二人きりの夕飯を終え、一息ついた後はいつものように一緒に皿洗い。全部の食器を俺がスポンジで洗い終えると、水で流すのは私がやっとくよ、とナマエが言う。その言葉に甘えることにして、俺は一足先に畳に腰を下ろした。
一人暮らしのナマエの部屋は万事屋に比べれば随分狭いが、二人で寛ぐ分には何も問題ない。むしろ狭いほうがいい、いろいろと。もう何回来たのかも数えられねーけど、自分の家のような居心地の良さがここにはある。
座ってからなんとなくテレビのチャンネルを回してみたものの特にこれといって見たい番組も無く、適当なところで手を止める。台所からナマエの声が響いた。


「銀ちゃーん、アイス食べる?」
「食べる食べる」
「バニラでいい?」
「おう」
「はいどーぞ」


カップアイスとスプーンを机に置いて、ナマエが俺の隣に腰を下ろす。一人分しかないそれに浮かぶ小さな疑問。


「お前は食わねーの?」
「晩ごはんの前に食べちゃったからやめとく」
「ふーん」
「代わりに一口ちょうだい、あーん」
「しゃーねえなァ」


まだ少し固いアイスをすくって、口を開けて待つナマエに食べさせてやる。ヒナに餌をやる親鳥ってこんな気持ちなんだろうか。溶けたアイスをごくんと飲み込んで顔をにやけさせる彼女を横目で見ながら、俺もアイスを口に入れた。甘い。
まだ欲しそうにしている隣の彼女をじっと見て、今日会ったときからなんとなく思ってたことを口にしてみた。


「なんかお前さァ」
「ん?」
「焼けた?」
「えっ!うそ!黒くなった?」
「ちょっとな」
「昨日焼けたんだー絶対」


さっきまでのにやけた顔はどこへやら、しょんぼりと悲しげな顔で俯くナマエ。
昨日といえば、お互い仕事が休みだったからデートでも、と思って誘ってみたもののアッサリ断られた日だ。今の話によると、こいつにしては珍しく日に焼けてしまうような何かをしていたらしい。何やってたんだ。気になる。


「どっか行ってたのかよ、昨日」
「海」
「海ィ?一人で?」
「ううん。神楽ちゃんと」
「マジでか。銀さんの誘いを断っておきながら」
「神楽ちゃんが先約だったんだよー」


泳いでないけど砂のお城とか作ってね、楽しかったよ。嬉しそうにナマエが言う。そのときのことを思い返してるのか、顔がまたにやけている。
そういや神楽も、海でちっさいカニがいっぱいいてなんだかんだって騒いでたなと昨夜のことを思い出した。食べかけのアイスを机に置いて、ナマエに向き直る。


「なるほどな、それで焼けちまったわけ」
「たぶん。…ってあの、銀ちゃん?」


微妙に開いていた距離を詰め、左手で髪を何度か撫でる。そのまま腰まで手を下ろして抱き寄せると、すでに赤くなっている耳に唇を触れさせた。右手はゆっくりと着物の合わせ目あたりを探る。さっきまでおとなしかったのに、腕の中でごそごそと動き出す体。


「ちょちょちょちょっと待ってくださーい!」
「待ちませーん」
「近い!ていうか何やってんの!」
「どんくらい焼けたのか確認してやるって俺が」


こいつの弱々しい抵抗なんざ無いも同然。襟元を開いてはだけさせ、胸元に視線を落とした。
少し日焼けした顔や首とは違って、着物に覆われているそこは白いままだ。胸元だけじゃない。肩も、腕も、腹も、背中も、太股も。きっと白いはず。それを知ってんのは俺だけ。見ることが出来るのも、触ることが出来るのも、俺だけだ。
そんなことを考えていると、何とも例えづらい感情がぐるぐると渦巻いてきて、頭の中が熱くなる。


「…なんか…」
「なに?」
「興奮する」
「やめてバカ」
「ナマエちゃんのせいなんですけどー」


机の上に置いたアイスはもう溶け始めているだろう。それを気にするように机に目をやるナマエの頬に手をあて、こっちに向かせる。
後でちゃんと食うから今はこっちに集中してろバカヤロー。そんな文句を込めてキスをする。気づいたら二人揃って畳に倒れ込んでいた。俺の下でナマエが、バニラの味がする、と笑う。
唇から首筋を通って鎖骨へと。動きは止めず、合間に様子を窺って、また熱くなる。その色っぽさとあどけなさが混じった顔を見られるのも、俺だけ。


「ねえ銀ちゃん」
「んー?」
「今度、一緒に海行こうね」
「…ビキニ着てくれるならな」


もう一度唇を寄せる。
ここにキスしたとき見せるその顔もそう、俺しか知らない。


5.30

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