男子バレー部では、他校との合同合宿以外に梟谷単独での合宿も行われる。その単独合宿も終盤に差し掛かったある日、私はやけに早く目が覚めた。ケータイの時計を見ると、アラームを設定していた時間よりも一時間以上早い。妙に目が冴えて二度寝できそうにもないから、おとなしく起きることにした。
タオルを持ち、マネージャーの先輩達を起こさないように忍び足で部屋を出る。とりあえず顔を洗おうと水道に向かうと、そこには先客がいた。私以上の早起き。誰だろうかと目を凝らしてみて心臓が跳ね上がる。あれは、赤葦くんじゃないですか。部屋に引き返そうか一瞬迷ったけど、意を決してそのまま足を進めた。

「あ」
「おはよう」
「おはよう。…早いね」
「目ぇ覚めちゃって」
「俺も」

タオルで顔を拭う赤葦くんの横で私も顔を洗う。彼氏と彼女だというのに妙によそよそしい感じになってしまったのは、話したのが久々だからだろうか。
気を抜くと赤葦くんを特別扱いしてしまいそうで、そしてまわりのみんなにもそういうふうに見られてしまいそうで、合宿中は赤葦くんに近づかないよう行動していた。公私混同を避けたつもりが、結果的にはそれが公私混同になってしまっていたような。自分でも、何やってるんだかと呆れてしまうけど。

「あのさ」
「なに?」
「俺のこと避けてるよね」
「え!?」
「避けてるよね」
「そんなわけ」
「ないの?」
「…あるかもしれない」
「やっぱり」

ため息を吐かれてしまい、肩身が狭い。

「あのね、避けてたっていうか油断したらつい赤葦くんのこと特別扱いしそうになっちゃって、だから」
「うん。何となくはわかってたから大丈夫」
「…え、そうなの?」
「それでも俺以外の男にばっかり優しくされたら面白くはないけど」
「ご、ごめん」

怒ってる?恐る恐る聞いたら、怒ってる。と真顔で返された。一瞬で身体中が冷える。赤葦くんが怒ったところなんて見たことない。どう償えば。おろおろと動揺する私に、赤葦くんは背中を丸めて顔を近づけた。

「朝の散歩に付き合ってくれたら許す」

え、そんなんでいいの?そう呟く前に、赤葦くんはすでに歩きだしていた。少し先で振り返り、「はやく」と急かす唇。なんだかワクワクしてきて、彼の背中を追いかける。
誰も通らない、誰にも見られない裏道で、あわよくば手をつなげたらいいな。私からつないでみようか。そんな考えを巡らせながら、二人で合宿所を抜け出した朝のこと。


2015.05.24

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