壮大な音楽と共にエンドロールが流れ始める。隣に座る彼女の様子を横目で窺うと、ぐすぐす言いながら鼻を真っ赤にして涙を垂れ流していた。予想通り。


「ん」
「あ、ありがとう」


ティッシュを箱ごと渡した。ナマエはそれを受け取って、目を擦ったり鼻をかんだりと忙しい。

何をするでもなくソファーで並んでテレビを見てた夜。特に面白そうな番組もなく適当にチャンネルを回してたら、ちょうど今から始まるところの映画があった。数年前に流行った恋愛映画だ。プロポーズ直後に死んじまった男が幽霊として女の前に現れていろいろ騒動が起こった末に感動的な結末を迎える、みたいなやつ。
他に見るもんねーし結局それを最後まで見てて、ナマエはまんまと泣かされてる。俺はそれを、泣き顔久しぶりに見たなとか思いながら眺めてる。


「ふー落ち着いてきた」
「よくそんな涙出るなァ」
「むしろなんで泣かないの」
「俺の分の涙までお前が吸いとったんじゃね」
「あーでもいいなあ」
「なにが?」
「ああいうの。誰よりも愛してるよ、とか言われてみたいなー」


両手を組んで、ウットリと目を閉じるナマエ。胸焼けしそうなくらい甘ったるいこの映画に憧れの気持ちを抱いちまったらしい。たまにあるよな、そーいう夢見がちなとこ。


「バカヤローお前、ああいうのは映画だからいーの。実際に言ったら寒いだけだから」
「そんなことないよ」
「じゃあ想像してみ?俺が言ってるとこ」


そう言うと、素直に目を閉じる。しばらく無言で考え込んだかと思ったら、どんどん表情が苦いものへと変わっていった。眉間に深い皺が刻まれ、口は固く結ばれ、一言で言うならヒデェ顔。


「なんだよその顔」
「想像したら気持ち悪かった」
「失礼にも程があんだろ」
「じゃあ銀ちゃんも想像してみてよ。私が言うとこ」
「……」
「……」
「…………」
「ちょっとなにその顔」
「想像したら気持ち悪かったわ確かに」
「失礼にも程があるよ」


不満げにこっちを睨んでくるがまったく怖くない。軽く受け流して、その頬にまだ少し残ってる涙を着流しの裾でごしごし拭いてやった。


「愛してるだの何だのは俺たちにゃまだ早いってこったな」
「そういうことだね」
「ま、あと五十年くらい大人しく待ってろ」
「え」
「ナマエがシワシワのババアになった頃に言ってやるよ」


頬から手を離して、出来るだけ軽い感じで言う。俺の言葉にパチパチとまばたきを繰り返しながら固まってたナマエは、一瞬じっと目を閉じて、ゆっくりと笑った。


「…私も。銀ちゃんがシワシワのジジイになった頃に言ってあげる」
「おー楽しみにしてらァ」
「銀ちゃん」
「なーに」


油断した俺の唇に熱が触れる。目を閉じる暇もないくらい一瞬の出来事。キスされたのか、と少しの間を置いてやっと理解した俺の目に、子どもみてェに無邪気な笑顔が映った。


「大好き」


思わぬ不意打ち。が、しかし。どう今の!キュンときた!?とか何とか直後に自信満々で聞いてくるもんだから、いい感じになりかけてたムードも綺麗にぶっ壊れる。それが可笑しくてちょっと笑って、目の前の彼女を思いっきり抱きしめた。


3.31

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