ずっとただのクラスメートだった木兎との関係が変わった。部活が忙しいこともありなんだかんだで彼氏と彼女っぽいことはまだ何もしていなかったけれど、このたび初デートってやつをすることになった。ついに。
待ち合わせ場所と時間が書かれたメール。一人ファッションショーを繰り広げてようやく決まったデート服。寝癖がつかないように気をつけながら枕に頭を預けても、なかなか寝つけなかった夜。待ち合わせ場所に向かうとき心臓が口から出てきそうだったのが随分と前のことに感じる。木兎と一緒にいると、こんなにも早く一日が過ぎるのか。

「楽しかったね」
「まじで?楽しかった?」
「うん」
「俺もすげー楽しかった!」

隣の木兎は目一杯の笑顔だ。私も同じような顔をしているはず。
小さな駅のホームで電車を待っている。古びた木のベンチに座って。すでに何本か電車を見送った。「次の電車には絶対乗せるからな!暗くなったら危ねえから」真面目な顔でそう言う木兎に、まだ乗りたくないというワガママは通用しなさそうだ。
あの緊張は何だったのかと思うほど、初デートは肩に力も入らなかったしたくさん笑ったし、楽しかった。手も繋いでなくて、恋人らしい雰囲気とかはなかったけど、それで良かった気もする。

「あ、来た」

その声に顔を上げると、私が乗るべき電車がスピードを落としながらホームに入ってくるのが見えた。立ち上がる木兎につられて私も腰を上げる。プシュー、と音を立ててドアが開き、大きく足を踏み出して乗り込んだ。端っこに立ってホームの木兎と向かい合う。

「じゃあ気をつけてな」
「…うん」
「そんな顔すんなよー」
「どんな顔?」
「寂しそうな顔」

自分でもびっくりだ。また明日も学校で会えるのに、こんなに悲しくなるなんて。
私以外に人の乗り降りはないまま、もうすぐドアが閉まろうとしている。木兎が一歩前に踏み出したから、危ないよと声をかけようと思ったら、後頭部に大きな手のひらが触れた。そのまま頭を引き寄せられて、額が木兎の胸に当たる。

「また明日な」

つむじのあたりを小さな声が掠めた。一緒に、きっと唇も。
手のひらが離れて、すぐそばにあった体も遠ざかる。笑って手を振る木兎にどうにか手を振り返す。

最後の最後にそんなことするなんてズルイよ。
私の抗議は、発車ベルにかき消されて届かないまま。


2015.02.08

- ナノ -