明日は休みだからな、思う存分寝よ。昼まで寝よ。
そんなことを考えながら、昨日の夜はしっかり夜更かしをして布団に入った。しかし俺のそんな思いは、愛しの彼女によって粉々に砕かれてしまったのだった。




「銀ちゃん、起きて」


体を揺すられるのを感じて、ゆっくりと目を開く。ナマエがすぐそばに腰を下ろして俺を見ていた。布団に潜ったまま枕元の時計に目をやると、針は7時を指していた。


「ちょ、お前勘弁しろよ…まだ7時じゃねェか」
「もう7時でしょ。はい起きて起きて」


布団がはぎ取られ、無理矢理居間に連れていかれる。珍しく神楽ももう起きていた。俺と同じでナマエに起こされたのか?そもそもナマエがこんな朝早くここにいるって珍しくね?
上手く働かない頭で考えながら、用意された朝食に手をつける。食べ終わり、歯を磨き、いつもの服に着替えると、玄関に連れていかれて靴を履かされた。そしてにこやかに手を振る、ナマエと神楽。


「…え?」
「行ってらっしゃい銀ちゃん」
「ゆっくりしてくるアル」
「え、いやいや、え?何で?」
「今日はね、万事屋大掃除の日なの。終わるまで銀ちゃんはどこかでゆっくりしてて」
「いやいや別に俺も手伝うけど」
「銀ちゃんがいたら昔のジャンプ読むばっかりして掃除にならないネ」
「それお前もだろ」
「まあまあせっかくのお休みなんだし、ね!行ってらっしゃーい!」


追い出された。半ば強制的に。何か釈然としないままとりあえず階段を下りると、新八とばったり出くわした。


「あ、銀さん。おはようございます」
「おー。なに、お前も大掃除しにきたわけ?」
「え、ああまあ、そうです」
「…なに、その袋」
「えっ」


新八の手にぶら下がっているでかい紙袋を指さすと、新八は慌てた様子でそれを後ろに隠した。


「これはあの、アレですよ。掃除道具です」
「掃除道具だァ?」
「ていうか僕急ぐんで、じゃっ!」


すごい速さで新八が階段を駆け上がり、万事屋の中へ消える。一人ぽつんと取り残された。何なんだあいつら。
この状況、いつもなら喜んで街へ繰り出すところだが、ああも優しげにゆっくりしておいでとか言われると、どうもそんな気分でもなくなっちまう。いやいや俺も掃除するって、窓とか超拭くし。みたいな。
今から戻ったとこでどうせまた追い出されるんだろうな。んじゃまァ仕方ねェから出かけるか、そう考え原チャリに目をやる。そこで原チャリの鍵を忘れたことに気づき、仕方なく歩いて街へと繰り出した。

パチンコって気分でもねーしそもそも金ねーし。ぶらぶら歩いて、結局たどり着いたのは近所の公園だった。
今頃あいつら掃除してんのかな。三人楽しく。何この仲間外れ感。俺だって久しぶりにナマエとデートとかしたかったのによォ、何でこんなとこにいるんだ俺。いや隣にあいつがいるなら、別に公園だろうが何だろうが場所はどうでもいいわけだが。


「悪かったな、隣にいるのが俺で」
「……」
「オイ無視かよ銀さん」


隣に座った長谷川さんが何か言ってるが、返事をするのが面倒なので聞こえないふりを貫く。


「はあ…」
「でかいため息つくなよ」
「何が悲しくてオッサンと二人で公園…」
「確かにな」
「いや別にいいよ、いいけどさァ…」
「全然よくなさそうじゃねーか。…おっ」


長谷川さんの手が俺の肩を叩き、公園の入り口を指さす。俯けていた顔をそっちに向けると、微笑んだナマエが立っていた。


「銀ちゃん」


俺の名前を呼んで、近づいてくる。そんな彼女から目を逸らした。追い出してほったらかしにしてたくせに今更なんだよ、といい年して拗ねた態度をとる自分にちょっと恥ずかしくなる。


「銀ちゃんごめんね。寂しかったでしょ」
「えっ何が?別に一人の時間超エンジョイしてたけどね俺」
「嘘だよ嘘。ずっと落ち込んでたんだから銀さん」
「オイイイイ長谷川さんんん」
「ごめんごめん。迎えにきたから一緒に帰ろ」


そんな可愛く笑ったって許してやんねェ。とか思いつつ、差し出された小さな手を握ってしまう俺は、バカなのかもしれない。


「じゃあ長谷川さん、また後で」
「おお、後でなナマエちゃん」


公園を出る際のナマエと長谷川さんのやりとりに、俺の頭に疑問符が浮かぶ。


「また後でってどういうことだよ」
「いやまあ、すぐにわかるから」
「はァ?」


にやにや笑うナマエを問いつめている間に、万事屋にたどり着く。いつものように階段を上がり、いつものように戸を開けて、いつものように靴を脱ぐ。だがその後に入った居間は、いつもの居間ではなかった。
天井や壁に飾られた、紙の花や折り紙のわっか。机に並んだたくさんの料理。正面の壁には『誕生日おめでとう』と大きく書かれた紙が貼られている。


「…なんだ、こ」


れ。と言い切ると同時に、パァンと破裂音が響いた。ひらひら舞い落ちる紙テープ。


「お誕生日おめでとうございます、銀さん!」
「銀ちゃんおめでとうアル!」


部屋の中からクラッカーを持った新八と神楽が顔を出す。後ろを振り向くと、満足げに笑うナマエと目が合った。


「びっくりした?」
「…これ」
「銀ちゃん今日誕生日でしょ。朝からこの準備してたの」


だから銀ちゃんには外に出ててもらったんだ、とまた笑う。


「私おなかぺこぺこアル」
「冷める前に食べましょうか。さっ銀さん座ってください」
「銀ちゃんはそこね、お誕生日席」


三人に手を引かれ、飾り付けられた椅子に腰を下ろす。美味そうな匂いが鼻に届いた。


「これ、ケーキのこのへん私が飾りつけたアル!」
「ケーキは私と神楽ちゃんで作ったんだよね。部屋の飾りは新八くんが頑張ってくれてね」
「料理もみんなで協力して作ったんですよ」


自分でさえ、今の今まで誕生日なんてすっかり忘れてたってのに。それを、こいつら。


「…あれ。銀さん泣いてるんですか?」
「涙目になってるネ」
「ちちちちげーよバカヤロー、これはあのアレだ、欠伸だ」
「お妙さんや桂さんや長谷川さんも後から来るからそれまでは泣いてていいよ、銀ちゃん」
「だから違うっつーの」


落ち着け俺の涙腺。頭を軽く振って息を吐いた。
仕事はねェし金もねェし、面倒くせェことばっかりだけど、こいつらがいる。こいつらと、ここで生きていられる。それだけでいい。いいんだ。


「まだ泣いてる?」


興味津々で顔を覗きこんでくる。そいつらを、三人まとめて思いっきり抱きしめてやった。


20XX.10.10

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