「銀ちゃん、ひまー」


寝転んでジャンプを熟読する彼にそう言って絡んだのは、お昼ご飯を済ませた少し後のこと。
だけど銀ちゃんはソファーの前に座り込む私に一瞬目線を向けただけで、それをまたすぐにジャンプへと戻してしまった。


「一人ジェンガでもやっとけば」
「もう飽きた」
「あ、そう」


変わらないトーンで言う銀ちゃん。意識が全部ジャンプに向いてしまってるようだ。なんか面白くない。


「ねえねえ映画行こうよ」
「んー」
「観たいやつがそういえば今日までだったんだよね」
「んー」
「午後からの依頼もないんでしょー」
「んー」
「…銀ちゃんの髪今日もクルクル絶好調だね」
「んー」
「……」


聞いてない。いいけどねもう慣れたから。こんな調子だから、最初の頃は、銀ちゃんは私のことなんかどうでもいいんじゃないかってよく思い悩んだものだった。今なら、そんなことはないって思えるんだけど。

「スーパー行ってくるね」たぶん聞こえてないだろうけど一応そう告げて、万事屋を出た。
空を灰色の厚い雲が覆い隠している。雨が降りださないうちに行ってこよう。ひとり頷いて、足を早めた。







「…あーあ…」


万事屋を出てから随分と時間が経ったころ。パンパンの買物袋を右手に提げ、私はスーパーの入口で立ち尽くしていた。さっきよりも暗さを増した空からは、雨がザアザアと降り注いでいる。

こんなはずじゃなかったのだ、予定では。もっとサッと買い物を済ませてサッと帰るつもりだった。
だけど災難なことにタイムセールによって出来た人波に巻き込まれてしまい、なかなかレジに辿り着くこともできず、予想を遥かに超える時間がかかってしまった。そしてようやく買い物を終えて外に出たら雨が降りだしていた。そういうわけだ。
傘を買わねばと店内に戻ってみたけど、タイムセールに来ていた人々が怒濤の勢いで傘も買っていってしまったため品切状態。店員さんに申し訳なさそうに頭を下げられ、なぜかこっちが申し訳なくなってしまった。

仕方ない。万事屋までそんなに遠くないし、覚悟を決めて早歩きで帰ろう。よし、と気合いを入れてスーパーの屋根の下から一歩踏み出す。
だけど雨粒が私に当たることはなかった。あれ?と不思議に思って顔を上げるとそこには、私に傘を差し出す銀ちゃんが立っていた。


「風邪引きてーのかアホ」
「え。あれ?なんでいるの」
「どうせ傘持ってってねーだろうと思って来てやったんだよ」
「マジでか、ありがとう」


スーパーに行くって言葉はどうやらちゃんと聞こえていたらしい。しかしまさか傘を持って迎えに来てくれるとは。嬉しくてついついにやけてしまう。
何も言わずに買物袋を持ってくれた銀ちゃんから代わりに傘を受け取って、二人の真上にくるようにさした。


「傘ひとつだけ?」
「そーだけど」
「まさか銀ちゃんってば相合い傘がしたくて…」
「ひとつしかなかっただけから、しゃーなしだから」


行くぞ、と促されて歩きだした。傘がひとつしかないから自然と揃う歩調。隣を盗み見てこっそり嬉しくなる。
傘に当たる雨の音や、濡れた地面を走る車のタイヤの音が、心地よい。息を吸い込むと湿っぽい空気のにおいがする。足元で跳ねる水を見ながら、着物の裾が汚れないようにしないと、とぼんやり思った。

降りだした雨のせいか、人通りは少ない。道の端っこを並んで歩いていると、会話の最中、銀ちゃんの手が傘を私のほうへとさりげなく押しやった。銀ちゃん寄りにさしていた傘が私寄りになる。
傘に入りきらず濡れていた私の左肩の代わりに、銀ちゃんの右肩に雨が落ち始めた。それを見つめていると、なんだよ、と訝しげな目を向けられる。


「タッちゃんか」
「あ?」
「タッチにあったよね、こういう場面」
「つーことはお前が南ちゃん?身分をわきまえろ身分を」
「なにをー!?銀ちゃんだってねぇ、タッちゃんの足元にも及ばないから!」
「なんだコラァァァ電話で愛の告白してやろーか!」
「ぜひお願いします!」
「お願いしますじゃねーよ」


少し肌寒い空気とは対照的に熱い議論を繰り広げながら歩き続けて、万事屋の下まで戻ってきた。
階段を上ろうとした私を銀ちゃんが呼び止める。何だろうかと思って向き直ると、買物袋を差し出されたので反射的にそれを受け取った。


「それ玄関に置いてこい」
「え、銀ちゃんは?」
「俺ァここで待っとく」
「中入らないの?」
「今日までなんだろ。映画」


銀色の髪をがしがしと掻きながら空に目をやる銀ちゃん。言わんとすることを理解した私は、その目を見つめたまま立ち尽くす。
きっと満面の笑みが浮かんでいるであろう私の顔に視線を戻して、銀ちゃんはシッシッと追い払うように手を動かした。


「オラさっさと行ってこい」
「わかった!五秒で戻ってくるね!」
「転ぶなよ」


その言葉に構わずダッシュで階段を駆け上がる。ぜってー転ぶなよ!と後ろからまた声が飛んできた。

買物袋を置いて戻ったらさっきよりもっとくっついて歩いてみようか。
そうすれば、どちらの肩も濡れずに済むかもしれないし。


6.24

- ナノ -