11

尾浜は姉の祝言のために早めに帰郷したが、期日いっぱいいっぱいまで家で過ごしていた。こんな機会でないと会うことのない親戚や近所の知人と話すためである。忍術学園を卒業した後に忍者になる予定の尾浜は卒業後はこの村によりつくことはもうほとんどないと言っても過言ではない。年に一度変装して尋ねるくらいが限度だろう。命を狙われる立場であるが故に、その周囲の人間もまた命に関わるからだ。おそらく四年の中では一番長い休みを過ごしてから、尾浜は学園へと向かったのであった。
尾浜が学園に戻ると、神妙な顔つきで話し合う不破と竹谷が居た。木の茂みでひそひそと話す様子はどうにもあやしい。ついでに珍しい組み合わせでもあるから余計にあやしい。あまり悩んだりする性分でない二人である。尾浜はそろそろと二人の後ろに忍び寄り、両肩を叩くと、二人揃ってひやあと格好のつかない声をあげて飛び上がった。

「何をするんだ勘右衛門!」
「あはははごめんごめん、何やら神妙な顔してたもんだからつい。」

悪びれる様子も無い尾浜に竹谷は唇を尖らせた。尾浜はわりと人をからかうのが好きだ。

「そういえば何話してんだ?珍しいね、二人がこそこそと話し合うなんて。」

不破と竹谷は顔を見合わせてどうしようかというように視線を交わすと、どちらともなく頷いて尾浜に向き直った。

「園田のことなんだけど。」
「園田?」
「そう、満則についてなんだけれど。それがさ、盆休みに園田の実家を訪ねたんだ。八左ヱ門と二人で。」
「そしたらあいつの家無かったんだ。」
「は?家がない?」
「そう、園田村に家が無かった。家がないだけでなく、満則自体存在しなかったんだ。」

竹谷と不破はお互いに園田村での出来事をかいつまんで話すと、尾浜は次第に難しい顔になっていく。一番に村人の謀を疑ったが怪しい所はないと言う。

「それってどういう…?」
「わからない、正直に尋ねてみてもいいかもしれない。けれどもそんなことまで首突っ込んでいいのかと思って。」

と、園田に尋ねていいものかと二人して考えあぐねていたようだった。園田は穏やかではあるが神経質な男である。わざわざ本人が進んで語り出さないことを聞くのは無神経だとも思うし、余計な節介だろうと、尾浜は思う。何か事情があるのだろうと考えた方が良い。園田に困った様子があればできる範囲で助けてやればいいのだ。わざわざ本人が隠していることまで暴かなくてもよいだろう。尾浜は存外に個人主義な考えをするので、お節介焼きの二人の考え方は園田には重荷になると思った。この二人は誰に対しても優しく、特に友に関してはお節介がひどい。それが不破と竹谷の美徳ではあるが、園田にとっては迷惑にしかならないのではないかと尾浜は考え、二人にもう詮索はしない方がよいと忠言した。

「本人が話さないのなら、首を突っ込まない方が良いと思うけどなあ。何か事情があるんじゃない?」
「事情って?」
「そんなの知らないさ。でも生まれがどこであれ郷里がどこであれ満則は満則だ。お前たちだって気にする性格じゃないだろう。」
「うん、まあ…そうだな。」

あまり納得のいっていない様子だったが、園田の性格も考えてみなよと追って言うとそれもそうかと漸く納得した様子だった。

「あ、そうだ。八左ヱ門、この話兵助には話すなよ。」
「ああ、わかってる。雷蔵もわかってるよな?」
「もちろん。三郎には話さないよ。」

疑り深い久々知と鉢屋のことである、不用意に園田を疑う要素を増やす必要はない。人見知りの酷い二人が漸く園田に慣れて来た所であるのだ。不破と竹谷と尾浜の三人の考えは同じだったようで、互いに確認し合うと頷いた。この話は園田から話があるまで三人の内密に。


久々知は火薬庫から自室へ帰る途中にちっちっちっちっと舌を鳴らす音を聞いた。部屋の灯りの油と麻ひもが切れそうだったので、火薬庫にとりに行った帰りのことだ。引火する可能性のある油は火薬ではないが、火薬庫に保管され火薬委員会の許可が無いと貰えない。しかし久々知は委員会であることを良いことに時間外に取りに行っていた。こんな夜更けに何の音だろうと、自室の前に油と麻ひもをそっと置いてから、廊下の先の音の正体を確かめに行った。用心のために苦無はしっかりと握る。侵入者ではないとは言い切れないからだ。ちっちっちっちっ、何かの合図か暗号か、そんな予測も立てたのだが、猫と生徒の背中が見える。どうやらその正体は生徒の舌の音のようだ。なんだ猫と戯れていただけか、と肩すかしを食らった久々知は握った苦無を懐にしまった。夜中に猫と遊ぶ変わり者と言えば綾部辺りの顔が浮かんだが、その髪色は焦げた黒色で。暗がりの中で振り返ったのは園田であった。

「おや、久々知じゃあないか。何か用かい。」

右手で猫をあやしながら薄く笑う。珍しいこともあるものだと久々知は思った。いつも規則正しい生活を送っている園田はあまり深夜に出歩くことはしない。動物が好きそうにも見えないから余計である。どうやら迷い込んだ野良猫のようで、見たことのないブチ柄の猫だった。

「変な音がしたものだから。」
「すまないね、こんな夜更けに。厠に起きたら猫を見つけてしまってね。侵入者かと思ったかい?」

園田は首を少し倒して久々知を伺い見た。素直にそうだと答えれば、侵入者はこの猫だから間違いはないのだけれどと園田は薄く微笑む。以前どうにも怪しく思って追い回したが、何のぼろも出なかったと久々知は思い出す。今回も夜更けに歩き回っていることは怪しいと言えば怪しいが、寝着で猫と居ても説得力に欠ける。園田の言うとおり、本当に厠からの帰りに猫に擦り寄られたのだろう。

「じゃあ俺は部屋に戻るよ。」
「おやすみ、久々知。」

久々知が部屋に戻り戸の閉める音を確認すると、園田はほっとする。見つかったのが久々知でよかったということだ。これが竹谷ならまず間違いなくおかしなことに気がつかれただろう。この猫が野良猫ではないということに。野良猫にしては毛艶が良く、餌付けをされてるがために少し肉付きの良い身体に。そしてそれは間違いなく人に飼われている猫であるという証拠である。久々知は用心深いが動物に関してはあまり知識が深くはない。つまり猫は猫だとしか思っていない。もちろん特別に訓練された猫が居ない分けではないとは知っているだろうが、それは犬や鳥などと比べると数はぐっと減る分、実物を見ても野良猫としか思えないのだろう。
園田はまたちっちっちっちっと舌を鳴らす。それがこの猫が覚えている命令である。舌を四回鳴らす者の所へ寄って行くという単純な命令だ。その命令を聞いた褒美に干しためざしを猫にやって、猫の持ってきた文書の返事を首に巻き学園の外に放った。恐らくは六年の立花、一部の教師陣は文のやり取りに感づいているかも知れない。しかしその文書の内容さえ露呈しなければ、何の罪も罰もない。疑わしきは罰せず。用は上手くやれよというのがこの学園の方針である。忍者というものはそういうものだ。人を巧く欺けるなら何をしていても目を瞑っていてくれる。


ブチ柄の猫は躾けられた通りに飼い主の元へと歩いて行く。ちっちっちっちっと鳴る音を探して獣道をひたすらに歩いて行き、森の奥深くの木の上へと登って黒い装束の忍者と思われる飼い主の元へと帰った。

「黒豆、よくやった。」

黒豆と呼ばれた猫はにゃあと満足そうに鳴いて主人の手に甘えて擦り付いた。おそらくはその身体のブチ柄が黒豆に似ているからという安直な名前なのだろう。

「可愛げのない子供だ。」

男は黒豆の持って帰って来た文を読んで面白くなさそうに言った。忍術学園の生徒はそこいらの忍衆の子供達より可愛げのある子供が多く、また優秀な子供が多いのに、まるでどこぞかの忍衆の子供ようだと思った。

「…そういえば、どこぞかの忍衆の生まれだったか。」

長く忍者をしてると没落する数多の忍衆を見るので、小さな忍衆のことはついうっかりと忘れてしまうのだ。こんなどこにでも居そうな子供になんで興味を示すのだろうかと、己の上司はいつもよくわからない。けれども、特にくだされた忍務もないのだから上司の言うことに従っておく。そして、この文をその上司に届けるために黒豆を小脇に抱えて、男は鬱蒼とした森を駆け抜けた。


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