12

「どうしたのだ。八左ヱ門、元気がないぞ。」
「三郎、お前分かって聞いてやしないか…。」

ぐったりと机に突っ伏す竹谷は憂鬱な面持ちで溜息をついている。明日に待つ実習が変装、しかも女装の実習だからである。竹谷は人を欺く行為をあまり得意とせず、殊更に変装、しかも女装とくれば鬼門中の鬼門だ。こういうときばかりは人より恵まれた体格に嫌気が差す。それに比べて、からかい半分に竹谷の肩を叩いて元気付けている鉢屋は変装が得意であった。意識して肉を付けていない細い体躯は変装のための仕様である。いくら子供は男女の境目が曖昧だと言っても、四年にもなってくると徐々に男女の違いがはっきりとしてくる。早い者はとうに声変わりしていて喉仏が出ているし、手も節くれだってくる。竹谷もその口で、大きな躯体に喉仏が目立ってしまって女装がいまいち似合わない。

「心配するなよ、お前だけでなく勘右衛門もあまり上手くはないさ。」
「勘右衛門は仕草が雄々しいだけで、見た目はあまり違和感がないじゃないか。なあ三郎の化粧でどうにもならないか?」
「私は体格までは専門外だから。」

すっぱりと鉢屋が断るとこの裏切り者めと竹谷がむすりとした。鉢屋がにやにやと明日が楽しみだなあとからかうものだから竹谷は拗ねて庭へ出て行ってしまった。

「もう、三郎。あまりからかうものじゃないよ。」
「八左ヱ門は素直な反応をするから面白くて。」
「そのうちお前も似合わなくなるやもしれないのにさ。」
「いや、私は大丈夫さ。そのために体格を調整してるのだから。」
「ああいえばこういう。」

不破が呆れたように手元の半紙をまとめて、立ち上がると鉢屋もそれに続いた。明日の実習のために着物を干しておかなければならないので、自室へと向かう。しばらくしまっていたので、湿気ているかもしれないからだ。虫にでも食われていたらつくろわなければならない。不破は年の離れた姉から譲り受けた橙色の花小紋の小袖を箪笥から出して衣紋かけに干して日陰に出しておいた。年頃の娘が皺や虫食いのある着物に袖は通さない。この辺りの心遣いができたら竹谷ももう少しましなのにと不破は思うが、竹谷は面倒くさがってしまうから言ってもあまり意味はないのだろうと想像する。元より身なりに気遣う性根の持ち主ならあの痛みきった髪の毛も手入れするはずである。一方の鉢屋も紅色の鮫小紋の不破からすれば少し派手めの小袖を干して香を焚き染めていた。こういう派手な柄は、ふしだらであるとあまり町娘には好まれないので恐らくは遊郭の者を装うつもりであろう。いつも鉢屋は難しく他人があまりしないような変装を好む。

「今回はどんな女装にするんだい?」
「新造ってところだな。前までは禿(かむろ)だったが、もう年齢的に厳しいしな。」

新造というのは女郎、特に太夫や花魁などの身の回りの世話をする見習い女郎を呼ぶ。なぜわざわざ新造をと、不破が問うと鉢屋曰く、男相手の忍務なら新造であるほうが警戒されないという。身なりの変装が難しく、独特な言葉遣いがなされる遊郭育ちの新造は同じ忍者からも変装として好まれないので、変装していると疑われる可能性がぐっと減る。そして、いつの時代も色仕掛けは判断能力を鈍らせる友好的な手段である。そう語る鉢屋と対照的に不破は色事めいた誘いなどは不得手であったので、素直に鉢屋は徹底しているなと感心するばかりである。



翌日四年のいろは組のそれぞれ変装をしてから門の前に集まった。久々知と不破は無難に町娘、尾浜は花売りの娘、鉢屋は新造に変装し、見た目は女子として装えていた。問題は竹谷と園田である。竹谷は隠しきれていない体格が不自然で、こんなにもボサボサの髪で出歩くとなれば並みの女であれば泣いてしまうだろう。そして園田も化粧があまりにみすぼらしかった。着物に気を使ってはいたものの、普段手入れしていないこともあり、髪は痛んでいるし、とにかく化粧が酷い。頬紅をはたきすぎてか、顔が赤らみ、白粉をはたいているのに眉毛を描かないために眉がない(本人曰く描いたつもりだと言う)。痛んだ髪もあって、まるで熱病にふせっているようだった。

「園田も大概に酷いな…。」
「私は手先があまり器用じゃなくてね。」

木下も二人の変装には呆れているのか溜息が漏れる。は組の者たちもこの二人のことを遠巻きに揶揄していた。

「さて、今回の実習は変装がばれないように、町人から何か譲り受けること。金品でなくてもよろしい。手段も問わない。脅そうが色仕掛けようが働こうが、各々得意なものに任せる。重要なのは町に馴染むこと。より目立たなかった者、より上手く騙し通せた者、より価値のあるものを受け取った者を評価する。また、期限は日没までとする。あ、竹谷と園田は残れ。他の者たちは先に出発すること。」

木下の言葉を聞いて竹谷と園田以外は出発してしまった。残った竹谷と園田は居心地悪く申し訳なさそうに佇んでいる。

「二人はもう少しこましにしてから出かける。流石にこれで娘と語るには無理があるだろう。」

下手くそな変装分は減点しておくと言って、木下は二人を井戸で連れていくと、下手くそな化粧を落とさせた。二人が手ぬぐいで顔を拭っていると後ろにじゃりっと砂を踏む音が耳を掠める。

「木下先生よりご用命仕った。作法委員会としてこの私、立花と三年の喜八郎がお前たちの変装を指導する。」

するとそこには五年の立花と三年の綾部が立っていた。手元には竹で出来た箱がありおそらく化粧箱だろう。どうやら先生がたまたま授業の予定のなかった作法委員の二人を呼び出したようだ。日ごろ生首の人形相手に死に化粧などの練習をしているだけあって二人とも化粧が上手い。よろしくお願いいたしますと頭を垂れると、立花は二人を作法委員会の部屋へと連れて行った。立花に案内されるままに座らせられる。

「おい、喜八郎。お前はその二人を酷い顔を担当しろ。私は着物と髪を整えよう。」
「はーい。わかりましたあ。」

きだるそうにも聞こえる声音で返事をした綾部は化粧箱を持って二人の前に居直った。脱がされた小袖を立花が繕っている間に綾部により化粧が施されていく。髪も椿油でまっすぐに梳かれどうにかまとまってみえるようになった。竹谷の枝毛だらけの髪の毛もまとまり、髪飾りをつけることで視線があまりのど仏にむかず、少し体格のいい女子に見える。一方の園田もその熱病のような顔も血色よく仕上げられ、そして髪の毛も綺麗に結いまとめられ、元からの表情が柔和であるのでどこから見ても女子そのものである。

「馬子にも衣装とはこのことですか。」
「喜八郎この野郎。」

鏡をまじまじと見て感心していた竹谷に綾部も感心したように言うが、竹谷はむっと睨みをきかせた。立花はその二人を見てやや呆れ顔をしてため息をついた。

「そういう言葉遣いから気をつけないとすぐに暴かれるぞ。」
「お二方どうもありがとうございました。竹谷、早く向かおう、私たちは大分と遅れをとっているよ。」
「そうだった。立花先輩、ありがとうございます。喜八郎もありがとう。」

慌てて竹谷は懐に財布を突っ込んで園田の後を追いかけ、二人は学園を発った。

「先が思いやられるな。」
「あのがに股はねえ。」



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