午後からの降水確率は90%らしい。傘持って行きなさいよーという母の声を背中に受けながら、カバンだけ持って家を出た朝。
午前中から曇っていた空は、昼休みが終わる頃にはさらに暗くなり、とうとう雨粒が窓ガラスを濡らし始めた。湿ったにおいと、ザアザアと響く雨音。上履きを鳴らしながら、校内で筋トレをしている野球部やサッカー部の横を通り抜け、いつも通り部活に向かう。雨だろうが晴れだろうが、バレー部である自分の活動場所は体育館だ。
みっちり練習して、最後にミーティングをして、今日の部活が終わる。着替えに行く途中、体育館の出入口で誰かとぶつかりそうになった。マネージャーである先輩だった。

「あ、影山お疲れー」
「お疲れッス」
「雨すごいよ。今日はちゃんと傘持ってきてる?」
「忘れました」
「やっぱりね」
「スミマセン」
「しょーがないな。今日も入れてあげるよ、傘」
「いいんですか?」
「うん。どうせ方向同じだし」
「あざッス」

いいんですかと訊きながら、いいよと言ってくれるのはわかってた。この人のことだから。先輩は、本当のことを知ったらどういう顔をするだろう。女々しいと思われるだろうか。先輩と一緒に帰りたくて、いつもわざと傘を持ってこないこと。
素早く着替えて、待ってくれていた先輩の隣に並ぶ。その手からやんわりと傘を奪い取り、向こう寄りに差した。俺の肩が濡れるのを先輩は嫌がるけど、この人の肩を濡らすわけにはいかないからそこは譲れない。

「影山ってさー」
「ハイ」
「天気予報見ないの?」
「…あんま見ないッスね」
「そっか。私も見ないよ」
「え、でも」

その割に、傘を忘れた先輩の姿は見たことがない。毎朝きっちり天気予報をチェックしているものだと思っていたのに、どうも違うらしい。

「どっちにしろ傘持ってくるから見る必要ないんだよね」
「晴れでもですか」
「いつ降り出すかわかんないでしょ」
「そりゃまあ」
「傘持ってれば、こうやって一緒に帰れるし」

傘の先から落ちる水の粒。それを見ながら考えた。一緒に帰れる?誰と?俺か。え、俺なのか?
お互いに同じ気持ちなのかもしれない。突然差し出されたその可能性に、頭の中がこんがらがった。だがこれだけはわかる。言わなければならない。今、本当のことを。

「影山がいつも傘忘れてくるのって、ただの偶然?」

微妙な距離をぐっと詰めて近づいた。肩が触れあうところまで。

「わざとです」

背中を屈めて、耳元で伝える。そうしたら先輩がくすぐったそうに笑うから、傘を捨てて抱きしめたくなった。


2014.11.30

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