銀ちゃんは意外とシャイなアンチクショウなので、愛の言葉を聞かせてくれたりとかベタベタくっついたりってことはほとんどなかったりする。
そんなとこも好きなんだけど、最近あまりに落ち着きすぎて。「熟年夫婦を軽く通り越してるね」って人に言われるくらいに。だから久しぶりに、そういうアツい気持ちを体験したくなった。昨日見た恋愛映画の影響もあるかもしれない。
さっきからビッグプリンを一口ずつゆっくり味わってる銀ちゃんをジーッと見つめてみる。チューしてほしいな。ハグでもいいよ。好きだよって優しく言ってくれるのでもいい。私のこの気持ち、伝わらないかな愛のテレパシーで。


「……」
「なんだよ。やんねーぞ」
「いらねーよ」
「じゃあ見んな」
「……」
「だーから何なんだよ、さっきからジロジロと!」


そう言ってビッグプリンを隠す銀ちゃんに深い深いため息をついて、私はゴロンとソファーに寝転がった。ダメだわ。テレパシー全然受信してくれない、この人。


「もういいです」
「は?何が」
「おやすみ、ニブ田ニブ時」
「オイそれ俺のことか、まさか俺のことか」


無視してソファーの上で丸まる。もう本当にこのままふて寝してやろうかな。デート中だっていうのに奴はさっきからビッグプリンの野郎に夢中だし。
目を閉じて、真っ暗な世界で意識を無にして眠気を呼び寄せてると、小さな足音が近づいてきた。私の前で止まる。少しの間の後、伸びてきた手。私の髪をつまんだり、鼻をつまんだり、ほっぺたつまんだり。とにかくあちこちつまんでくる。せっかく眠くなってきたとこだったのに何してくれてんだ、と心の中で憤る。


「なあ」
「……」
「マジで寝てんの?」
「……」
「新しく出来た甘味処行くんじゃなかったのかよ」


眠気が覚めた。目は閉じたまま、銀ちゃんの言葉をもう一度頭の中で繰り返す。そういえばそうだった、今日は一緒に新しい甘味処に行ってみる約束をしてたんだった。くたばれビッグプリンってことばっかり考えてすっかり忘れてた。先週から楽しみにしてたのに。
どうしよう。このまま狸寝入りを続けてたら、銀ちゃんが「じゃ、俺ひとりで行こっと」とか言い出す可能性がなくもない。私だって銀ちゃんと一緒に行きたい、江戸で話題の甘味処。でも素直に起きるのもなんか悔しい気がする。


「…あああー」
「ん?」
「どうしよう眠りの世界から戻ってこれない。ダメかなコレ、ダメだぞコレ」
「オイ。思いっきり起きてんじゃねーか」
「チュー」
「は?」
「チューしてくれたら目ェ覚めるかもしんないなー」


なんて言ってみる。返ってくるのは沈黙。おい何でだよ。チューしてくれないにしても何かしら反応してくれないと困っちゃうんですけど。いいよもう別に!ダメ元だし言ってみただけだし。あの銀ちゃんがこんな時間からそんなことしてくれるわけないって、


「ん、!?」


突然触れた温もりが、私の頭の中のぐるぐるを止めた。キスされたんだとわかったのは数秒後のこと。嘘でしょ。あの銀ちゃんが。まさか。固まったまま動けない私を、銀ちゃんの目が捕える。


「目ェ覚めたか」


変わらない表情。でもよーく見てみたらちょっとだけ耳が赤い。それに気付いて、なぜか私のほうがドキドキしてきてしまう。


「…銀ちゃんのチューのおかげで目覚めました」
「そりゃよかった」
「なんか私、眠り姫みたいじゃない?」
「図々しいこと言ってんじゃねーよ」


ぴょんと跳ねた私の髪を撫でて直してくれる。優しい手のひらと瞳に、なんだか胸がいっぱいになって、抱きつきたい衝動に駆られた。その衝動のままに、銀ちゃんの体に飛びついてギューッとしがみつく。


「いてて」
「銀ちゃん大好き」
「おー」
「ビッグプリンとの浮気も許す!」
「はいはい。早く行こーぜ」


抱きつく私を引きずるようにして玄関に向かう。外に出る直前に引っ剥がされたけど、外ではいつもどおり手も繋がないけど、心はあったかいまま。


「私のテレパシー伝わるようになってきたのかも」
「は?なにそれ」
「ううん別に。ねえ、私も今度チューで起こしてあげるね」
「結構ですゥ」


そっぽ向いて可愛くないことを言う。銀ちゃんのそれが照れ隠しだってすぐにわかっちゃうのも、きっと愛のテレパシー。


2.11

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