昼間にちらちら舞っていた粉雪はもう止んでしまった。とはいえ寒さが和らいだわけでもなく、白い息を大きく吐いてマフラーに口を埋める。この路地に到着してしばらく経った頃、ようやく待ちわびた人物がやって来るのが見えた。さりげなく近付いて声をかける。


「よォ、ナマエ」
「あれっ銀さん!偶然だね」
「だな。仕事帰り?」
「そーそー、今日遅番でね」


知ってるし、まったく偶然でもないけど。鼻の頭が赤くなってるナマエの隣に並ぶ。絶対誰にも言えない。ナマエの仕事が終わる時間を見計らい、会えるのを期待して職場の近くでうろついてるなんてことは、絶対に。真選組のストーカーに偉そうな口きけねーよな、俺も。


「銀さんは何やってたの?」
「ん?まあ…パトロール?みたいな?」
「なにそれ」
「いいだろ別に。それより早く行こうぜ」
「え?万事屋はあっちでしょ」
「送ってく。あぶねーし」
「えっ!いいよいいよ、わざわざ悪いし」
「いいから。送らせてくれって」
「……うん。じゃあ、お言葉に甘えて」


小さく呟くナマエの顔がちょっと嬉しそうな気がして胸が弾む。いやいやんなことねーだろ自重しろ、俺。でもやっぱりよく見たらちょっと口元緩んでね?いやいや自惚れも大概にしろ、俺。


「あ、銀さん。コンビニ寄ってもいい?」
「おー」


そんじゃ行こー、と自動ドアを通り抜けるナマエに続いて俺も店内へ。ついさっきまでの肌を刺すような冷たい空気から一転、生ぬるい暖かさが体にまとわりついた。もうなかなかいい時間だからか、客は雑誌を立ち読みしてる若いにーちゃんが一人だけ。あたたかい飲み物の棚を眺めてるナマエを横目に菓子コーナーに直行する。どんだけ見てても飽きねーよな菓子って。ふと背後に気配を感じて振り向くと、ココアを持ったナマエが立っていた。


「…なあ」
「ん?」
「一生のお願い聞いてくんねェ?」
「お願いの内容によるね」
「これ買ってほしいんだけど」


俺が指差した先へと視線を向ける。少しだけ目を丸くして、俺とそれを交互に見た。


「チロルチョコ?」
「そ」
「…なんで?」
「なんでも」
「まあ別にいいけど」
「まじでか!これこれ、ホワイトチョコのやつ」
「はいはい」


ココアとチロルチョコを持ったナマエがレジに向かう。先に外に出て待ってると、会計を済ませた彼女が裸のままのそれらを持って小走りでやって来た。このままでもいいですか、って店員に聞かれたパターンか。エコだね。


「銀さん、はいどーぞ」
「……」
「銀さん?」
「…あ。おォ、サンキュ」


差し出されたチョコを手のひらに乗せたまま動かないでいると、顔を覗きこまれて我に返った。どうしたの、と訊ねてくるナマエに適当な誤魔化しの返事をして、再び歩きだす。アパートまでの道のりはビックリするくらいあっという間で、もうサヨナラの時間。これでもしも俺とナマエが恋人同士とかならまだ一緒にいられたのかもしれねーが、生憎俺たちはただの友人だ。家の鍵を取り出した彼女が振り向いて、顔を上げる。


「わざわざありがとう、銀さん」
「いーってことよ」
「帰り道気を付けてね」
「ああ。おやすみ」
「おやすみ」
「…あのさナマエ、これ」
「ん?」
「ありがとな」


チロルチョコを見せながらあらためて礼を言う。ナマエは不思議そうに首を傾げた後、どういたしまして、と笑った。きっと何もわかっていないであろうその笑顔が、嬉しいような切ないような。
玄関の鍵が閉まる音を聞き届けてからゆっくりと足を踏み出す。眠らないこの街にはいつもよりカップルが多い気がする。舌打ちが出そうになるのを抑えて、口を固く閉じた。


「今日がバレンタインだって、絶対気付いてねーだろアイツ」


もらった(買わせたとも言う)チロルチョコの包みを開こうとして、やめた。もったいねェ。小さなそれを月の光にかざして、ナマエのやわらかい笑顔を思い出す。
いつになったら気付いてくれるんだか。イベント事にも男心にもうとい、俺の大好きな女の子。


2.19
2月14日の夜のこと

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