「今から行ってもいい?」

第一声がそれだった。こんな夜に、こんな電話のかけ方をしてくる知り合いは、私には及川しかいない。名乗りなさいよという小言は置いといて「いいよ」と返すと、耳元で嬉しそうな歓声が聞こえて電話が切れた。なんか妙に陽気だった。あれは酔ってるな、たぶん。
今日の分の食器を洗い終わったところで、ちょうどインターホンが鳴った。玄関のドアを細く開ける。

「突然ごめんねー」

ドアの向こうには、ニコニコとご機嫌な笑顔の及川が立っていた。とりあえず部屋に入ってもらう。ガサガサと音をさせながら机の上に置かれたビニール袋の中には、350ml缶のビールや酎ハイ、そして少しのおつまみ。

「一緒に飲まない?」
「じゃあもらおっかな」
「晩酌しよう晩酌」

カンパーイ、という明るい声とともに缶を合わせた。
及川はさっきまで飲み会だったらしい。二次会には行かずに抜け出したものの飲み足りず、コンビニでビールやら何やらを買って私の家にやって来たというわけだ。唐突だなあ。思いがけず会えて嬉しいからいいけど。

「飲み会でも結構飲んだ?」
「うんーまあ普通にね」

普通に、と言ってはいるけれど本当だろうか。いつも通りと見せかけてだいぶ酔っているように見える。飲みすぎないように見張りつつ、適当なバラエティ番組をつけたまま二人でいくつか缶を開けて、ふと時計を見るとそろそろ日付が変わりそうな時間だった。眠たそうな及川の肩をつついて声をかける。

「及川、もう12時だよ」
「えーもうそんな時間?」
「帰って寝る?」
「帰りたくないなあ」

閉じていた目がパッチリと開き、私のことを見つめる。次に出る言葉は、なんとなく予想できていた。

「泊めて」

期待していた、とも言うかもしれない。

「帰らなくていいの?」
「いーんだよ、俺もうハタチだから。大人だから」
「大人ならちゃんとベッドで寝てくださーい」
「一緒に寝てくれるなら寝る〜」

子どもだなー、もう。やたらと楽しそうな及川にベッドの中へと引きずりこまれながら、つられて私も笑う。怪しい動きを見せる右手を叩いて叱り、大きな体を抱きしめると、即座に抱きしめ返された。ちょっと苦しいしかなり暑い。あとお酒くさい。だけどたまには、こんな夜も悪くない。


2015.06.07

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