・・・his side


カップルや家族連れで溢れる人混みをかき分けて歩く。この人の多さ、そして浮わついた雰囲気。さすがクリスマス。洩れそうになるため息を飲み込んで角を曲がる。
曲がってすぐのところにある小さなケーキ屋。中に入ると温い空気が肌に触れる。サンタの格好をした店員の女の子が俺に気付いて小さく手を上げた。


「坂田さん!」
「どーも」
「こんにちは。メリークリスマス!」


向けられた笑顔に心が躍る。俺がよく行くケーキ屋の女の子。万事屋の仕事繋がりで知り合っただけ、友達と言えるような仲でもない、ましてや恋人なんてものでもない。だが俺がこんなにも足繁くケーキ屋に通うのは、間違いなくこの子のせいだ。
そんな彼女に、今日もショートケーキですか?と可愛らしく首を傾げられては、頷くしかない。サンタクロースが乗ったホールのショートケーキ。それを箱に入れる彼女を見ながら、口を開いた。


「忙しそうだな」
「そうですね、今日はどうしても」
「売上スゴいことになるんじゃね?」
「すっごい楽しみですよー」
「……なあ」
「はい?」
「今日、」


話を切り出そうとした瞬間、奥から声が飛んできた。「ちょっと悪いけどこっち手伝ってー!」と、店長の切羽詰まった声。レジも戦場だが奥もかなりの戦場なんだろう。はーい、と返事をした後、眉を下げた彼女の顔がこっちに向く。


「悪ィな、忙しいのに話し込んじまって」
「いえ、全然」
「そんじゃ俺ァ帰るわ」
「あ…坂田さん!」
「ん?」
「…あの。さっき何か言いかけませんでした?」


探るようにジッと見つめられる。一瞬、色々な考えが頭の中を駆け巡った。真っ直ぐ向けられた視線に、誤魔化すように笑って返す。


「いーや別に?じゃ、またな」


サンタの格好すげー可愛いとか、今夜何か予定はあるのかとか、言いたいことや聞きたいことは山ほどある。なのに、その十分の一も言えない。何なんだよ俺は、経験皆無のガキでもあるめーし。あの子を前にすると、調子が狂っちまう。情けねェことに。
はしゃいだ町をひとり歩く。さっきよりも風が冷たく感じるのは、きっと気のせいではない。



・・・her side


「お疲れさまでしたー!」
「お疲れさまでーす」


クリスマス終了まであと数時間。過去最高の売上を記録して、今日の仕事が終わった。「お土産よ」と店長が持たせてくれたケーキを見ながら、昼頃に来た坂田さんのことを思い出す。
坂田さんは、うちの店の近所で万事屋を営んでる人。店長が以前依頼をした関係で知り合って、それ以来よくケーキを買いに来てくれる。

「銀さんが来ると嬉しそうよねェ。好きなの?」

坂田さんを初めて意識したのは、店長にそう言われた時だったと思う。冗談めかした言葉だったけど、私には思い当たる節が多すぎて固まってしまった。
確かに私はいつも、坂田さんが来るのを待ってた。今日だって同じ。そうしたら会えた。そして坂田さんがケーキを買いに来てから、おかしなことに、頭の中がずっと彼でいっぱい。今なにしてるんだろうとか、あのケーキは誰と食べるんだろうとか、そんなことばっかり。
坂田さんだって子どもじゃないんだから彼女とクリスマス過ごしたりしてるんだよ、きっと。自分の中でそう勝手に結論を出して、悲しくなりながら店を出る。

そう、彼だって今ごろ誰かと一緒にいるはず。だから、ありえないはずなんだよ。
店を出たら坂田さんがいるなんて、そんなことは。


「よォ」
「…坂田さん?」
「遅くまでお疲れさん」
「どうしたんですか、こんなところで」
「いやー酒がなくなっちまって。買い出しにいこうかと」
「すごい、偶然ですね」


偶然でも嬉しい、また会えて。思わず笑顔を向けると、坂田さんも同じように一瞬表情を緩めて、また口元を結んだ。


「…ってのは、嘘」
「え?」
「酒ならこないだ買ったばっかだし、そもそも今夜は一滴も飲んでねーし」


思ってもみなかった展開で、言葉を上手に噛み砕けない。続きを早く聞きたくて小さく息を飲む。私を映した瞳を見つめる。


「全然偶然なんかじゃねーってこと」
「……」
「本当は待ってた」
「坂田さん、あの」
「よかったら、今から二人でケーキ食いませんか」


控えめで遠回しな言葉。でもそれは私が今夜、一番欲しかったもの。夢を見てるみたいに足元がフワフワ揺れる。
これも嘘、とか言ったりしませんよね?私ちょっとだけ期待してしまいそうなんですけどいいですか。今さら、待ったは無しです。


「…私も。万事屋さんに依頼したいと思ってたんです」
「依頼?」
「店長がチョコレートケーキくれたんですけど、一人じゃ食べきれないし」
「…おう」
「一緒に食べてもらえませんか」


坂田さんの口元がゆっくりと弧を描く。「俺でよけりゃ喜んで」そう言って、笑った。
足を一歩踏み出す。彼との距離が少し縮まる。今日私達は、どれだけ近づけるだろう?クリスマスの夜が、そっと背中を押している。


12.25

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