10

不破と竹谷は太陽が真上に上がる前に学園を発ち、昼頃には通りかがりの茶屋で休みをとった。日照りの中歩くとなると効率が悪い、体力の回復も兼ねて近くの木陰で少し昼寝もとることにした。そして日が傾きはじめ、気温が少し下がると園田村に向けて歩きはじめた。川べりの涼やかな水の流れる音を聞きながら歩くと、この暑さも軽くなるような気がする。時々手ぬぐいを湿らせては首に巻いて、体を冷やした。

「あ、見えた!」
「え?どこに?」
「ほら、屋根が見えるじゃないか。」

道の遥先を指して竹谷が言う。しかし生憎不破には揺蕩う陽炎が見えるばかりで家など見えない。歩き進めると段々深い緑の中に茶色い何かが見えくる。そしてまた歩みを進めて行くと茶色い何かが竹谷の言う屋根だということが分かった。

「君は鷹か何かみたいだね。」

まるで動物のような視力に不破は感心するほかない。といっても不破が鈍いわけではない、竹谷がずば抜けているだけだ。それは竹谷が動物に馴染む理由の一つで、彼は異様に目が良かった。目だけでもなく、鼻も耳も、五感という五感が人よりずば抜けて鋭く、竹谷が野生児だなんだと揶揄される所以である。頭で考えるよりは体で感じることの方が多いと言う。
二人が園田村に着いた頃には既に日が傾きかけた夕方であった。園田村は小さい村なので、園田の実家も早々に見つけられるだろう。竹谷がたまたま通りかがりの男をつかまえて園田満則という男の生家はどこかと尋ねると知らぬと答えられた。園田は社交的な男ではないからあまり名を知られていないのかもしれない。茶畑で茶摘みをしている娘に尋ねるとその娘も満則と名乗る男は知らぬと言う。娘の年の頃からして、園田と変わらぬ年であろうし、年近いなら子供の頃から知り合いで当然だろう。だのに知らぬと言う。不破と竹谷は顔を見合わせて眉をひそめた。一体どういうことであるか。竹谷はその娘に村の長の家を尋ね、そこへ向かうことにした。長ならばこの村の者皆を把握していることだろう。

「園田満則?知らんな。別の村の男と間違えてはおらなんだか。」

村長と呼ばれる腰の曲がった老人の元へ案内された二人は、驚くような言葉をかけられた。何か村全体で園田を隠すようなことでもあるのかと深読みしても彼らに何の不自然な様子が見られない。もしこれで園田を隠しているというならば彼らはとんだ役者である。

「いや、ここで合っているはずです。園田という名の村はここだけでしょう。」
「…その満則という男、年の頃は…。」
「僕たちと同じです。」

そう不破が答えると老人はふむと考えこむような仕草をした。何か知ってるなと二人は直感した。忍たまとしての経験である。

「何かご存知で?」
「いやあ、何。何年か前にその年頃の子供がいたんやがね。」
「その子供は今…。」
「おらん。急に消えてな。わしも村の者も騒いだわ。しかし何の消息も掴めんし、死んだと思っとったよ。なんや、生きとるのか。そらよかった。」
「消えたって、それはどういう…。」
「そのまんまや。あの子引き取った夫婦もあの子もまとめて消えよった。わしらは他に何も知らん。神隠しや言うもんもおれば、夜盗にやられた言うもんもおる。」

それだけだと、老人は言った。もう何も話すことはないのか口を噤んでしまった。そうして、いよいよ竹谷と不破は不安になってきた。園田は園田村の出身であると言い、園田満則という男は存在せず、似た子供が昔に居たという。そして今はその子供の消息はつかめない。では一体園田の郷里はどこなのか、園田はどこにいるのか、二人とも何も思い浮かばなかった。この村の者たちに後ろ暗い何かを感じられれば、何らかの形で隠匿されたのだろうと考えられるのに、ただ事実として園田という男が存在しない。
ここに園田が存在しないとなるともう用はなくなってしまう、二人が村長に礼を述べると、夜もふけたと言うことで一晩面倒を見てもらうことにした。二人はお礼にと翌日少し家事を手伝ってからそれぞれの郷里へ向けて別れたのだった。


二人と入れ違いとなって、園田は忍術学園に帰ってきた。生徒の疎らな廊下を進み、自室へと帰る。休みに帰らない生徒はそう居ないが、生徒により滞在期間が疎らであるので、生徒が全く居ない時はない。園田の滞在期間はおよそ短い部類に入るのだろう。それもそのはずで、郷里などのない園田は町に出て外の話を聞いたり森で野営をしたりして過ごすしかないのだ。園田はいつもの生活に戻ろうと、鍛錬をしに外へ出た。一日でも手を抜くと体がなまってしまうからだ。園田は懐から鉄の鋭い何かを、訓練用の案山子に向かって投げた。そこに刺さっていたのは手裏剣であった。



[ 10/15 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -