今日もひとり学校を出る。沖田は気付いたらすでにいなかったから部活に行ったんだろう。たまには一緒に帰ったりしてみたいなーとか思わないこともない。一応、付き合ってるんだし。でも部活なんだから仕方ない。
今度こっそり練習見にいってみようかな。部活をしてる沖田の姿を頭に浮かべながら最初の角を曲がると、突然背後から首根っこを掴まれた。


「あいたッ!?」
「待ちやがれ」


この声、そしてこの乱暴な扱い。まさかと思って振り向くとそこには、沖田が立っていた。


「え。あれ。え?」
「なんでィそのアホ面」
「なんでここにいるの」
「待ちぶせ」
「誰を?」
「お前以外に誰がいるんでィ」
「部活は?」
「休み」


スタスタと歩き出す沖田の背中を慌てて追いかける。隣に並んだ私を横目で見た彼は、うっすらと満足げに微笑んだ。


「ジャンケン」
「え?」
「するぞ」
「いいけど」
「負けたほうが勝ったほうのカバン持つ。次の電柱まで」
「なるほどね。よしきた」
「いくぜィ。最初はグー」
「じゃん!けん!」


ポン!と同時に手を出して、予想通りというかなんというかまあ私が負けてカバンを持ちまして、電柱の横を通るたびにジャンケンをするけど、私はまったく勝てないわけで。なんか呪いでもかけられてるんだろうか、コレ。
途中、沖田の家に続く道に差しかかったけど、彼はそっちに目をやることもなく通りすぎた。私の家まで送ってくれるつもりなんだろうか。たぶんそうなんだろうな。嬉しくて、重いカバンも軽くなる。

沖田と彼氏彼女という関係になっても、どこか不安が拭えずにいた。付き合ったからってメールや電話の回数が増えるわけでもなく、デートをするわけでもなく、沖田の態度だって今までと何も変わらない。でもそんな不安も、こんな些細なことで簡単に消えてしまう。単純だから。


「ちょっと寄り道しよーぜ」


そう言って沖田が指差したのは、小さな公園。拒否する理由なんてあるわけがない。ペンキが剥げつつあるブランコに並んで座って、キイキイと音を鳴らしながら漕いだ。沖田のブランコがあまりにも勢いよく揺れるもんだから、一回転してしまうんじゃないかと横で見ててハラハラしたり。


「お前、今週の土曜ひま?」
「うん、暇」
「ふーん。暇人」
「なによ、いいでしょ別に」
「暇なら遊んでやろーか」
「え。ほんとに!?」
「部活休みなんでさァ」
「それってつまりデー」


ト。と言いかけて口を閉じる。なんかあらためて言うのが恥ずかしくて。なのに横で沖田がサラッと「そう、デート」とか言うもんだから、ちょっとだけ顔が熱くなる。


「…あのさー」
「ん?」
「変なこと言っていい?」
「やだ」
「まあ言うけど」
「んじゃ聞くな」
「なんかさ。沖田って意外と私のこと好きなのかなーって」
「……」
「思って、嬉しかった」
「…自惚れんなばーか」
「ばか!?」
「ウソ。もっと自惚れろ」


高く上がったブランコから、軽々と沖田が飛びおりる。そんな行動すらサマになってるってどういうことだ、とか考えながら見ていると、沖田はゆっくりとこっちの方へと歩いてきた。漕ぐことをやめた私のブランコは、錆びた音を立てながら、少しずつ動きを止める。


「なあ」
「はい」
「手」
「手?」
「触りたい」


身体中に、電流が流れた気がした。心臓が自分でもわかるくらい速く脈を打ってる。

好きだと言われたあの日から私はずっといっぱいいっぱいで、もっと言えばそれよりずっと前からそんな状態で、もう容量をとっくに超えてしまってる。その上、今まさか沖田からそんなこと言われるとは思わなくて、なんかもう頭の中がショートしちゃってるような。
触られるのは嬉しいけど、むしろ私だって触りたいけど、大丈夫かな。こんな状態の私が触れたら沖田が丸焦げになっちゃうんじゃないだろうか。そんなアホなことを本気で考えてしまうくらい。


「ほんとアホだな」
「どうせアホですよ…ってなんで考えてることわかるの」
「だだ漏れでさァ、単純だから」


ジャリ、と沖田の靴が砂を鳴らす。ブランコに座ったまま見上げたその顔はいつもと違っていて、私の体の芯がまたビリビリと痺れる。


「自分だけがいっぱいいっぱいだと思ってんなら大間違いでィ」


沖田の両手がブランコの鎖を掴んで、距離が一気に近づいた。軽く触れた額と額。目の前がスパークする。


「丸焦げになるのは、お前のほうかもしんねェってこと」


そんなの、本望です。


2011.11.26

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