しとしと秋雨が降る帰り道。太陽が見えないせいか、まとわりつく空気はいつもよりも冷たい。
「あーあ、靴下びしょびしょ…」
常々思ってたけど、傘ってあんまり意味ない。上半身は守れるけど下半身は無防備だ。雨を受けてどんどん湿っていく私の足元。登校中にこれだったら一日中とてもブルーな気分だったことだろう。不幸中の幸い、今は下校中だ。家に着いたらソッコーで靴下脱がねば。
やれやれとため息をつきながら歩いてると、後ろから近づいてきたエンジン音。嫌な予感を感じながらチラッと振り返ると、原チャリが勢いよく近づいてきて、
「わっ!」
そして真横を通り抜けた。思いっきり水溜まりの上を通ったせいで、私は全身に水を浴びる。少し向こうで停まった原チャリを恨みを込めて睨みつけた。
「すんませんー…って、アレ」
「坂田」
ヘルメットを抱えて歩いてきたのは、同じクラスの坂田だった。
「おまえずぶ濡れじゃねーか」
「アンタのせいでしょ!」
「あ、そーか。ごめんごめん」
頭をがしがしと掻きながら謝るクラスメート。いつもと変わらず力の入ってない目をしていて、本当に悪いと思ってるのかちょっと疑わしい。
「お、ラッキー」
「え?」
「ピンク」
「ん?」
一瞬何のことかわからずポカンとしたけど、すぐに理解した。水を被ってびしょ濡れになった私のシャツ。そういうことね。
「アンタね!反省してないでしょ!」
「してるっつーの!悪かったって!だから、お詫びといっちゃーなんだけどよ」
「なに」
「これ」
そう言って坂田が取り出したのは小さな長方形の紙。が、2枚。近づいてそれをよく見た私は、思わず息を飲んだ。
「それは…!」
「そう、ヤバイくらい美味いって噂のケーキバイキングの割引券」
「えー!なんでそんなの持ってんの坂田」
「甘党だから」
それって関係ある?頭の中では冷静にそう思いながらも、目は割引券に釘付けになる。坂田はひらひらとその券を揺らして、探るように私を見た。
「これ一緒に行かねェ?」
「え」
「ちょうど2枚あるし」
「…いいんですか」
「うん」
「やーったあー!ありがとう坂田!」
「水かけたの許してくれる?」
「もちろんですとも」
冷たく張りつくシャツはもう気にもならない。私の脳内はケーキバイキング一色。
「次の月曜でどーよ」
「っていうと…十日ね。いいよ!バッチリ!」
「じゃあ駅前集合な」
「うん」
時間どうする、じゃあこの時間で、と詳しいことを決めながら、私の意識はもう月曜日へ飛んでいる。口元がにやにやするのを感じながら顔を上げると、同じようににやにやした坂田と目が合った。
「いい誕生日になりそ」
「ん?」
「なんでもねーよ」
原チャリのほうへ歩き出した坂田が、最後に一度振り返った。
「俺、すっげー楽しみ」
初めて見たその少し幼い笑顔に、胸が高鳴ってしまったのは私だけの秘密。
20XX.10.10