飲み会終わったから、今から帰るね。

万事屋に電話をかけたら1コールで出た彼にそう告げて、終電に乗り込んだ。別に万事屋に帰るわけじゃないし、電話しなきゃいけない決まりもないんだけど、今日はなんとなく。意外と心配性だから銀さんは。っていうのは建前で、本当は私が声を聞きたかっただけ。
スーツのオジサンと若いおねーさんの間に座った私は、動き出した電車に揺られながら、眠気防止にキョロキョロと辺りを見回す。最終のこの電車は人が多い。仕事帰りっぽい人もいれば、私のように飲み会帰りっぽい人もいたり。大きなカバンを持ったカップルがいたり。
聞き慣れた駅名がアナウンスで流れると、私は反射的に立ち上がっていた。ドアが開くと同時に流れ出る人の波に紛れ、切符を握りしめて歩く。改札の向こうに見えた男の人の姿。まさか銀さん?一瞬期待して目を凝らしたら全然違った。その男の人の腕に、早足で私を追い抜いていった女の子が抱きつく。二人とも笑顔だ。嬉しそう。
いいなあ。なんだかすごく羨ましく思いながら改札を抜ける。駅の前にたくさん停まっている車。みんな、家族だったり恋人だったりを迎えにきているんだろう。私も銀さんに会いたい。さっき電話かけるんじゃなかった。声聞いちゃったせいで、もっと会いたくなってしまってる。
車の群れを避けるように歩く。俯いたまま。少し進んだところで視界に誰かの足元が飛び込んできた。私の進行方向に立ちふさがってるからこのまま真っ直ぐは進めない。向こうが避ける気配もない。何なんだ、と思いつつ視線を上げると同時に声をかけられた。


「おかえり」


銀色の髪に気だるげな佇まい。目の前に立ってたのは、今一番会いたい人だった。


「…銀さん?」
「おう」
「銀さーーん!」
「ここ外。つーか酒くせェ」


両手を広げて飛びつこうとした私のおでこを、銀さんの指が押し返す。そんな言うほど飲んでないし。抱きつかせてくれたっていいじゃんケチ。でもそんな不満はすぐにどっか飛んでっちゃうくらい嬉しい。だって銀さんがいる、今ここに。


「ねえねえなんでなんでいるのここに」
「別にィ、コンビニ行く帰りに通りかかっただけ」


でもコンビニは反対方向だよ。たぶんそれは突っ込んじゃいけないポイントなんだろう。お酒でふわふわしてる頭なりにそう考えて黙っとく。


「ボケッとしてねーで帰るぞ」
「え、一緒に帰ってくれるの?」
「しゃーなしでな」
「うぇへへ」
「ちゃんと歩けんのか、お前」
「歩けるし!バカにすんなよ!」
「オイ俺より先に行くなって」


さっさと歩き始めた私の首根っこを掴んで止めて、銀さんが隣に並んだ。


「おら、水」


一口も減ってないペットボトルの蓋を開けて手渡される。喉に流し込むと、なんだか体の中のアルコールが薄まる気がした。これわざわざ買って待っててくれたのかな。ジーンとしながらペットボトルを見つめる。


「なにニヤニヤしてんだよ」
「え?だってさぁ」
「ん?」
「銀さんが優しくて嬉しいんだもん」
「バカヤローお前、銀さんは常に優しいだろうが」
「ウンウンそうだねありがとー」
「ドサクサ紛れにくっつくなっつーの。やっぱ酔ってんな」


腕にくっついて剥がされてを繰り返してるうちに、いつのまにか私のアパートに着いていた。鍵を開けて中に入って、ベッドに倒れ込む。ペットボトルを机に置いた銀さんが「ちゃんと鍵かけて寝ろよ」と背を向けるのを見て、私は飛び起きた。


「…帰るの?」


着流しの裾を控えめに掴んで訊ねる私を、振り向いた銀さんの目が捕える。


「そのつもりですけど」
「ダメ」
「ダメって」
「今夜は帰さない」
「なにその男らしい台詞」
「ていうか銀さんだって帰る気なんかないくせに、本当は」
「さーな」


にやりと満足げに笑った銀さんが体ごとこっちに向いた。ほらやっぱりね。思惑通りって顔してる。ムカつくけど、悪くない。


「まァアレだ。お前一人にしたらどうせ腹出して寝るし」
「マジでか」
「だからさあ」
「うん」
「一緒に寝てやってもいいけど。しゃーなしで」


その上から目線は何なんですか。そう思いつつも嬉しさには逆らえなくて、あったかい体を抱きしめた。抱きしめ返してくれる腕に胸が鳴る。少し体を離して精一杯背伸びして、背中を丸めた銀さんに私からキスをした。
やっぱり酔ってるんだな、私。だから普段やらないようなことまで出来てしまうし、言えてしまう。


「ありがと、銀さん」
「…今のお礼のつもり?」
「お釣りはいらないよ」
「いーや、返す」


そう呟いた直後、今度は銀さんからキスされた。これお釣りもらいすぎじゃないかな、私。優しい感触と優しくない笑顔のギャップに頭がクラクラする。
こんなに顔が熱いのも、足元がふわふわ揺れているのも、お酒のせいだけじゃないのかもしれない。


3.16

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