彼女が出張に行っている。万事屋である俺と違ってちゃんとした普通の会社に勤めているナマエは、仕事柄、出張に行くことが時々ある。とは言っても行き先は近場だし、日帰りや一泊のことがほとんどだった。だが今回は長い。二週間だ。なんやかんや言いながらいつも一週間に数回は会っているナマエに、二週間会ってない。別にそれについてどうこう言ったりしねェが、心の中で密かにボヤくくらいは自由だと思う。二週間って長ェよ。
神楽に冷たい目で見られながらカレンダーの前で日にちを数え続けて十日以上。ようやく明日、ナマエが帰ってくる。いつでもかけてきていいよ、と言われた電話は、変な意地もあり結局一回もかけていない。それなのに、今になって俺は受話器を持つ。明日の夜になりゃ会えるのに、どうしてだか指が止まらなかった。コール音が三回鳴って、途切れる。

「もしもしっ!」

勢いよく飛び込んできた声が、随分と久しぶりに感じた。かけてみたものの実際電話が繋がってしまうと何を話していいのかわからず、口を開くものの言葉が出てこない。

「もしもし!あれ?もしもーし?」
「…あ、おれおれ」
「うん。銀ちゃんだ。むふふ」
「なんだその笑い方」
「いやあ。銀ちゃんの声聞きたいなーってずっと思ってたから」
「じゃあ電話かけてこいよ」
「こないだかけたよ。出なかったけど」

どうせまた飲みに行ってたんでしょ、とニヤニヤしてるのが目に浮かぶような声で言われると、何も言い返せなかった。いつのことだかわかんねーが、たぶんその通りだからだ。意外と普通に喋れたことにホッとしつつも、なんだかバツが悪くて話を逸らす。

「何してんの、今」
「今?コンビニから帰ってる途中」
「一人で?」
「うん」
「お前な、夜に一人でうろつくなっていつも言ってんだろ」
「お腹空いちゃって」

言われてみれば、歩きながら話しているからかナマエの声が時々揺れている。車が走っているような音も微かに聞こえた。

「銀ちゃんこそ私がいないからって好き放題やっちゃダメだよ」
「…し、ししししてるわけねーだろそんなこと」
「やっぱり好き放題してたんだ」
「どっかで見てんじゃねーだろうな」
「見なくてもわかるって。新八くん困らせないでよね」
「困らせてねーよ、むしろこっちが困らされてるわ」
「はいはい。あ、そーいえばこっちですごい美味しい和菓子屋さん見つけてね!特にどら焼きがとんでもない」
「マジでか」
「絶対銀ちゃん好きだと思う。お土産に買って帰るから楽しみにしててね」

美味いどら焼きよりも何よりも、お前が一番待ち遠しい。その言葉は心の中にとどめておいて、代わりに一言だけ返す。

「待ってる」

ほんと甘いもの好きだね、と電話の向こうでまた彼女が笑う。どら焼きに向けた言葉だと誤解されたままでいい。なんでもいいから、とにかく早く帰ってこい。
明日は駅まで迎えにいってやるかな。電話を切って布団に潜り、そんなことを考えながら目を閉じた。


2014.10.10

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