あ、そういえば。田中に貸してほしいと頼まれていた英語のノートを、まだ渡していなかったことに気づいた部活前。忘れないうちにと思い、部室に入っていった田中の背中を追いかけた。

「田中ー、英語のノート」
「おっサンキュー」

ノートを受け取った田中がパラパラとそれを捲る。そのとき間からヒラリと落ちた薄桃色の封筒を拾い上げ、私の前に差し出した。

「なんか挟まってたぞ」
「え」
「…手紙?」
「あっ!!」

それが何なのか瞬時に理解して思わず声を上げた。その声に驚いたらしい田中は、封筒を持って私と向かい合ったまま目を丸くする。隣の縁下も同様に。

「……」
「……」
「…ご、ごめん挟んでたの忘れてて」
「もしかしてラブレターか!」

悪気など一切なく、でっかい声でそう言ったのはノヤだ。田中の後ろからピョコンと顔を出した。図星を突かれて息を飲む。まじかよ!と掴みかかってくる勢いの田中に対して、うまい言葉が出てこない。顔が熱い。とんでもなく。

「いやあのその」
「お前が書いたやつ?」
「誰に?つーか好きな奴いるのかよ!」
「えーとえーと」
「誰だ!あれか、バスケ部の松本か」
「いやノヤっさん、陸上部の大野かもしれねえぞ。同じクラスだし」
「おいおいおい近い近い」

知らず知らずのうちに後ずさっていた私の背中が部室のドアにぶつかった。逃げる隙もないくらい至近距離まで迫ってくるノヤと田中を、縁下が引っぺがしてくれる。助かった、さすが二年のボス。

「もーやめといてやれよ、恥ずかしがってんだろ」
「だって気になるじゃねえか。なあ龍」
「そうそう。変な男に引っかからないように俺らが目ぇ光らせとかねーと」
「あんたらは私のお父さんか…」

ぐったりした私を置き去りに、ノヤと田中はさっさと部室の奥に行ってしまった。松本でも大野でもないなら誰だ?とか、先輩や後輩の可能性もあるよな、とか、まだ好き勝手に話している。一足先に部室に来ていた木下と成田まで巻き込んで。その顔は真剣そのものだ。

「はいコレ」
「あ。いつの間に?」
「どさくさに紛れて取り返しといた」
「ありがとう、縁下」

返してもらい損ねていた問題の封筒。縁下から受け取って、カバンの奥底に仕舞い込む。

「えらい目に遭ったな」
「うん。でもなんか」
「ん?」
「やっぱり楽しいなーって。こうやってみんなで居るのが」
「まあ確かに賑やかではあるけど」
「あの手紙ね、書いたものの最初から渡すつもりはなくてね」
「そうなんだ」
「うん。今は部活を頑張るよ」

「手のかかる奴も多いしな」そう言った縁下の顔は、どこか呆れているようで、だけど優しい。まだ議論を続けているノヤたちのところに合流して、早く着替えろよーと促す姿は、まさに保護者のようだ。
なかなか騒ぎのおさまらない同期たちの姿を見ながら、誰にも気づかれないようにため息をついた。あのラブレターが自分宛だなんて1ミリも思ってないんだろうな、あの人。でもそれでいい。今はまだ。

「おーっす。なに?なんか楽しそうな話してんなー」
「あっスガさん!」
「聞いてくださいよ!実はコイツのノートから」
「コラァ田中!ノヤ!」

まだしばらくは、このままで。


2014.12.28

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