園田満則は目立たない青年である。鉢屋三郎がその名前を顔と一致させて覚えたというのもつい数日前であった。何も顔を覚えていないというわけではない、何しろ目立たぬ男であったので、印象に残らないのだ。面立ちも身の丈も平凡であったし、勉学に秀でるわけでも忍術で活躍するわけでもなかったのだ。かといって補習が必要なほど落ちこぼれでもなく、特徴という特徴の見当たらぬ男であった。どこかで聞いた名だな、その程度の認識だった。鉢屋は良くも悪くも興味のないことにはとんと疎かった。特に人の名前と言うものには。
鉢屋がその男の名前をきちんと覚えたきっかけは四年生に進級してからだ。行儀見習いの者や成績不振、家庭の事情などにより四年生になってから同級生の数はとんと少なくなった。園田もてっきり行儀見習いかと思っていたら、ろ組の教室の定位置に座っていたのだから驚いた。はて、あやつの名前は何だったか。鉢屋は園田の名前を確認しようと、ちらりと教科書を見やったところ、園田満則と几帳面さを伺わせる筆遣いで記されていた。そうして鉢屋は園田の名前を知ったが、その後は再び無関心に戻った。名前を知ったところで彼を気にするだとか仲良くなるだとかは考えなかった。相も変わらず鉢屋の興味の範囲は狭かったのだ。


「八左ヱ門、お前部屋割り変わったんだって?」
「あぁ、1人になっちまったのが何人か居たみたいでな。そこで適当に組まれちまった。あんま喋ったことない奴だからどんな奴からまだ分からないが。」

鉢屋がその名を尋ねるとなるほど先程の男ではないか。ぱっとしない大人しい男であることから竹谷も同室になっても別段困りはしないだろう。先日まで同室だった男は寝汚い男であったので、むしろ竹谷としては暮らしやすくなるかもしれない。竹谷もその辺りは分かっているのかあまり心配する様子は見られなかった。ろ組に残った人数が四人しかいないのだから竹谷と園田が同室になるのは自然なことのように思えた。

「三郎は何か園田について知っているか?」
「いいや。名前くらいしか覚えがない。」
「そうか。大人しそうなやつだしそんなに困りはしないだろう。」

竹谷はうんうんと勝手に自己完結させてしまい、生物の世話があるからと教室から出て行ってしまった。鉢屋はそれをぼんやり見送ると不破と昼食をとるべく、食堂へ向かったのだった。


その日はいろはの組合同での実技演習があった。それぞれで札を奪い合い最後に持っていた札の多いものが勝ちという至極簡潔なものだ。実戦に近い実技程鉢屋は好きだった。他の忍たまよりも頭一つ抜けて優れていたし、退屈な座学よりも鉢屋の心を踊らせるに足る魅力を備えているからである。それは命の淵を鋭利な刃物で突つくようなぞわぞわとする緊張感と頭がすっと冴え渡る昂揚感であり、命のやり取りをする者しか味わうことのできないものであった。
幾度となく行われている演習での作戦はある程度パターンになっている。い組の久々知は尾浜と協力体制をしくことが多く、ろ組は鉢屋は不破と竹谷は単独での行動が多かった。特に久々知は罠や人を使って戦略を立てるのが上手く、尾浜は中距離での戦闘、鉢屋は単独での陽動を得意としており、同じ顔をした不破はというと接近戦特に体術を得意としていた。そして竹谷は動物を使役することと持久戦に強かった。

「さてどうする、雷蔵。」

鉢屋はにやりと不破をみやった。負ける気などさらさらないが作戦は緻密にたてておくべきだろう。

「まず狙うならい組の二人だね。」
「そうだな、兵助に考える時間を与える前に叩く。あいつらは用意ができれば強いが速攻に弱い。私と雷蔵はその点速攻に強い。」
「勘右衛門の万力鎖は驚異だけど、三郎と僕が兵助に接近すれば使えないしね。」

決まりだなと言わんばかりに鉢屋がニヤリと口の端を歪めると雷蔵もニコリと返した。

開始の合図と共に森へと濃紺が溶けて行く。各々チームを組んだり単独で行動するなどして、より有利な手を選び森に潜んだ。その中で園田満則は単独を選んだ。別段緊張した面持ちでもなく木々の間を縫うように飛び移る。姿がすっぽりと隠れるような葉の集まりを見つけると、そっとそこに忍んだ。そして懐に仕込んだ苦無で適当な枝をひっつかみ叩きおる。麻縄で端をしっかりと縛り、簡易な罠を作ると後はひたすら待った。
一刻程息を殺していると何者かの気配がする。薄い薄いその気配に園田はしっかりと気がついた。わかりやすい罠を近くに仕掛けておいたのでこちらの道を選ぶだろう。園田の考えていた通りに何者かがやってきた、おそらくそれは竹谷だ。キョロキョロと何かを探している。竹谷の周りをざっと見ても動物らしき気配は感じない。動物を引き連れていない竹谷ならばどうにかなるだろう、と園田は罠を仕掛けている麻縄を苦無で切った。
園田は実技でも座学でもぱっとした成績を修めていなかった。そんな園田の常套手段は簡易な罠で注意をひいた一瞬を狙って奇襲を仕掛けることだ。これなら普段は適わぬ相手でも札を取るだけならば有効だ。そして今回もその手である。暗闇の中の頭上から何かが振りかぶってくれば誰だって注意がそちらへいく。その一瞬が狙い目だ。仕掛けたとおりに罠が発動し、竹谷はそちらへ注意が向いた。園田は背後から近づき竹谷の懐から札を掠め取り飛び退いた。煙玉を放り投げどこの誰が奪い去ったのか分からぬようにする。園田がそう算段し煙玉を振りかぶった時、腕を背中に捩じられた。何事かと思った時には膝をも折られ、背中に何者かが乗っかかっていたのだ。

「っな」
「ごめんね満則。」
「雷蔵か…」
「うん、あの作戦近くに居た君になら聞こえていると思ってわざと聞かせたんだ。僕たちが兵助達を狙えば、僕たちだって疑わないかなって思って。」
「すまないな。園田だったか?私たちがその札貰い受ける。」

園田を捻じ伏せた何者かである不破はすまなさそうにしながらもその手の力を緩めるということはしなかった。園田の目先に現れた、つまの先を見上げるとそれは、微塵もすまなさそうな表情をしていない竹谷の顔をした鉢屋であった。鉢屋は園田の懐から先ほど奪われた自分の札と園田の札とを奪い自らの懐へと納めた。竹谷なら一人であろうと油断したところを実は二人組みの鉢屋と不破に園田はまんまと引っかかったのであった。

「園田、お前隠れるにしてももう少し気配を絶つということをしたほうがいいと思うのだが。」
「すまないね、私はそういうことがどうにも苦手で。」
鉢屋は厭味のつもりで言ったのに、園田は困ったように眉尻を下げた。表情豊かではないようだが感情表現は普通にするらしい。竹谷ほど顔に出やすくもなく久々知ほど出ないわけではない園田に鉢屋は少しガッカリした。作戦も実力も平凡で厭味に応酬するでもない。四年生に進級した実力があると思われる園田についてほんの少し興味がわきそうだったのに。何も光る物のないこの男がなぜ四年まで残れたのだと問いたくもなったが、時間の無駄だとも思い不破と共にその場を去った。

その後鉢屋と不破はこっそりと園田に聞かせたあの作戦を実行するに到った。多少なりとも内容は変わったが狙いはその二人だ。久々知の罠を勘のよい鉢屋がくぐり抜け一気に久々知の懐に潜り込み苦無で斬りかかるというものだ。不破は鉢屋の背に隠れるようにして久々知の居場所まで突っ切る。途中の罠は鉢屋が次々と破壊、解除をしていくと、驚いたような久々知に遭遇した。鉢屋がその速度を緩めることなく苦無で切りかかると久々知もそれに応戦する。すると不破がその後方から迫り苦無で攻撃してくるので、久々知は一瞬で窮地に陥った。少し離れたところから尾浜も応戦しようとするが、ここまで久々知に接近されては得意の万力鎖も使えない。尾浜も直ぐに苦無で応戦するが、この二人には近距離ではとにかく分が悪い。押されていることに気がついた二人は、一旦引いて距離を置こうと口の中に仕込んだ針を吹くと、二人揃って素早く距離をとって後ろへ下がった。

「ちぇっ外したか。」
「勘右衛門!」
「あいよっと。」

尾浜が万力鎌を二人に向かって放ると同時に久々知は手裏剣をその上に投げた。横の動きをする鎖鎌に縦の動きを封じる手裏剣ではより後方に下がるしかない。苦無でそれらを弾き後ろへ下がる二人は再び距離の詰め方を考えていると足元から小型の矢が打たれる。まずい、こちらが本命の罠か。鉢屋は草むらへ転がりこんで難を逃れるとそこへも仕掛けがあったようで足を取られて木に吊り上げられてしまった。

「しまっ…!雷蔵!」
「三郎!」

不破は尾浜の万力鎌によって捕らえられ、久々知により鉢屋の首元には苦無が当てられていた。

「俺らの勝ちだねー」
「三郎たちがくるってのはわかってたからね」

尾浜と久々知が楽しそうなのが面白くない鉢屋は唇と尖らせた。

「いつもよりうんと罠が多いじゃないか」
「今回は幸運なことがあってね、あの粗末な三郎が解除した罠は下級生の忘れ物だよ」
「で、こっちの本命の罠は俺たちが二人でこしらえた」

久々知と尾浜は二人から計三つの札を奪うと二人を離して木に縛り付けた。演習が終わったら迎えに来てあげるよと尾浜が言い残し、久々知と尾浜はその場を去って行った。

「まさか下級生の罠が残ってるなんてね」
「全くだ。想定外すぎる。それよりこのままでは私たちは札がない。さっさとこれを解かなくては。」

不破が腕に力をこめて引きちぎろうにもぎしぎしと縄が鳴るだけでびくともしない。不破の力で無理ならば恐らく鉢屋も無理だろう。関節を外して抜けようにも丁寧に肩や首にまで縄が回っているので逃げられない。歯で食いちぎろうにも二人が離されているので適わない。忍たまである尾浜と久々知の二人が簡単に縄抜け出来るように縛るわけがないのだ。

「縄抜けできないのに…三郎何か策が?」
「任せろ、私を誰だと思っているのだ。」

そう言うと鉢屋は自由な足首を立てて思い切り地面に踵を打った。すると小刀が足袋の下から飛び出る。

「わお、さすが。」
「だろう。」

鉢屋は器用に足から順番に縄を切ってゆき、全身の縄を解くと不破の縄も切ってやった。

「よし、動けるか?雷蔵。」
「大丈夫、傷めたところはないよ。で、どうする?」
「そりゃあ残ってるやつらを狩るのさ。は組の連中に絞ろう。兵助たちは警戒しているだろうし、八左ヱ門の犬は鼻がきく。」
「そうだね。」

そうして鉢屋と不破は森の中を駆けた。たまたま休んでいたは組の者を見つけ、札を奪い、再び隠れていたは組の者を見つけては札を奪った。
明朝に狼煙があげられ、演習は終了となった。最後に持っていた札の数は鉢屋と不破はそれぞれ一枚ずつ。竹谷は三枚。動物たちがいる山では竹谷は強かった。久々知と尾浜で合わせて五枚で他の者は零枚かと思いきや、なんと二人はそれぞれ二枚であると言う。残りの一枚はというと驚くべきことに園田が持っていた。

「え、満則。それどうしたの?」
「幸運にも拾ってね。」

不破が不思議そうにそれを見つめた後に久々知と尾浜へと視線を向けると二人も首を傾げた。

「どこかに落としたつもりは全然なかったんだけど。」

こういうこともあるかと不破は納得したようだが、鉢屋はなんとなく納得出来なかった。尾浜はおっちょこちょいではあるが忍務でそのようなミスはしなかった。久々知も同意見なのか腑に落ちない様子だ。しかし園田に二人から札を奪える技量があると思えず、謎は深まるばかりだった。




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