今日は朝から不思議な日だった。

朝練が終わってみんなで下駄箱へ。そしたらオレの下駄箱が派手に飾りつけられてた。ホラあの、お楽しみ会とかで作るやつ。折り紙でできたわっかとか、薄い紙でできたバラみたいな花とか。


「うお、おまえの下駄箱なにそれ」
「す、すごい な!」
「なにそれって、オレのが聞きてーし!」
「あー、そういや田島って今日が誕生日なんだろー?」


泉と三橋の後ろから水谷が顔を出す。今日?10月16日。あ、そういえば。
これは、誕生日だからなのか?下駄箱の飾りに目を奪われてるオレのまわりに、花井や西広やみんなが集まってきた。


「あ、らしいな。おめでと」
「おめでとう」
「サンキュ!えー、つーか何でみんな知ってんの!自分でも忘れてたのに、オレ」
「それは…」
「まあ…」
「なあ?」


意味深な表情で顔を見合わせる野球部のやつら。なんなんだ?問いただそうと思ったところでちょうど予鈴が鳴ったから、疑問を解決できないままオレたちはそれぞれの教室へ走った。

不思議なことはそれだけじゃ終わらない。
教室へ行ったら行ったで、机の上にはオレの好きなチョコが山積みになってるし、イスにも紙の花ついてるし、あとは昼休みの購買。
オレが行ったときにはいつも既に売り切れてる一番人気のパンがあるんだけど、それを買うために今日も購買へ走ってったら、顔馴染みの購買のおばちゃんに声をかけられた。そして差し出されたのは、ずっと欲しかった例のパン。


「ある子がね、田島くんが来たらあげてください、って。一番乗りで買いにきたのよー」


そう言っておばちゃんはニンマリと笑う。


「え…誰それ?」
「それはねえ、秘密にしてって頼まれたからおばちゃんからは言えないわ〜」


ホラホラ早く帰んないと昼休み終わっちゃうよ!とおばちゃんに追い払われ、頭の中をハテナマークで埋め尽くしたまま教室に帰ったのだ。それが、昼休み。

そして放課後。今日はミーティングだけの日だったからいつもより早く終わって、チャリ置きへと向かった。
そういえば、今日は一回もあいつに会ってねーなあ。オレせっかく誕生日なのに、本当はあいつに一番会いたかったのに、忘れてんのかな。ぼんやりそう考えたときだった。

目に飛び込んできた。折り紙のわっかと紙の花で、飾りつけられたオレの自転車。


「あれ、チャリまで!いつのまに!?」


首を傾げながら自転車に近づくとカゴの中に紙が入ってることに気付いた。そこには、『屋上に来てください』という一文。
その字を見た瞬間頭に浮かんだのはただひとりの女の子で、朝からの不思議な出来事が全部ひとつに繋がって。オレは全力で、屋上に走る。

息を切らしながら屋上まで辿り着くと、外へと続く金属でできた扉に、『給水塔に上ってください』という紙が張ってあった。それを剥がして、重い扉を開く。
目の前に広がる空は赤くて、通り抜ける風は少し冷たい。書いてあった通り給水塔に上ってみる。が、別に誰もいないし何もない。なんだよあいつ、と思いながら何となく下に目を向けて、オレは口を薄く開けたまま動けなくなってしまった。

見下ろしたそこには、『たじま16さいおめでとう』という文字。色とりどりの紙の花を並べて、大きく大きく、作られていた。


「田島」


鮮やかなそれを見つめて立ち尽くしてたオレの腰に、後ろからそっと腕が巻きつく。それが誰かなんて、顔を見なくてもわかった。


「誕生日おめでと」
「…ありがと」
「びっくりした?」
「うん。すげーびっくり」
「ふふふ」


作戦通り、と笑う。抱きつかれたところから伝わる振動。


「ほんとはね、もっと色々やりたかったんだよ」
「いろいろ?」
「アイスの棒をアタリにしたりとか、信号全部青にしたりとか、シャー芯切れた瞬間に新しいシャー芯を出現させたりとか」
「ぷ、なにそれ」
「田島に、なんかラッキーな1日だったなーいい誕生日だったなーって思ってもらえるように」


オレを抱きしめる腕の力が、少しだけ強くなる。やっぱり全部こいつだったんだ。下駄箱も、机の上のチョコも、購買のパンも、野球部の奴らが誕生日を知ってたのも、全部。


「そうやって色々、やりたかったけど。私、魔法使いでも何でもないからやっぱり無理だっ…」


後ろから回された腕をほどいて、体の向きを変える。そいつが全部言いきる前に、今度はオレから抱きしめた。


「…田島。聞いてる?」
「おまえってさあ。スゲーな」
「え?」
「立派に魔法使いじゃん。つーか魔法使いよりもっとスゲー!」
「な、なにが?」


訳がわからないと言いたげな声。そんなの全部かき消すくらい強く、でも痛くないように、その体を抱きしめ直した。


「オレ、自分が1人の女の子にこんなに夢中になるなんて、思ってなかった」


ホントに思ってなかったんだ。野球しかなかったから。おまえがオレの彼女になった、あの日までは。


「どんな魔法よりも、スゲーよな」


たぶん今こいつは、顔を真っ赤にしてるんじゃないかと思う。
それを見れないのはもったいないけど、でもやっぱりまだ離したくないから、抱きしめる腕は緩めてやんないことにする。


10.16

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