「せんせー、誕生日おめでとう!」
「せんせーこれあげる、プレゼント」
「ねえせんせー何歳になったの?」


「ん?ひみつー」とか何とか言いながら、銀髪眼鏡の現国教師はもらったケーキを見て口元を緩める。向かいの席からそんな会話を聞きながら、私は誰にも気付かれないようにため息をついた。
女生徒と楽しげに会話をするその男。坂田先生。私の同僚である。彼はいい加減でだらしない割に、いやそれゆえにかもしれないけど、生徒に人気がある。彼に憧れている女生徒も多いらしいのだ。
今日はそんな彼の誕生日ということで、いつもは職員室に近寄ろうとしない生徒達が、朝から続々と彼のもとを訪れていた。

下校時刻が過ぎると、生徒達も職員室に姿を見せなくなる。時計の針が進むにつれて他の先生方も1人、また1人と学校を去り、いつの間にか職員室にいるのは私と坂田先生だけになっていた。


「なあ」
「…はい?」
「見てコレ。甘いもんこんなにもらっちった」
「ふーん良かったね」
「あれ、なに怒ってんの?」


向かいの席にいたはずの彼は気付いたら私の隣までやって来てて、体を屈めて覗き込んでくる。顔が近いのが恥ずかしくて、さりげなく視線を外した。


「怒ってないよ」
「怒ってんだろ」
「若い女の子からいっぱいプレゼントもらえて良かったねーって思っただけ」
「…ふーん?」
「なによ」
「ヤキモチ焼いてんだ〜お前」
「はい!?」
「カーワイイなァ」


思いがけない言葉に、動きも思考も停止した。そんな私を見て、彼は楽しそうに目を細めて私に手を伸ばす。


「ちょ、ちょちょちょくっつかないでよ」
「俺が一番祝ってほしいのはお前なんだって、わかってんだろ?」
「ちょっと、坂田先生…」
「なんだよその他人行儀な呼び方。いつもはもっと…」
「ここ学校ですから!」
「…つーか、ヤキモチ焼いてんのは俺の方だし」


そう言って、拗ねたような表情を見せる彼に、私は目を丸くした。


「お前よく男子生徒に囲まれてんだろ。俺がいっつもどんだけハラハラしてることか」
「そ…そうなの?」
「あーあーやっぱり気付いてねェよコイツは」


ぶつぶつ言ってる彼の側で、私の中は恥ずかしい気持ちがぐるぐる渦巻いていた。
だっていつも飄々としてて、余裕な顔をして、そんな人なのに。私だけがいつもヤキモチ焼いてるんだって思ってたのに。いきなりそんなこと言われたって、どうしたらいいのかわからない。


「なあ」
「え!」
「もう仕事終わった?」
「いや、あとちょっと…」
「急ぎのやつ?」
「そういうわけじゃないけど」
「んじゃ今日はもういーじゃん。このへんで切り上げようぜ」
「でも」
「今夜くらいさァ」


赤ペンを握る私の手に、彼の大きな手が優しく重なって。


「お前を独り占めしたいんだけど」


だって俺、誕生日だし。低くて甘い声が響く。耳元で囁くのは、ずるい。

車の助手席に連れ込まれて、彼の部屋へと連行される。本気で拒否すれば、彼は文句は言えども無理強いはしない。
断ることはできた。でもそれをしなかったのは、本当は私だって今夜くらい、彼を独り占めしたかったから。そういうことなのだ。


20XX.10.10

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