なーんかいい気分。別に何も面白くないのに小さく口元を弛ませて、足元が少しフワフワするのを感じつつ店の外に出た。

新入り歓迎会という名の職場の飲み会に、主役の一人である私も参加していた。バッチリ二次会まで。みんないい人だし、お酒はおいしいし、とても楽しい気分で無事歓迎会は幕を下ろした。
今日ここに来ていることは、銀ちゃんには内緒だ。だってこういうことになるとウルサイんだもん。保護者かってくらいに。


「おっとと」


足元がぐらついて、思わずよろける。すかさず後ろから誰かが支えてくれた。
振り向くと、それは私と同じく新入りの男の人だった。今日最後の方に少し喋った、えーと。


「ありがとう南さん」
「東です。大丈夫ですか、ふらついてますけど」
「大丈夫です、そこまで飲んでないし」


ありがとう、と笑いかけると微笑み返された。わお、爽やか。どっかの誰かとは違うなぁ、やっぱり。


「ミョウジさんって家どのへんですか?」
「私?」
「送っていきます」
「一人で大丈夫ですよ、家近いし」
「いいんですよ。僕が送りたいんですから送らせてください」
「いやでも」
「いいからいいから」


どうしよう。せっかくこう言ってくれてるんだし、あんまり頑なに断るのもアレだし。厚意は素直に受けとればいいのかな。いいよね、うん。
じゃあお言葉に甘えて、と歩きだそうとしたその時、背後からエンジン音が聞こえてきて私たちのすぐそばで止まった。不審に思って振り向いた私は、心臓が止まりそうになった。
見慣れた原チャリ、いるはずのない人物。どうしてここに、銀ちゃんが。


「よォ」
「ぎ、銀ちゃん」
「お知り合いですか?」
「え、ええっと、まあ…」


しどろもどろな私に首を傾げる隣の同僚。原チャリから降り、ヘルメットを脱いで銀ちゃんが歩み寄ってくる。恐ろしくて顔が見られない。
突然肩を引き寄せられたと思ったら、すぐ隣に銀ちゃんの香りがした。


「すんませんね、こいつが迷惑かけて」
「あ、いえ全然…」
「うちの彼女なんで。俺が連れて帰ります」


私が口を挟む間もなく、原チャリの後ろに乗せられヘルメットを被せられる。銀ちゃんも自分のヘルメットを被り、エンジンをかけた。
取り残された彼に顔を向けると、困ったような顔で、それでもやっぱり爽やかに微笑んでいた。


「ごめんなさい、ありがとう!また月曜にー!」


言い終わらないうちに原チャリが走り始める。彼の口が動いていたように見えたけど、エンジン音にかき消されて聞き取ることができなかった。
何か悪いことしちゃったな。せっかく送ってくれるって言ってたのに。


「オイ」


前方から聞こえてきた声にビクリと体が揺れる。そうだった、銀ちゃんにまだなんにも説明してないんだった。


「誰あいつ」
「職場の同期の…えーと…東さん」
「んなこたァどーでもいいんだよ」
「自分で聞いてきたくせに」
「何か言ったか?」
「言ってませんー」


人通りのない夜の道を、原チャリがひどくゆっくり走っていく。頬を撫でる風は生ぬるい。どこか遠くから犬の遠吠えが聞こえた。


「何であんなとこにいたの、銀ちゃん」
「別に。買いだめしてたチョコがなくなっちまってよォ、買いに行く途中たまたま通りかかっただけ」
「…ふーん」
「ほんとだからな、新八から飲み会のこと聞きだして心配になって迎えに行ったとかいうわけじゃないからな」
「はいはい」


チョコなら戸棚の奥にまだいっぱいあったの、今朝見たけどね。
それにしてもあれだけ口止めしたのに、新八くんの奴。今度眼鏡を黒マジックで塗りつぶしてサングラスにしてやるしかないな。


「でもまー行ってよかったわ。何かお前見知らぬ男についていこうとしてるしよォ」
「だって家まで送るって言ってくれたから」
「そういうのを簡単に信じるとこがあぶねーんだよ、お前は」


原チャを停めて振り向いた銀ちゃんの顔が、街灯に照らし出される。ニヤリとした、いつもの笑いだった。爽やかさなんてひとかけらもない。


「やっぱナマエには俺がついてねーとダメだな」


…まったくもってその通りかもしれません、悔しいことに。
私が原チャから落ちないように大袈裟なくらいゆっくり走ってくれるところとか、意外にヤキモチ焼きなところとか、重ねてくれる優しい手とか。
いちいち私をドキドキさせる。幸せにする。手放せない。きっとそういうの、全部わかってるんでしょ。


「銀ちゃん」
「んー?」
「飲み会のこと黙っててごめんね」
「おー」
「ところで銀ちゃん、私の家こっちじゃないんだけど」
「そーだな」
「そーだなって」
「お前は隠し事をした罰として、万事屋に連れて帰る刑に処す」
「ええー」
「うれしーくせに」


憎たらしい笑顔。銀ちゃんには、何もかもお見通しだね。


9.10

- ナノ -