もう2週間会ってないんだ。

カレンダーを見て愕然とした。田島と会うことも声を聞くこともせず、もう2週間。高校生にとって2週間は長い。そりゃあ廊下とかで姿くらいは見かけたりする。見かけたりするけど、ちゃんと会ったり話したり、そういうの最近全然できてない。
会いたくなかったわけじゃない。むしろ逆だ。でも田島が毎日朝から晩まで部活で大変なのを知ってるから、会いたいとか、言えなくて。そんなことしてたらいつの間にか2週間。

…電話、してみようかな。

携帯を手にとって、そーっと開く。でも開いた瞬間また閉じた。時間的に家にいるとは思うけど、寝てるかも。疲れてるかも。かも、じゃなくて疲れてるよね絶対。やっぱりやめといたほうがいい、…かなあ?


「……だああ!もう!」


一旦閉じた携帯をまた開く。画面に田島の番号を表示して、勢いで通話ボタンを押した。


「やっぱり会いたい!会いたいもんは会いたい!」


会いたいのに会いたいって言えなくて悩むのはもう嫌だ。面倒くさいもん。
耳元に響くコール音。さあもう後戻りできないぞ。心臓がドキドキとうるさいのを感じながら携帯を耳に当てて待つ。と、突然コール音が途切れ、機械的な音声に切り替わった。『ただいま、電話に出ることができません』


「……」


私の中の勢いがシュルシュルとしぼんでいく。ものすごい勇気だして電話かけたのになんか拍子抜けだ。安心したような、ちょっと悲しいような。
やっぱり寝てるんだろうな。今日も朝早くから夜まで部活だったはずだから。


「ばーか。田島のばーか野球ばか」


携帯を放り投げて、ベッドに潜り込む。目を閉じる。瞼の裏に浮かぶ田島はやっぱりそこでも野球をしていて、悔しくなった。


「…好きだよばか」


結局それなのだ。こんなに意気地無しになるのも、ムカつくのも、泣きそうなくらい会いたいのも、全部。







枕元で鳴り響く音楽に、重たい瞼を開けた。…いま何時だろ?壁にかかった時計を見ると4時半。驚きで一瞬眠気が飛んだ。4時半って。
こんなまだ暗いような時間から電話をかけてくる奴は誰だ、と鳴り続ける携帯を手に取ると、画面には「田島」と表示されていた。


「…たじ」


目をごしごし擦って、慌てて通話ボタンを押す。「もしもしー!」2週間ぶりに聞く元気な声に懐かしささえ感じた。


「…もしもし!」
「はよー!」
「おはよ」
「ねむそーな声だなー。寝てた?寝てたよな、そりゃ」
「ね、寝てないよ!」
「ぷぷっバレバレだから」


電話の向こうで田島が笑う。こうやって話すのも久しぶりで、緊張とかしてしまったりして、変なの私。


「あのさー、いま出てこれたりする?」
「今?」
「そ。オレ、お前んちの前にいるんだけど」


え、今?カーテンの隙間から外を覗いてみる。それに気付いた田島がひらひらと手を振った。
電話を切るのも忘れたまま部屋を飛び出した私は、なるべく足音を立てないように、でも全速力で家の外へ走った。そういえば私パジャマだった、と途中で気付く。けど、いいや。


「よーす!」
「な、な…何やってんの!」
「いやあ朝練の前にちょっと会えたらいいなーっと思って」


寝癖ついてんぞ、って笑いながら歩いてくる。私の目の前でその足が止まった。


「昨日、電話ごめんな。知らねー間に寝ててさ」
「うん。いーよ」
「朝起きて、お前から着信あったの見て」
「うん」
「なんか、気付いたらここに来てた」


こっちに向かって腕を伸ばしながら、いい?と目で訊ねてくる。それに小さく頷けば、私はそのまま伸ばされた腕に捕まって、抱きしめられてしまった。


「こうするのもすっげー久しぶりだなー」
「…うん」


本当に久しぶり。私もその背中に腕を回して抱きしめ返した。田島の呼吸を確かめる。そうだ。田島ってこんなにおいだった。こんな体温だった。そんな大事なことを、忘れてしまうとこだった。
背中に回された彼の腕の力が、ぎゅうっと少しだけ強くなる。


「会いたかった。ずーっと」


ずるいよ。どんなにムカついたって、寂しくたって、優しい声でそう言われるだけで、もう私は何だって許せてしまうんだから。
簡単なヤツだって、笑ってもいいよ。


9.5

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