13

町のすぐ手前までくると園田と竹谷は別れ、それぞれの課題に専念することにした。町の賑わっている方へ向かっていく園田に対し、竹谷は町の外れの方へと向かっていく。竹谷は人を欺く行為があまり得意なほうではない。実直な性格な分、騙すことにまだ罪悪感があるのだ。どうしようと頭を悩ませながら、竹谷はそのまま雑木林のほうへ歩いていく。足はついつい虫や動物のいる方へ向かってしまうのだ。いっそ働こうかとも思った。茶屋で頼み込めば一日くらい雇ってくれるかもしれないし、畑でも雇ってくれるかもしれない。確かに金品という見返りが貰えるので合格ではあるだろう。けれどもこれでは高評価は得られないだろう、これは最後の手段であるべきだ。まだ時間は少しはある。そう竹谷は考えていると、どこからか何かの声がした。もしやこれは、と竹谷はその声に呼ばれるようにして雑木林の中をずんずんと歩いていった。

「こいつ…。」

竹谷が見つけたのは羽根を傷めた鳥であった。鳥の元へしゃがみこむと風切り羽を傷めたようで、飛べずにじたばたと暴れまわっている。竹谷はその鳥をそっと掬い取って、手ぬぐいで羽根を固定してやった。大人しくなった鳥を撫でてやれば気持ち良さそうに身じろぎ、太い薄桃色の嘴で指を甘噛みされた。よくよく見やればその鳥は竹谷が見たこともない鳥だった。珍しい真っ白な小さな鳥で、嘴や羽根がしっかりとしているから成鳥だろう。人馴れしている様子からおそらくは誰かに飼育されていたもののようだ。竹谷は周りをぐるりと見渡すがどこにも民家らしきところはない。誰かのペットであるならば持ち主のところに返してやらねばならないだろう、きっとこの鳥も寂しがるに違いない。そう思いたち、竹谷は白い小鳥を肩に乗せて、歩き出した。人通りの多いところへ行けば、珍しい鳥の話を聞いて飼い主が見つかるかもしれない。



町娘に扮した不破と久々知はこの町で出会い茶屋と言われている所謂連れ込み宿に程近い団子屋で談笑をしていた。連れ込み宿付近ということもあり、この団子屋は男女の出会いの場として使われていることが多い。店内の席よりも店外の席に座る客が多いのもあわよくばという下心が透けて見えることは明らかだ。その内の何人かは頻りに不破と久々知を見てはこそこそと耳打ちをしている。不破と久々知はその男たちに気がつかないふりをしながら、流行の色柄について話していた。

「お嬢さんたち、流行の小袖が欲しいのかい?」

笑顔の眩しい優男が二人話しかけてきた。久々知はしめたものだということを顔に出さぬよう、恥ずかしいとでもいうように不破の後ろにさっと顔を隠した。不破はにこりと笑って聞き返す。

「あら、お詳しいのかしら。」
「隣のこの男は呉服屋のせがれでね。京都の有名な染物屋から仕入れている一等優れた物ばかりを取り扱ってるのさ。お嬢さんたちのお好みの小袖も必ずあるだろう。どうだい話でも。」

そう言って、呉服屋の跡取り息子とその友人と思わしき男が二人話しかけてきた。あまり肉付きのよくない体やその身なりからして裕福な家の男たちであろう。慣れた話しぶりといい結構な遊び人だろうなと不破は思った。遊び人であるならばよりいい。女の扱いにはこなれているだろうし、贈り物も得やすいし、何より騙されたとしても恨みを持つ性質ではないからだ。

「まあ素敵。私たちあまりこの町に詳しくないの。」
「旅のものかい?」
「いいえ、父が行商人でしばらくこの町に滞在しているの。」
「そりゃあいい。俺たちがこの町を案内してあげるよ。」
「さ、奥のお嬢さんもよろしければ一緒にどうだい。その美しいお顔を見せてはくれないだろうか。」
「折角お誘いいただいのだし、連れてもらいましょう。」
「…ええそうね。」

口元を覆った久々知は伏し目がちに不破の影からその顔を現した。ようやく見えた久々知の顔に男たちは感嘆の声をあげる。久々知は元々睫毛が長く白い肌をしていたので、女装が大層映えるのだ。このまま小袖の話を聞きながら櫛でも髪紐でも何かを買わせて、連れ込み宿に行く道中どうにかして撒こうと二人は矢羽で会話すると男たちの後についてその団子屋を後にしたのだった。



町人の中で町の端と呼ばれている場所がある。そこは小さな遊郭ではあるが三軒ほど店を連ねていて、昼間であるのにまばらに人が行き交いそこそこにどの店も繁盛しているようだった。そこを歩くのは、近くの城勤めの武士であろう脇差を差した無精ひげを生やした男である。男は暇が出され、貰ったばかりの金子をいくらか使って女を買おうと考えていた。嫁も居ない身であるし、身なりも美しくないので、女を買うのが一番手っ取りばやいのである。馴染みの店も決めていないので、どの店で女を買おうかと物色している途中に十四、五程の年の頃の女に声をかけられた。

「主さん、主さん。暇はありなますか?わちきの姉さんらをこうておくんなまし。」

どうやら目の前の店の新造が客引きをしているらしい。それにしても新造にしてはいやに水気のある艶っぽい女だなと男は思った。眠たげな眼も勝気そうな口角も気が強そうで、そういう女を組み敷くことが好きな性質である男はその女に強く惹かれた。

「なんだい可愛い新造じゃないか、お前さんの水揚げはまだなのかい?」
「わちきなんかよりも姉さんらのが綺麗でおりんして、お得でありんすよ。」

水揚げもまだであるなら尚いいだろう、これほどの女を散茶女郎よりも安く買い上げできるなら運がいい。おそらくは後々に天神や太夫になることもあるかもしれない。それならば早いうちから手をつけて馴染みになるほうがいいだろう。

「俺はお前のような強気な女が好きなんだがな。…はずむぞ。」
「……主さんがそうまでおっすなら…あっすの林へ連れておくんなまし。」

男の申し出に少し気恥ずかしそうにして、女は町の出口にも程近い林を指した。店主にばれないようにと、女に少し遅れて着いて来いと行って先に向かう。男は弾む気持ちを抑えながらも林のほうへと歩いて行った。木々の茂みを掻き分け女の姿を追って歩いて行くと少し開けた草むらに出た。ここならば誰も見ては居ないし、邪魔もない。男は女に何も尋ねることもなく、微笑む女を組み敷き己の腰紐を緩めた。すっかりと下半身は熱をもって、早く早くと急かしてくる。女は手を伸ばして男の頬を撫で上げ、口吸いを求めるので、男は赤く熟れた唇に吸い付いた。女の舌が上あごをぞわりとなぞったかと思うと舌に刺さるような鋭い痛みに驚き退いた。

「っ!」

何をした、この糞売女と罵ろうにも舌が痺れて動かない、それどころか口にも手足にも力が入らない。女はいやらしいほどまでの笑みを浮かべたのを見たのを最後に男の意識はそこで途切れた。女は男の腹を蹴っ飛ばして腹の上から退かすと、口に溜まった唾液を吐き出した。

「うえー。気持ち悪い。」

女はしつこくぷっぷっと何度も唾液を吐き出す。乱れた衣服を整え、懐紙でよれた口紅を拭った。そして転がっている男の懐を漁り、財布を取り出して中身を確認した。

「戦帰りか何かか。持ってるな。」

小判を二枚ほど取り出すと小判だけ己の懐に入れ、財布を再び男の懐へと戻した。

「三郎…お前本当…えげつねえのな…。」
「なんだ八左ヱ門見てたのか。」
「だって声をかけるわけにもいかないだろう。」

林の奥からは男を気の毒そうに見ている竹谷が姿を現した。

「股間を蹴り上げなかっただけマシだと思え。」
「それにしてもよくやるよこんな小汚い男の相手なんて。」
「だから良いのだろう、誰もこんな小汚い男の相手なんてしないと思うのだから。」
「三郎の天邪鬼なところはいいんだか悪いのだか。」
「忍者向きだと言え。」
「へいへい。」
「…ところで八左ヱ門は忍務は終えたのか?」
「まだだよ…。」
「だろうな。私はもうこいつがあるし手を貸してやろう。」

懐の小判を見せつけ鉢屋はにやりと笑った。こんな根性の悪いしかも男に騙されたなんて気の毒な男だなあと竹谷は再度思う。そしてしばらくの生活費になるはずの小判を根こそぎ持っていかれるなんて踏んだり蹴ったりだろう。しかし簡単に騙されるこの男も悪いのだ。せめてもの情けだと竹谷は露出している下半身からずれた褌を被せてやった。その様子を黙って見ていた鉢屋は竹谷の肩にとまっている白い小鳥に気がついた。

「おい、八左ヱ門その鳥はなんだ。」
「ああこいつか。この林で羽根を傷めているのを見つけてな。飼われている鳥だろうから飼い主を見つけてやろうと思って。」

またこの男は動物を拾ってきたのかと鉢屋は少し諦めた目をして竹谷を見やった。どうしてこの男はどこへ出かけても何かしら動物を拾ってくるのだろう。この間の山での忍務では狸を拾ってくるし、演習では鳶を拾い、海ではうみねこを拾ってきた。躾けられそうならそのまま飼って、忍務のために調教するし、躾が困難でありそうなら、野生に返している。たまに梟などがお礼と言わんばかりに死に掛けの鼠を部屋の前に置いていたりするものだから、朝になって起きてきた不破が寝ぼけて踏み殺してしまったこともあったぐらいである。

「ここまで動物に縁があると狐でも憑いていそうだな。」
「狐〜?狐だったら余程三郎の方が憑いていそうだ。それも化け狐。」

想像したのか竹谷が噴出して笑うので鉢屋はむっとした。

「それならお前は前世が阿呆な犬だったんだろうよ。」
「根性悪いお前よりマシだろ。」
「あ、そんなことよりお前忍務はいいのか?」
「あ!」

思い出したのか竹谷は焦って町の中心へと鉢屋を誘い出した。もう日も真上を登っている。日没までに帰ろうと思ったら急がなくてはいけない。遊郭の新造と肩に鳥を乗せている町娘という妙な組み合わせで二人は町の中心へ向かって駆けて行った。



「おじょうさん。」

園田が町の小さな茶屋の軒先の長椅子に座っていると、真後ろから小さな声で囁かれた。しかし園田は振り返らずにそのまま素知らぬ振りをした。恐らくは周りの少し離れたところで座る客には聞こえていないだろう。声をかけてきた男も園田に背中を向けて座っているままであった。

「…お久しぶりです。雑渡さん。」

園田の口にしたのはタソガレドキ城の忍組頭の名であった。顔を包帯で覆った男、雑渡はいつもの忍者装束ではなく町人のような装いをしている。顔を包帯で覆うとなると不審がられそうなものだが、この町は昔に大きな家事があったようで、焼け爛れた皮膚を包帯で覆うものはあまり珍しくはないようだ。雑渡の頼んだ団子と茶を持ってきた団子屋の娘も怯える様子はなく別段気にも留めるわけでもなかった。

「君も健やかそうに見える。そうして女子のような装いをすると君の母の若い頃に似ているよ。」
「私は顔を覚えておりませんがこのような面立ちだったのですね。」
「君は母親似だからね。」

雑渡はずずずと緑茶をすすると草団子を食べた。あまり繁盛していなさそうな団子屋であるからか、長らく作り置かれたのであろう。少し固い。この固さはあまり甘い思い出には浸れないだろうなと思わせる。先ほど己が口に出した園田の母という女もあまりいい死に方はしなかったと雑渡は思い出す。一緒に果てたその夫、雑渡の旧知にあたる仲の男もいい死に方はしなかった。忍者としての誇りも何も残らない、おおよその忍者にとっては屈辱的な死であろう。しかし、きっとそれをこの息子は知ることはない。雑渡自身が話さない限りは知り得ないのだから。

「そうそうこの間の文の件だが。」

団子を食べ終えると、本来の用件を問うた。以前部下をやって黒豆という猫を使ってやりとりした文の内容である。

「ええ、お話申しましたように私は手段は問わずと。」
「ならば結構。私の部下を一人程入れ、城の様子を探る。一月程でだいたいの習慣はわかるだろう。」
「金子は。」
「持ち帰った情報と交換でかまわないよ。」
「痛み入ります。なんと申し上げればよいやら。」
「なあに。昔馴染みのせがれにしてやれることはこれくらいさ。」
「…そろそろ私はこれで。あまり長居する勘繰られます。」
「そうだね。ああ、そうそうそれと。」

はいこれ。そういって背中越しに差し出されたのは珊瑚の簪であった。見るからに高級そうな簪である。

「おや、課題の内容までご存知であられましたか。しかしこんな価値のありそうなもの女子にでもやればよろしいでしょうに。」
「合戦場で拾ったものを女子にやると思うかい?」

太陽の下に輝く簪は鮮やかな朱色をしていたのに、園田が覗き込むと血塗れたような紅となり、血を吸ったように見える。確かにこのような物騒でいわくがついていそうな品を女子にやるべきではないだろう。人を殺すことを生業にする雑渡という男、そしてその術を学ぶ園田という青年にとって、死者の鎮魂などにはあまり興味はなかった。死んだ者から物を剥ぎ、そしてそれを譲渡するとはなんと罰当りなと説法でも説かれそうなものである。信仰心がないというのもあるが、そもそも人を殺すような人間になのだから、当たるべきバチがあるというならばとっくのとうに当たっている。というのが二人の価値観として存在していた。園田は雑渡から珊瑚の簪を受け取り、結い上げた髪に挿すと黒い髪には一層にその紅は映えて見える。

「やはりその簪は生き血を啜るのだろうね。生きている者が付けるとより映える。」

雑渡がそう言うと何か含んだように笑って園田は町の外の方へ去っていった。その姿が小さくなって見えなくなると、木陰から若い男が出てきた。

「どうした、尊奈門。」
「どうしたもこうしたものないですよ。もしかしてあの子供のいう依頼受けるんですか。」

諸泉はありありと不満であると書かれた顔でそう言った。この諸泉という部下は、この年の男にしては腕は立つのだが、どうにも感情が読みやすすぎる。それが若さといえば若さなのだろうが。雑渡はその通りだと顔を縦に振って頷いた。

「殿がお許しになればね。」
「許すに決まってるでしょうよ。うちの殿は戦の機会を狙えることならばなんだって許可をおくだしになられるんですから。」
「じゃあいいじゃないの。」
「でも。」
「甘いよ、尊奈門。復讐なんて止めろ、人を殺すべからず。とでも言うのか?他でもない忍者のお前が。」
「だからって、無謀ですよ。単身で討ち取れる相手じゃないでしょう。多分、いや、確実に、死にますよ。」
「だからと言って、私たちはあの子の復讐に手を貸す義理立てもない。私はあの子に情報をやるとは言ったが、ただでとは言っていない。きちんと報酬を貰う以上には依頼には違いないだろう。」
「組頭はあの子の父親の旧友なんでしょう。」
「お前…あいつに己を重ねてみているだろう。」
「…。」
「同情をかけてやることが優しさではないんだよ。生きるためにはあの子が決めていかなければならない問題だ。復讐をするのもしないのも、死ぬのも生きるのも。私たち外野が口を出していい問題ではない。」

ぴしゃりと雑渡が言い切ると目に見えて諸泉は落ち込んだ。本人は表情を変えているつもりはないだろうが、どう見てもしょぼくれているのが分かる。雑渡も城へ帰るべく町の外へと歩いて行くとその後ろをとぼとぼと着いて来た。己の父親を救ってくれた雑渡ならば園田の復習は手安いだろうと諸泉は考える。しかし、雑渡は仲間を助けただけである。別に園田を助ける義理もなにもない。言い切ってしまえばその通りであった。こうやって忍務を請け負ってやることだけでも親切であるといえるだろう。けれども諸泉は園田という少年が不憫でならなかった。戦争孤児なぞ腐るほど居る世の中で、毎日食べ物にありつけ、学問を学べているだけでも園田は恵まれているはずだ。今日の食べ物の心配をしている子供なんて珍しくない。だのになぜこんなにも園田という、面識もない少年を哀れに思うのか。諸泉は父親が雑渡に救われ帰還したあの光景が忘れられないのだ。胸いっぱいの安堵とまだ残る不安を握り締めて駆け寄ったあの光景が。それは希望という名の生きる道標である。諸泉は直接的にないにしろ、雑渡に生かされた。忍者を目指す少年だった自分に似たあの少年の暗い瞳にも同じ希望を与えたいと思うのは驕りなのだろうか。

「今度の潜入忍務はお前に任せることにする。」
「それって…。」
「外野ができるお節介だよ。せいぜい死なないように有力な情報を掴んで来い。」
「ありがとうございます…!」

雑渡はやれやれとでもいうように首を振った。この男は残忍なだけではない。感情がないわけではない。優しさも哀れみも残虐さも持ち合わせる強い男だった。この男が組頭という地位に登りつめそれを不動のものとし、信頼を得る理由を諸泉は垣間見た気がした。





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