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米問屋の忍務が終わり、四年生は日常に戻りつつあった。鉢屋と不破も保健室から帰ってきたし、例の城も処罰にあい、米問屋も脅されることもなくなったという。上級生も帰ってきた学園は何事もなかったかのように動き出していた。あの日以来、鉢屋の驕りは減り、不破の鉢屋への甘やかしが減ったようにも見えた。興味の無かった園田についても鉢屋は少し興味を持ち始めたし、尾浜に至っては仲良くなりたいのか、園田とよく昼食をとったりと行動を共にすることが増えた。

「満則ー。」
「なんだい勘右衛門。」
「そういえばお前って委員会どこなんだ?」
「会計だよ。」

あの地獄の会計委員会なのかとぎょっとした目で尾浜が園田を見ると何故そんな目で見られているのか分からないのか園田は首を傾いでいた。尾浜が懇々といかに会計委員会が恐れられているのかということを語ると園田は噂ほどではないと否定するのだった。

「徹夜も特訓も噂ほどではないよ。今年の委員長はとてもお優しい方だ。」
「三日寝ずだとか全裸寒中水泳だとかあると聞いたんだけれど。」
「それは前年度かな。」
「やっぱりあったんだ…。」

尾浜が想像したのか体を擦っている様子を見て、園田はくすりと笑った。
園田が馴染んで行く様子がなんとなく未だに腑に落ちていないのは久々知であった。ああして尾浜と談笑しているのも最近よく見かける気がする。あまり表情が変わらずに少し眠たげな瞼をした園田という男は、あの忍務以来、不破だけでなく竹谷や尾浜、そしてあの人見知りの鉢屋までも気にし始めているのが不思議だった。今まで埋没していたような平凡な男なのに。園田は平凡において一種の才があると言わざるが得ない程の平凡さを持ち合わせていた。少しだけ癖のある黒髪は、とりわけ美しいわけではないし、竹谷のように痛みきっているわけでもない。面立ちも男の割には柔和な顔つきというだけで、どこにでもいる顔だ。身の丈も久々知と尾浜の間くらいで体格も似たようなものだ。鉢屋ほど細いわけでもない。食事の量だって、座学だって、実技だって、狙ったように普通だった。

「狙ったように…?」

もしかして、園田は狙ってやってるんじゃないだろうか。久々知は一瞬過ぎった考えが真実のようでならなかった。久々知は己の頭脳は悪くないと思っている。実際に物覚えもいいし、勘だって悪くない。今までの経験がそう告げているような気がするのだ。だが、この勘を立証するには証拠が必要である。久々知の勘が外れていないという証拠に園田という男の平凡は作られた紛い物であるという証拠が。
決断すると久々知は早い。迷い癖のある友人の一人に分けてやりたいものだと久々知は思う。園田という男を気づかれない程度に観察をすることにした。園田という男は几帳面である。というのは聞いていたが、観察しているとそれがよく分かる。毎日決まった時刻に決まったことをして過ごすので、観察するほうとしては楽だったが、非凡さを見つける要素には程遠かった。日の出前に起床し鍛錬を行い、竹谷を起こし、一人でさっさと朝食をとると本を読み、後に授業へ向かう。昼食は尾浜ととり、再び授業へ出てから鍛錬を行い、早めの夕食と風呂をとり、部屋で予復習をしたりする。間に図書館へ行くことがたまにあるくらいで、十日間も観察しているのになんの変化もないのだから驚きである。今日は委員会があるようだからそれも見に行ってみようと久々知は考えた。直に予算会議もある。そうなれば今日あたりから連日委員会だろうし、疲れたときや、予算会議のそのときにでも化けの皮が剥がれてはくれないだろうか。


ぱちぱちと算盤を弾く音が部屋に響く。算盤の数は全部で五つ。六年生の委員長のものが一つ。五年生の潮江文次郎のものが一つ。四年生の園田満則のものが一つ。三年生の田村三木ヱ門のものが一つ。二年生の神埼左門のものが一つである。中でも潮江は群を抜いて手早く、次いで委員長、田村、園田、神埼といった順番に作業を進めていた。潮江にいたっては園田と神埼の倍ほどをこなしているのだから驚きである。その様子を天井裏からこっそりと久々知は覗いていた。園田は年齢の割には働きぶりが悪いようだった。確かに算盤を弾くスピードはお世辞にも速くは無い。褒められるのは几帳面な性格からか帳簿の数字が読みやすく丁寧に書かれていることくらいだ。潮江は目をぎらぎらとさせてすごい集中力で次々に紙の山を消化していくが園田は呆れる程にマイペースだった。もしや園田は本気で委員会に参加していないのだろうか。とも疑問に思えてくるくらいだった。委員長と潮江、田村のおかげで二日目の徹夜にはならずに済んだようだ。皆眠い目を擦ってそれぞれの部屋へと帰っていく。園田の後を久々知はそうっとつけていくが何も変わった様子もなく竹谷のいる部屋へと向かい布団で眠ってしまったのだった。



「さて、今日は予算会議だ。びた一文無駄な予算はやらないように。皆気を引き締めてかかれよ!」

委員長の声に続いて応と元気な返事があった。委員長は満足そうにその細目をさらに細めて頷く。毎度お馴染みの予算会議ではそれぞれの委員会があの手この手で予算を掻っ攫おうと画策していた。久々知の所属する火薬委員会も参加している。火薬委員会には五年生がいないので、来年の五年生が委員長の代理を務めなければならないだろう、そしてそれは恐らく久々知になるので、久々知は段取りを覚えておかねばとも思い真剣な面持ちで見守っていた。
結果としては火薬委員会と保健委員会の予算が概ね希望通りに通った。作法委員長と生物委員長と会計委員長が三つ巴となり、用具の食満と潮江が取っ組み合いになり、図書委員長と学級委員長は体育委員長にのされてしまい、その体育委員長が保健委員長にのされてしまったのである。火薬委員がぼうっとみている間に片付いてしまったのだ。許可印を持った園田が予算案に目を通し、無事に残っている田村と神埼に意見を仰ぐと二人からも可と出たようであっさりと印が押されてしまったのである。保健委員も同じくして押され、それに気がついた委員長と潮江が慌てて回収しようとするが時既に遅し。学園長に提出され、残りの委員会は厳しい潮江と委員長により減額されてしまったのである。

「あーよかったー!これで授業で困ることがないよー!」

火薬委員長は正しい予算が出されたことを大喜びしていた。保健委員長も同じだろう。火薬と保健は生徒への還元ができなくなりそうなほど困窮していた二大委員会であった。他の委員会には一部生徒の乱用があったことは認められるが、本当に困っていたこの委員会二つだけに予算が下りたのは園田の素早い押印によるものだ。

「もしかしてこれ狙ってやったんだろうか。」

どこまでが偶然でどこまでが狙ってやっているのか。久々知は園田について結局何も分からず仕舞いであった。




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