まだ寒い3月。先輩たちは、冬を連れてここを去る。
卒業式の後、無意識に足は体育館へ向いていた。考えることはみんな同じらしい。マネージャーも含めた男子バレーボール部の面々がそこに集まっていて、胸に花を付けた3年生がふざけ合っている。最後だなんて思えないくらいいつもと変わらない光景。それが今日だけは、やたらと切ない。
ふと周りを見てみると、さっきまで居たはずの赤葦が居なくなっていた。体育館を出て部室棟の裏を覗くと、そこには探していた背中。赤葦は考え事をしたい時いつもここに来る。黙って隣に座ると、目線だけが一瞬こちらを向いて、すぐにまた元の方向に戻った。

「一人で泣いてんなよ赤葦」
「泣いてないよ。大泣きしてたのそっちじゃん」
「してないし」
「目ぇ真っ赤だけど」
「さっき先輩たちにごしごし拭かれた」
「うん、俺も見てた」
「それより今日6時集合だって」
「何の話?」
「卒業おめでとうの会。いつもの焼肉屋」
「ああうん。わかった」

赤葦とここでこうしていると、どうしてもバレー部のみんなのことばかりが思い出される。試合に勝った日。試合に負けた日。ハードな合宿。新入生の勧誘。お花見、花火、秋祭り。クリスマス会に初詣。木兎先輩の居残りスパイク練習に巻き込まれた毎日。最後の試合で最後のボールが、床に落ちるあの瞬間。綺麗な記憶ばかりじゃないけど、1年の春から順番に。私の隣で赤葦も懐かしそうに目を細める。

「卒業したら部活にも顔出してもらえなくなるのかな」
「さすがに無理なんじゃない」
「寂しいね」
「…まあね」

話していたらまた涙が出そうになったけど、息を止めて我慢した。私はさっき散々泣いたから、次は赤葦の番なんだ。置いていかれるような感覚。寂しくないはずがない。この人が、きっと誰よりも一番寂しい。

「赤葦」
「なに?」
「私これからも一緒にいるから」
「うん」
「こいつじゃ頼りないなって思った?」
「まさか。頼りにしてるよマネージャー」
「がんばろーねキャプテン」
「そうだね」
「3年生に負けないように」
「…本当、そうだね」

時間を追うごとに、話をするほどに、現実味を増す「卒業」の2文字。明日からあの人たちはもういない。
俯いた赤葦の、無防備な左手に触れてみる。躊躇いがちに指を絡めとられる。彼の目からこぼれた雫は、見えないふりをした。


2014.11.23

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