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いよいよ夏も盛りとなり、ジリジリと太陽が皮膚を焼く季節となった。虫たちも盛んに動き回り、生徒の元にも盆休みのために郷里に帰ってこいよという便りが学園に多く届く頃である。その度に事務員の小松田が生徒の手紙を渡し違えるものだから、結局は生徒で手紙を渡し合うことになり、小松田の仕事はあまり意味がない。そうして、この日の園田の机の上には、い組の尾浜宛の手紙がおいてあった。何をもって小松田が園田と尾浜を間違えるのだろうかと園田は疑問に思うが、学年が同じだけまだマシかもしれない。先日は三年の綾部の所に五年の食満の手紙がいっていたらしいので、全く小松田の関連付けは分からないのだ。仕方が無いので手紙を持っていってやろうと尾浜と久々知の部屋へと向かう。

「勘右衛門はいるかい。」
「満則じゃあないか、何か用?」
「また小松田さんが間違ったようだよ。はい、勘右衛門宛の手紙。」
「おお、ありがとう。」

尾浜は園田から手紙を受け取ると園田の目の前でそのまま開けて読んだ。園田はそのまま帰ろうかと踵を返そうとするが尾浜が口を開く。

「なんだ、さっさと帰って来いってか。…園田は帰らないのか?」
「盆前には帰るよ。」
「そうか、俺はもっと早そうなんだ。どうやらついに姉が祝言を挙げるらしくて。何か祝いになりそうなものを買って行くか。」

尾浜の姉というのは少しお転婆がすぎるようで、行き遅れるんじゃあと一族一同心配していたらしい。無事に婿をとれて安心なのだろう、尾浜は嬉しそうにしていた。尾浜は今後家に住まうことはないからだ。尾浜の家は地主の大きな農家で、兄弟も多く末の尾浜には世襲する土地もないので、武家奉公するならと忍術学園へ来たのだった。もちろん表向きには武家奉公することになっている。忍術学園には似たような生徒が多かった。兄弟の多い者や代々忍者の者、または裕福な家庭の行儀見習い。園田自身も代々忍者の家に生まれていた。
園田は取り潰しの行われた里のたった1人の生き残りであった。その里の名を御影という。園田の一族、つまり御影衆は代々、城仕えの忍びの一族で山の中の小さな集落で隠れ住んでいた。城の大名は温厚な男で政はうまいとは言えぬが、それでも民に対して優しい、平和な土地だった。そこで園田は隠居した祖父母に教養を身につけられ、父母に忍びのいろはを教わる以外はそのあたりの子供と変わらぬ生活を送っていた。この時、歳は数えて五つであった。どの時代も人を不幸に陥れるのは戦である。城が敵国に領地を狙われ反抗するも敗れたのだった。そこで特に反抗した御影衆は集落全てを何も残さずに焼かれた。たった一人園田満則を例外に残して。
園田の今名乗る名前は改めたものだ。逃げ果せた先の村の名をもらった。しかし、そのことを知る者は少ない。園田の眼前に居る尾浜も園田の生まれを知らないだろうし、帰郷するという出まかせにも気付いていない。園田はこのことを誰にも話すつもりはない。もし、敵国大名のお抱え忍びたちに気付かれてしまえば根絶やしにしたはずの御影衆の生き残りが復讐に燃えぬわけがない、と即刻その首をかっ切られてしまうであろう。園田は今は身分を偽り、只管にその身を鍛え、機が熟すのを待つばかりである。

「しかし家族が繋がるのは本当によいことだろうね、姉上もそして勘右衛門も。おめでとう。」
「ん?あぁありがとう。」

園田も兄弟くらいいたら同じようなことはあったろうと尾浜は不思議に思った。しかしなぜこうも遠いどこかの土地のことを話すような話し方をするのか、少しだけ垣間見えた悲しみに違和感を抱いたが、なんとなく聞き返せない気がして、踵を返す園田を見送るしかできないのだった。


園田はその足で常連となっている図書室へと向かった。あまり体術が得意ではない園田はこうして知識を得ることでその差を補おうとしているのだ。特に毒や体の急所であるなど、一撃で少なくとも数撃で相手を仕留めるられる術を学んでいた。園田は武士ではなく忍者である。いかに姑息に相手の意表を突くかが勝負を制するのだ。

「いらっしゃい、満則。予約していた本が返ってきているんだけど、借りていくかい?」

園田が図書室へ入ると当番の不破が棚と棚の間からひょこりと顔を覗かせて園田を確認した。手には何冊か本が抱えられている。不破は返却済みの図書を棚に返す作業をしながら声をかけた。

「ありがとう、雷蔵。そうだね、借りていくよ。他にも何冊か借りるの選んでもいいかな。」
「まだ閉館には時間があるから平気だよ。そうだ、盆休みで帰郷する生徒は特別措置で多めに本を借りられることになっているから借りたかったら言ってね。」
「いや、あまり長く滞在するつもりはないんだよ。だからいつも通りでいいんだ。」

そう言うと園田は慣れた様子で本を物色し始めた。その手には鶯色や縹色の表紙の本が抱えられている。兵法についての棚から抜き出したようだった。園田は忍者にまつわる書という書は分け隔てなく読んでいる。少しでも知識として己の糧となればと思う心からだった。園田は兵法書に限らず手広くなんでもかじり、南蛮の医学書や、和歌集も借りている。人の影に生きるものでも人のなりを知らねばならないと考えていた。そうして、五冊ほど胸にかかえ、貸し出しの手続きをとると、園田は部屋へ帰って行った。
園田へ貸し出しの手続きをしてやった不破は手持ち無沙汰になってしまったので、古い布切れで作られたはたきで掃除をすることにした。障子を開けて空気の通りを良くしてやる。普段、開架図書は綺麗にしてあるが、先生の許可がないと貸し出しの出来ない閉架図書はわりと埃っぽい。そして分厚い手の混んだ装丁の本が多く、大きさがまちまちであるため掃除がしにくくあまり手入れされていないのが現状だ。不破は丁寧にはたきで埃を落としてやると白くくすんだ表紙の本来の色が見えてくる。そのまま掃除を進めているとどこかで見かけたような表紙の本が見えた。なんだったかと不破は手にとり頁をめくると、どうやらそれは開架図書が混じり混んだようで紛失扱いされていた図書だった。誰がこんなところに紛れ込ませたのかと、恐らくは下級生の間違いだろうが、不破は紛失図書一覧名簿からこの図書の名を消して開架図書の棚に戻そうと脇に除けた。おおよその掃除を終えたので、この本の予約がないかを確かめる。

「おや満則か。」

それは先ほどまでそこにいた男であった。紀行文を借りる者は珍しい。また今度図書室へ来た時にでも貸し出しをしようと、予約図書の棚に本を移した。




「あれっ満則もう帰っちゃったの?」

不破が園田を探し、竹谷との二人部屋を訪れると、そこには竹谷しか居なかった。

「昨日夕方に発ったらしい。何か用事か?」
「いやね、満則が予約していた本があったんだけど、ここ何日か図書室に来なくてさ、持ってきたんだけど。そっか、もう帰ってしまったんだね。」
「雷蔵はいつ帰るんだ?」
「今日帰るんだ。途中近くに寄るし渡して行こうかな。」

そういえば園田の村は通りがかりにあったと思い出す。不破は久々知や竹谷や尾浜の家に訪れたことはあるけれど、園田の家はなかったし、祖父母と暮らしているということ以外あまり話を聞いたことはなかった。本を渡すのは別に盆休み明けでもよいはずだが、本を渡すためと託けることにする。友達の実家は少し興味がわくものである。

「おっじゃあ俺も寄ってこうかな。今日帰るんだ。」

竹谷も不破と同じ気持ちなのであろう、いそいそと荷物をまとめはじめた。私服に着替え、草鞋の換えを腰に下げている。不破も支度をしようと部屋へと戻った。その途中の廊下では何人か帰郷する生徒がちらほらと見かけられ、しばらくこの学園は静かになるだろうなと思った。



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