築数十年のおんぼろアパート。そこで暮らす私の隣の部屋に、最近変な男が越してきた。やたら髪が長くて、やたら綺麗な顔で、やたら怪しいペンギンオバケみたいな生き物を連れている。
なるべく関わりたくない。越してきたその男を見た瞬間、私はそう思った。だって怪しすぎるもの。もう怪しいとかいうレベルじゃないもの。
しかしその男はちょっと、いやかなり、鬱陶しいくらいに私に絡んでくる。作りすぎたからと言って蕎麦(手打ち)を持ってきたり、醤油を貸してくれと訪ねてきたり、洗濯物が干しっぱなしだぞ早く入れろと言ってきたり。

そして今夜も、また。


「こんばんは〜」
「……」
「どうした、元気がないな」
「いえ別に…」
「ケーキがあるのだが、一緒に食わんか」
「今お腹いっぱいなんでロン毛さんお一人でどうぞ」
「ロン毛さんじゃない桂だ」


桂さんっていうんだ、この人。初めて知った。桂さんかあ桂さん………桂?
その言葉の響きに何か嫌な予感がして、まだ喋ってる桂さんを無視してドアを閉め、急いで居間に戻った。
この間、アイマスクをつけた真選組の人に押しつけられたチラシを引っ張りだす。『この顔にピン!ときたら110番』その言葉と共に印刷されたロン毛の男の写真。名前は。


「…桂小太郎」


ピンときた、どころじゃないんですけど。


「呼んだか」
「ギャアアアア!!」


いつの間に入ってきたのか。私の背後で桂さんが、正座をしてケーキをムシャムシャと食べていた。鍵閉めたはずなのに。何でだ。怖ッ!この人怖い!


「か、かかかか桂さん」
「なんだ」
「…あなた、お尋ね者…だったんですね」
「まあな」
「いや何でちょっと照れてるんですか」
「まあとりあえずケーキでも食べて落ち着け」


そう言ってチーズケーキを差し出される。それが何だかとても美味しそうだったので、言われるがままそれに恐る恐る手をつけた。
…桂さんが指名手配犯、なんて。とてもそんな風には見えないな。確かに変な人ではあるけど。


「……」
「……」
「美味いか」
「…美味いです」
「そうか」
「ていうか何で桂さんは私の部屋でケーキをそんなムシャムシャと食べてるんですか」
「今日は俺の誕生日だからだ」
「あ、そうなんですか…。おめでとうございます」


いや、それでも私の部屋に上がり込んでケーキを食べている理由にはならないと思う。その言葉は心の中に留めておいた。私は悟ったのだ、言うだけ無駄だと。


「さて、今日の最大の目的は実はケーキを食べることではない」
「まだ何かあるんですか」
「当たり前だろう。誕生日といえばプレゼントではないか」
「ええー…」
「何だその顔は」
「もしかして私があげなきゃいけないんですか、プレゼント」
「安心しろ、もうブツは決めてある。手間も金もかからないものだ」


話が噛み合わない。小さく笑う桂さんを、不安に満ちた目で見つめる。フォークを持ったままの右手を、突然そっと掴まれて、私は桂さんを見つめたまま硬直した。


「お前のハートを頂こうと思う」


……お巡りさんんんん!!


6.26

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