「…まさかこのプリンを食べられる日が来るとは思ってなかったわ」
「そうでしょう」
「お前は神か。神だなそうなんだな」
「もっと褒めて」
「さすが俺の惚れた女だよ、愛してるぜ」
「プリンより?」
「ったりめーだろバカヤロー」


がしがしと私の頭を撫でながらも、銀ちゃんの目はプリンに釘付け。まあこのプリンを目の前にしたらそれも仕方ないか、と大目にみることにする。

かぶき堂という老舗甘味処の名物、その名も『天使のプリン』。この世のものとは思えない滑らかさと美味しさを持つというこのプリンは、1日数個限定販売で、なかなか手に入れられない伝説のプリンとしてかぶき町の人々を騒がせている。
憧れ続けて早数ヵ月。その伝説のプリンを今日ようやく手にすることができた私は、銀ちゃんと一緒に食べるために万事屋にやって来たわけなのだ。


「1個しかないからさ、半分こね」
「おう」
「銀ちゃん先に食べていいよ」
「マジでか。んじゃお言葉に甘えて…」


そーっとスプーンを差し込んで、それを口に運ぶ。次の瞬間、見たこともないような表情になった。
すっげーうめェ、と言ってるようだけど、口がぱくぱくと動くだけで声になっていない。その様子からも、プリンが噂と違わぬ美味しさであることがわかる。とりあえず、銀ちゃんが嬉しそうだからよかった。


「おいしー?」
「うめェとかいうレベルじゃねーよ、マジでヤバイこれ、どれくらいヤバイかっていうとマジでヤバイ」
「むふふ」
「朝早くから並ばないと買えねーんだろ?」
「まあね。でもどうしても銀ちゃんと食べたかったから」


そんな会話をしながら何となく机の上に目をやる。そこにあるプリンの容器を見て、私は目を見開いて体の動きを止めた。それに気づいた銀ちゃんが、不思議そうに顔を覗きこんでくる。


「どーした?」
「銀ちゃん…」
「なんだよ」
「…プリン」
「は?」
「半分こって言ったのに」


震える手でプリンの容器を指差すと、銀ちゃんの視線もそこに向かう。もうあと一口分しか残っていないプリンを見て一瞬固まった彼、その手からスプーンが滑り落ちた。プリンと私を交互に見ながら、銀ちゃんの顔がどんどん青ざめていく。


「…いや、あの…落ち着いて聞けよ?」
「…ええ」
「俺ァな、ちゃんと半分残すつもりだったんだよ。けどあまりの美味さに気づいたらこんなことに…」
「へえー」
「…ゴメンナサイ」
「はあ」
「…お詫びに、チューすっから。とびっきりのやつ」
「わあ、嬉しーい…なんて誰が言うかボケェェェ!!」
「ブベラッ!」


近づいてきた銀ちゃんを思いきりぶっ飛ばす。そして私は、バカヤローと言い捨てて万事屋から走り去ったのだった。





「……はあ」


そんな昨日の出来事を思い出しながら、深く息を吐いた。あのあと銀ちゃんからの連絡は、ない。
一晩寝て考えてみたら、なんかやりすぎた気もしてきた。大人げなかったかなって。だけどあのプリン、ものすごい苦労して買ったのに、1人で食べちゃうなんて…いやでもぶっ飛ばしたのはちょっとダメだったかな…いやいやでも…。

床の上を転がりながら考え込んでたら、突然部屋に響くチャイム。のろのろと歩いていって玄関の戸を開けると、そこに立っていたのは、銀ちゃんだった。


「あ」
「…よォ」
「…オッス」
「……」
「……」
「…昨日は、悪かったよ」
「え、あ…私こそ、話も聞かずに怒っちゃって、ごめん」
「…これ」


目の前に差し出されたのはクリーム色の箱。天使のプリンが入った、かぶき堂の。


「これで許してくんねェ?」


ぶっきらぼうに言う。そんな銀ちゃんがプリンを買うために並んでる姿を想像したら、何だか口元が緩んでしまった。


「…なーに笑ってんだよ」
「別にィ」
「あっそ」
「銀ちゃん、あのね」
「あ?」
「とびっきりのチューもつけてくれたら、許す」


きっと子どものように笑っているだろう私の目を見つめて、銀ちゃんの唇が弧を描く。戸が閉められたのと、彼が私をやんわりと抱きしめたのはほぼ同時で、「喜んで」と、低い声が耳元で小さく響いた。

プリンは今日こそ、半分こして食べようね。


3.28

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