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そうこうしているうちに七日間はあっという間に過ぎ、鉢屋と園田の忍務の順番が巡って来た。よりにもよって園田との忍務でその上退屈な内容だと聞けば鉢屋の士気は下がる一方であった。

「じゃあ二人とも気をつけて。」
「さっさとならず者とっ捕まえて帰ってこいよー!」

久々知と竹谷がぶんぶんと腕を振って見送ると鉢屋もそれに答える。園田も控えめに手を振り返すと名残惜しむ様子もなくさっさと歩き始めてしまった。鉢屋もそれについていく。今何時だ、午の刻だ。昼食にしよう、そうするか。こちらは川が多いね、そうだな。あまり弾まない会話を繰り返し、日の沈む頃には忍務先の町へと到着した。そこで適当な安宿を取り、身分を旅のものとでも偽って宿泊した。
翌日、不破と尾浜と合流しようと米問屋へ向かうと何やら様子がおかしい。なにやら店の周りに町人達が集まっているではないか。何事だろうか、二人して顔を見合わせて近くによると、店主が尾浜に頭を下げて謝りつづけていた。

「騙すつもりはなかったのです!」
「それでも雷蔵は攫われてしまったではないですか!」

その言葉を耳にした途端鉢屋は体中の毛が総毛立つ思いがした。今、なんと言っていたのだろう。鉢屋が唖然としていると、隣にいたはずの園田が既に人の集団を割って入って尾浜と合流していた。

「詳しく話してくれないか。」

尾浜が園田を確認するや否やその手を掴み、鉢屋を呼びつけ、店主と店の二階へと向かった。

「簡潔に言うと、まず、雷蔵が攫われた。理由はここの若旦那と間違えられた。そして町のならず者というのも間違いだ、正しくは忍者。この旦那が忍務の報酬を少しでも値切ろうとしたらしい。」

尾浜の話に店主のことが出されると鉢屋が鋭く睨んだ。ひっと声にならない声をあげた店主が縮こまる。一般人に殺気を当ててしまう程に鉢屋は焦燥していた。忍びに連れ去られてしまえば悪ければ殺されてしまうのだ。今頃一体どのような仕打ちをされているのかと想像するだけで鉢屋の手の震えは止まりそうもない。

「ってことは雷蔵は…」
「忍者に捕まった、俺が確認した敵の数は二人。アジトに何人いるかは確認できてない。」
「つまりは私たちにはできない忍務内容だったのだね。」
「そういうことだ。」

園田がまるで不破を助けることを諦めようともとれる言い方をするものだから鉢屋の沸点は一気に沸いた。思わず胸倉を掴みあげてしまう。

「おまえ!雷蔵が!雷蔵が、どうなってもいいって言うのか!?」
「三郎!落ち着け!」
「そうは言っていないよ、鉢屋。でも私たちだけではきっと力不足だ。プロの忍者、その上あちらの戦力もわからない。それならば先生たちに判断を仰ぐほかないよ。」
「私よりも弱っちいお前などに教本どおりの答えなど求めてない!私だけでも雷蔵を助けに行く!」

そう吐き捨てた鉢屋は二階から跳び去ってしまった。尾浜は自らも続こうとするがそれを園田が制した。

「園田、なんだよ。」
「君まで冷静を失ってはいけないよ。君のほうが足が速い。君には学園にこのことを知らせてほしい。生存率を上げたいなら上級生と先生の力が必要だ。」
「…分かった、三郎と雷蔵を頼む。」

続いて尾浜もその場から跳び去ると、そこには園田と店主だけが残された。園田が薄く笑ってできるだけ優しげに努めると縮こまりっぱなしの店主も幾分か落ち着いた。

「さて、旦那。この米問屋はなぜ狙われたのか。なぜ忍者が来ると分かっていたのか。全てお話くださいな。」

店主は隠せば己の身に危険が及ぶだろうと、洗いざらい話し始めた。
始まりは二年前に遡る。この米問屋は周りの農地の米を買い上げ、取れ高の悪い村に租米としての米を売ったり、はたまた豊作の村から買ったりして、経営をしていた。この町や周辺の村などを治める城へ納める経由地点ともして使われていたので、城との友好も深かった。城とのつながりがある米問屋を襲撃するならず者などいないはずだったのだ。町人などが戦える相手ではなかったのだ。そう、町人では。その隣の領地の城はお上への報告よりもうんと高い租米を税として搾取しており、飢餓に苦しむ農村が増え、ついには僅かな米しか残らなかった。その城が動いたのである。隣の城が懇意にしている米問屋から脅し取る。渡さなければと先代の、店主の父に当たる男が見せしめに殺された。最初は僅かな量が今ではほとんどの米が奪われている。このままでは租米を納められなくなる上、これが米問屋が納める城に知れれば、大事な租米を無断で売ったとして斬首されてしまうだろう。脅された証拠などないのだ。しかしこのまま続ければいずれはその運命。ならばとあるだけのお金を集めた結果、その金額で頼める忍務の程度が素人相手の護衛忍務だったのだ。忍者相手の護衛ならば五年生、六年生が綿密に下調べを行ってできるものである。下調べもなしにできるのは抜きん出て優秀な六年生や先生くらいなものだろう。

「大体は把握しました。ところで若旦那はそんなに雷蔵と似ているのですか?」
「いや、似てはおらなんだが、年のころが同じでして。狙われては堪らないので、昨年に母方の実家を頼りに疎開させたんです。それがこんな結果になってしまうとは…。」

本当に申し訳がないと頭をたれ続ける店主を宥め、暗号で書かれた手紙を渡すように言伝て、園田は自らも鉢屋を追うべく隣の城の領地へと向かった。鉢屋もそちらへ行っているはずだ。猿の刻までには着くだろう、園田は息も切らさずに林の中を走り抜けて行った。
日が傾き始め空はもう牡丹色だった。もう直に暗闇の帳が下り始めるであろう。それまでにはどこか落ち着ける場所を探さねばならない。町へ着く手前の林に川を見つけると園田はその近くの木の上で夜を明かそうと決めた。木の上ならば獣たちに襲われる心配もないし誰かに見つかる可能性も低くなる。水分を補給し、たまたま見つけたあけびの実を食みながら考える。不破は果たして無事だろうか。若旦那と間違えられているということは人質としての要素が多いのだろうし、命はある可能性が高い。多少乱暴されているやもしれないが、生死にかかわるものでもなさそうだ。しかし問題は鉢屋である。鉢屋が見つかれば不破と同じ顔をしている時点で不自然だし若旦那を救うべくして変わり身になるためやってきた忍者であると疑われるだろう。忍者であることは事実なので、持ち物を調べられれば分かるだろう。一度冷静になっていることを願うしかない。いつもは冷静で上級生相手にも飄々としている鉢屋だが、友人のこと殊更不破のことになるとその冷静さを欠いた。学年で一番才のある男であるのに一番精神的に弱い男であった。その鉢屋が一度思いなおせるかと問われれば応とはっきり言えないのが現状である。考えても仕方がない、最悪の結末にはなってくれるなよと思いながら園田は体を休めることに専念した。





丑の刻がすぎた頃である事務員の小松田は何者かが戸を叩く音で目が覚めた。こんな夜更けに訪問者だろうか。はたまたご丁寧な侵入者だろうか。それでも小松田がこの学園へ訪れる全員から漏らさずサインをもらうことには変わりはない。眠い目を擦って、筆と半紙をもって門へ向かった。

「どなたですかー。」
「四年い組みの尾浜勘右衛門です!小松田さん!あけてください!」
「忍務が長引いたんだね、お疲れ様です。」
「そんなことより早く開けてください!大変なんです!」

小松田が門を開けると尾浜は入門書にサインもせず走り抜けて行った。

「あ!尾浜くん!サインは?!」
「後でします!急ぎなんです!」

急ぎと言われようと小松田は自分の職務を全うしなければならないので、尾浜の後を追いかけ一緒に学園長の庵へと向かったのだった。
尾浜の報告に学園長は素早く命を下した。先生二名、忍務で留守にしている六年に代わり五年の生徒を三名を呼び出し、準備が出来次第向かわせたのだった。尾浜も着いていこうとするが全速力で駆けてきたこともあり体力などとうにない。学園長に禁じられ、居残りを命じられたのだった。寅の刻になる前には既に救出班は学園を発っていた。
待たせた小松田にサインをすると尾浜はそのまま自室へと引き上げた。行きがけに竹谷を起こし、自室へと招き入れる。

「あれ勘右衛門おかえり。どうしたんだよ、こんな夜更けに。」

竹谷と久々知は不思議そうな面持ちで尾浜を見つめるが、尾浜の神妙な表情と不破が隣にいないことから、まさかとさっと顔を青くした。

「雷蔵が攫われてしまった…鉢屋と園田が追っている。」
「どうしてそんなことに?今回の忍務は玄人なんて出てこないだろう?!」
「依頼人がちょろまかしたんだ…俺たちには手におえない。」
「待ってるしかないっていうのか。」
「ああ…。」
「くそっこんなことなら園田と逆だったらよかったのに!俺のほうがあいつらを救ってやれる可能性が高かった。」
「八左ヱ門、過ぎたことはどうしようもないんだ。俺たちは待つしかない。」
「兵助…。」

三人の間を漂う空気はただただ重く圧し掛かるばかりで、もう数刻で日が昇り朝を迎えるとは到底思えなかったのだ。




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