ピンポーン。テレビから聞こえてくる笑い声を割くように、室内にインターホンの音が響いた。誰だろうこんな真っ昼間から。新聞の勧誘だったら居留守使おう。足音を立てないように玄関まで移動してドアの覗き穴に顔をくっつける。レンズの向こうに黒い隊服と明るい色の髪を確認した私は、急いで鍵とドアを開けた。


「総悟くん!」
「どーも」


目の前に、久しぶりの総悟くん。最近仕事がいろいろたて込んでいたらしく、しばらく会ってなかったからなんかちょっと懐かしさすらある。
突然の訪問による嬉しさと驚きで軽く混乱状態の私とは対称的に、総悟くんはいつもと変わらない様子で「お邪魔しやーす」と淡々と告げる。私が何か言う前にさっさと中に入っていってしまった。


「仕事中じゃないの?」
「自主休憩」
「また怒られるよ」
「ナマエこそ仕事は」
「今日は休み」
「そんくらい知ってらァ」


じゃあ何で聞いたのと心の中だけで呟く。まあとりあえず座って、と台所から居間を覗いて声をかけたら、既にいつもの場所に座ってた。早いな相変わらず。
二人分のお茶を入れて居間に戻る。腰を下ろしてこっそり総悟くんの様子を窺うと、いつもと同じに思われた表情がよく見ると少し違っていて、お茶を飲む手を止めた。


「どうしたの?」
「何が」
「なんかソワソワしてる」
「いや…ちょっと聞きてーことがあって」
「ん?」
「…ナマエは」
「うん」
「俺の彼女じゃねーのかィ」
「…はい?」
「付き合ってると思ってたのは俺だけだったんだな」
「えええええ?ちょちょちょちょっと待って!」


唐突な言葉に思わず声が大きくなる。彼の言っている意味がよくわからない。なんでいきなりそういうことになってしまうのか。


「いやいや何でよ。総悟くんの彼女だよ、私。え?彼女だよね、私」
「じゃあ何で忘れてるんでィ」
「何を?」
「誕生日」
「え」
「誕生日」
「…誰の?」
「俺」
「いつ」
「昨日」
「…え。昨日?そんなバカな」
「ホラな、忘れてら」


呆れたような恨みを込めたような、そんな視線を向けられる。でも待ってよ、今日って何日?いやむしろ何月?誕生日はもっと先じゃなかったっけ?総悟くんの誕生日を間違って覚えるなんて私に限ってそんなことありえない、そう思うものの、彼が嘘をついているようにも見えない。急に自信がなくなってきた。やっぱり私の記憶違いなんだろうか。だとしたら、おめでとうの言葉もプレゼントも何もなく無視だなんて、すごく申し訳ないことをしてしまったんじゃないだろうか。


「総悟くん。あの…ごめ」
「いいんでさァ。俺の誕生日なんか、どうせ資源ゴミの日にも及ばねェくらい無意味な日だし」
「いやいやそんなわけないでしょ大事な日だよ」
「ナマエがたいして俺に興味ねェことなんかずっと前から知ってるんで」
「きょ…興味ないわけないじゃん!」
「口では何とでも言えまさァ」


ふいに視線を逸らされた。見間違いじゃなければ、顔を背けて俯いた彼の目元が少し濡れてた気がする。泣いてる?あの総悟くんが?バカな!


「あの、本当だからね。興味あるからね」
「無理しなくていいって」
「無理してない!むしろねェ総悟くんに興味ありすぎて困るっていうか、二十四時間ずっと気になってるっていうか、総悟くんのことならどんなしょーもないことでもいいから全部知りたいっていうか、頭の中覗かれたら引かれそうなくらい総悟くんのことでいっぱいなのに!」
「本当に?」
「本当に!」
「でもナマエは好きとか全然言ってくんねェ」


グッと言葉に詰まる。確かにそうだけど、それは総悟くんも同じじゃないか。そう思ったものの、私が圧倒的不利なこの状況ではちょっと言えそうにない。雨に濡れた子犬みたいに寂しげな彼の瞳が私を責め立てる。小さな覚悟と共に、見えないところで拳を握った。もうどうにでもなれ。


「すっ…す、すすすす」
「す?」
「好きに決まってるでしょ。大好きだよ!!」


若干自棄になりながら叫ぶ。びっくりするくらい顔が熱い。こんなにハッキリと、面と向かって口にしたのは初めてじゃないだろうか。何か言ってよ総悟くん、恥ずかしくて死ぬ。そんな私の思いを余所に、彼は無言で俯いたまま。何やらごそごそと動いている。


「…そ、総悟くん?」
「いやーいいのが撮れやした」
「ハイ?」
「ん」


やっと顔を上げた総悟くんが、私の目の前に何かを突き出した。いまいち状況を飲み込めずにフリーズしたままそれを見つめる。


「なにこれ」
「小型カメラ。あーんどマイク」
「なにそれ」
「さっきのナマエの慌てっぷりとかアツい告白が全部これで録画されてるってこと」
「はあ!?」


サラッと放たれた言葉に耳を疑う。何をやってるの?何のためなの?何でそんなもの持ってるの?一体いつから撮ってたの?聞きたいことは次々と出てくるのに声にならなくて、口をパクパクと動かすことしかできない。


「ナマエはいつでも気持ちよく騙されてくれるからやりがいがありまさァ」
「ちょっと待ってよ、じゃあまさかさっきの誕生日っていうのも」
「ああアレ。嘘」
「はあああ!?」


私の反応が予想通りなんだろう。にやにやと満足げに口元をつり上げる総悟くん。さっきまでのしおらしい表情とは大違いだ。アレは全部演技だったってことなのか。全然演技になんて見えなかったんですけど。


「単純だねェナマエは。可愛い可愛い」
「ちょっと気安く頭撫でないでください」
「さっきのオロオロした顔、爆笑モンだったぜィ」
「…こ、このクソガキ…」
「そのクソガキに骨抜きにされてる奴ァどこの誰だっけなー」


意地悪くそう言われて押し黙る。腹の立つことに言い返せない。なぜならそれは事実だから。
頭を抱える私を見て気が済んだのか、お茶を飲みほした総悟くんが軽やかに立ち上がった。


「んじゃ帰りやす。今から忙しくなるんで」
「…仕事戻るの?」
「いや、さっき撮ったやつディスクにしてみんなに配らねーと」
「ちょっと待てェェェェ!」


久しぶりに会ったって相変わらずの総悟くんと私。不毛な追いかけっこが、また今日も始まる。


4.7

- ナノ -