1年生の時から気になっていた子に好きだと言われ、おれも好きだよと伝えた2年生の秋。その彼女に「水族館に行こう」と誘われれば断る理由もなく、ちょうどいいことに今週の土曜は部活が午前中で終わるから、日にちもすぐに決まった。
土曜の午後、待ち合わせ場所に向かう前に、母親に預けられた野菜を持ってクロの家へ。玄関から顔を出したクロはそれを受け取りながら「初デートだな」とニヤニヤしている。

「だから何?」
「感慨深いんだよ。巣立つひな鳥を見守る親鳥の気分っつーか」
「意味わかんないし」

紳士的にな!と背後でニヤニヤっぷりを加速させるクロのことは無視して、待ち合わせ場所である駅に向かうことにした。ポケットからケータイを取り出して時間を確認する。このまま普通に歩いていけば、時間ぴったりくらいに着きそうだ。
歩きながら、「水族館に行こう」と赤い顔で切り出した彼女の姿を思い出す。頷くと、ものすごく嬉しそうにしていた。こっちが照れるくらいに。考えてみたら、彼女は時間ぴったりには来ない気がする。10分くらいは早めに到着していそうだ。確証なんてないけどそう思えて仕方ない。そうやって考えてるうちにだんだんと歩くスピードが速くなる。気づいたら、走り出していた。クロや虎がいなくてよかった。こんなところ見られたら、なんて言われるか。
走って走って、息を弾ませたまま予定より早く駅に着くと、思ったとおり彼女はもうそこに立っていた。おれを見つけるとほんの少し目を丸くしたけど、すぐに笑顔になる。

「孤爪くん!」

少しずつスピードを落として、彼女の前で足を止めた。大きく息を吸って吐いて、呼吸を整える。

「早いね」
「孤爪くんこそ」
「待たせてごめん」
「いやいやそんな待ってないよ」
「そう?」
「うん。でもまさか孤爪くんが走ってくるとは思わなかった」
「…早く会いたかったからかな?」

言ってしまってから思った。今のちょっと恥ずかしかったかな。だけど自分以上に恥ずかしそうにしている彼女が目の前にいるせいか、あまり気にならない。え、あ、そうなの?と両手の指をもじもじといじりながら、しどろもどろだ。

「行こっか」

その手をとる勇気を、ひねり出す。


2014.10.12

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