まわりの人達の、楽しそうな表情。私もきっと同じ顔をしている。
だって、楽しくないわけがない。夏祭り。白地に大きな花が咲く浴衣。たこ焼き、かき氷、金魚すくい。隣には榛名、しかも浴衣姿の。


「……」
「……」
「…ぶふふっ」
「にやにやすんな」
「いったぁ!」


頭を叩かれた。なんて奴だ。浴衣を着ても性格は普段とまったく変わらないらしい、当たり前だけど。それでも、口元がにやけるのは止まらない。


「ぶふふ」
「ウゼェ」
「だってさー」
「あ?」
「まさか榛名の浴衣姿が見られるなんて」
「着たくて着たんじゃねーし」


榛名の話によると、親戚が男物の浴衣をくれて、祭りに行くなら着ていけとお姉さんに無理矢理着せられたらしい。そんで、写真をたくさん撮られたらしい。
ありがとう、榛名のお姉さん。ていうか私もその写真がものすごく欲しいです。


「まあまあ、いいでしょ。せっかくのお祭りだもん」
「ふん」


水ヨーヨーでびよんびよんと遊ぶ榛名がかわいくて、また笑いそうになる。いやいや我慢我慢。怒られちゃう。


「ね!チョコバナナ食べよ!」
「まだ食うのかよお前」


彼が呆れた表情を浮かべたその時、後ろから「あれ、榛名じゃん」という声がした。2人揃って声の方向へ目を向ける。背の高い男の子がこちらへ歩み寄ってきた。


「おー」
「なんだよお前、浴衣とか着ちゃって」
「うっせーな」


…あ。この人見たことある。たしか榛名と同じクラスの人だ。何だか恥ずかしいというか、ひとり勝手に気まずくて、私は少し榛名から離れて巾着を揺らした。


「榛名ァ」
「なんだよ」
「その子、彼女?」


榛名のクラスメートがにやにやしながら放った言葉に、少し顔が熱くなった。榛名が何て言うのかハラハラしながら、浴衣の裾を握りしめる。
そんな私をよそに、榛名はあっさりと「そーだよ」と言ってのけた。


「彼女と夏祭りかよー、羨ましい奴」
「うるせーよ。早くどっかいけ」
「ハイハイ、お邪魔してスイマセンでしたね」
「ほんとにな」


じゃあ、と私に軽く頭を下げる榛名のクラスメート。反射的に私も会釈すると、彼は人の波へと消えていった。
榛名のことだから、そんなんじゃねえよバーカ!とか何とか言うかと思ったのに。意外な反応に、ぼうっとその場に立ち尽くす。


「…チョコバナナだっけ?」


ポツリと響いた低い声に、ハッと我に返る。行くぞ、と歩き出した榛名の隣に並んだ。


「…へへ」
「なんだよ」
「私って榛名の彼女なんだなーと思って」
「は?なに言ってんだ今さら」


そう言って不思議そうな顔をする。本当に心底不思議そうな顔をするもんだから、ああ、やっぱり好きだなあ、なんて思ったりして。
榛名。名前を呼ぼうと顔を上げると、突然目の前が暗くなった。…お面を被せられた。


「……」
「お、型抜き発見!勝負しようぜ、じゃがバター賭けて」
「…賭けるんならチョコバナナがいい」


何すんのよ、と言いたかったはずなのに、それは声にならないまま空気に溶けた。
小さくため息をつきながらお面を外す。さっきよりも明るくなった視界には、いつになく優しく笑う榛名がいた。


9.5

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