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日の入りの時刻が遅くなり、日が長くなってきた。茜色の空の下で鍛錬に勤しんでいた園田はぺったりと額に張り付いた髪を掻き揚げた。少し伸びた前髪を見て邪魔くさいと思った園田はその手に握られた苦無で適当に刈った。元々癖のある毛なので多少ざんばらでも目立つことはない。くしゃっと髪を混ぜればそれなりに見えた。背後の木から何者かが降り立つ気配を感じ、振り返るとそこには園田と違い手入れの行き届いた髪を靡かせる立花が立っていた。真っ赤な日を受け生白い顔がほの暗く赤く染まり人間らしい快活さからは遠い印象を受ける。

「なんだその散髪の仕方は。」
「いけませんか。」
「いいや。好きにすればいい。」

恐らく本当にどうでもよいのだろう。たまたま話しかけるきっかけになったにすぎない。

「一人じゃなんだろう。私が相手をしてやろうか。」

返事を聞く気はあまりない性格なようで、園田の応という返事もないままに懐から苦無を取り出し斬ってかかった。園田も反射的にそれを薙いでかわす。先日の鉢屋との鍛錬とも似通い、園田の防戦一方であった。それがどうにも立花には面白くない。立花は園田が実力を偽っているのを感づいていた。先日の忍務がなければ興味を沸かさずにいたかもしれないが、四年生にしてプロの忍者を相手取るのはなかなかに難しいことである。ましてや無傷で生還しているわけだから侮れない。どうして本気を出さぬかは立花の推測の域にはなかったが、どうしたら本気を出すかは分かっていた。
こちらも本気で殺しにかかればいいのである。

「…っ。」

立花が躊躇い無く首を狙いにいくと園田はこのときばかりはその苦無を弾き落とした。咄嗟に出てしまった手を見て立花は思ったとおりだと愉快になった。

「いい加減茶番は飽きたぞ、園田。」
「…あの忍務に貴方が来たこと、それが私の運のつきでしたね。」

園田も諦めたのか、立花にも攻撃を与えるようになった。苦無で首、胴を狙い、手裏剣では頭、足を狙う。確実に殺すための急所に絞って狙っているなと立花は感じた。そこに遠慮は無い。自らより格上だと分かっているからかそれとも立花を殺すつもりだからかは定かではないが、その切っ先に迷いはなかった。そしてとにかく体が柔らかい。一見無謀な体制からも足が飛んでくるので侮れない。教科書通りの戦法で狙ってくるのに思いもよらぬところからそこを狙われる。油断をしていたら足をすくわれていただろう。立花は一旦距離を測ると得意とする宝禄火矢を投げつけた。これで園田は避けるにしても相当遠くに逃げるだろうし、どちらかというと飛び道具が得意の立花には有利になるはずだった。しかし園田は避けるどころか突っ込んできたのだ。自爆する気かと立花が慄いたはつかの間宝禄火矢の火種を断ち切ったのだった。そうなれば宝禄火矢などただの火薬の詰まった玉だ。

「なっ!」

そこからの園田は猛攻を仕掛ける。出るわ出るわ、どこから取り出したのか分からぬ暗器の数々。恐らく小ぶりな針や棒手裏剣には毒の類が含まれているのだろう。腕をぶんっと振ると棒手裏剣が一列になって飛んでくる。手だけでなく足にも仕込んでいるようで、回し蹴りを避けたかと思えば、つま先から寸鉄まで飛び出て危うく頬を掠りそうになった。これが本来の園田の戦闘スタイルか、と立花は思う。判断能力に長け、敵の意表をつき、力技よりも毒の類で甚振ることを得意とし、一発の打撃は弱いが当たれば動きが封じられる。力はないが体力はそこそこあるようで、長期戦に持ち込んでどこかで一発でも当てればいいわけだから、なかなか考えられている。だが先ほどから見ていると暗器の使い方の筋はいいが、それにくらべれば体術はおそるるにたらない。

「私が火薬しか扱えない非力な男だと思うなよ。」

足ばらいをかけバランスを崩したところを関節を固めそのまま押し倒した。

「ぐっ。」

顔面から地面に突っ込んだ園田は鈍い呻き声をあげた。そし立花が園田がもう暗器を出せないように足と手をまとめて自由を奪えば諦めたように大人しくなった。

「降参です立花先輩。」

疲れたように園田が言う。

「四年に負けては先輩としての威厳もないからな。」

園田の上から立花が退いて園田を起こしてやると小さく謝礼の言葉を述べられる。顔が砂だらけで擦り傷だらけになってしまっていた。

「お前の目的はなんなんだ。」
「…目的、ですか。」

その実力を曝け出さないことについてだということは園田も承知だろう。それでも語る気はさらさらないのか園田は閉口したままだ。

「四年の友人にも言えぬことを私に言えというのも酷というものか。」
「…いや、友人でないほうが話せるお話ですよ。いえ、貴方なら平気でしょう。」
「何故に。」
「貴方は人を殺せる人、必要があれば友人も殺せる人であるとお見受けするので。」

人の生死を語るにしては情のない瞳をしていた。園田の眼は人を殺めたことのある瞳だ。その眼に映る立花も同じ瞳をしている。下級生にはない、そういう無常と諦めの含んだ瞳だった。四年以降になれば徐々に人を殺める必要がある忍務が増えてくる。立花が始めに人の命をこの手にかけたのは四年の終わり、冬であった。同じ学年の誰よりも早く殺しを体験した。冷静さを持ち合わせていると判断されてのことだ。それから順番に七松、潮江、中在家、食満と体験した。もうすぐ善法寺にもその忍務が与えられるであろう。四年の鉢屋のように忍衆からの者などはもっと若くに経験している者も珍しくは無かった。だから園田がこういう濁った瞳を持っていることは特別ではなかった。しかし、その中で友をも殺せる者と括るならそれはとても少なくなるだろう。そういう意味では立花と園田は同じところに立っていた。

「…成る程な。して、相手は。」
「それは申し上げられませんが、我々がお顔を拝見することも叶わぬであろう雅なお方であるとでも言いましょうか。」

こいつは復讐者だ。
憎しみを垣間見た立花はそう感じた。園田は端から殺す術を学びに来ているのだろう。この学園に入学した瞬間、園田の意識では既に忍者なのだ。忍たまという意識ではなく、一人の忍者としてこの学園にいるのだ。だから教本通りの忍者であろうと努めている。忍者に必要な、冷静さ、強調力、判断力、そして無個性、それを全て体現しているのだった。なんとまあ可愛げのない男であるか。立花はこれが作法委員会の後輩でなくてよかったとも思う。自分と同じ瞳を持つ可愛げのない後輩の面倒を見るのは御免だった。
もうとっくのとうに日は沈んでいた。二人とも汗ですっかり服が湿ってしまった。立花は月明かりの中夜目を利かせ風呂に行こうかと誘いをかけた。



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