そうじゃなくて、朝倉がいつからここに住んでんのか聞くためよ」
「あきらめて帰ろうぜ。そんなん解ったところでどうしょうもないだろ」
「ダメ」
謎は答えを呼ぶ。そんな感じにハルヒは、踵を返すとエレベーターへと向かい下へのボタンを押した。
しばらく待てば、エレベーターが五階に止まりドアを開ける。私は乗る前に一度振り返れば。505号室へと続く廊下を一通り眺めエレベーターに乗り込む。
一階へと戻れば、玄関ホール脇の管理人室へと向かうが。しかしガラス戸の向こうは誰もいない。
一体どうやって管理人を呼ぶんだと思っていれば、ハルヒがガラス戸の横に備え付けられていたベルを鳴らし。
しばらく、ベルの音を聞きながら待てば。白髪をふさふさ、させたお爺ちゃんがゆっくりと来た。
「こんにちは」
私はとっさに挨拶をし、頭を下げれば。ハルヒが私の前に立ちはだかり、お爺ちゃんが何か言う前に話をきりだす。
「あたしたちここに住んでた朝倉涼子さんの友達なんですけど、彼女ったら急に引っ越しちゃって連絡先とか解んなくて困ってるんです。どこに引っ越すとか聞いてませんか? それからいつから朝倉さんがここに入ったのかそれも教えて欲しいんです」
いつものハルヒは、どこへやら。その物腰や、言葉使いに思わず私もキョンも感嘆する。
どうやら管理人のお爺ちゃんは耳が遠いらしく、何度も「えっ?」と聞きかえされた。
こういう時少し大変だったりする。
その後、管理人から聞いた話では、お爺ちゃん自身も引っ越しについては知らなかったらしい。
「引っ越し屋が来た様子もないのに部屋が空っぽになっておって度肝を抜かれたわ」
「そうだったんですか」
私は、お爺ちゃんの言葉に相づちをうち話を聞く。
「それで朝倉さんはいつからここに入ったんでしょうか?」
すかさず、ハルヒが質問をし、お爺ちゃんは答え、それに私は相づちをうつ。
「確か、三年ほど前くらいかの。めんこいお嬢さんがわしんとこに和菓子の折り詰めを持ってきたから覚えておる」
「そうなんですか」
「そうなんじゃよ、しかもローンも組まずに一括払いでの。えれえ金持ちだと思ったもんだて」
ハルヒは、首尾よく聞き出せば。お爺ちゃんは若い子と話すのが楽しいのか、気をよくして色々と話してくれた。
「涼子さんと言うのかね、あの娘さんは。気だての良い、いい子だったのー」
朝倉さんはここでも、いい子だったんだな。
「せめて一言別れを言いたかったのに、残念なことよのー。ところであんた達もなかなか可愛い顔してるのー」
私はとっさにハルヒを見て、自分を指さす。するとお爺ちゃんは「そうそう、お前さんもじゃよ」と嬉し恥ずかしいことを言ってくれた。
その、ハルヒはわかりますが、私は有り得ませんから。
ハルヒは、情報を得られない判断すれば、これまた丁寧に。
「ご丁寧にありがとうございました」
テキストに載っていそうなお辞儀をキッチリとし、キョンをうながし。私の手を絡めとり連れて行かれる。
その後ろからキョンが遅れてついてきて、その際マンションの管理人さんは、少し大きめの声で。
「少年、その娘さん達は今にきっと美人になる。取り逃すんじゃないぞー」
と、聞いてるこっちが恥ずかしくなりそうな言葉をいい。私は、ハルヒを見れば、ハルヒは無言で握る私の手を強めた。
玄関から数歩歩いた時のことだ、コンビニ袋と学生鞄を提げた有希と出くわした。
今お帰りですが有希さん、てか晩御飯はコンビニですか。今度ご飯作りに行こうかな。
「やっほー有希!」
「あら、ひょっとしてあんたもこのマンションなの? 奇遇ねえ」
頷く有希に、ハルヒは思い出したように「そうだわ」と言う。
「だったら朝倉のこと、何か聞いてない?」
首を横に振り、否定の仕草。
「そう。もし朝倉のことで解ったら教えてよね。いい?」
有希はそれに、頷き返せば私の方へ視線を向けられ、目があう。
一瞬胸が弾み、あのあとやっていたことがバレたかヒヤヒヤする。
「眼鏡どうしたの?」
そういえば有希は、昨日のあれから眼鏡をかけていないが。私が寝ている間にキョン、有希になにかしたのか?
有希はハルヒの問いに答えず、キョンを見る。その様子に、ハルヒは肩をすくめ後も見ずに、歩きだし。
キョンは片手を振り、有希に別れを告げる。
私もさあ行こう、と足を踏み出すが有希に手を握られ立ち止まり。そのまま、有希にされるがまま引きずられマンションへと私は戻されていった。
途中キョンが振り返り、口を開けるが声にするまえに閉じ私たちとハルヒを見比べ。私は顔の前に手をあて、ハルヒのことをお願いした。
「ね、有希どうかしたの?」
マンション内へと入れば、有希の部屋へと入り。私は前に座った場所へと座る。
しばらく待てば、前回同様。お茶を持ってきて私の前へと湯飲みを置く。一口お茶を飲み、置けば。有希は間をあけ話し始めた。
「無理はしないと言ったはず」
どうやら、バレていたらしい。有希の視線が痛く、私は思わず目をそらす。
「……ごめん」
それ以上お互いなにも言わず、部屋の中は静かだ。私はいたたまれなくなり、お茶をすすればその甘い匂いにまどろんでくる。
体がふぬけ、疲れなんかどっかにいってしまいそうだ。有希、なんか盛ったか?
私は、机に顎をのせ湯飲みを持ったまま有希の顔を見ていれば。突然胸がざわつき、体を起こした。
「……キョン?」
気づけば、時間はかなりたっており。先ほどまで辛かった体はスッキリと、軽々動かせる。
きっとこれも、有希が何かしたんだろうなと思ったが今はそれどころではない。
キョンが今、この空間にいない。この世界中のどこを探してもキョンという存在が消えている。
「都市らへん……?」
勝手に入ってくる情報では、キョンはここから少し遠い場所に居ることがわかり。私は鞄を握ると立ち上がり、有希にお礼を言い部屋を飛び出す。
でも、少しおかしい。キョンはキョンでも現時空間内のキョンと釘がさしてある。
今の時空以外のキョンがこの場にいるというのか。まさか未来から来てるキョンがいるのか?
まさかね。
私は大急ぎで、切符を買い電車へ飛び乗り目的の駅へと着けば、空間移動のために申請し、赤へと変わりかける信号を目を瞑り走り抜ける。
次の瞬間、音が無くなり。目を開ければ、見慣れた灰色世界へと来ていた。
見慣れた、と言っても二度目だけどね。
「……なんだ、閉鎖空間に入っただけか」
それなら、古泉くんがいるはずだから安心だ。
私は、ホッと息をつき辺りを見回したのち、キョンを探すべく歩きだした時だった。灰色の世界に突然落ちてくる影。
おかしな、その出来事に私は首をめぐらせ後ろを見上げれば。そこにあった存在に驚きと共に、悲鳴をあげそうになった。
そこには、《神人》が立っており、すぐ横に立つビルを壊し始めた。
な、なんていうか。こんなにも間近で《神人》を見上げる。ことになるとは、誰が想像しただろうか。
降りかかる、コンクリートの固まりはシールドで弾き、私は《神人》の周りを回る赤い玉に目が釘づけだったりする。
あの中に古泉くん居るのか。ならば、応援したほうがいいだろうか。
そんな考えを廻らしていれば、突然頭上から声が聞こえた。
「葵さん、逃げてください!」
いや、逃げろってどこにさ。てか、どこから声が聞こえてくるんだ。私は、四方に顔をめぐらせながら最後に上を見上げれば。その逃げろという意味を理解した。
上から切り離された《神人》の腕が落ちてきたのだ。
さすがの私も、これは少し無理に近いかもしれない。慣れたならいいけど、自慢じゃないがレベル三で手一杯なんだぞ。
そんなことを思いながら、シールドの強度を高めるが、降ってきた瞬間潰れそうだ。
「葵さん!」
「え?」
次の瞬間、体が一瞬浮いたと思えば視界が真っ暗になり背中に温かいものが触れる。
私はそれにしがみつき、動きが止まると恐る恐る目を開ける。
「古泉、くん?」
上を見れば、古泉くんがいつものような笑顔を浮かべ私を抱きかかえたまま上体をおこす。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。大丈夫だけど、古泉くんは、古泉くんは大丈夫?」
私は、古泉くんの腕をとり怪我を見るが目立った怪我はなくホッと胸をなでおろす。
「僕は大丈夫ですよ。それより葵さんの方が心配です」
そう言うと、古泉くんは念を押し「本当に大丈夫ですね?」と尋ねてきて私はそれに無言で頷く。
おかげさまで私はピンピンしてます。
「よかった。それより、ここは危険です。あちらにビルが見えるのがわかりますか?」
古泉くんが指さす方向を見て、あれだろうかと頷く。
「あのビルに彼も居ますので、そこで待っていてください」
「うん、わかった」
私は古泉くんに背中を押され、ビルの合間をぬってキョンが待っているというビルへと向かう。
途中、振り返れば、古泉くんは赤い玉へと姿を変え光の速さで《神人》へと向かった。
なんだか、お邪魔してしまってすみません。
古泉くんと、他の赤玉さんたちに心の中で謝りながら、走ってキョンの元へと向かえば、案外すぐに見つかった。
フェンスに指をかけ食い付くように見るキョンは、下から私が来ているのも気づかず。今もまだ向こうに広がる光景をみている。
私は駆け足で階段を登っていき、ビルの屋上のドアを勢いよくあければ。キョンが振り返り目を丸く見開いた。
そんなに驚かなくてもいいじゃないか。
「お前、こんな所で何してんだ」
「それはある意味こっちの台詞」
私はあがる息を整え、キョンの隣にいけば。フェンスから向こう側を見る。
先ほどまで、上半身は残っていた《神人》も今じゃ見るも無惨な姿をしている。
それも直ぐ様、砂のように小さく崩れていきその姿を消した。残るは、《神人》の暴れまわった爪痕のみ。
なんだか、高いビルが無くなり少しすがすがしく思えてしまう。
上空で《神人》の崩壊を見届けた赤玉さんたちは、四方へと散り、その一つはこちら向かって飛んできた。
古泉くんだろうと、その姿を目でおえば。その赤い光は薄らいでいき人の形をなし、髪をなでつけている古泉くんへと戻った。
やあやあ、古泉くん。
「お待たせしました」
いえいえ、そんなに待ってませんよ、と思いながら。本当遅かったね、と言ったら古泉くんはどんな反応をするだろうか、なんて思ってみる。
そんな少しの悪戯心を心におさえ、息一つ乱れていない古泉くんを見上げれば目があい微笑まれる。
あー、あんまり見ないことにしよう。私の心臓が、もたない。
「最後に、もう一つ面白いものが観れますよ。葵さんはご存知でしょうが」
古泉くんは空を指さし、私たちはそれに倣うように見上げる。
何があったけ。
上空には亀裂がはしり、ひびが入る。
「あの青い怪物の消滅に伴い、閉鎖空間も消滅します。ちょっとしたスペクタクルですよ」
亀裂が世界をおおいつくせば、音もなく割れ。光が差してくる。
卵から生まれるものは、皆こんな景色をみるのだろうか。
光は一瞬にして、広がり私はそれと同時にきた騒音に顔を歪める。鼓膜がどうにかなってしまいそうだ。
横をみれば、キョンも耳を押さえているのがみえた。
暖かい色をした夕陽は、ビルの間から沈んでいき。反対からは闇が迫る。空のパレットといった所だろうか。
町を見渡せば、先ほど《神人》が壊した建物は元通りに、なにくわぬ顔で建っており。
見慣れた景色が、そこにあった。
風が吹く。髪が風になびき、私は手でそれをおさえた。
「解っていただけましたか?」
四階建てのビルを私たちは後にし、タイミングよく来たタクシーに乗り込み古泉くんは口を開いた。
ちなみに座りかたは、私を間に挟み少し居心地が悪かったりする。ひとまずキョンの方によっておこう。
「いいや」
「そう言うと思いました」
キョンの否定に、古泉くんは笑いを含んだ声をだす。
「あの青い怪物――我々は《神人》と呼んでいますが――は、すでにお話ししたとおり涼宮さんの精神活動と連動しています。そして我々もまたそうなんです。閉鎖空間が生まれ、《神人》が生まれるときに限り、僕は異能の力を発揮出来る。それも閉鎖空間の中でしか使えない力です。例えば今、僕には何の力もありません」
だから、スプーン曲げも何も出来ないと。うむ、便利な能力じゃないんだね。
キョンは、黙って運転手の後頭部を眺めている。
私もそれにならい、後頭部を眺めバックミラーに視線を移せば私が映っている。
「なぜ我々にだけこんな力が備わったのかは不明ですが、多分誰でもよかったんでしょう。宝くじに当たったみたいなものです。到底当たりそうにない低確率でも、誰かには命中する。たまたま僕に矢が刺さっただけなんですよ因果な話です」
そうなんだな、突然だっただろうから大変だったろうな。でも、不謹慎ながら古泉くんにその矢が当たってくれて嬉しいなと思ってたりする。
そうじゃなかったら、今の魔訶不思議な出来事は少し変わっていたかもしれないからな。
古泉くんは、微苦笑をうかべており。キョンは変わらず黙りこんでいる。
「《神人》の活動を放置しておくわけにはいきません。なぜなら、《神人》が破壊すればするほど、閉鎖空間も拡大していくからです。あなたがさっき見たあの空間は、あれでもまだ小規模なものなのです。放っておけばどんどん広がっていって、そのうち日本全国を、それどころか全世界を覆い尽くすでしょう。そうなれば最後、あちらの灰色の空間が、我々のこの世界と入れ換ってしまうのですよ」
あ、それ知ってる、前聞いた話だ。
私は、少し腰を浮かせ座りなおせば。運転手の視線が少しこちらに向いた。
「なぜそんなことが解る」
「ですから、解ってしまうのだからしょうがありません。『機関』に所属している人間はすべてそうです。あの日突然、涼宮さんと彼女が及ぼす世界への影響についての知識と、それから妙な能力が自分にあることを知ってしまったのです。閉鎖空間の放置がどのような結果をもたらすかもね。知ってしまった以上なんとかしなければならないと思うのが普通ですよ。僕たちがしなければ、確実に世界は崩壊しますから」
視線を古泉くんへと戻せば、目があい古泉くんは眉を少し下げ微笑をうかべ呟く。
「困ったものです」
その言葉と同時に、車内は静かになり。キョンを横目でみれば窓の外を眺めている。
私はすることもなく、うつ向き車の振動に合わせて頭が動く。キョンの家についたのだろうか、車は止まり。私は半分眠りかけていた頭を起こし横を見れば、キョンはドアを開け外へと出る。
その時私へと振り返ると「家まで送ってもらえ」と頭を軽く叩かれ言われ、私は頷く。
「涼宮さんの動向には注意しておいて下さい。ここしばらく安定していた彼女の精神が、活性化の兆しを見せています。今日のあれも、久しぶりのことなんですよ」
古泉くんは私の後ろから、体を乗り出す。自然と密着し、なんだか照れくさくキョンを見れば。キョンの視線は古泉くんへといっている。
「俺が注意しててもどうこうなるもんでもないんじゃないのか?」
「さあ、それはどうでしょうか。僕としてはあなたにすべてのゲタを預けてしまってもいいと思ってるんですがね。我々の中でも色々と思惑が錯綜しておりまして」
そういうと、キョンが何か言う前ににドアノブを持ち頭をひっこめ閉めた。
私は、窓に張り付いてキョンを見れば、キョンはやれやれと言ってそうな面持ちで頭をかき私に手を振り。家へと帰っていった。
「二人きりになりましたね」
「なんだかその言葉は色々誤解を生みそうなんだけど」
私は一定の距離を保ち、古泉くんを見れば。古泉くんは喉で笑い。
「それもそうですね」
膝の上で肘をつき手を組み合わせは、その上に顎を乗せ笑みをたたえている。
「それより、今日はありがとう。突然ごめんね」
「いえ、こちらにとっても面白いものが見れましたので」
「面白いもの?」
「はい」
面白いもの。何か見せただろうか。とくにこれといって面白いもの見せた気はないんだけどな。
私はそれほど、不思議そうな顔をしていたのか古泉くんは目元を和らげ私は益々悩む。
そんなに笑われるようなことやったっけ。
「あなたの能力ですよ」
「面白かった?」
そう面白いものでもない気がするが。古泉くんが面白いというから、そうなのかな。
「そうですね。面白いは少し違いますね」
違うんかい。
「とても興味深かったです」
「あ、ありがとう?」
まあ、古泉くんの力とは違って、限定されないで使えるのは私にとっても興味深かったりするな。
私は自分の手のひらを、握ったり開いたりしていれば。
「そういえば、いかがでしたでしょうか? 僕の騎士は」
「は、はい!」
古泉くんが、手を見るためうつ向かせていた顔を覗きこんできた。
私は突然近づく顔に驚き、横に飛べば車のガラスに後頭部をぶつけ、ガンガンと頭に響くそれに頭を押さえた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。うん、古泉くんの騎士っぷりもよかったし、ありがたかったよ」
私は古泉くんに、また近づかれる前に自分の心臓のため左手を前に突きだしそれをさえぎる。
ふと窓の外を見ればもう、自分の家の近くだ。
「う、運転手さん、車止めてください」
私は鞄を広げ、財布を探りだせばお金を古泉くんへ差し出す。
「ここまででいいよ。これ以上乗ったらお金大変だろうからあとこれ私とキョンの車代」
「お金でしたらこちらで払いますので、葵さんは気になさらないでください」
そういうと、私の手を戻らせ私はしぶしぶお金を財布にしまい。ドアを開け外へと出る。
外はじめじめし、少し車の中が恋しくなった。クーラーつけてますね、運転手さん。
「それでは、今日はこのへんで」
「うん、また明日」
半分身を乗り出していた古泉くんは、車内へと戻るとドアを閉め、一度会釈をすれば。車は走り去っていった。
「あー、お腹空いたかも」
車が角を曲がり、見えなくなると私はドアを開け家へと帰っていく。
空は、夕陽が沈み、月が高い位置で光って今日も何事もなく終わった。
本当、よく漫画や小説ではことが起きる時は前ぶれというものがあるが。現実はそうはいかない。
しいって言えば。ハルヒの機嫌ぐらいだろうか。
お風呂からあがり、携帯を見ればキョンからメールが来ており。私はそれに笑いながら返信をする。
『無事、帰宅しましたよ』
本当、キョンはどこまで過保護なのやら。いや、凄く嬉しいんだけどさ。
私は携帯をそっと閉じ、窓の外を見れば月が窓から覗いていた。
短いですが6話終わりです。
次回は原作の7+エピローグまで書きます。
もう少しで憂鬱が終わってしまう。
なにやら寂しいような、せつないようなです。
誤字、脱字がございましたら申し付け下さい。
2007 07/04
桜条なゆ
[ 7/30 ]
[始] [終]
[表紙へ]