やってしまった。私としたことが。

それに気づいたのは、学校を出て少し経ったときだった。
今日はマネージャー業が長引いたから、私と千代先輩も部員のみんなと一緒に学校を出た。帰り道、千代先輩と話していたら突然思い出したのだ、明日提出のプリントのこと。学校に忘れてきた。もちろんまだやってない。


「一緒に取りに戻ろっか?」


そう言ってくれる千代先輩や部員のみんなは本当優しい。でも私のドジに付き合わせて迷惑をかけるわけにはいかないから、みんなには先に帰ってもらって、1人で学校に戻ったというわけである。


「せっかくみんなと帰れる日だったのに」


ひとりでぶつぶつ自分に向かって文句を言いながら空を見上げた。
そう、今日はせっかくみんなと、つまり泉先輩とも一緒に帰れるチャンスだったのに。私のバカ。まあ一緒に帰るって言っても同じ集団の中にいるってだけで、勇気のない私は話したりできるわけではないんだけど。

今みんなどのへんだろ。ちょっと寂しい気持ちを感じながら学校を出ると、意外な人物とばったり出会った。
あれこれ幻覚?ごしごしと目を擦って、もう1回しっかりと見てみる。幻覚じゃなかった。泉先輩がそこにいた。


「泉先輩!」
「おー、お疲れ」
「お疲れさまです。…どうしたんですか、こんなところで」
「いやちょっと忘れ物」
「そうだったんですか」


なんて素晴らしい偶然。神様ありがとう。さっきまでの寂しさは一瞬で吹っ飛んで、代わりに心臓の音がどんどん速くなる。


「…どっち?」
「え」
「家。送ってく」


泉先輩の目を見たまま、頭の中で先輩の言葉をリピートする。そして勢いよく首を横に振った。


「いやそんな!お構い無く!」
「暗いしあぶねーだろ」


で、どっち?と私を見る泉先輩。震えそうな手で自分の帰り道を指さすと、先輩はさっさとその方向へ進み始めてしまった。その後を、ぐるぐるした頭のまま追いかける。
なにこれ。私が持ってるラッキーを全部使い果たしたかのような、まさかの展開。先輩の隣まで追いついて、気づかれないように息を吐いた。


「あ、あの」
「ん?」
「ありがとうございます」
「どーいたしまして」


泉先輩が小さく笑う。あ、今頭がクラッとした。ドジでもたまには良いことあるなあ。
せっかくだから気の利いた楽しい会話を提供したいのに、何も出てこない。泉先輩に聞いてみたいことだって山ほどあったはずなのに、いざこの状況になると。無理だ。つまんない奴だとか思われたらどうしよう。


「お前、今日なんかおとなしいのな」


それはあなたの隣で緊張してるからです。心の中だけでそう呟いて、ぎこちなく笑ってみせる。


「でも、よかったです」
「何が?」
「泉先輩が偶然忘れ物してくれて。本当はひとりで帰るの心細かったから」


優しい声につられるように、本音を口からこぼした。言ってからちょっと恥ずかしくなってきて、隣にいる先輩を見れずに地面を見つめる。


「本当に偶然だと思ってんの?」


下に向けていた視線が、無意識に隣に向く。
どういう意味ですかって笑いたかったのに口を開けなかった。それはきっと、泉先輩の目が真剣だったせい。


11.29
title:メソン

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