春(桂)


「っくしょん!」
「……」
「ぶえっくしょ!」
「……」
「はっくしゅん!」
「……」
「あ、ありがと」


鼻をズルズル言わせてると、桂が無言でティッシュを箱ごと差し出してくれた。
思いきり鼻をかむ。ティッシュが何枚あっても足りやしない。人間ってこんなに鼻水出るもんなんだな…と思っていると、またひとつクシャミが出た。


「…花粉症か?」
「うん。去年まではまだマシだったのに、今年はなんかひどくて…ぶしゅん!」
「今年は花粉が多いらしいからな」
「そーなんだ…ぐえっしょん!」


あ、もうティッシュがない。すかさず新しいティッシュを出してくれる桂。気がきく。


「お前がクシャミをするたびに春だと実感するな」
「私も」
「春といえば、この季節は変な奴が多い。一人歩きには気を付けるのだぞ。何かあったらとりあえず逃げろ」
「わかった。じゃあ道で桂を見かけたら全力で逃げるわ」
「ハッハッハッこのウッカリさんめ。俺は変な奴に気を付けろと言ったんだ」
「だからでしょーが」


“変な奴”という観点で考えるならば、桂を超える人間はなかなかいない。


「まあ大丈夫だ」
「ん?」
「お前にもし何かあった時は、必ず俺が助けるからな」
「桂…」


不覚にもちょっとときめいてしまった。体をくっつけて、桂の服に顔を埋める。


「かーつら」
「ちょっと待て、鼻水が俺の服につくだろう」
「頼りにしてるね」
「オイ聞いているのか。鼻水が…あああああ!」


それでも私を引き剥がそうとはしない。そんなところが、大好きだよ。


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夏(坂田)


「暑い」
「暑いな」
「溶ける」
「溶ければ」
「生きる!」
「なんなのこの子、ウザいんですけど」
「暑い〜もう嫌〜銀ちゃんなんとかして」
「なんとかっつってもなァ……あ」
「ん?」
「プール行かねえ?」


銀ちゃんが勢いよく起き上がったので、私もつられて起き上がる。彼の目は珍しく輝いていた。


「こないだ隣町にできたらしーじゃん、でかいプール」
「あー、ウォータースライダーもあるとこだよね?CMで見た」
「行こうぜ」
「うん!…あ、でも私スクール水着しか持ってない…」
「いいんじゃね、スクール水着で」
「いいわけねーだろ」
「ハイハイ、そう言うと思ってましたよ。まァ銀さんにまかせなさい」


フフフと気持ち悪く笑って、銀ちゃんが携帯を開いた。


「お前にぴったりの水着選んどいたから」
「え!?」
「ほらコレ」


目の前に携帯を差し出される。そこに表示された水着の画像。それはピンク色で、ビキニで、Tバックで、ていうか布の面積が小さくて必要最低限のところしか隠れてなくて…


「…あのさ」
「ん?」
「思いっきりつねってもいいかな」
「心配すんな、色はピンク以外にも四色から選べる」
「……」
「いだだだだだちぎれる!肉が!ちぎれる!」


ほんと、どうしよーもないやつ。


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秋(山崎)


「…何やってんの」
「見てわかんない?焼きいも」
「いやまあわかるけど」
「じゃあ聞かないでよ。そんなんだからいつまでたっても地味なんだよ」
「地味関係ないだろ」


体育館裏。地べたに座って焼きいもをむしゃむしゃと食べる彼女。その隣に俺も腰を下ろす。正面では枯葉の山が燃え、煙が立ち上がっていた。


「学校でこんなことやって大丈夫なのかな」
「バレなきゃいーの」
「ていうかどうしたの、このイモ」
「うちの畑から持ってきた。栗もあるよ」
「あ、ほんとだ……イテッ!」
「栗は裏の山からとってきた」
「痛いっつーの!なんで投げつけるんだよ!」


イガに包まれたままの栗を俺に投げつけてくる。なんて女だ。
これ以上食らってたまるかと素早く避けると、背後から「いてッ」と小さく声が聞こえた。ゆっくりと振り返る。


「…げ」
「あ、土方くん」
「…テメーらか、俺にこのイガ栗投げつけたのは」
「そ、それは」
「退です」
「えええ!?」
「土方死ねって言いながら投げてました。私は止めたのに…」
「ちょ、マジで何言っちゃってんのォォ!?」
「山崎ィィィ!!」
「ご、誤解ですって…ギャアアァァ」


逃げ出す瞬間、視界の端ににたりと笑う彼女が見えた。
ほんと、なんて女だよ。そんな女のことが好きな俺も、どうかしてるけど。


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冬(沖田)


いらっしゃいませー。自動ドアが開いて中に入ると、抑揚のない店員の声と生ぬるい空気が私たちを迎えた。
私はミルクティーとサイダーとプリンを持ってレジへ向かう。総悟は財布を忘れたらしい。よって、私が彼のサイダーとプリンのお金も支払うはめになるのだ。


「おでんも買おーぜィ」
「いいね。私は大根とー…」
「俺は大根と白滝と焼つくねと牛スジと餅入り巾着とはんぺんと玉子2個」
「ちょっと、誰がお金出すと思ってんのよ」


私の声も聞かず、総悟は次々と入れ物におでんを放り込んでそれを勝手にレジ台に置いた。ああもう、こういうのに慣れていく自分が嫌。
お金をぴったり支払って、やっぱり抑揚のない店員の声を背中に受けながらコンビニを出た。近くの公園のベンチに座ってさっき買った物を取り出す。冷たい風が吹く公園には、他に誰もいなかった。


「あったまる〜」
「……」
「さっきから何黙ってんでィ」
「横暴な人とは口を聞きたくありません」
「俺が横暴なのは今に始まったことじゃねーだろィ」
「自分で言うか」
「まーこれやるから機嫌直しなせェ」


そう言って私の口に玉子を突っ込むから、口が塞がってもうそれ以上喋れなくなってしまった。鼻の頭を赤くして笑う総悟に、私はやっぱり勝てそうにない。


「プッ、変な顔」
「……」


とりあえず、今度何かおいしいものでも奢らせるか。


4.22

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