8

潮江文次郎にとって園田は扱いやすい後輩だった。能力としては三年の田村に劣るが口数が少なく文句を言わないのは同じく口数の多い方ではない潮江にとって楽だった。委員長は穏やかであるが口数が多いし、田村は真面目が過ぎる。神崎にいたっては決断力のある迷い癖という厄介な癖により苦労させられている。そして、今日のような急ぎでない委員会の仕事の時には特に園田とはやりやすかった。過去の帳簿の整理である。何かと過去の帳簿を引っ張りだしては参考にしたり比べたりするので、時系列がバラバラになっているのだ。それをたまにこうして手隙の時に潮江は一人で整理することにしている。委員長を煩わせるほどでもし下級生には委員会ばかりでは酷だからである。単純な作業だが少し面倒な作業だ。

「こんばんは、潮江先輩。お手伝いしましょうか。」
「うむ、助かる。」

そう言ってそこにたまたま通りかかった園田は鍛錬帰りなのか土ぼこりで煤けている。園田も気がついているのか埃をはたき落としてから部屋へ入ってきた。それから作業が終わるまで二人は会話することなく黙々と作業を行った。そこまで時を要することでもなかったので、半刻程で終わった。しかし、さあ終わったぞさっさと去ねと言うには憚られる。今まで何度か園田には手伝わせてしまっていたからだ。委員会の仕事なのだから当たり前だといえば終いだが、毎度文句一つ言わず手伝う様子には何か一つ礼をしてもよいだろう。潮江は何か手頃なものはないかと考えると先日同室の立花に土産に貰った干菓子があると思い出した。

「そういえば、仙蔵に貰った菓子があるのだが、よかったら茶にしないか。」
「おや、菓子ですか。甘いものには一等目がなくて。ありがとうございます。」

園田にも好き嫌いがあるのかと少々面食らった潮江だが、園田がでは私がお茶を煎れますねとさささと部屋から出て行ってしまったので潮江も自室の茶菓子を取りに急いだ。
潮江が園田の元へと戻ると園田は湯呑みに玄米茶を注ぎ入れている最中であった。潮江が皿の上の干菓子をすすめれば、園田はいただきますと一言申し出てから口にした。好きだと言った割には対して美味しくもなさそうに食べている。そう見えるだけで、おそらくは美味しいと感じていると勝手に潮江は推測している。園田が好き嫌いを言うのは珍しいことだからだ。それにしても、二人とも黙りと干菓子を歯んでは茶を啜るだけだったので、どうにも空気が居た堪れない。そういえば、園田と二人きりでこうも長く時間を共にするのは初めてで、そして潮江は周りの人間は割りとお喋りな人間が多かったなあと思い出した。あの中在家に至っても黙りというわけではない。口数こそ少ないが会話もするし、目や身振りで感情を伝えてくる。しかし園田は薄く微笑むばかりでこちらが問えば答えるだけでなんとなく掴めぬ男であると思った。来年もおそらくは同じ委員会だろうし、もう少しは互いのことを知って仲良くしたほうがよいだろうと、潮江は園田に問うてみた。

「園田、お前の郷里はどこであったか。」
「河内に近い摂津の、園田という小さな村です。」
「近くじゃあないか。父母は息災か?」
「いえ、父母はおりませんが、祖父母が。二人とも元気に畑をしておりますよ。」

と園田は言うが実のところ園田に父母も祖父母もいない。それどころか出身も園田村ではなかった。園田の生まれを問われたときに答える常套句で言い慣れたことだ。およそ忍術学園の生徒はこれを信じているだろうし、教師の園田に対して興味のない者はそのように聞いているだろう。潮江も同じくこの答えに疑いを持たなかった。

「今年は畑はどうだ、豊作か。」
「そうですね、便りはありませんがこの天候だと去年よりは多く採れたでしょう。潮江先輩の郷里はどちらですか?」
「俺は海辺の出身でな。父母は魚売りをしている。」
「水遁がお得意なのはお生まれもあるのですね。」
「海育ちで泳げない人間のほうが珍しいだろう。しかし鍛錬すれば誰だって魚のようになるさ。」

園田が昨年の委員会の鍛錬でもあまり泳ぎが得意ではないということを発揮していたなと思い出し潮江の口元が緩むと、それを察したのか園田も口元を緩めた。

「ぜひ私も魚のようになりたいですね。」

ご教授お願いしますと園田は頭を下げた。潮江は園田のこういう己が強くなることについて貪欲なところが気に入っている。下手なプライドもなく欲しいものは欲しいという。能力こそ低いが真面目なところも好ましい。潮江も鍛錬馬鹿だと散々に揶揄されているので、同じくして強くなることに対しては貪欲だ。この男には手合わせつけてやってもよいだろうと思わせられるのだからとんと不思議だ。

「来年俺が委員長になったときには覚悟しておいてもらおうか。」

恐らくは同じ鍛錬馬鹿としての勝手な仲間意識なんだろう、潮江はにやりと笑った。



[ 8/15 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -