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竹谷と鉢屋は街の一等賑やかな人の多い所へ着いた。適当に町人を捕まえてこの小鳥の飼い主に心当たりはないかと尋ねると、皆一様に知らぬと首を振る。もしかしてこの街には飼い主はいないのだろうか、とも思ったが、ある一人の初老の男はそういえばと話し始めた。どうやら旅籠屋の主人が飼い主ではないかという。そうと決まればと二人は男に軽く礼を述べると旅籠屋のある街の端の方へと急いだ。

園田が忍術学園へ帰ろうと街の出口に差しかかると花売りにふんした尾浜がこちらを見て佇んでいた。竹で出来た籠の中に既に花はなく変わりに米の入った麻の袋が入っていた。

「おや勘右衛門…ではなくここでは浜子だったわね。もう済んだの?」
「うふふ、間違えないでね。ええそうよ。家にいる病気の母のために働いていると話したら気の毒に思われたご婦人がくださってね。」

そう話す尾浜の服装はどこかみすぼらしく汚れており、困窮している様がありありと分かるようだった。着物はつぎはぎばかりで、足は草鞋も履かず真っ黒に汚れている。小綺麗にするばかりが女装ではないと尾浜は知っていたのである。そして、目ざとく園田の髪に刺してある簪を見つけると感心して見せた。

「あら、えらく良いものを買わせたじゃあないの。」
「たまたま具合の悪そうなご老人を助けたら、命の恩人だとかなんとか大袈裟に言ってこれを下さったのよ。本当に運が良かったわ。」

運も実力の内かと、そうねと尾浜は頷いた。このまま忍術学園へ帰ろうと歩いていると先に見える旅籠屋の前で何やら竹谷がぎゃあぎゃあと騒いでいるのが見える。女子の姿をしているのにはした無くがに股で何やら喚き散らしているので目に痛ましい。何事だろうかと尾浜と園田は顔を見合わせ、ひとまず何を喚いているのか聞きに行こうと足を進めた。

「だから!無理ですって!」
「ぜひお頼み申す!うちの倅にはお嬢さんのような優しくて強い心をお持ちの女子と一緒になって欲しいのだ!」
「だったらその息子さんが出てくるのが筋ってもんでしょう!」
「極度の恥ずかしがり屋で表に出られんのだ、でもきっとお嬢さんのような元気で明るい方になら心を開いてくれるはず!」

そこ会話を遠くから気の毒そうな目で竹谷を見つめている鉢屋に園田と尾浜は声をかけた。どうやら小鳥の飼い主である旅籠屋の主人に小鳥を返すと、こんなに心の清らかなお嬢さんには会ったことがない、といたく感動された挙句に旅籠屋に嫁入りしないかとまで熱望されているようだ。身分があるのかもどこの馬の骨かもわからぬ女子を跡取り息子の嫁にしようと言うのだから、とてつもなく難易度の高い誘い話だろう。それを聞いた尾浜はぶっと吹き出し、笑い転げ出しそうなのを必死に耐えているようで小刻みに震えている。このやり取りをずっと見ている鉢屋は最早笑えないようで、苦笑いである。尾浜の笑いはおさまるどころか酷くなるばかりで、ひぃひぃと鳴く始末だ。お世辞にも可愛らしいとも言えず、一番女装が様にならない竹谷がまさか求婚されるとは思わず、そこがどうにも面白おかしい。鉢屋がされるならまだしも竹谷が、と息絶え絶えの尾浜の背中を園田はさすってやった。三人が竹谷を観察している所に風呂敷包みを抱えた久々知と不破も何事だろうかと寄って来た。二人も帰るつもりであったが、皆が遠巻きに竹谷を見ているので不思議に思ったのだと言う。鉢屋が説明をしてやると不破は困ったように少し笑った。

「そんなこと言われても結婚なんてできないのにね。」
「何故?そのまま嫁にでもなんでもなると言って結納金でも貰えばいいのに。」

久々知が何の迷いもなく真顔で言い放ったので、ついに尾浜が吹き出してしまった。

「兵っ…子!それはないっ、」

白無垢姿の竹谷の姿でも想像したのか不破もつられてクスクス笑い出してしまい、園田の瞳にはにはどうにも竹谷が気の毒に映った。尾浜と不破の笑点はわりと低いようである。一方、竹谷と旅籠屋の主人は未だに言い合いを続けているようだった。

「何がいけないんだ!こんないい身請けの話ないぞ!」
「そういう問題じゃなくてっ…あーその、わたし実は…。」
「実はなんなんだね?」
「お、…お、」
「お?」

男と言いたいが男と言えば実習に失格してしまう、けれども言わなくてはこのまま娶られてしまう、どうすればいいのかあたふたしている竹谷を見てついに鉢屋までもが吹き出してしまい、はたからみれば格好にばらつきのある女子が固まってそのうち数人の笑いが止まらないでいる様子は不審に見える。このままでは女装が見破られるかもしれないだろうと、園田は竹谷のことは放っておくことにして、よくわかっていない久々知と今だにひくつく三人を連れて帰ることにした。

竹谷を除く五人が帰ると早速と木下に報告へとあがった。花売りに扮した尾浜は華美にするだけでなくみすぼらしくするという着眼点を、不破と久々知はその自然な振る舞いを、鉢屋は新造の難易度の高さそして色事の技術を、園田は品物の価値の高さを評価された。しかしまた、尾浜は話術を向上させること、久々知と不破はより難易度の高い変装に変えること、鉢屋は力に頼らないこと、園田は運任せにしないことなどの注意も受けた。特に鉢屋は金額そのものは高かったが、最後に相手をのしてしまったので、今後は改善すべきだが、色事で相手を惑わせたことを高く評価された。

「皆、よくやった。全員揃っているな?」
「いえ、竹谷がまだです。」
「何?もう直に日が沈むぞ。」

木下が眉を顰め、時間を締め切ろうかとちらりと校門を見ると、竹谷が慌てながら、バタバタと砂ぼこりを巻き上げて走り込んできた。

「すっすみません!間に合いましたか?!」
「そうだな…ふむ、許容範囲というところだ。」
「ありがとうございます!」

ぜえぜえと肩で息をする竹谷は途切れ途切れに報告を述べた。なんでもあの後に、成績のことはもうどうでも良くなってしまい、実は男であると曝露したという。(しかも胸元をはだけさせてまでして証明したという)ようやくして、諦めもつくだろうと思ったのはつかの間に二階の窓からこっそりと覗き見て居た息子が階段から転げるようにして降りてきて、人目もはばからずに求婚をしてきたという。

「はあ?男ってバラしたんじゃないの?」
「それがな、実は息子は男色で女に興味がなかったようなんだ。そこで親父さんが男まさりで性格の良さそうな女をあてがおうと思ったらしい。しかしだな、俺が男って分かった息子は、そのーあーなんだ、俺のような、お、男が好みらしくてな、うん…。その上、俺が女装をして居たものだから、心は女子で身体は男の者だと勘違いされて…。」

男色の息子に身体は男で心は女の竹谷は人目にはぴったりの夫婦に映るだろう。しかしながら竹谷は残念なことに心も身体も健康な男であるので、結婚するつもりはさらさらとなかった。人生始めての求婚相手がまさかの男ということで竹谷は頭を垂れて落胆を隠せない。木下も気の毒に思ってか何も言わないのがまた竹谷には居た堪れなく、逃げ出してしまいたくなるが、報告を終えないことには帰ることはできない。竹谷はどんよりとしたままに、重い口を再び開いて報告を続けた。

「で、俺はもちろん断りました。しかし普段消極的な息子が珍しく積極的だと親父さんは益々大喜びで…。真剣に考えてくれと、そして良かったら嫁入り道具を買えと金子を握らされて帰ってきました…。」

そう言って懐から出した巾着にはビックリする程の金額が入っていたので、竹谷の周りにいた全員がもれなく目を飛び出させることとなった。この金額があれば忍術学園の生徒を二月は賄えるだろう。木下も空いた口が塞がらないようだ。まさか求婚される、しかも男とわかっていながら、というのは前代未聞である。

「女装が暴露した時点で評価はできん…だがこの金額は無視出来そうにもない…いや、しかしだ。忍者たるもの結果よければ全て良しとなる。」

うんうん、と木下は自分を納得させるように頷いて、竹谷の肩を叩いて笑う。竹谷には一番の成績を与えるという。これには竹谷自身が一番驚いてしまったのか、ぽかんとほうけてしまっていた。尾浜と不破はよかったなと竹谷の肩を叩いて髪を乱暴に撫でるとようやく竹谷の顔にも笑みが浮かんだ。


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