朝起きて、まず母親に指摘された。そして校門でたまたま会った友達にも指摘された。この短く切った前髪。いつもと全然視界が違う。

前髪伸びたなー。

寝る直前にそんなことを考えてしまったのがそもそもの間違いだった。眠いときに前髪を切ったりするもんじゃない。一瞬ウトウトした時にザックリといってしまい、鏡を見て声にならない声をあげた深夜。仕方なく一番短いところに揃えたものの、この前髪で部活に行かなければならないのかと思うと本当に、朝が来なければいいのにと思った。だけど普通に朝は来る。

「どーしたその前髪!」

体育館に入って早々、鎌先に爆笑された。ぶん殴りたい。その横で、素敵ですよとフォローしてくれる舞ちゃんはとてもいい後輩である。思いきりザックリいったからみんな前髪を切ったことには気づいてくれるけれど、褒められることはなくてちょっと切ない。
まあ前髪なんてすぐ伸びるし!自分を励ましながら体育倉庫に入る。備品の準備をしていると、背後に人の気配を感じた。

「おはようございまーす」

出た。この前髪を見られたくない相手ナンバーワン。

「おはよう、二口」
「重いもんは俺持っていきますよ」
「うんありがとう」
「…何スか、その手」

前髪を隠している右手に気づかれた。いつも後輩らしからぬ態度でからかってくる二口のことだ、これを見られたら何を言われるかわからない。いずれ見られてしまうのはわかってるけど今は嫌だ。
正面に回り込んでこようとする二口から顔を背け続けていると、突如右手を掴まれた。力で敵うはずもなく、あっさりと手を退けられる。終わった。絶対ボロクソだ。「あ、前髪切ったんですか」呟くように言った二口の視線がぐさぐさと突き刺さる。

「かわいいですね」
「エッ」
「似合ってます」
「……何か企んでる?」
「何でですか、本当に思ってますって」

二口〜、と体育倉庫の入口から茂庭の声。私の手を離してさっさと歩いていく二口の背中を見送った。ポカンと口を開けたまま。

「明日の練習試合なんだけどさ…あれ、二口顔赤くないか?」
「赤くないです」
「いや赤いよ。まさか熱とか」
「茂庭さん空気読んでください」
「え、なんで!?」

頭の中で繰り返される二口の言葉。切りすぎた前髪も悪くないかもしれないなんて、単純にも程がある。


2015.04.05

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