「もうすぐさー」
「あ?」
「春だね」
「…そうか?」
「そうだよ」
「それが何」
「春といえば入学式だよね」
「あー」
「絶世の美女が入学してきたらどうする」
「おーいいねえ」
「……」
「ンだよ」
「そいでその美女が野球部のマネジやりたいとか言ったらどうする」
「ないない」
「絶対ないとは言えないでしょ」
「あったところで別にどうもしねーよ」
「ふーん」
「…なに、どしたのお前」


珍しいものでも見るような目で私の顔を覗きこんでくる。それから逃げるようにそっぽを向くと、頭を掴んで正面を向かされた。乱暴だ。
そして阿部は私が喋るのを黙って待っている。固く結んだ私の口が、少しずつ緩んでいった。


「なんか、さ」
「あ?」
「いいのかなと思って」
「なにが」
「私って特別可愛いわけでもないし」
「……」
「ちょっと。何で黙るの」
「いやいや、お前は可愛いよ」
「棒読み!」
「ほんとだって。そんで?」
「…そんで」
「うん」
「…野球も全然、詳しくないし…」


あーバカだなあ。自分で言ってて悲しくなってきた。付き合い始めた時から心のどこかに引っかかっていたこと。
可愛くもない、一緒に野球の話で盛り上がることもできない、そんな私でいいのかな。阿部は私と一緒にいて楽しいのかな。阿部にはもっと、ふさわしい子がいるんじゃないのかな。頭の中で渦巻くのは、そんな卑屈な考え。


「…ほんとアホだなお前は」
「アホって何!ここは好きだよとか優しく言ってくれるとこじゃないの」
「ばーか」


呆れたように阿部が白い息を吐く。付き合い始めた頃は怒らせたのだろうかといちいちビクビクしてたその表情を、怖いと思わなくなったのはいつからだろう。


「そんなん関係ねえっつーか、どーでもいいだろ」
「どーでもよくない」
「どーでもいいよ。オレはお前じゃなきゃやだってだけの話なんだから」


普段なら絶対に言わないようなことをさらりと言われ、目をパチクリさせる。変な顔すんな、と失礼なことを言ってから、阿部が私をじっと見た。


「お前、野球のルールとか頑張って勉強してんじゃん」
「え、何で知ってんの!?」
「さあ?」


はぐらかすように意地悪く笑って、阿部は私の頭を乱暴に撫でた。撫でたというか、ぐしゃぐしゃかき回した。


「教えてやっから、今度一緒に野球観にいこうぜ」
「…うん」


冬の空気に曝されて冷えてしまった手を、同じように冷たい大きな手に包まれながら、もしも阿部にふさわしい女の子が現れたとしてもこの手はやっぱり誰にも譲れないなあって、こっそり思った。



2.22
title:メソン

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