朝、おはようと挨拶をした後でまず最初の落胆。恐ろしいほどにいつも通りだ。その後も何もないまま普通の一日が過ぎていく。今日バレンタインだって知ってる?そう聞きたくなるほど、隣の席の彼女からはそういう気配がない。そわそわと浮き足立っている女子も多いというのに。
別に彼女からもらえるはずだなんて自惚れていたわけじゃないけど、やっぱり心の隅では少し期待していたみたいだ。落胆している自分を通して気づいた。好きな子がいれば、そういう期待をしてしまうのは仕方ないことだと思う。
そして迎えた放課後。悶々としている俺に別れの挨拶をして、彼女は教室を出て行ってしまった。思わずその背中を追いかける。階段を降りる直前、彼女のカバンを掴んで捕まえると、驚いた瞳には焦る俺の姿が映った。

「どうしたの、赤葦」
「…いや…どうもしない」
「じゃあ帰っていい?」
「妙に急いでるね」
「急いでる。バレンタインチョコが安くなってるはずだから早く買いに行かないと」
「誰かにあげんの?」
「ううん、私のおやつ」

色気より食い気。そんな言葉が頭に浮かんだ。

「まだ帰られたら困る」
「なんで」
「なんでって、だから…」
「うん?」
「俺もチョコ欲しいんだけど」
「あ、そうなの?赤葦も一緒に買いに行く?」
「いや部活あるから。ていうかそういうことじゃなくて」
「そうだ、じゃあこれあげるよ」

カバンの中からごそごそと取り出したのは、筒状の入れ物に入ったチョコレートのお菓子。それは俺がスーパーとかでよく見かけるものよりもだいぶ大きい。

「マーブルチョコ」
「大きいでしょスゴイでしょ」
「そうだね、初めて見た」
「まだ開けてないから安心して」
「ああそう…ありがとう」
「隣の席のよしみだもんね!こないだ資料集運ぶの手伝ってもらったし」

じゃあまた明日!元気よく手を振って、彼女はチョコの安売りへと向かってしまった。唐突に後ろから背中を叩かれる。痛い。振り向いたら木兎さんがそこにいた。

「よー赤葦!」
「どうも」
「いま女子に何かもらってただろー。なに、チョコ?まさか本命!?」
「来年こそはそうなるといいですね」
「え、なに?どういうこと?」
「相手は手強いんで」

だけど負けるつもりも、ない。


2015.02.15

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