2

「竹谷、おはよう。目が覚めたかい。」

竹谷が寝ぼけ眼で声の主を確認すると園田が身支度を既に整えた様子で布団の横に座っていた。竹谷は慌てて飛び起きた、なんで園田がここに。そう口走りそうになった矢先、進級の際に同室になったではないかと気がついた。その竹谷の様子を見るわけでもなく園田はさっさと朝食に向かってしまった。園田の朝は早い。几帳面なようで毎日決まった時間に起きて規則正しい生活を送っている。部屋も綺麗に使うので、同室としては大変ありがたい存在であった。(竹谷を朝起こしてくれるので)
竹谷も身支度を整えて食堂へ行くとまだ早い時間なので生徒は疎らであった。園田の食は細いわけでもなかったがとにかく食べるのが早い。味覚に自信があるわけでもない竹谷がちゃんと味わってるのだろうか、と疑問になるぐらいだ。好き嫌いはないようで、全て平らげると園田は出かけてしまった。

「おはよう、八左ヱ門。」
「ああ、おはよう、兵助。」

勘右衛門は、と尋ねるとまだ寝てるとのことだ。尾浜はよく眠る。多分四年生の中でも一番長く眠るのではないだろうか。夜に散々眠っているくせに昼寝までするのだから一日の半分は寝て過ごしているのではないかとも揶揄されていた。竹谷は動物の餌をやるため、久々知は予習のためにわりと早起きだ。それが終われば鍛錬をして朝から体を動かしておく。

「そういやあ、園田とはどう。」
「うーん、別にこれと言って。迷惑なことはしないし、朝起こしてくれるから割りと暮らしやすいな。」
「ふうん、無難な男だな。」

無難。竹谷の心にすとんと久々知の声が落ちた。その通りなのだ、園田は何かと無難なのだ。そばにいても困らないが、これといって特別に助かることもない。なんとなく特徴がない男であるから仲良くもなりにくい。竹谷は自らがだいたいの人間の誰とでも仲良くなれる種類の男であると自負があるが、園田とは難しいような気がする。仲を悪くしない自信はあれど、仲良くなる自信はどこかわかないのであった。

「この間の演習での幸運とやらも日頃の行いがよかったからじゃないか?」
「説明できないのだからそういうしかないなあ。」

そうこう言っていると鉢屋と不破と尾浜も食堂にやってきたので共に食事をとった。定食の味噌汁の具が豆腐であったので久々知は終始、機嫌がよかった。



午前中の座学はいろは合同だ。四年にもなると人数が少なくなるので、まとめてやったほうが効率的でもあるのだ。五人が教室に向かうと既に数名の生徒が着席して各々予習やおしゃべりに余念が無い。真面目な久々知は予習をきちんと済ませているし、不破や尾浜も教科書に目を通すことはしている。不破と竹谷は予習する気はさらさらとなかったが。予習していないだろうと思われる教室の中のおしゃべりに夢中な生徒の中で、園田だけは熱心に予習をしていた。

「あれだけ熱心に予習してても兵助のように結果にはならないんだな。」

熱心に書き付ける園田を見て、少し気の毒そうに竹谷は言うと不破は慌てて竹谷の口を手で塞いだ。

「失礼なことを言ってはダメだよ!聞こえてしまったらどうするの。」
「おほっすまんっ。」

幸い園田の耳には届いて無いのか反応は無かった。授業では水遁についての応用を学んだ。今まではいかにして水中に潜むか、ということが論点になっていたが、この年になり水中に潜んだその後、についてが論点となった。今までのように竹筒などで呼吸方法を確保し、重石で体を沈めるだけでなく、武具や火器は濡らさぬ様にしなければならぬし水中に潜んでいたことが分からぬ装いにせねばならぬのだ。また完全に沈黙する必要があるため水中に刀で攻撃されそうになろうと沈黙せねばならない。そのための対処法の講義を受け、園田と久々知、不破は真面目に半紙に書き付けていた。授業が終わると園田はご丁寧にも先生に質問までしており、何故自分とそう変わらぬ成績なのだろう、と竹谷は不思議に思うのだった。





「そういえばなんで雷蔵だけ満則って呼んでいるの?」

尾浜が昼食を口の中でモゴモゴさせながら問うた。そういえばと久々知と竹谷も聞き耳を立てている。鉢屋だけがつまらなさそうだった。

「ああ、満則はね、よく図書館に来るんだよ。」
「彼、勉強熱心だったよな。」
「どんな本を借りるんだ?」
「わりと何でも読むよ、でもやっぱり忍術に関することが多いけど。」

竹谷が首を突っ込んで来たが不破はそれにも答えてやる。竹谷は同室になってから、久々知と尾浜は演習以来園田に興味があるらしい。唯一関わりのある不破は園田とはすれ違えば挨拶をしたり食堂で相席する程度には仲が良かった。園田も雷蔵と名前で呼ぶのだからそれなりには仲が良いのだろう。一方鉢屋はどこか面白くないようで箸の先を齧っている。鉢屋は不破が大の気に入りであったのもあるが、突出して、鉢屋は自らの興味のない話題で皆が盛り上がることをあまり好まない。おそらく仲間外れのような気がしているのだろう。そろそろ仲間にいれてやるかと不破が午後の実技の授業の話題を振ると目に見えて鉢屋の機嫌が良くなった。


四年にもなると学園外への単独任務を言い渡される。四年に成り立ての彼らには要人殺害など大それたものではなく、商家の用心棒程度のあくまで一般人から依頼人を守る忍務である。忍たまといえども四年間忍術をみっちりと学んだ者からすれば一般人など子供の喧嘩ほどに過ぎない。所詮素人であり、訓練された玄人とは違うのだ。その忍務の内容というのは、商家の家の護衛に行くものである。二人一組で、もう一方には諜報忍務があり、町の様子を把握し商家を脅すならず者の寝ぐらを突き止め、縛り上げる。というものだ。忍務期間は七日間ずつ。忍務が完遂されるまで交代で忍務に就く。早ければ七日間程度、遅くても一月はかからない難易度の低い忍務である。難易度が低いとあれど学園長直々の忍務に少しだけ浮き足立つのは仕方がないだろう。庵へと向かう四年生の足はそう物語っていた。四年生十人全員が庵で学園長と向き合って座っていると、いつもと違う雰囲気に少しだけ空気に緊張感が漏れていた。

「第一陣は、久々知と竹谷。第二陣は、尾浜と不破。第三陣は鉢屋と園田。第四陣は…」

と、第五陣まで発表されていったが、鉢屋は学園長の判断が不服だった。こういう二人で組む忍務はだいたい不破とだったからだ。誰とでも組めるほうが優秀な忍者であると決まってるが、忍者にだって相性がある。相性がよければそれだけ忍務の達成率が上がる。鉢屋との相性のいい不破との組み合わせのほうがいいに決まっている、そう訴え同意を求めようと隣の園田を見てみると別に不満げな様子もない。浮き足立つ他の者に比べて至極冷静な様子は感慨がないのか無表情に学園長を見つめていた。園田が真面目に忍務に望む態度をとっているのに自分だけが子供のような駄々をこねるわけにもいかなかった。

「以上で不服はないな?」
「御意に。」


第一陣である久々知と竹谷は明朝に立つようで今晩はそわそわと準備に勤しんでいた。

「俺、犬たちを連れて行ったらダメかな。」
「犬は目立ちすぎるだろう、鷹にしたらどうだ。」
「ってことは微塵も目立つか。」
「懐に仕込める範囲だなあ。」

久々知の部屋で二人で相談していると尾浜もそばでうんうんと頷いていた。久々知は得意の寸鉄や手裏剣や苦無を磨いている。体に仕込める数の限度がこれくらいの数だろうなと尾浜は思った。竹谷もその武装を参考にするつもりなのか数を確認するように久々知の手元を覗き込んだ後、早々と自室へと帰ってしまった。竹谷なんかは緊張もせず眠ってしまうんだろう、対象に自分は緊張して眠れないのではないかと久々知は不安に感じたがそれは杞憂に終わり、いつもよりもすんなりと寝付けたのであった。

翌日、鶏の鳴く声を聞きながら竹谷と久々知は学園を後にした。大体忍務先に到着するのは今晩になるだろう。任務は明日から始まる。不破と鉢屋、そして尾浜が二人を見送ると学園内は普段通りで何も変わることのない日常であった。生死の心配の要らないような忍務であるとわかってはいたが忍務である以上危険が伴うのだから不安なことには変わらない。殊更に心配症な不破は一日授業に身が入らず先生に叱られてしまった。

「落ち込むなよ、雷蔵。仕方のないことだ。」
「三郎はちっとも影響されないんだから。」
「おいおいこれでも私も大分と心配しているんだ。平静を装ってるだけで。」
「まあ君はそういうところが器用だからなあ。」

ほら、見てみろ。鉢屋の指先を見ると尾浜が綾部喜八郎の仕掛けた蛸壺に引っかかったところだ。いつもの尾浜ならそんな真似はしないのに。皆それぞれ不破程ではないにしろ心配して気も漫ろなのだ。他の同級生達も小さなミスを犯していた。ただ一人、園田満則を除いて。園田はいつもと変わることのない生活を行っていた。いつも通り日が登る少し前に起床し、鍛錬を行う。朝食をとり、座学の授業を受け、昼休みには図書室へと向かう。期限はいつも厳守しており、ある程度冊数を借りると部屋へと戻りしばし読書をする。その後午後の実技の授業を受け、その流れで鍛錬を行う。早めに風呂へ入り、夕食をとったのち、予習復習を行って就寝。決まり切ったいつもの園田の一日だ。その様子に鉢屋は苛立っていたが、三日それが続くとついに堪忍袋の緒が切れたのか園田の腕を引っつかんで授業の終わった教室へと引っ張り込んだ。

「おや、珍しいね鉢屋。なんだい。聞き耳をたてられたくない話でもあるのかな。」

鉢屋から話しかけるなどほとんど数える程度にも満たないくらいであったから、園田は本当に珍しそうにまじまじと鉢屋を見ていた。その気の抜けたような態度も鉢屋は気に食わなくわなかった。

「その態度が癇に障ると言いたいのだ。私はお前の態度が好かない。」
「そんな横暴な。一体私のどんな態度が君を不愉快にしているのか教えてくれないか。」

園田が少し傷付いたような言い方をするので、鉢屋も良心が疼いた。言いがかりもいいようなことを言っているのは事実であった。それでもやはり不愉快なことには変わらない。本人が言えと言うのだから良いのだろう。

「こんなにも周りが先に出た二人を心配しているのにお前ときたら。何も感じないのかと頭にきているのだ。」
「…成る程それは申し訳ないことをした。私は他人より幾分か感情表現が苦手なようで。私も心配していることには変わりないが、どちらかというと私は二人が無事に帰ると信じているからね。だから君たちよりは心配はしていないかもしれない。私よりもうんと優秀なのだから。」

鉢屋もそうは思わないかいと園田に言われれば鉢屋はうんと頷く他はなかった。信じていないなどとも言えない。園田のそれが本心かはわからぬが、説得力は感じられた。平凡な園田自身よりも優秀な二人の方が信用に足ると言っているのだから。

「もしかしたら私たちの出番なくこの忍務は終えるかもしれないだろうね。」

そうして園田は薄く笑うので、鉢屋もそうだなと同意する。なんだか毒気が抜かれた気がする。雷蔵があんなに心配しているのに!と一発殴ってやろうかとも思ったのに。

「早く二人が帰るといいね。私も待ち遠しいよ。じゃあ、私は鍛錬に向かうからまた。」

園田が鍛錬、鉢屋にはなんとなく想像のつかない話だった。得意な武器も知らない。今度忍務を共にするなら把握していて損はない。鉢屋はあまり本意ではなかったが、今度の忍務のためだと思い園田に誘いかけた。

「おい、園田。その鍛錬私も付き合おう。」
「助かるな。御指導の程よろしく頼むよ。」

園田は何の驚きもなく誘いにのったので、むしろ鉢屋が拍子抜けしそうだった。どうにもこの男掴めない。何の特徴もないつまらない男かと思ったら他人と違うと思わせ、実のところ心配するか信用するかのどちらかであった話にすぎず、馴れ馴れしくもなければ人見知りするわけでもない。平凡なのか非凡なのか、いや平凡か。不思議な平凡さを感じる男であるなと、鉢屋は感じた。


日々鍛錬しているだけあって、体力は割りとあるようだ。組手をしながら鉢屋は園田の体をまじまじと見た。細身の鉢屋よりは力も体力もあるようだった。それでも竹谷や不破ほどではなかった。武器の扱いも全て扱えないわけではなかった。刀も槍も手裏剣も、それなりに扱えた。それでも武器の扱いは久々知や尾浜や鉢屋に敵わない。あくまでそれなりであって決定打を与えられるものではない。そして殊更体術は酷かった。一度鉢屋が距離をつめ、組めば簡単にのしてしまう。身体の作りは悪くはないのに、とにかくセンスがなかった。素早い身のこなしは得意なようでなんとか避けはするが、防戦一方になる。そうなると結果的に鉢屋が園田を捉えてしまうと、そこで終わってしまう。

「お前…言っちゃあ悪いが才がないぞ。」
「だからこうして努力をしているのだよ。実らないのだけどね。」

尻餅をついて煤けた園田の手を握り起こしてやると園田はまた困ったように眉尻を下げる。どうやら園田の表情はこれか微笑かしかないようだ。久々知は人見知りするだけで仲間には表情豊かである。もしやこの男も…とも思うが、はて、こやつに友などいるのだろうか。ではお前が友になれと言われても困ってしまう。鉢屋も人見知りをしてしまう性質でこの園田という男を信用仕切れないのだった。

「今日はありがとう、鉢屋。今度の忍務は私が諜報を行ったほうがよさそうだな。」
「だな。お前が用心棒では要人が心配だ。」
「任せたよ、鉢屋。」

そう言って園田は手を振って立ち去ってしまった。恐らく風呂に向かうのだろう。鉢屋も部屋にいる不破を誘って早めに風呂に行こうかと自室へと足を向けた。

久々知と竹谷が帰ってくる前日に不破と尾浜は忍術学園を出発した。丁度依頼のあった商家に交代する時間につくようにと計算されてのことだ。翌日になると元気な姿の二人が帰ってきたので鉢屋はほっと一息ついたのだった。どんな忍務だったかと鉢屋が問うと、竹谷はあまりぱっとしない退屈なものだったと答えた。

「その商家というのが町で一等大きな米問屋でな、だいたい俺は店の番をさせられたよ。用心棒というよりはバイトだな、ありゃ。」

竹谷がほうっと退屈そうに溜息をつくと久々知もそれに同意した。

「俺も大したことは聞けなかった。町での評判は悪くは無かったし、普通の金持ち米問屋ってところだ。ならず者が本当に狙ってるかも怪しい。」

ふうんと鉢屋も面白くなさそうに返事をした。そういう成果のない忍務だってあるのだ。今回はそうだったのかもしれない。成果がないと満期まで行わなくてはならない。つまりはこの退屈な忍務に鉢屋も就かなければならないのだ。あからさまに嫌な顔をすると竹谷と久々知に笑われた。

「そうつまらなさそうにするなっての。」
「見知らぬ町を見学できるよい機会じゃないか。」
「そうはいっても長過ぎる。七日は退屈だ。」



[ 2/15 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -